六十 狂気の魔女 ローペン
そこには私の知らない、いや、これは知らない方が幸せだったのでは?と思ってしまいそうなものがあった。
連れてこられた場所は大きな門の前。左右に禍々しいムカデを描いている紫色の悪趣味な門を見て、思わず「ここ、地獄の入口?」と聞いたしまった。
この門のおかしなところはデザインだけに留まらなかった。
私が小人にでもなったんじゃないか?と錯覚するほど巨大な門で、まるで天まで届くのでは?と思わせるほどだ。
その門から左右に伸びる壁は山の岩肌をそのまま利用しており、外から見てもそれが壁になっているとは全く分からない。これはただ遠くから見るだけでは分からないのも無理はないだろう。
「ここはゴッドキラー『狂気の魔女 ローペン』様の国だ。我々はここでお世話になっているんだ」
父親の言葉が終わるのを待ってましたと言わんばかりにクレロが私を見てニヤリと笑う。
「ジール、驚くぞ。ここの門、めちゃくちゃすげぇんだ!」
そう言うとクレロは門まで走って行くと禍々しい紫の門に慣れた手つきで門を触った。
すると、門から立ち上る紫の毒々しい煙が私たちを包み込んだ。どう見ても毒の類のガスにしか見えない。
「ジール!気を付けろ!この色はただ事では…」
心配するイアランの声が消えていく。
もしかして…これはダマされた…とか?
視界いっぱいの怪しい紫の煙に包まれ、クレロやイアランの気配が周囲から消える。
「幻覚の類なの!?」
敵意を感じるものは近くにないが、生命エネルギーをまとい警戒態勢を取る。
生命エネルギーをまとえば、多少の毒なら無効化するし、敵がいたとしても即座に戦える。
だが、これが幻術だとしたら、リッツとの戦いで経験したときのように生命エネルギーではどうしようもない。失敗したことを対策せずに放置していたのは愚かとしか言いようがない。
「ジール、こっちおいでよ」
不意にクレロの声がした。しかもすぐ近くだ。
幻覚ならほっておくべきなのだが、もし本物なら…。
最大限に警戒をしつつ、私はクレロの声がする方へ歩いて行った。
まるで地上であった。
クレロの声の方に進むと、いつの間にか様々な店が軒を連ねている目抜き通りと思わしき所の入り口に立っていた。
空は青く高く、店舗から露店まで立ち並び、新鮮な野菜や果物、水槽に入れた魚や焼いている肉、衣類に日用雑貨と豊富な品ぞろえが街の活気を表していた。
歩いているのが魔物でなければ地上に飛ばされたのでは?と思うくらいの景色がそこには広がっている。
「な、すげぇだろ?」
自慢気に胸を張るクレロには悪いが、まだ信じられない。本当に幻覚ではないのだろうか?
「これは…驚いた」
後ろからイアランの声がした。振り向き姿を確認してホッと胸を撫で下ろした。
「地上と変わらないね。でも、この世界の安定は結界によるものだ。かなり高度な結界…これを作った者はかなりの結界学に精通しているよ」
感心しながら空を見上げるイアランだが、私にはイアランが何を見て判断したかは分からなかった。
実のところ、結界学は苦手なのである。魔法の応用なのだが、魔法陣に一定の力で魔力を注ぐのが苦手なのと、魔法陣に描く模様が似たり寄ったりに見えて見分けにくいため、手抜きでは無いが、基礎から進めず今に至るのであった。
「ジールもローペン様に会ったらいいよ。ローペン様はかなり変だけど、実は優しかったりするからさ」
自然な会話で危うくサラリと聞き流してしまうとこであった。
「かなり変だけど」優しかったりする?
どの程度、どの方向に変なのだろうか?
師範くらいの戦闘狂レベルなの?師匠の魔法研究レベルなの?まさかベラのように身内を愛するくらいのレベルなの?
