四 私のドレス
時を少し、さかのぼる。
あれは50年ほど前、この託児所がまだできたばかりの頃だった。
私はここの暮らしにも慣れてきたので、いつでも甘いものが食べられるようにドライフルーツを作っていた。
これが師匠や師範にも好評で、私はよくドライフルーツを作り、瓶に保存して…隠していた。
隠す理由は師範であった。
ドライフルーツを好きになってくれるのは良いのだが、いつの間にか空の瓶ができており「やられた」と頭を抱えていた。
犯人はわかっていたので、問い詰めると「ごめーん、美味しそうだったからつい♪」と笑われ終わる。
そんなことが続いたある日、私は現場に遭遇したのだ。目の前で師範がブドウのドライフルーツを食べている。
最後の一つを食べ終わった時、師範と目が合った。
「ブドウ、最近取れないのに…」
こそっと逃げようとする師範の手を不意に掴んで引っ張った。
「師範!!待って下さい!」
ステンッ!
まるで、雨上がりの雑草を抜くように簡単に師範はコケた。
「へ!?」
驚いたのは私である。
目の前にいるのはつまみ食いするとは言えゴッドキラー、魔拳士のオーキス。私の力で引っ張ったくらいで動くなんてありえない…はずだった。
「ジール、いきなり引っ張るなよー。酷いなぁ」
私は尻もちをついている師範の体をさわりまくる。
「おい、こら、何すんだよ!」
「ニセモノじゃないの、師範!」
だが、変な魔力も感じないし、いつも通りの師範である。
「あー、そっか。秘密だから知らないか。と言うか俺も油断したってことか。まだまだ修行が足りないな」
秘密?油断?すぐには意味が分からなかった。
「多分…いや、間違いなく俺は、お前より筋力は無いからな」
何を言っているのだろうか?悪い冗談にしか聞こえない。
だが、師範は真面目に続ける。
「別にウソではないし、それでも俺はゴッドキラーの名に恥じない強さではある」
師範はため息をつく。どうやらホントはあまり話したくないのかもしれない。
と、思ったのだが、師範は話を止めなかった。
「俺は体に生命エネルギーをまとうことで、とてつもない身体能力を発揮しているだけだ」
いや、そんな重大な秘密、あっさり打ち明けていいの!?私が敵になったら…は無さそうだけど、それは師範の生命線とも言えることじゃないの!?
「まあ、その生命エネルギーをまとうことが困難だから、バレてもマネはされないとも言えるんだけどな」
最後は笑い出し、何事もなかったかのように立ち上がろうとする師範を押し倒す勢いで私は師範の前に詰め寄った。
「つまり、それができたら…私でも師範みたいになれる…ということなんだよね!?」
私は鼻が師範と当たるのでは?というくらい顔を近づけた。
「ま、まあそうだが…俺はこれができるようになるのに30年かかった。ただ、どんなに修行してもできないヤツの方が多いわけで…」
「師範、それ、私に教えて!!」
興奮気味の私に師範はすこし後ろに退いた。だが、私は目を逸らすことなく、更に距離を詰めて問う。
「それができたら、エルフの私でも強くなれるんだよね!ね!ね!」
「確かにそうだが、できるかどうかはわからないことに付き合うほど俺もヒマじゃない…」
「じゃあドライフルーツ返して!」
師範が急に顔をそむけた。
「悪魔って確か契約は絶対…ですよね?」
私はこの時きっと悪そうな顔をしていたに違いないと思う。師範が横目で私を見た瞬間、急に引きつった表情をしていた。
「ドライフルーツという悪魔様がご所望のものを私はさしだしたんですよぉ?契約はしてもらえるということですよねぇ?」
「いや、それは不釣り合いすぎるだろ!?普通は魂とか生贄とかでだな…」
「私の魂込めて作ったドライフルーツなんですよ?おいしかったですよねぇ?だからこっそり食べてたわけですしぃ」
私は師範が泣きそうな顔をこの時初めて見た。
「わかった、修行してやるよ。でも、できなくても文句言うなよ!」
それから20年で私は生命エネルギーを身にまとう技を習得した。
私は二度と幼い時のように誰かに守ってもらうだけの存在のままでいたくなかったのが大きな原動力となり技の習得は執念でできたとも言える。
だだし、そこからは師範の実践稽古という名のストレス発散や新しい技の実験台という苦行が託児所の仕事の後に追加されたという誤算は今でも続いている。
クアンタの周りにいる男たちも、ボスも動けずにいる。今の事態は想定外であり、自分たちの常識が壊れたのでる。
動けない暗殺者を気にせず、私は鎖から手を放し自分に付けられた首輪を両手でつかむ。
「こんな…もの…なんか…」
首輪の手に力が入る。
「ば、バカかお前は!?その首輪は砲撃でも壊れないんだぞ!そんなものが手で、しかもエルフの力なんかで…」
バキィィイィィィ!
