五十一 湿地の盗賊
最後の指輪を探す旅を始めて三日目。ルージュの感覚を頼りに、私たちはオジオンの東にあるスカール湿地へと旅を続けていた。
スカール湿地はとても人が住める場所ではない。
四季を通して気温と湿度が高く、一言で言えば蒸し暑い場所。
しかも、気持ち悪い両生類系や虫系の魔物が多く生息しており、案外強いヤツもいたりする。
その上、食べられるものは少なく、できたら私は来たくないところである。
ただ、ここを超えたところにあるファング大森林に狼の獣人がいて、その狼の獣人が最後の指輪を持ってるとのことであった。
「ルージュは大丈夫?私よりあなたの方が暑いの苦手そうだけど?」
そう、獣人族は所々毛が生えている。ふさふさの触り心地が良い毛である。
腕や脚、胸の上など寒い時は良いのだろうが、暑い時はデメリットになりそうに見えた。
「まあ、夏場はこんなもんだし、楽ではないけど、問題ないかな」
そうは言ってるものの、表情は少し辛そうである。まあ、普通の者でもこの湿度と暑さは辛いので当然だろう。
その上、水場が至る所で近いために地面が泥と化している。ぬかるんだ道を歩くのは、普通の道を歩くより疲れる。
ゆえに休憩をこまめにしたり、歩いている間に雑談をしたりと工夫も必要となる。
「ところで、どうして肌の色、変えたの?暑さ対策?」
私は久々ダークエルフに化けていた。
オジオンが向かてるかもしれない方向に行くのだから、エルフのままだと私を捕まえるために余計な敵が増えるのも面倒だし、エルフはまだ高く売れるだろうから、オジオン以外も狙って来る可能性がある。
そんな無駄を回避するためである。
説明がてら雑談の最中、話がイアランの話題になった。
ルージュはイアランに興味あるらしく、色んなことを聞いてきた。
とは言っても私もそこまで長い付き合いではないので、私の知る限りでイアランについて答えてあげた。
すると、一瞬黙ったルージュが私に真面目な面持ちで聞いてきた。
「ジールってイアランさんのこと好きなの?」
私の足が止まった。もっと軽い話題で楽しく旅をすると想像していたのに完全に不意打ちである。
ここは何と答えるべきなのだろうか?
「旅立つ前のあの態度は間違いなくイアランさんはジールのこと好きだよね?」
これってもしかして…。
「私はイアランさんが好きです!もし、ジールにその気が無いなら…その、帰ったら告白しようかと…」
これはかなり本気のようだ。恋する乙女の目をして私に何かを訴えかけている。
「でも、私みたいな獣人、好みじゃないかなぁ…」
どうしようか?ここは慰めたり励ましたりした方がいいのだろうか?
でも、そんなことをすれば私はイアランに興味が無いですと言ってるようなものである。
…そうじゃないわけだし。
あまり色んな人と関わってないので、恋愛相談はどうすれば良いのか分からない。
「イアランさんは…その…大きい胸が好きなんですか?」
悲しそうな目で私の胸を見てくるルージュにまたもや返答に困ってしまった。
ただ、イアランが私の胸をジロジロ見てくることはないから、それはないとは思うんだけど、男って大きな胸好きなイメージは確かにある。
「聞いたことないから分からないかな」
私の答えに「じゃあ何なんですか?」と目で訴えかけてくるルージュの視線が痛い。まるで私が悪者のようである。
私も何でイアランが私を好きなのかは分からない。
仮に一目ぼれだとしても、醜態も晒したし、粗野だし、優しくないし…見た目はエルフだから普通以上…とは思うけど、それだけであそこまするなんてありえないだろうし、何でだろう。
「おやおや、女二人旅とは…アタリだな」
不意に掛けられた声に驚く。
話に夢中になっていたので索敵を疎かにしていたようだ。
目の前には私よりも大きな体の人間の男が見えているだけで六人現われた。
斧、剣、こん棒それぞれに武器を持ち、髪と髭は手入れとは無縁に思えるほど伸びている。
だが、リーダー格の男は高価そうな胸当てをしている。ちょっとブラービを思い出す。
決して友好的ではないリーダー格の男の笑みに対してルージュの前に守るように立ちふさがった。
「おーおー、この女、ダークエルフだぞ。珍しいな」
男は手を広げて私に向かって出してきた。
「金目のものを出せば見逃してやる。ダークエルフの魔法でもこの胸当てが軽減するから無駄だからな。無駄な抵抗は止めるんだな」
丁寧な説明ありがとうございます。まあ、その程度なら問題ないのだが、この男どもはすでに勝ち誇っている。弱いヤツの典型的な行動である。
「あ、丁度いいわ。この辺で獣人族見たことある?」
男たちは顔を見合わせる。そしてバカみたいに笑い出した。
「いや、お前、立場ってものが分かってるのか?さっき説明したようにだな、魔法は効かないって」
私は胸当てを自慢する男に近付き、その胸当てに生命エネルギーを解放した拳を当て、振り抜いた。
男は吹っ飛び、自慢の胸当てはガラスのように砕けた。
「もう一度聞くけどいい?獣人族、見たことある?」
「あ、いや、この辺りでは見てませんです、はい」
残りの男の一人が姿勢を正し、緊張した声で答えた。まあ、湿地帯で目撃される可能性は低いかとは思っていたので別に問題はない。
「もしかしてその強さ…オジオンの別同部隊ですか?もしそうなら、先に一個中隊がファング大森林に向かっていきましたよ!」
思わぬ情報を得たことで私に少し焦りが生じた。
だが、乗り物もないし、行ったことがある場所ではないので転移魔法も使えない。果たして間に合うだろうか?
