五十三 宴
城の裏の広場で住民総出で宴会は盛大に行われた。
住民が率先して食材を持ち寄り、誰と決めるでもなく率先して調理を進め、気が付けば祭りのようになっていた。
酒のせいもあるだろうが、多少の言い合いも聞こえたが、その内容は和気あいあいとした議論程度であり、どうすれば国はもっと良くなるとか、仕留めた獲物の大きさとか、私にオススメする酒はどれがいいとか、後で火種にもならないようなものばかりであった。
「飲んでるか、ジール♪」
白うさぎなのに真っ赤になった酔っ払いのツキが私の頬にキスをしてきた。実に酒臭いが、本人は上機嫌である。
「てか、ダークエルフなのにろうして…ヒック♪…あんなに怪力…なんれすか?」
更に頬にキスをしてくるツキ。すりすりしてくると顔にあるツキの産毛が私の顔に当たる。案外気持ち良いのだが、酔った時の絡み方が酒場のおじさんである。
「客人、ツキが面倒だったらその辺に寝かせておけばいいからな。そいつは酒飲むといつもそうだ。この間なんか屋根の上で寝てたんだからな」
私の困った顔を見ながら、馬の獣人が陽気に笑いながら話してくれた。
それが気に障ったのか、今度は馬の獣人にツキは絡みだしてこの場を去って行った。
そんな私の横に「隣に座って良いですか?」とムラサメがやってきた。私は少し緊張しつつ「どうぞ」と答えた。
「まずはあなたが伝えに来たことを話してもらえますか?」
笑顔で私に聞いては着ているものの、酒が入ってるとは思えないような鋭い眼光でその真剣さが私に伝わる。お陰で少し飲んだワインの酔いが一気に醒めた。
ムラサメに今私の知りうる限りの情報を話した。それを聞いたムラサメはしばらく黙考すると再び私に向き直り頭を下げて来た。
「ありがとうございます。その情報は実に貴重かつ我々の救うカギとなるかもしれません。あなたのその行為に我々も全力で応えさせていただきます」
私は慌てて「お気になさらず」と答えるので精一杯であった。こんなに腰の低い、住民思いの長を私は知らない。
幼い頃の記憶だが、エルフの里では不満を持つ者が長老と衝突し、度々トラブルの火種となっていた。
その度に村では会議が開かれ、落とし所を見つけるのに長老は四苦八苦していた。
獣人族という血の気の多そうな一族を上手くまとめ上げるだけでも大変そうなのに、しかも一番好戦的な感じのする狼なのに誰からも好かれている。
この街の発展はムラサメの人徳によるものであろう。
「それと、ルージュを守ってくれていたそうですね。亡き父に代わりお礼を言わせてもらいます。ありがとうございます」
再び深々と頭を下げるムラサメに私は「でも…あの村は救えませんでした」と答え、ルージュの父親を倒したのを思い出し唇を噛んだ。
「ルージュから話は聞いています。それでも、あなたがいなければルージュもここにいなかった。だからこそ、あなたに感謝をしています」
優しく微笑むムラサメに思わず目が潤む。
そんな優しい言葉をかけられるなんて思ってもみなかった。
私はルージュに何かをしてあげられているとは思っていなかった。
けど、そんな私にムラサメは「ありがとう」と言ってくれた。感謝してくれた。
「どうされたのですか?私は何か失礼な事言いましたか!?」
涙を拭う私に慌てふためくムラサメ。それを見て周りから「ムラサメ様は女心分からないからね」とか「色男、何人女泣かせてんだよ」とか言われ笑われていた。
必死にあたふたしながら子供のように言い訳をしているムラサメの姿に思わず笑ってしまった。
「ごめんなさい。ちょっと嬉しくて…。まさか感謝されるとは思っていなかったから」
私の一言で少し落ち着きを取り戻すムラサメ。すると、少し遠い目をしながら、私にと言うより独り言に近い感じで話し始めた。
「ルージュと私は母が違うのだが、幼いルージュはよく私に懐いてくれていた。私も一生懸命ついてくる可愛いルージュが大好きでした」