高い音が響きまたも辺りが沈黙する。
首輪は私の手によって引きちぎられた。
「お、おい、ウソだろ!?エルフなんかが…」
ボスが一歩後ろに下がった足が地面に付いた瞬間、ボスはまたもや信じられない光景を目の当たりにする。
今首輪を壊した私が自分の至近距離に入ってきており、拳を固めて放ってきている。
「拳技 『大鼓』」
放たれた拳はボスの体の中心に当たる。
だが、拳は体と接したまま、特に何も起きない。
「な、何だ!ただの脅し…」
言葉を言い終わる前にボスはまるで大砲から打ち出されたかのように一直線に後方へ飛んでいく。
それを見ていたクアンタの周りにいた男たちは思わず武器を落とした。
「な、な、なんだあれは…魔法…なわけないよな、魔力は無いわけだし…」
「じゃあどうやってあれを説明するんだよ!?」
「それより立て直すべきじゃないか、この状況は!」
「もしかしたらエルフじゃないのかもしれないということか!?」
クアンタの周りにいる男たちは混乱している。
それを見逃すことはしない。そう、私はクアンタを助けるためにこの力を使ったのだから!
私はまた相手に驚きを与えることになる。
「足技 『旋風』!」
たった5秒だった。
私は四人の男の目の前に走り込み、次々蹴り飛ばされ四方八方に飛ばす。
とりあえず危機は去ったと言えるだろう。
「大丈夫、クアンタ!ラサイ!クレロ」
私の声で三者三様に無事を答えた。サマーンは怖くて草陰に隠れているのは気配で分かった。みんな無事で何よりである。
「ば、化け物か、てめぇ…」
声を聞き振り向くと、ジールに殴られたところを手で押さえながら口から吐血をしつつボスが戻ってきた。
「もうあなたは戦えないのは分かってるわ。部下を連れて消えなさい!」
ボスに向き直り、毅然とした態度で言い放つ。
だが、ボスは返事をする前にその場に崩れた。
もう立てないかもしれないが、こういう相手はだまし討ちも警戒しなくてはならない。
「もったい…ねぇ…なぁ」
ボスは私を見て血の流れてる口元を歪め笑みを浮かべた。
「俺のモロ好みのエルフが…グチャグチャに殺されるのは…見たくなかったんだがなぁ」
ボスは懐から丸い玉を出した。
「ホントはオーキスが来た時のために取っておいたんだが…作戦を失敗で…終わらせるわけにはいかないからな」
言い終わるとふらついた体でその玉をこちらに投げてきた。
すると、その玉から少しずつ煙が溢れ出し、どんどん煙は大きくなってく。
私はクアンタと他の子供達に建物の中に行くように指示をする。
この煙から嫌な空気が漂う。
煙はものの数秒で広がりを止め、薄くなる。
「…ドラゴン…なの?」
大きさはドラゴンにしては小柄で三メートルあるかどうかの大きさ。色は青。
私からは大きく見えるが、昔旅をした時に見たドラゴンは数十メートルあるものばかりだったので、少し肩透かしでもあった。
「カスタムドラゴン…目標はクアンタを殺すことだ…行け…」
ボスは言いたいことを言い終わると倒れて気を失った。
ドラゴンは言葉を聞くと建物の方へ歩き出した。
「行かせるわけないでしょ!」
私は助走をつけ飛び蹴りを放つ。
「ウソっ!」
今目の前で起きたことを疑った。ドラゴンが俊敏な動きで蹴りを避け、私をはたき落とした。
「ぐはっ!」
ガードはできたものの、ダメージは受けた。だが、この生命エネルギーをまとってる時は回復が促進され、多少のダメージはすぐに治る。
「今度こそ!」
私はフェイントを入れ今度は死角の腹下に潜り正拳突きをまともに当てた。
「なっ!」
今度は腹で押し潰してくる。効いてない。私の攻撃このドラゴンには効いてない。
「この!」
腹を蹴り上げ、ドラゴンを吹っ飛ばすも、もの凄い速さで飛んで戻ってくる。
