六十一 まさかの再会
嫌な予感がする。
この空気、以前にも似たような感じを経験した。
そう、この周りの者達が私をあがめ、平伏す感じ…。
竜車のドアを開けられ、兵士に「どうぞ」と頭を下げられ戸惑いながら私は恐る恐る地面にゆっくりと足をつけた。
降りた目の前にあったのは…大きな神殿のような建物。
ただ、神殿と言うにはおかしな場所が至る所に見られた。
所々にいつでも戦えるようにだろうか?武器が飾られている上に、悪魔の像もある。悪魔の像はどれも破損している…と言うより数体に顔が残っているのでかろうじて悪魔の像と分かったくらいである。
床や壁もひび割れていたりするので、どちらかと言えば神殿だったもの、と呼びたいほどにボロボロな建物であった。
「お待ちしておりました、新たなる主」
建物に気を取られていて気が付かなかったが、いつの間にか目の前に跪く白髪のタキシードを着た小柄の者がいた。
「えっと…どうしてこうなったのかな?」
話に着いて行けず、ストレートに疑問をぶつけた。すると、タキシードを着た者は顔だけを上げた。どうやら悪魔のようである。
顔はしわだらけで、老人と言うよりミイラに近い。肌に色は薄い灰色をしている。ゆえに今にも死んでしまいそうに見えるので跪かせていることに罪悪感さえ感じてしまう。
私の方を向き、自分はこの神殿の管理者で悪魔のムーキャと名乗り、咳払いを一つして「ではご説明をさせていただきます」と言うと説明を始めた。
「あなた様は前の主、ローペン様を倒されました。ここでの掟はシンプル。決闘で主を倒した者がここの領主となるのです。ゆえに、今日からあなた様がここの領主なのです」
これ、流れは少し違うが竜人族の時に似ている。あの白銀竜の覇気を発動した後の竜人族が私に向けて来た空気に似ている。
いきなり領主とか訳が分からない。そんなので領民は納得できるの?あ、納得できないなら決闘を挑めばいいのか。確かにシンプルだね。
じゃなくて!
何で領主にならなきゃいけないのよ!おかしい!それは絶対おかしい!
この世界は何なの!?
神を譲るとか、女王をあっさり譲るとか、簡単に領主にするとか…責任放棄する者ばかりが頭になっているところが多すぎでしょ!
しかも、何で私なの!?私は一度だって何かの頂点に立ちたいと思たことはない。
私はただ、託児所で子供たちの相手をして、夜に仕事終わりの一杯のワインを楽しみに生きるくらいでいいのに…静かに暮らしたいだけなのに…どうしてこうなるのかな?
「ささ、こちらへどうぞ。領主就任の式典を催しますので、衣装の採寸をさせます。侍女のヴァルと共に衣裳部屋へとお願いいたします」
呼ばれて私の横からこれまた侍女と言うより夜の街で男相手に商売をしていそうな薄手の透けたローブに身を包んだ美しい大人の女性の悪魔が私の前に出てきて頭を下げる。
「侍女のヴァルと申します。これからあなた様の全てのお世話をさせていただきます」
専属侍女…なのか。まあ、領主だもんなぁ。…じゃなくて、この流れはマズイ!このままでは私は本当に領主になってしまう!
「領主になるのって…断われたり…しないの?」
私の言葉でムーキャが「今、何と言われましたか?」と返してきた。
「だから、ここの領主になりたくないのよ。私、エルフだし、魔界に住んでたわけじゃないし、それに私は統治なんてやったことないし」
色々断る理由を並べたのだが、ムーキャは首を傾げた。
「はて?あなた様は何もしなくても大丈夫ですよ?もし、何かやりたいなら私に申し付けていただければ、それが可能かどうか、やるにはどうしたら良いかを提案させていただきます」
あー、そうだよね。
こういう仕事って自分で色々やるのは小さな領地とかだもんね。ここは軽く見渡しても広大な領地だし、何よりゴッドキラーが治めてたわけだし、有能な秘書がいてもおかしくないよね。
それに、あの戦闘狂のローペンが内政を上手くやってる姿が思い浮かばない。
「ローペン様は全て自分でされておりましたが、それはあの脅威の頭脳の持ち主ゆえの所業なのです。別に気にせず私たちを奴隷のごとく使い倒してもらって構いませんので」
意外にもローペン、賢かったんだね。
まあ、頭悪いとあんなに長々と言葉は出てこないってことかな?