母親が違う事情が少し気になるが、獣人族はもしかして一夫多妻なのか、長だけそうなのか、言えない事情があるのか…いや、気にするところはそこじゃないか。
「だが、私は先代のファング大森林の獣人族の長の元に、長になるための修行として引き取られていきました」
少し悲しそうなムラサメ。きっと当時の事を思い出しているのであろう。修行でここに来たということは、過酷な日々を過ごしていたのかと思うと同情してしまう。
「正直辛い日々だったが、先代の長ストレイ様は実に優しい素晴らしい人物だった。私の事を厳しく育ててくれたが、いつも気にかけてくれて、部下や奥方に私のフォローをさせていたのをストレイ様の亡くなられた後に知ったよ」
どうやら、ここに来て大変だったかもしれないが、とても嬉しそうなムラサメを見ているとストレイの人物像が見えてくる気がする。
その気持ちは私も師匠に育ててもらたので何となく分かる気がした。
「そんな話を聞いて、最初は拒否していたここの長を引き受けて今に至ったのです」
話し終わるとムラサメは頭の後ろをポリポリと掻いて一つ咳ばらいをした。
「その…すみません。客人に何を話せばいいのか分からないので私の身の上話をしたのですが…つまらなかったでしょうか?」
そうか、外との交流がほとんどないため、外からの客をどう相手をするべきなのかが分からないということなのだろう。
だから、自分たちが仲間同士で盛り上がることをしてみたり、長自ら話しかけてきたりしたのだろう。
一般的な国の長がする客人への待遇とは違うと思うのだが、この不器用だが一生懸命にやろうとしているムラサメには好感が持てた。
「ありがとうございます、ムラサメ様はお優しいんですね」
ムラサメは「へっ!?」と気の抜けた驚きの声を出して固まった。
「だって、これだけの規模の国の長が私みたいな者に会ってくれるだけではなく、こんな盛大な歓迎の宴を催してくださって…ここが発展している理由が少し分かった気がします」
私は思ったことを素直に言った。すると、まさかのムラサメが顔を真っ赤にして口をぱくぱくしながらぎこちない動きでその辺にあるジョッキにある飲み物を一気飲みして盛大に吐いた。
「面白いだろ、お嬢さん。ムラサメ様、実は女性と話すの、苦手なんだよ。特に美人さんだとな。いつか森に迷った人間の女性を助けたときも」
「よ、余計なことは言わなくていいんです、ネルソン!」
余計な一言を言って去っていくキツネの獣人族に必死に言うものの、周りも「そうだそうだ」と大笑いしている。
「ムー兄ちゃん、もしかしてジールに惚れちゃったの?」
ムラサメを後ろから抱きしめてきたルージュが笑いながら言う。顔が赤く、にやけ顔になっている。ルージュも酔っているみたいだ。
「ジール美人だし、強いし…ジールが私のお姉ちゃんになるなら私歓迎するよ♪」
「ルージュ、それはジールさんに失礼ですよ!ジールさんくらい美人ならもっと相応しい人がいるはずです!」
ルージュ、久々の再会とは言え兄に絡むのはやめてあげようか。ムラサメが純情な男の子みたいに困ってるから。
「そうだよねぇ~。どうせジールはイアラン様が好きなんでしょ~。イアラン様もジール好きみたいだしぃ~。私もイアラン様好きなのにぃ~。ジール相手じゃ敵わないよぉ~」
遠吠えのように叫ぶルージュだが、誰もイアランを知らないし、ムラサメも知らない者の事を言われても…。
「イアランとはどのような者なのですか?」
先程の残念純情男の子から急に殺気立った目になった。まるで別人が…いや、何かが憑依したかのように目が恐い。
「ルージュとどのような関係なのですか?何族なのですか?強いのですか?誠実なのですか?」
いきなりの質問攻めにたじろいだが、ムラサメの新たな一面が分かった気がする。
ルージュが好きすぎて、変な男が付かないように警戒しているのだろう。
しかも、私のことが好きだと言ったものだからイアランがルージュを弄んでいるように思えたのかもしれない。
「ジールさん、教えてください!」
私はこの後、二時間、イアランの話をムラサメにすることとなってしまった。