「この結界の中でこの強さは冗談じゃないわ…」
振り下ろされた前足をガードするも吹き飛ばされる。
圧倒的な実力差である。
「あはは…さすが師範対策だけあるよね…」
このままでは勝てない。師範、ごめんなさい。言われてたこと守れそうにありません。
私がこの生命エネルギーを見つけて、全身にまとうことができるようなった日のことだった。
師範は珍しく真面目な顔で話し始めた。
「いいか、この生命エネルギーについての基礎知識を教えておく。よく覚えておくんだ」
説明はこうだった。
生命エネルギーは理性をゆるめることで強く放出できる。だが、普段は5%だけ使うイメージで理性を通常と同じように保つ訓練をする必要がある。
理由は簡単である。
理性をゆるめるということは、普段理性で止めている感情や欲があふれ出してくるようになる。
そうなると、自分のコントロールができなくなり、戦うどころではないということらしい。
「この生命エネルギーをコントロールできるようになったヤツは俺の師匠である『老師ルプス』を含め、俺も入れて五人しかいない。ゆえに謎も多いんだ」
確かにここで色んな書物にも触れているが、こんな力は全く出てこない。
「後、これだけは覚えておくんだ。生命エネルギーの色に気を付けろ」
師範は自分の生命エネルギーを出して見せる。
「白いときはコントロールができている。だが…」
師範が呼吸を大きくして少し沈黙すると生命エネルギーが少し黒みを帯びてきた。
「こうなるとコントロールするのが難しくなるサインだ。しかも、この色は人によって違うらしい。色によっては変化が分かりにくい可能性がある。だからもし、5%を超えて使うのならば1%ずつ上げていくといい」
そう言うと師範は生命エネルギーを抑えて色を白に戻した。
「まあ、自分のコントロールを超えて戦う相手なら…逃げた方がいいかもしれないな」
師範は遠い目をしていた。もしかしたら過去にそれで失敗があったのかもしれないが、私は聞くのを止めた。
それを察したかどうかわからないが、師範は唐突に話題を変えてきた。
「その生命エネルギーに名前付けた方がいい。魔法で言う魔法の名前みたいなものだ。そうすると発動がスムーズになる」
名前…そんなこと言われても簡単に出てこない。
「師範はなんて名前にしてるんですか?」
その質問で師範はニヤニヤじ始めた。
「聞きたいか?それはだな…」
いきなり師範は天高く拳を掲げ高らかに叫んだ。
「ハチャメチャパワーオーラ!」
師範はどや顔だが、私は顔が引きつった。
(こういうセンスの名前にはしたくない…)
そんな時、ふと浮かんだ。これは私の新たな力。それをそのまま着る感じにしよう、と。
「ノイエ・クレイド…それが私の生命エネルギーの名…」
新しく着るドレスはきっと私に大きな力を与えてくれる。そして、誰かを守れるようになれる側にやっとなれる。
それが、私が過去のつらい記憶を塗り替える方法だと信じたかった。
「まずは6%からね!」
深く呼吸をして少し生命エネルギーの流出量を増やすイメージをする。すると、体を包む白い光が少し濃くなった。
「これなら行けるかも!」
早速飛び上がりドラゴンの頭の上に跳躍し縦回転をする。
「足技 『薪割』」
ドラゴンの脳天に私の回転を加えたかかと落としがまともに入る。
だが、すぐにドラゴンは頭を左右に振り、復活する。
身体能力は5%よりはるかに上がった。ただ、このドラゴンの強さが異常なのだろう。少し上げたくらいでは差は縮まって無いということかもしれない。
「長期戦は不利ね。…次は7…いや、8%!」
再び呼吸を深くしてイメージする。すると今度は薄い桜色の光が私を包む。
「色が変わってきた!?」
師範の言葉が頭によぎる。だが、目の前のドラゴンを倒せなければ意味がない!