「それっていつ頃?」
わずかな可能性に賭けてみた。もしかしたら、追いついて撃破できる可能性もある。
「二、三日前ですよ。何か変な部隊でした。兵士が…死んでるような感じでした」
死んでいる?
そこで私の中で一つ頭の中のモヤモヤしたものが晴れた。
ルージュの村でルージュのお父さんがアンデッド化していたが、あれはリッツの幻術ではなかった。
となると、別に死人使いがいるという事だ。
それが、私たちの行く先にいる。ルージュのお父さんを死んだ後にも利用してくれた最悪な敵だ。
「ありがとう。これ以上攻撃はしないけど、盗賊なんかやめときなさいよ。帰りにここを通るときにいたら、その時は容赦しないからね」
お互いに顔を見合わせる盗賊たち。
「そう言われましても…」
暗い顔をする盗賊を見て私は察した。
この地では販売できる作物が育ちにくかったり、魔物の脅威などがあり、まともな仕事が無いゆえの盗賊堕ちなのだろう。
褒められた行為では無いが、技術も無く、学も無ければ生きたいためには仕方ないかもしれない。
となれば盗賊でもしなくては生きていけない。
だからと言って盗賊行為を容認するのも違う気がする。
「ねえ、そのオジオンの部隊に追いつく道とか知ってる?」
正直期待はしていなかったが「それなら知ってます」とあっさり答えた。これは思わぬラッキーである。
「道案内お願いできる?ただとは言わないから」
私は手持ちの中からオジオン金貨一枚を渡す。これは一般家庭の生活費三ヶ月に値する。
盗賊たちは歓喜の声を上げ「任せてください!」と自信満々に答えた。
正直破格の金額ではあるが、正直危険な案内である。命の危険もあるのに安値で案内させるのが例え盗賊であったとしても気が進まなかった。
「ちょっと待ちな」
流れをさえぎったのは先ほど私が吹っ飛ばした盗賊のリーダー格の男であった。手加減したとはいえ、胸当てはちゃんと役割を果たしたのだろう。特に苦痛を訴えることなく普通に歩いて戻って来た。
「ダークエルフがオジオンの兵ってのはおかしいだろ?あの国が人間以外を兵士にするなんて」
私は少し思案する。あのオジオンの情報を少しなりとも知っているこの盗賊の男はただの貧しい平民ではないだろう。
その証拠に、あの胸当てはそんなに安いものではない。もしかしたら火事場泥棒なのかもしれないが、それならもっと他の者も装備が良くてよいいはずなのに、リーダー格の男以外は使い古された装備ばかりである。
「詳しいのね、オジオンのこと。脱走兵かしら?」
私はカマかけのつもりで、だが、相手に悟られないように平静を装って訊ねてみた。
「どうしてそう思った?」
質問を質問で返してきた。これは的外れではなさそうである。仮に当たりではなくとも、大枠に当たっている可能性は高い。
「あの胸当て、この辺では手に入らないでしょ?それに魔法防御があるとなれば…簡単に手に入らない品だからね」
しばらく沈黙してリーダー格の男が私に勝てないことを理解しているのに威圧するかのように鋭い眼光で私を睨んできた。
「で、そうだとしたらどうする気だ?」
どうやら当たりのようである。脱走兵なら私たちの事をオジオンに密告することはないだろう。それが分かっただけで良かったのだが、その先までは考えてなかった。
「別に。ちょっと聞いてみただけだから」
そのまま行こうとすると、リーダー格の男は私の前に再び立ちふさがった。
「勝てないの分かってるでしょ?どいてちょうだい」
少しにらみを効かせたが、リーダー格の男は避けようとしなかった。それを見た部下たちも震えながらも私たちを取り囲んだ。
「聞かせてくれ。オジオンの部隊に何の用なんだ?」
思わぬ問いに少し沈黙し考える。こいつらが何で目的を知りたがっているかの意図によっては面倒事が増える可能性がある。
だが、脱走兵ならば、今更オジオンの軍に接することは避けたいはずだし、私たちが何者かを知らないようなので私たちの情報を売ったりする可能性も低いだろう。
私が警戒しているのを理解したようで、リーダー格の男から沈黙を破って来た。
「俺はジン。元オジオン遠征歩兵部隊の小隊長だった男だ。他の奴らはこの辺りで食うに困っていた流浪の者だ」