何よりゴッドキラーはとてつもなく変わり者が多い。
イアランも敵だった時、私にいきなり結婚申し込むし、エアマスは奥さんの数がとんでもなくいるし、ティゴは天才だけど口悪いし、中身は変態おやぢだし…。
ローペンと会う…嫌な予感しかしない。
「そう言えばイアランの就任式の時にチラッと見たけど、確か女性だったよね、ローペンって」
ふと思い出したことを後ろに問いかけると、イアランの姿はそこには無く、店先の魔法の品を見て子供のようにはしゃいでいた。
「ねえ、ジール、これ魔力を流すとお皿が透明になるよ!」
どうしてこの男はこうも緊張感が無いのだろうか?
現在置かれてる状況を考えると決して楽観視はできない。
これは昔師匠から聞いたことがあるのだが、魔界のゴッドキラー同士は…とにかく張り合うようなのだ。
師匠と師範の関係は別として、このローペンは何度も師匠に戦いを挑んできたらしい。
だが、師匠が地上に住むようになってから、それも無くなり大人しく憂さ晴らしに近隣の魔物を蹂躙して遊んでいると師匠は話してくれた。
イアランのゴッドキラー就任式の時、魔界のゴッドキラーの席に確か小さな女の子が座ってた気がするが、あれがローペンだと思われる。魔女っぽい感じはしなかったような気もするが…。
「そんなに変なの、ローペンって」
はしゃいでるイアランを放置して私の手を引いて街を案内してくれてるサマーンとクレロに聞いた。
「あ、あまりローペン様が気に入らないことは言わないほうがいいんだけど、変って言うのは問題ないんだけどね。そううだなぁ…ローペン様ってどう言えばいいのかな?」
サマーンがこの世の終わりかのように悩み苦しみながら言葉を考えている。
するとクレロも考えて、直ぐに答えた。
「ちっちゃくて、魔女だけど魔法苦手で、斧ぶん回して」
「あなたみたいに強い者を見ると、つい戦いをいどんじゃうのよ」
全く聞いたことのない声が背後からクレロの言葉を引き継ぎ説明を続けた。
サマーンとクレロを庇うように条件反射的に振り返り、身構える。
そこには名乗らなくとも分かるくらい、魔女っぽい、見た目が変な女の子が立っていた。
まず、被っている帽子の大きさが、とても違和感である。
一般的に魔女の被る帽子の形状なのだが、やたら高さがある。小さな身長と同じくらいの大きさだろうか?
まあ、身長も私より低く、ティゴと同じくらいなので人間なら12歳前後と言ったところである。
それに反して顔は妖艶な空気を放っていた。切長の赤い瞳が私を捉えており、その視線は思わずドキッとしてしまう。まるで邪神ベラを思い出す目である。
整った目鼻立ちは間違いなく歩く男を振り向かせるだろう。
厚めの唇に塗られた真っ赤な口紅が色香を漂わせ、この唇が近くにあるなら、思わず吸い寄せられそうだ。
その顔以上に目のやり場に困るのは服装であった。
「それ、体に布巻いただけだよね?」とツッコミそうになるほど露出が高く、しかも胸が大きく腰はくびれ、お尻は引き締まって上がっているという男性を悩殺するかのような体であった。
髪は艶のある薄いピンク色をしており。首の辺りから三つ編みが肩甲骨の辺りまであり、体に反して幼さが際立出せる効果を発揮していた。
歩く妖艶…そんな感じのする魔女である。
「あんたのこと知ってるわ。あ、私はローペンね。あんた、オーキスの実験台エルフでしょ?オーキスは弟子とか言ってたけど、それはそういう呼び名を与えることによってあなたを納得させるためだよね?オーキスってワガママで扱いにくくて、ブッサイクだけど、強いのは強いでしょ?だからあんたみたいな棒のような体してるヤツじゃあ弟子どころか実験台として生きてるだけで感謝しなきゃならないんだから…」
止まらない。
話が止まらない。
周りはローペンが現れたことで皆地面に膝をつき頭を下げているが、全く気にせず私に話しかけてくる。
しかも、何度か同じ内容が被ってたりするので無駄に長い。