それに、あの街の繁栄を見る限り、ローペンは上手く統治していたのは間違いないのだろう。
「これからは貴方様が絶対的な権限を持ち、貴方様がこの領地を好きにして良いのです。全ては貴方様の御心のままに」
深々と頭を下げるムーキャを見て、ますます私は逃げたくなった。
何より、そんなことしたら師匠からも怒られそうだし、邪神からも睨まれそうだ。
少し考え方を変えれば、私が魔界に攻め入って、領地を一つ奪ったとも見えなくもない。
「あのね、私がここを統治すると師匠や邪神様が余計な誤解をする可能性が…」
「領主様!緊急事態です!」
私の言葉をかき消すかのように、神殿から一人の神官風の男が飛んできた。
辺りを見渡し状況を把握したのか、私の前に跪き話し始めた。
「新たなる領主様にお伝えします!伝令水晶で邪神様より伝言です!至急、折り返し返事が欲しいとのことです!」
時にどうしようもないことが重なって、自分ではどうにもできないことがある。
今がそう、その時なのだろう。
私がおろおろしているとムーキャが「私が伝令水晶の使い方を教えますのでこちらへ」と案内を始めた。
いや、そこじゃないのよ!
そんなもの使えなくてもいい。
今は邪神と会うのは非常にマズい気がする。何の言い訳も思いつかないし、ローペンをぶっ飛ばしたと聞いたら…ゴッドキラーをぶっ飛ばしたと聞いたら間違い無く相応の罰を与えられそうである。
「誰か助けてよ…」
私の心からの呟きは誰の耳にも届かず、神官風の男に手を引かれ神殿の中へと連れて行かれたのであった。
案内されて来たのは私の予想を遥かに超えた光景の場所であった。
伝令水晶と言う響きに私は両手に収まる水晶玉かな?と思っていたが、全く違っていた。
一言で言えば大きな姿見。
私より大きく、一辺二メートルはあるであろう正方形の美しい水晶でできている板が壁に掛けられていた。
「わ、私はこれの使い方分からないから明日にしない?ほら、やり方覚えられそうにないし…」
「大丈夫です。これは話したい相手の名前を二回呼ぶだけです。今回は名前で無くとも邪神様と二回言うだけで繋がります」
それは便利な道具だとは思う。でも、それは今の私にとって不要な便利さである。
何よりこんなに大きいと全身が見えるだろう。声を少し変えたくらいでは誤魔化せない。
「さあ、新領主のご挨拶も兼ねて丁度良いタイミングと思います。どうぞ、お使い下さい」
さっきから生命エネルギーを使って逃げようと頑張っているのだが、思うように生命エネルギーが発動しない。
そう言えば黄色のオーラが出た後すぐに生命エネルギーを使ったことが無かったのだが、もしかして黄色のオーラの後はすぐに生命エネルギーを使えないのかもしれない。これは使いどころを考えなくてはならない。
って冷静に分析しているばあいじゃないんだよなぁ…。
私が戸惑っているとムーキャは何か納得したように何度か頷いて私を見た。
「緊張するのも分かります。邪神様と直接話すなどゴッドキラーや側近でもない限りできないこと。それだけ特別な事ですから、恐れるのも当然かと。ですが、何度かローペン様と話しているところを見ましたが、厳しいお方ではありますが、決して感情だけで話をせず、大局を見て話をすることのできる器の大きなお方です。多少の粗相は大目に見て下さるでしょう」
ムーキャ、あなたはカン違いをしている。
ベラは感情的に師匠と寝て、周りを魅了し、自分勝手に仕事を放棄して人間界に来るワガママ破天荒です…。
「では僭越ながら、私が代わりに呼びかけましょう」
「ダメ!それは止めて!」
必死になってムーキャを止める。私の気迫に押されたのか、ムーキャも「わ、分かりました」と答えた。
ヤバい、どうしよう、何も思いつかない…。
変装でもしようか?