翌日、私は用意された部屋で目が覚めた。
ここは城の中にある客室で、装飾やベッドを見ると私のような者ではなく、貴族や王族が泊まるような豪華な部屋である。
竜人族の女王の部屋より豪華ゆえに何度も「ここに私なんかが泊まっていいんですか!?」と案内してくれたメイドさんに確認をした。
するとメイドさんは「ムラサメ様がそう言ってましたので」とあっさり答えて部屋の説明をするとその場を去った。
それにしてもカオスだった。
昨日はイアランの話が始まるとムラサメも酒を煽るように飲み、最後には「ルージュをイアランの魔の手から守れるのはジールさんだけです!よろしくお願いいたします!」と涙ながらに酒の臭いをさせながら頼まれてしまった。
本人、覚えてい無さそうだけど…。
ふかふかのベッドから起き上がると近くに会ったテーブルの上にある水差しの水をグラスに移して乾いた喉を潤した。
「それにしても、昨日セイが攻めてこなくて良かったわ」
私が酒を制限していたのはそのことが頭から離れなかったからでもあった。万が一攻めてきたら、私一人でも迎え撃つ気でいた。
そんなことを考えていると部屋のドアがノックされた。私は返事をして答えるとメイドさんが入ってきて「朝食の準備ができました。ジール様の準備ができ次第ご案内いたします」と深々と頭を下げてドアを閉めて外に出た。
それより、かなりの高待遇に少し驚く。
竜人族の女王扱いをされた時よりも待遇が良い。あれはあれで貴重な体験だったけど、今回の待遇は国賓扱いにも思えるほどである。
長自ら接待してくれた宴に豪華な客室、更に朝食まで用意となんて…過剰な気もするので逆に落ち着かない。
とりあえず、朝食を終わらせたら、普通の部屋で良いとムラサメには言おう。
このベッド、使い慣れたら旅先で眠れなくなると恐れてしまうほどふかふかで、気持ち良くて、私をダメにする悪魔のような逸品。
…名残惜しいけど、そうしないと私は間違いなくここから離れられなくなってしまうだろう。
支度を終えて朝食に案内される。一体どんなものを食べさせられるのか少し警戒してしまう。
昨日の宴の料理、実に美味しかった。
子鹿の丸焼きに始まり、猪の甘辛炒め、干し肉に新鮮な野菜のサラダ、鶏の卵で作られた卵焼き、デザートには焼きたてのアップルパイ…ヤバい、ヨダレがでてきそうである。
ゆえに、朝食でも贅沢すれば贅沢なものしか食べられなくなる可能性も…。
そんな私の考えは杞憂に終わった。
城の中だけあって大きな食堂であた。大きなテーブルに三つだけ朝食が用意されていた。私とルージュ、ムラサメの分だろう。
朝食の内容は近くの川で手に入るのだろう魚を焼いたものと、ハーブの香りがするお粥、今朝取れたばかりであろう、シャキッとした葉の野菜サラダとリンゴが四分の一個。とても健全な朝食である。
「おはようございます、ジールさん。昨日はよく眠れましたか?」
先に席に着いた私の後ろからムラサメが言葉遣いとは裏腹に優れない顔色で現れた。まあ、間違いなく二日酔いだ。
私からイアランの話をしている時、まるで水を飲むかのように酒を飲んでいた。
そんなに妹に好きな男が現われることがショックだったのだろうか?
まるでフラれた男のやけ酒であった。
「ムラサメ様、昨日飲み過ぎてましたけど大丈夫ですか?」
さすがに今にも倒れそうな青い顔で席についているムラサメを見ていると心配になっていた。
「おはよ…頭痛い…」
この兄にしてこの妹ありである。
今度はルージュが兄と同じように青い顔で朝食を食べにやって来た。ルージュは昨日、最後には酒瓶を抱え、地べたで寝ていたのを私が寝室に運んだのだ。
酒癖が悪いのは家系なのだろうか?
「ジールさん、昨日は…その…失礼しました。まさかあんなに酔いが回るとは思いもしませんでしたので…」
そう言うとわざわざ座っていたのところを立ち上がると頭を下げてきた。生真面目すぎるゆえに酒で理性が緩むとおかしくなりやすいのだろうか?