その上、私の周りをあっち行ったり、こっち行ったりとじっとしていられないのか、とにかく動きながら話を続ける。
実に面倒である。
「だからね、オーキスのヤツがあんたのことを優秀な弟子とか言うから」
「あの…まだその話、続きます?」
私の一言で周りが急にざわめき、ローペンの話が止まった。
辺りから「ヤバい、ローペン様の話を止めた…」と口々に動揺の声を上げる。
「あんた…あんたね…」
ローペンは俯き、体をワナワナ振るわせ始めた。これは何かイヤな予感がする。
「バカ〜!バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ〜!」
こんなに泣きながらバカと言われたのは生まれて初めてである。
ローペンはまるでタダっ子のように泣きながらバカをまだ連呼している。
何度も思う。
実に面倒である。
だが、それを察したのか、ローペンは急に私に詰め寄ってきた。、ローペンの鼻が私の鼻に当たるくらいの近さである。
ほのかに甘いお菓子のような香りのする香水のせいで…おいしそ…もとい少しふわっとした気分にさせられてしまう。
「ねぇ、私の部屋に来なさいよ。今から、これから、直ぐに、いい?てか決まったのよ。来るの。来なければどうなるか分かってる?知らないなら教えてあげるけど、私の誘いを断った者は」
「行きます行きます。それでいいんでしょ?」
私の了承の返事を聞いた周りがまたざわめく。
ローペンはそれを聞き、高らかに声を上げて笑い出した。まさか笑い声が「がははは」とは思わなかったけど…。
意味のわからない私に、近くに膝をついて頭を下げていたサマーンが小声で話しかけてきた。
「自分の部屋に招くってのは、ローペン様からの決闘の申し込みの意味があるのよ。…もしかして、ジール、ローペン様に勝てるの?」
「さぁ?師範より弱いなら勝機も…」
高らかな笑い声が急に途切れ、また私の眼前にローペンの顔が近付いてくる。
「は?オーキスより私が弱い?それは無いわ。アイツ、私の前に何度も這いつくばって、泣きながら謝ってたのよ!何よりアイツは私より後にゴッドキラーになってるわけだし、まだまだ未熟で…」
また始まった。
これ、どうやって止めたらいいんだろうか?
まさか、この話し方が狂気なの?うん、間違いない。この狂ったように話すのが、この子の技に違いない。
と言う冗談はさておき、やはり面倒である。
「えっと、つまり私はどうしたらいいの?」
またもや話を遮った私にローペンの目から殺意が感じられた。
その瞬間、いきなり右手に本人の体の倍はあるだろう鮮やかな紫色の巨大な両刃を怪しく光らせた斧を召喚し、振り回して私に襲いかかってきた!
直ぐ横にサマーンやクレロがいる。避けるわけにいかない!
「周り見て行動しなさいよ!」
生命エネルギーを解放して、斧の側面をぶん殴り、降ってくる刃の軌道を変え、サマーンとクレロに攻撃が来ないようにした。
「へぇ、やるじゃない」
驚いた。
短く話せるんだ。
「でもね、まだ許す気はないから」
まるでムチを振り回すかのようにしなやかに、不規則な動きをする大きな斧が四方八方から私を襲ってくる。
周りは皆避難しているのに、腰が抜けたのか、クレロとサマーンはその場にへたり込んで全く動かない。
そんな二人を庇いながらこの斧を防ぐのは容易ではなかった。
「あー、そこの二匹が気になるのか。そんなに余裕あるんだ。やるじゃない」
ひたすら斧の側面を殴り、避け、蹴り上げながら刃先がクレロとサマーンに行かないように防御に集中する。
だが、斧の速度は少しずつ上がってきており、刃先が私の髪の毛を切る場面も増えてきた。
「もう限界?まだまだ早くなるのよ、これ!」
更に速度を増した斧がとうとう私の横を抜けてしまった!
そこにはクレロが!
「やらせない!」
必死にその刃に追いつこうと生命エネルギーを更に開放した!速度を増した私の拳が斧の切っ先に向かっていく!