「足技!『一矢』」
ドラゴンの胴に向けて両脚を揃えて飛び蹴りを放つ。ドラゴンはその体を宙に浮かせ飛んで行った!
「はぁ…はぁ…生命エネルギーの反動かな?体が少し熱い気がしてきたよ…」
気がつけば体は汗ばみ、呼吸も少し早い。脈も早くなっているのが分かる。体が熱を帯びてるのも感じる。少し無理をしたのだろうか?
私は早くノエル・クレイドを解除したかった。
だが、それは飛びかかってきたドラゴンが許さなかった。
「え!まだそんなに早く動けるの!?」
振り下ろされた爪をギリギリかわし、後ろに飛び退く私。
「師範がいるからって対策やりすぎてない、このドラゴンの強さ…」
もう相手の強さの限界が分からない。
私は更に生命エネルギーの放出を上げた。
「10%!こうなればあなたを倒すか、私の理性が吹っ飛ぶか勝負よ!」
三度深く呼吸をする。
生命エネルギーはますます色が濃くなり、綺麗な桃色になっていく。思わず見惚れてしまうほどの美しさ。
今度はドラゴンから仕掛けてきた!爪を振りかぶり、こちらに飛んでくる。
私はそのドラゴンを見据えると構える。振り下ろされた爪を飛び上がり回避すると、両手の指を組ませ、大きく振りかぶる。
「拳技 『大槌』」
振り下ろされた両手はドラゴンの頭を地面にはたき落とした。
今度は効いている。ドラゴンの口から血が吐き出された!
ただ、それよりも何だろうか?この感覚…。
油断してると尻尾の洗礼を受け私は飛ばされた。
地面を何度かバウンドして止まる。
だが、何だろ?この感覚…。
気がつけば口元から何か垂れてきた。手で拭き取ると唾液のようである。
「えっと…どういうことかな?♪」
何となく気分が高揚してくる。
いや、その程度では無いかもしれない。
先程の一撃で怒りに火がついたのか、ドラゴンは四つ足から二足歩行になり私にまた爪を振り下ろす。
たが、今度はそこに合わせて私は拳を放つ。
ドラゴンの爪と私の拳が交わった瞬間、ドラゴンの爪に亀裂が入る。
それと同時に私には一つの純粋な感覚が明確に現れた。
キモチイイ♡
思わずうっとりするような感覚。
油断したところにまたもやドラゴンの尻尾を食う。
キモチイイ♡
反撃でドラゴンの頬を拳で殴る。
キモチイイ♡
ドラゴンが更に腕を振り下ろしてくるが、それを受け止める私。
キモチイイ♡
もう、何をしても…キモチイイ♡
拳を当たるたびに、相手から攻撃されるたびに、攻撃を避けるたびに
トテモ、キモチイイ♡
気がつけばまだ唾液が口元を伝い垂れていく。
こんな感覚は生まれて初めてである。
これ、もっと生命エネルギーを放出したら…もっとキモチイイのかなぁ?
決定打は与えられないし、もっと%上げるしかないんじゃないかな?
私は抑えられない高揚感と快感に身を任せて更に力を上げるためにまた呼吸を深くしたのだった。




