四十七 私のいない間に…
全てを聞き終えた後、私はテーブルの上で頭を抱えて「ごめんなさい」を繰り返すだけの無気力な…まるで売れ残った不良品の人形のようになっていた。
もう、取り返しがつかない現状に泣くことしかできなかった。
同じく話を聞いたルージュは精気の抜けた顔をしており、このまま命の灯が消えるのではないかと思うくらい虚ろな目をしてテーブルのどことは言えないところをじっと見ていた。
話の内容は想像を超えていた。
結論から言えば、師匠は師範を守るために魔界へ撤退した。師範は人間界のゴッドキラーであるクスというサムライにやられて魔界で治療中とのこと。
意識はあるものの、ザコ相手ならともかく、高レベルの戦いではもう役に立たないらしい。完全回復には三年以上かかるとのこと。
信じられなかった。
エアマスから聞いてはいたが、クスは人間界のゴッドキラー最強の戦士であり、人間界のゴッドキラーはクスをサポートするために選ばれるとのこと。
そして、クスは魔界、人間界、天界の全ゴッドキラーの中で単体の単純な戦闘能力が一番と言われている。
そのクスは、あのオジオンに仕えている。
そして、オジオンがクスと新兵器「破魔砲」と呼ばれる強力な光属性をまき散らす砲撃と共に攻めて来たのだ。
理由は、オジオンに村を攻められた獣人族が魔の森に逃げ込んできたのを引き渡さなかったことにある。
だが、魔の森は人間界にあるとはいえ魔界の入口。そこは魔界とみなすのは神々の暗黙のルールで決まっている。
そんな魔の森に許可なく入って来た獣人族とは言え、はいどうぞ、と引き渡すことはできない。
イアランはこれをオジオンの策である可能性が高いと読んでいるようだ。
オジオンが魔の森をオジオン領土にするためにわざと獣人族を魔の森に追い込んで侵攻の口実を作り、邪魔なこの施設を破壊し、師匠と師範を魔界に追い返したのではないか?とイアランは考えていた。
なぜ獣人族が襲われてたかがイアランには分からなかったようだが、そこはルージュから自分が獣人族の王の指輪を狙われたことを聞いたことにより、オジオンの目的が侵攻以外にもあるのでは?という考察もしていた。
全てを聞いて私が思ったのは、私がいたら戦局は変わった可能性があると言う事である。
オジオンの聖砲弾は話によると対悪魔兵器であり、悪魔ではない私がいることで、その砲撃を止められたのではないか?
クス相手でも師範と二人なら勝てたのではないか?
頭の中で後悔ばかりが浮かんでくる。
「…ここはもう、誰も使うことのない場所となった。でも、もしかしたらジールがここに帰ってくるんじゃないかと思って、ゼフィに許可を得て俺がここを管理していたんだ」
補足のようにイアランが説明をしてくれた。
後、クアンタは魔界に、ヘキサは元女王が竜人族の城に連れて帰ったとのこと。ウィン様は私を探す旅に出て行き、アルビオは託児所が閉鎖になると同時に消えたらしい。
そして、イアランから私に追い打ちが告げられる。イアラン本人はそのつもりは無いのかもしれないが、私には傷口に塩を塗られるような感覚に思えた。
オジオンの獣人族攻撃は竜人族のモトラの死によってオジオンの脅威となる力が減ることにより、そこに割いていた兵を領土侵攻に使えるようになったのが理由との事。
つまり、私がモトラを殺さなければ今の現状は起きなかったのだ。
そう、すべては私が悪いのだ。
話を聞いてどのくらい時が過ぎたのだろうか?
私は自分の部屋のベッドから起きれないでいた。
リッツにやられた心に植え付けられた恐怖でうなされたり、過呼吸になったりと普通に生活ができる状況ではなかった。
何度かイアランが私に食事を運んできては、手の付いてない食事を下げるを繰り返していた。
その度にイアランは優しく背中を撫でながら「俺がいるから大丈夫だよ」とか「君が悪いわけじゃないよ」と声をかけてくれた。
だが、私はそんなイアランの言葉に何も返せなかった。
優しくされればされるほどつらかった。
こんな緊迫した状況下でイアランの立場からすれば、ここにいることは良くないのではくらいの想像はできた。
だが、卑怯な私はそれを聞けなかった。
今はほっといて欲しいくせに、一人になるのが恐かった。
だから、イアランにそのことを聞いて離れられるのが恐かったのだ。
あの日以来ルージュも何をしているのか、私は姿を見ていない。
彼女もオジオンの獣人族狩りにショックを受けていたし、自分の同族がこれからどんどん殺されていくという絶望的な話を聞いてい未来に希望が抱けないようであった。
もしかしたら、もうここにはいないのかもしれない。いや、いなくて当然だろう。
ここにいる意味が彼女には無い。
安全だと思っていたからルージュをここに連れて来たかっただけ。
ここも今のオジオン相手では安全ではないのだ。
生き延びるなら一人で隠れて生きていく方が生き残れる可能性は高いかもしれない。
それよりも、ルージュが去って行ったのかと聞くのが怖かった。
自分の事を恨んでいるのではないか?と考えると後悔に押しつぶされて涙があふれて来た。
色んなことを考えながら窓から見える空を見る。
とても清々しく晴れ渡る空が逆に私の心を暗くした。
どうして私が苦しんでいるのに、澄んだ美しい青を私に見せるのだろうか?