拳が斧を殴り飛ばした。
しかし、少し遅かった。
クレロの肩から胸にかけて線が入る。
そこから、鮮やかな赤色の液体が滲んでくると、そのまま噴出してきた。
「クレロ!」
クレロを抱え上げると回復魔法を即座に使う。思ったより傷は深く、すぐに傷は塞がらない。
「まだ終わってない!私の怒りはまだ尽きてない!」
血走った目をして叫ぶローペンから再び振り下ろされる斧。私は思わず叫んだ。
「クレロに何をするのよ!」
ガキン!
金属と金属がぶつかるような音がする。
その数秒後、ローペンの目の前の地面に紫の斧の先端が落下して突き刺さった。
それも、柄の部分からぽっきりと折れて両刃の部分だけが、そこに突き立っている。
自分でも驚いたが、ひょっこり起き上がったクレロの傷がまるで何事もなかったかのように塞がっていたことにも驚いた。
どうしてそうなったのか?なんてどうでもいい。クレロが無事ならそれでいい。
「あんた、何者なのよ…」
ローペンの生唾を呑む音が聞こえた。
「あなたが何だろうが…許してあげないから!」
私はローペンに歩み寄る。奥歯を噛みしめながら、ローペンはまた大きな斧を召喚する。今度は黒色だが、そんなの関係ない。
ローペンはやってはいけないことをやった。クレロを…幼い子に刃を向け、傷つけた!
突撃したきたローペンの斧の柄を左手で掴む。
「ウソでしょ!?これを止められるとか普通あり得ない!この突撃の速度は」
もうこの魔女の無駄話を聞くつもりは無かった。ローペンの話の途中で私は右拳を燃やし左頬にぶち込んだ!
「フランメ・フィスト!」
ローペンは砲弾のようにその場から打ち出され、建物の壁の中にめり込んだ。ローペンは白目を向き痙攣して動かなくなった。
「えっと…ジール、今の…まさなバスとの戦いで見せたやつかな?」
後ろからイアランの驚き混じりの声がした。
改めて自分の拳を見ると、あの黄色のオーラが出ている。
「ジール…強ぇ…」
完治したはずのクレロはまた腰を抜かしたようで、へたり込んで立ち上がろうとしない。
「ジール様…」
サマーンは何故か顔を赤らめて私を見ている。まあ、託児所の時もそんなことがあったので、気にするほどのことではない。
ただ、気になるのは周りの者達だ。
どう見ても私を見て恐れをなしている。
決闘が終わっても私の周りには誰も近寄りはしなかった。
まあ、自分達の長がやられて喜ぶ者はいるわけないか。少なくともここらローペンの領地だし…。
お腹空いてるけど、ご飯を食べる前に逃げるしかないんだろうなぁ。
長居してもオーク達の迷惑になるだろうし、ここは食料を少し購入して去ろう。
「あの…あなたのお名前は?」
老いたリザードマンが私の前に歩み寄り、名前を聞いてきた。これは報復のため、名前を調べておいて、後々ローペンに教える気だろうか?
「迷惑かけちゃったわね。これから出ていくから名乗らなくてもいいよね?」
「いえいえ、それはできません」
まさか、この老いたリザードマン、私を足止めしようというのだろうか?老人は引き下がるどころか私に更に近寄ってきた。
「何せ、今日からこの地はあなたのものですから、お名前を聞いておこうかと思いまして」
何言ってるの、このリザードマン?どうしてここが私の国なの?意味がわからない。
私が首を傾げしているとリザードマンは説明をしてくれた。
「ローペン様との決闘に勝った者が次の領主になる決まりですから。ここは常に強者がこの領土を治めます。長い間それは無かった。ですが、あなたがローペン様を倒しました。ゆえにここはあなたの国なのです」
リザードマンが一通り説明を終えると、辺りから大きな歓声が上がった。
すると、兵士らしき悪魔達が私の元に駆け寄ってきた。
私はいきなり手を引かれ「こちらです!領主様」と連行されて行く。
イアランはそれを追いかけてくるが、兵士たちに止められたのと、住民達が大騒ぎしているので私との距離が離れて行く。
振り解こうとしたが、さっきの黄色のオーラはいつの間にか消えてしまっていたので、されるがまま、私は兵士たちに用意していた馬車…いや、ドラゴンだから竜車に乗せられて、どこかに連れ去られてしまうのであった。