いや、ベラ相手に変装は意味がない。すぐに見抜かれるだろう。
良い打開策が見つからないまま、伝令水晶の前で悩んでいると目の前の水晶がほのかに光り出した。
「おや、どなたかは分かりませんが、ここに向かって連絡を取ってるようですな」
このタイミングでこちらに連絡をしてくる者は限られてるし、こんな凄い連絡魔法道具、持っている者も限られる。
これはもう、諦めるしかないようだ。
「相手の連絡を受けるには自分の名前を名乗り、繋がれと言えば繋がります。相手が繋がりたいと思う者が名乗った場合は繋がりますし、そうで無い場合は繋がりません」
ため息を一つ。
そして吸い込む。
もう、成り行き任せだ!
「ジールです。…繋がれ」
私の言葉に対して、水晶は反応しなかった。思わず胸を撫で下ろす。
まあ、私がここにいるなんて誰も思っていないだろうから当然だろう。
「どうしてなのでしょうか?それでは失礼して…ムーキャです。…繋がれ」
今度は水晶が光を放ち、目の前に黄金だが、呪われそうなドクロをメインとしたデザインの椅子に座っている見覚えのある女性が見えてきた。
「ローペン、どう言うつもりだ?急用だと言うのに直ぐに返事をせぬのは…感心…できな…い!?」
きっとベラにも私が見えたのだろう。見開いた目が私を捉えて動かない。
「お、お久しぶりです、邪神様…」
私は頭を軽く下げてベラに向き直る。だが、まだベラは固まったまま動かない。
「ジール…本当にジールなのか?いや、待て、そのことについては後でいい。で、なぜそこにいる?ローペンはどうした?」
問題はここからだ。やはりローペンに用事があるようだ。仕方なく、事の経緯をベラに話す。
「まさかローペンを倒すとは…。いや、それも今はどうでもいい」
どうでもいいと言う一言を聞き、私の心配は杞憂に終わった。
だが、今「は」どうでもいい、と言った。となると、もっと重要な事があると言う事なのだろう。
「ローペンがダメとなると…ルーレンしかおらぬ。それでは困るな…」
少し目を閉じて思案するベラ。何事なのだろうか?
しかし、それも直ぐに終わり目を開けた。
ただ、その目は少し嬉しそう…と言うよりイタズラ心が隠しきれず、何かを企んだように目を少し細めた。
「ではジールでローペンの代わりとしよう」
何の説明も無しにローペンの代わりと言うベラ。
絶対何かある!私の直感がそう告げる!
「ジール、我の所に挨拶に来る前に我が統治下の領土を手中に治る豪胆さは嫌いではないが…お前は魔界の者ではない。ゆえに、これは侵略と取れなくもない」
あれ…それは「今はどうでもいい」で片付けたんじゃなかったの!?
気が付けば背中に冷たい汗が流れていた。
それを気付かれないように気丈に振る舞ってはみてるが、果たしてどこまで見抜かれているか分からないのが恐い。
「まあ、お前が我に協力するというのなら今回の件は不問としよう」
拒否権ない選択肢を邪神は突き付けて来た。
どんな無理難題を言ってくるんだろうか?
ベラの事だから、師匠との間を取り持てとか、師匠の機嫌を取れとかなのだろうか?
「大した事ではない。我と共に来てくれればいいだけだ。簡単であろう?」
笑みを浮かべる邪神に益々不安を感じてしまう。
ただ一緒に行くだけ?
それと魔界侵攻が釣り合う?そんな事ないでしょ?
とは言え拒否権は無い。
ただ、私も負けてばかりはいられない。とりあえず、どこへ行くのか?は聞いておかなくては。
「先に言っておくが、お前の問いはこの場では答えぬぞ。こちらに来てから話そう」
先手を打たれた。邪神の元に行けば当然どこだと聞いても行かなくてはならないだろう。
頼むから変なところではありませんように。
「ところで私はどうやって行けばいいのでしょうか?私はそこへ行った事がありますが、何分幼かったので覚えていません。ゆえに、行けないのです」
私の言葉を聞き邪神は「では、直ぐに案内役をそちらに向かわせる。では、城で待っている」と言って連絡を一方的に切ってしまった。
「まさか、邪神様とお知り合いとは…恐れ入りました」
ムーキャが深々と頭を下げてきた。まあ、この世界の頂点の存在と知り合いなら驚いたり平伏したりするのは当然だろう。
それにしても、ベラは私に何をさせる気なのか?まあ、案内役が来たら無駄かもしれないが少し聞いてみてもいいかもしれない。
など考えていると、兵士の一人が駆け寄ってきた。
「失礼たします!領主様をお迎えにと…その…」
早い!早すぎる!まだ十分も過ぎてないよ!?何も考えられてないし、そんな短期間で考え何かまとまらないよ!