私はすぐさま「気にしないでください、宴会でのはなしですから」と答える。それを聞いたムラサメの顔に安堵が見えた。
ムラサメは座り直すとお粥をすすり「二日酔いにはありがたいな」とため息をついていた。
そんな私とムラサメのやり取りを見てルージュが「ねえ、もしかしてムー兄ちゃん、ジールに手を出したの?」と直球な言葉を放った。
食べかけのお粥がムラサメの口から盛大に吹き出された。
それと同時に近くに立っているメイドの女性二人から私に鋭い目線が私に向けられたのを感じた。これは敵意である。
まあ、ムラサメってモテそうだもんね。それが余所者が一晩で奪い取るとなればムラサメファンにとってみれば心中穏やかではないだろう。
「な、な、何にを言っているだルージュ!そんなことして…ませんよね、ジールさん?」
狼が狼狽する姿は実に滑稽であるが、どうやら私に絡んできたことは覚えているようだが、その後は覚えていないのだろう。
まあ、私の手を取って「ルージュの幸せのために…ぜひ、お力を貸してください!」と言っていたり、それに「私に出来ることでしたら」と言った後、「ありがとうございます!ジールさん!」と涙しながら抱き着いてきたことは黙っておこう。
「それは無いわ。ムラサメ様がそんなことするように見える?」
私の言葉でしばし沈黙が流れる。
一瞬、私には理解できなかったが、ルージュが顔を伏した後、こらえきれず笑い始めた。
「ムー兄ちゃん、狼だよ?男はみんな狼だから気を付けろってお父さんから聞いたことあるわ」
それを聞いてメイドたちまで笑いをかみ殺してはいるものの、かみ殺せない笑いがわずかに漏れていた。
「私はこの見た目で誤解されてきましたから別にいいですよ…」
言葉とは裏腹にめちゃくちゃ落ち込むムラサメ。何といっていいのか分かららないが、食卓がムラサメ以外、和やかな雰囲気に包まれていた。
あれから三日が過ぎた。
セイの侵攻はまだ来ない。
私たちより先行してファング大森林に着いているはずなのに、未だ侵攻されてないのは不自然である。
もしかして結界のようなものがあるのかと思いムラサメに聞いてみたが、そのような物は無いと言われた。
確かに私たちは案内されたので迷ってはないから早くここに来れたが、そこまで遅れる理由にはならないはずだ。
私も独自に周辺を探索してみた入るものの、敵は見当たらない。
アンデッドの部隊とはいえ、別にサーチ能力が高いわけではないだろうから、本当に迷っているのでは?と思えてきてしまう。
そんな私の不安を知らないツキが私の顔を覗き込む。
「どしたの?お腹でも痛いの?」
「あ、ううん。大丈夫よ」
ツキに余計な心配をさせてしまったようである。笑顔でツキに返事を返す。
今日はさすがに何もせず居候するのは悪いので、ムラサメに何か手伝いたいと申し出るとツキとグラスの狩り部隊と仕事をするのはどうか?と提案されたので快諾し今に至る。
「今日は調子いいね♪すでに子鹿一匹、イノシシ一匹捕まえられたもんね。ジールと一緒だからかな?」
嬉しそうなツキに「そんなことないよ」と首を横に振る。確かに狩りに出て一時間で二匹はかなり早い。
「これは昼には帰って酒場で酒盛りできそうだね♪」
酒盛りの想像をして鼻歌まで出てきているツキ。だが、グラスは少しいぶかし気な顔をして周囲を見ている。
「獲物、豊富すぎる。おかしい」
「どういうこと、グラス?」
私が聞くとグラスが「こんなに多い事、今まで無かった」と答えた。
その言葉が引っ掛かり、私はエネミーサーチを使う。
「ウソでしょ…」
魔法が失敗したと思いたかった。
私に見えるのは敵を表す赤い点がこちらにゆっくり向かってきている様である。
それも…獣人族の村の城壁を全て囲う赤い点が…数万、エネミーサーチで全てが見えないくらいに迫ってきているのであった。