「ごめんね、ジール。今日はご飯遅れてしまったね」
そういうイアランはいつものようにベッドの横に置かれたテーブルに消化に良さそうなおかゆとゼリーを用意してくれた。
「もう五日何も食べてないよ?このままじゃあ衰弱して」
「それでいいよ…」
もう何をすればいいのか分からなかった。
元気になったところでオジオンに殴り込みに行く?それとも獣人族の保護でもする?何をしても結果は早かれ遅かれオジオンの力によって、また悲しい思いをするだけだろう。
じゃあ私が元気になったところで…いや、余計なことをする私が元気になったところで、みんなにとってはマイナスなのではなかろうか?
「…よくないよ」
そう言うとイアランはいきなり私を強く抱きしめた。
痛かった。
本当に力任せに強く抱きしめたからかもしれない。女性を抱きしめるやり方としては最低だ…。
「俺は大好きな君に生きていて欲しい!一緒にまた笑って、怒られて、どこか行って…特別に何か無くてもいい!ただ、無事に生きていてくれればいいんだ…」
本当に呆れてしまう。
こんな抜け殻女を相手にするより、イアランはもっと素晴らしい女性を相手にするべきだ。私なんかに時間を遣ったらダメだ。
こんなに優しいイアランという男が私の相手をしているなんてもったいない…。
そう思った。
だが、私の腕はいつの間にかイアランの背に回っており、衰弱して力の入らない腕で抱きしめ返していた。
「何で…見捨てないのよ…バカ…」
小さくて、華奢な体のイアランなのに…とても温かくて、頼りがいがあって…。
私は込み上げた感情に耐え切れなくなり、声を上げて泣きじゃくった。
イアランの優しさに素直に甘えた。
どうしようもない気持ちを涙にしてぶつけた。
これで何か解決するわけではないことくらい分かっている。
でも、今は刹那の欲求に身を委ねたかった。
リッツに付けられた心の傷は簡単に治らないかもしれない。
モトラを殺したことによって今の最悪の現状は悔やんでも変わらないかもしれない。
だとしても、今は考えないようにした。
その気持ちを察したかどうかは分からないが、イアランもすぐに私を離すことはしなかった。
夜、居間に下りると思いもしない人物がいた。
「ジール…大丈夫?」
この黒髪の合間にピコンと立つ獣の耳。ルージュがいたのである。てっきり部屋から出てこない私なんかに愛想を尽かせて出ていったかと思っっていた。
「この子も…リッツのせいで悪夢を見るようだから、誰かいるところが安全かと思って俺がここに住むことを勧めたんだ」
ルージュは立ち上がりペコリと頭を下げた。
「イアランさんのお陰で助かってます!私には何も返せないので、せめて家事をさせてもらってます」
正直ホッとした。これでもし、ルージュが自暴自棄になってどこかへ逃げ出したのなら、私は更に自分を責めることになっただろう。
しかし、それにしてもイアランが嬉しそうなのは気のせいだろうか?
変な下心…無いよね?