それだけ緊急の要件なのだろうか?もしくは私を驚かして楽しみたいのだろうか?
ただ気になるのは兵士が案内役のことについて言い淀んでいる。そんなに厄介な者が来たのだろうか?
ここに来て分からないことが雨続きの洗濯物のように増えていく。
解決したくても問題が次から次へとやって来るので頭が追いつかない。
こんな時、イアランが側にいてくれたら何かアドバイスでもくれたとは思うものの、神殿の中に入れてもらえない可能性は高い。
「ったく、慣れない所では常在戦場の心構えでいろって教えただろ?俺が敵ならお前はやられてるぞ」
言葉を聞いた瞬間に振り向いた。
懐かしい声。
この私に対して上から目線で物事を言う態度。
相変わらず華奢で童顔だが、不敵な笑みを浮かべて私を見ている。
「師範!」
その姿を見て安堵したのもあった。
私は子供のように駆け出し、師範に飛びつき、思わず涙してしまった。
師範からは「少しは可愛げを学んだのか?」と笑われたが、そんなとこが師範らしい。
「さて、邪神様が呼んでいる。行くぞ」
「待って!師範、確か大怪我負っているんじゃないですか?大丈夫ですか?」
師範が現れた時、私は嬉しかった。だが、それと同時にイアランからの話を思い出し、師範の体の事が心配になってきた。
確か師範は魔の森に獣人族が逃げて来た時オジオンに侵攻された時にクスにやられて重傷だったはずである。
「あぁ、もう昔みたいに戦えないくらいで、後は普通だな。五百年くらい無理しなきゃ元に戻るさ」
師範は自分の拳を握ったり広げたりして私に見せてきた。
「クスは本当に強かったからな。あんなのに一対一で勝てるのは邪神様だけかもしれないな」
師範の言葉に私は「それは恐いですね」と返す事しかできなかった。
どうしよう、いつ、誰にクスを倒した事を言えば良いのだろうか?
その内バレるのは分かっているが、本当に言い出しにくい空気ばかり続くので、半分どうでもいいかとも思えてきている。
「そういやローペンの婆さん倒したんだってな。かなり腕を上げたな、ジール。アイツ相手だと俺も苦戦するからなぁ。まあ、勝てない相手ではないけどな」
…ローペンも師範も勝ち負けの話について信用できない。私はどちらを信じるべきなのだろうか?
「オーキス様、お久しぶりでございます。ムーキャでございます。まさかオーキス様がお迎えに来るとは思いもしませんでした」
深々と頭を下げるムーキャに軽く挨拶をする師範。多分、何度もローペンと戦っている師範なので顔見知りと言ったところだろう。
「ジールを借りるから、何かあったら婆さんに頼ればいい。ジールに負けたとは言え、あの婆さんの強さは信じられるからな」
なぜ私不在時の指示を師範がするのかは分からないが、何かを察したのか、ムーキャは「では、そうさせていただきます」と一言返した。
「師範、何があったんですか?」
師範なら可能性は低いが答えてくれるかもしれないので余計な小細工抜きで聞いてみた。
「ここでは詳しく言えない。それが邪神様の命だからな」
こういう所、なぜか真面目なんだよね師範って。まあ、ベラが恐ろしいのもあるし、何だかんだ言ってもゴッドキラーだもんね。
「分かったわ。じゃあ連れてって、師範」
私の言葉に頷くと師範は私の手を取り転移魔法を使う。
そう言えばイアランに何も伝えてなかったが大丈夫だろうか?
少し気になったが、ベラの元にイアランを状況の分からないまま連れて行くのは危険だし、イアランなら情報を集めて…私を追いかかてきそうだなぁ。少し心配かも…。
そんな私の気持ちを他所に、師範は私を連れてベラの元へと飛んでいくのであった。