意外にも素直に自分の素性を話してきた。まあ、完全に信用は出来ないのだが。
「もしかして、お前ら、『オジオン特殊特攻隊』に用があるのか?」
「…『特殊特攻隊』?」
何だか嫌な予感がする部隊名である。だが、その部隊がさっきジンの手下が言ってた部隊なら、戦闘する可能性は高い。
「できたらオジオンには関わり合いたくないけど…同じ目的地に向かっている可能性はありそうね」
それを聞いたジンは手を挙げて手下を私たちの周りから遠ざけた。
「あら、行っていいの?ずいぶん優しいじゃない」
わざと皮肉を込めて挑発気味に言った。するとジンは鼻で笑うと再び質問をしてきた。
「戦うなら止めておけ。あの部隊の隊長は…ネクロマンサーのガキだが、オジオンの中でも無敗の部隊だ」
自分で眉がピクッと動いたのが分かった。
急に情報をくれるのはどうしてだろうか?何を企んでいるのだろうか?
「そう警戒するな…と言っても手のひらを簡単に反されたら警戒するのも当然といえば当然か」
ジンは後頭部をボリボリ掻くと何かを考えだした。小さく「そうだなぁ」とか「うーん」と独り言を言いながら思案している。
「用がないならいくわ」
そう言ってジンの横を抜けようとする私の肩に手を置いてきた。
「特殊特攻隊隊長、ネクロマンサーのセイの情報、欲しくないか?」
思わずジンを見る。
視線が合うとジンは手のひらを私に差し出した。
「いくら払えばいいの?」
ジンが言うより先に私が要求を聞く。するとジンは「は?」と驚いた顔をした。
「くれるならありがたいが…そんな理由じゃない。アイツは…俺の部下をアンデッド兵として使っているんだ。…治療したら助かるヤツを殺して兵士にして…だ」
どうやらジンはそのネクロマンサーのセイに対して恨みを持っているようである。敵の敵となる私は味方と言う考えなのだろうか?
「別にお前にどうこう思うことはないが、セイの犠牲者を増やすことはしたくない。それが…今も死してなお戦わされてるアイツらへの償いだと思ったんだ」
概ねアタリと言ったとこか。それなら、この手は何なのだろうか?
「じゃあこの手は何?」
分からないので素直に聞いてみることにした。
「あん?握手を知らない…とかはないだろ?契約書ほど形式ばることではないし、誓いを立てるような感じでもない。聞く気があるなら握手を持って合意と思ったんだが?」
あ、握手ね。
格好と最初に襲われたイメージから金銭要求に見えてもおかしくないんだから、せめて最初に説明が欲しかった。
「そうね。それなら教えてもらえると助かるわ」
私はジンの大きな手を握った。ジンは私の手をしっかりと握り返してきた。一先ず信頼関係の構築の一歩として前進と言ったところである。
私たちはジンのアジトに案内された。
アジトと言えば聞こえはいいが、荒れ果ては廃村を利用しているだけである。
しかも、この廃村は家らしきものが五つほどしか無く、後は家畜を飼っていたであろう柵の柱が所々にかろうじて突き立っているくらいものであった。
「まあ、座れ」
その中でも大きな家に私とルージュは案内された。中には所々破れたワラで作られた敷物が一面に敷かれていて、後は足の短いテーブルがあるだけだった。
食料や日用品も無い、脱走して何とか生き延びていることを部屋からも察することができた。
ジンの「汚いところだが適当に座ってくれ」という言葉は謙遜ではなく本当にそう思っているゆえの言葉だろう。
だが、アジトに招き入れて話をしてくれるというのは信頼しているか、ワナにはめようとしているかのどちらかなので、悟られない程度には警戒をしておく。
私たちは比較的座れそうな所を見つけて座った。本音を言えば椅子くらいは出して欲しいが長居する気は無いので情報だけもらったら退散しよう。
座った私たちを見てジンが話を始めた。
「お前は強いかもしれないが、できたら戦いは避けた方がいい。セイの強さはオジオンの遠征部隊の中でもでも五本の指に入る」
唐突な話の入り方でよくわからなかった。その遠征部隊はどの程度強いのか?が全く分からない。まあ、推測するとしたらリッツもオジオンから遠征していたので、あのクラスと思えばいいのだろうか?
それに遠征部隊がどれだけいるのかによって五本の指の意味も変わってくる。
「あの…その遠征部隊ってどのくらいいるんですか?」
ルージュも私と同じ疑問を持ったようでジンに質問をした。
「俺がいたころで…五十二部隊だ」
それはかなりの強さと言える。ついでに基準が欲しかったので私も質問してみる。
「リッツってやつに会ったことあるんだけど、リッツはどのくらい強いの?」
私の質問に「誰だそれは?」と一言が返って来た。これは予想外の答えであった。もしかしたらリッツは所属が違うのか、もしくはジンが去った後に配属になった可能性がある。
「じゃあ、どのくらい強いかはいいわ。本人の特徴と戦い方を教えて」
自分の知ってる者となら強さも比較できるが、そうでない以上、戦い方を知っておくのが効果的である。
「実はセイ自体は強くないんだ。セイが自分の護身用に作った近衛が強いんだ。全部で
三体。それ以外はその辺の死体をアンデッド化して戦場を駆け抜ける。戦場なので死体が増え場増えるほど戦力が増すということだ」
それは戦場では厄介だろう。
敵が死のうが味方が死のうが戦力を増すなら間違いなく強くなる。だが、相手に光系魔法を使う者がいたらそこまで恐れることはないのではなかろうか?
「まあ、普通のアンデッド集団なら光魔法を使えるヤツがいたら苦戦はしない。だが、それをレジストされるんだ。近衛の一人、ボーンプリーストが光に対するバリアを使えるんだ」
それは珍しい…ゆえに危険なのは理解した。そうなると範囲攻撃で跡形なく一掃していくしか方法はない。そうしないと、多少の傷では侵攻を止められないだろうし、何より消耗戦となるとアンデッドを耐え忍んでも第二陣で攻撃が来て終わりとなるだろう。
「…そっか、要は単体である程度強くて、その近衛を倒せる者が奇襲をかければ勝率が上がるってことね。だから私に情報を提供しようと思ったわけか」
ジンの意図を見破ったつもりでニヤリとしたがが、そんな私をジンは呆れた顔で見ていた。
「あのな、いくらお前が強くても、数千のアンデッドの中心にいつもいるセイにどうやって奇襲をかけるんだ?セイは用心深く、決して単独行動はしない。だから街にも入らない。街だと道によっては暗殺しやすかったりするからな。だから地方侵攻ばかりしているんだ」
ちょっとルージュも不安そうに私を見ていたのを見なかったことにして私は残りの近衛についても聞いてみた。
「後はボーンナイトとボーンマジシャンだ。ナイトは元々オジオンの最強クラスの剣士の骨だし、マジシャンも同じくオジオンで名の通った魔法使いの骨だ。近衛だけでも時間をかければ小国を半壊くらいできるだろう」
その話を聞いて私は「ありがとう」と言って立ち上がった。
「行くのか?まあ、アンデッド軍は毒や病気も持っていることがある。それもガス性のものだから、周囲にいるだけでも害あることがある。だから近付かないことだな」
最後まで近づかないことを強調してくれたジンだが、間違いなく目的地は同じだろうから、それは無理な話。ゆえに敵戦力と情報を得ただけでも勝率はかなり上がっただろう。
「でも、行かなきゃならないのよ」
私の独り言をジンは拾った。
「仕方ねぇ。案内として部下が金もらったからな。先回りできるルートを俺が案内してやる」
こうして、ジンの案内で再びファング大森林へと向かい歩き出すのであった。