「俺もここでやらなきゃならないことあるから、ルージュのお陰で助かっているんだ。それに」
イアランは優しくルージュの頭を撫でた。すると顔を赤らめて下を向くがルージュは尻尾を嬉しそうにぶんぶん振った。
「犬系なのがカワイイんだよね。以前俺ってオオカミになってたでしょ?だから妙に可愛くて、その上親近感あってさ♪」
次は耳の後ろを軽く撫でたイアラン。ルージュの顔が少し緩んできており、気持ち良さそうである。
「ねえ、ルージュに変な事、してないでしょうね?」
撫でる手が止まる。ルージュも慌てて少し下がって目を泳がせだした。
「ん?こうやって撫でて欲しいって言われたからやってるくらいかな。あ、もしかして妬いた?ルージュとは仲良しになれたけど、子供相手に変なことをしたりしないよ」
イアランの言葉にルージュの尻尾が下がった。
これは…子供扱いされたことに対してなのか、それとも…イアランに恋愛対象に見られなかったのがショックだったのか…どちらにしてもイアランの言葉は相変わらず女心を理解せず発する。
その賢い頭、もっと生かして欲しい。
「あ、あの、晩御飯作りました。ジールも一緒に食べて…もらえたら…嬉しいかな…」
ルージュは指をお腹の前でもじもじと動かしながら上目遣いでお願いをしてきた。
「そうね。みんなで食べましょ♪」
私の一言でルージュの顔に花が咲く。尻尾はその動きで風を起こせるくらいに振り出した。
さっきはあんなこと言ったけど、ルージュのこういう所は実にカワイく見える。思わずギュッと抱きしめたくなるくらいである。
そう言えばイアランがホワイトウルフだった時も可愛かったし、もふもふに癒された。私は犬好きなのだと改めて思った。
尻尾、今度触らせてとお願いしてみよう。
何だか懐かしかった。
かつてはこのテーブルを大勢で囲んでいた。
それが三人となった。
でも、久々の会話をしながらの食事は楽しかった。
目的も希望も今はない。
どうしていいかわからない。
今は…少しだけ、未来のことを考えず、今のことを楽しみたかった。
だが、こういう時に不意にあのリッツの目線を思い出し、体が反射的に激しくに震え寒気を感じた。
心配して駆け寄るイアラン。私は大丈夫と言葉にしてはいるが、きっと誰が見ても大丈夫とは程遠い姿かもしれない。
ここにやって来て、何度もこの前触れもなく思い出す目線、時にはあの声が聞こえてくる気がして発作のように怯えていた。
それはルージュも同じらしく、嘔吐までするらしい。
リッツは倒したが、あの体験は私から消えたわけでは無い。
私もまた、戦えない状態なのだと改めて思い知らされた。
この恐怖は克服できるのだろうか?
そう悩んでいると、イアランがある提案をしてきた。
「ティゴに診てもらうかい?そういうのって見方を変えれば心の傷、つまり体内の傷だろうからもしかしたら医術で治せるかもしれない」
その提案に私は悩む間もなく首を縦に振った。
ただ、少し気になることもある。
「それにしても、師匠と師範が人間界のオジオンに攻撃受けたのに…あなたはここにいていいの?私と関わって大丈夫なの?ティゴに迷惑かからないの?」
私の問いに「問題ないよ」とあっさり答えるイアラン。
だが、以前レパードがイアランのために命を持って責任を取ったとことを思い出したのだ。
魔界のゴッドキラーへ人間界のオジオンが手を出すということは、人間界と魔界の対立とならないのだろうか?
「それは、ジール、君の事だから大丈夫なんだよ」
答えとしては不十分だが、イアランは優しく微笑んで補足をしてくれた。
「どこに聞いても『ジールのためなら』と快諾しくれたよ。確かにオジオンについては邪神様と人間界の神様で話をしてるみたいだけど、ジールのことについては誰もが協力的だったよ」
皆の有難さが身に沁みた。
身勝手なことをした自分のことを今でも思ってくれている。それが嬉しくて目頭が熱くなってきた。
そして、目の前にいる男も、きっと様々な所へと足を運び、私のためにここを守ってくれたのだろう。
「じゃあ、ティゴ呼んでいいかな?」
「お願い。もし、直せるならルージュも一緒に頼みたいけど…いい?」
ちらりとルージュを見たイアランは「ジールと涙ともふもふには勝てないな」と笑って了承してくれた。
まずは、心の傷を治す。
これが決まるだけで気分が少し楽になった。
目の前の目標で自分だけのことしか考えてないかもしれないけど、大したことない目標かもしれないけど、見えない霧が少し晴れた気がした。
「待ってて、今、ティゴを呼んでくるから♪」
ありがとう、イアラン。私、治療がんばる…か…ら?
ちょっと待って。
イアラン、「今」と言ったよね?
もう寝る時間じゃないの?それを急に呼び出すなんて…殺されるんじゃなかろうか?
「イアラン、あ、明日でもいいよ?こんな時間にティゴを呼び出したら…」
止める間もなくイアランは外に駆け出していた。
気持ちは嬉しいよ?でも、ティゴに殺されては本末転倒になるのではないだろうか?
だが、私が色んなん考えを巡らす前にイアランは戻って来た。
「お帰り。少しは今の時間考えて行動を自重し…た?」
ドアから入って来たのはイアランだけと思ったのが、その後ろからもう一人現われた。
「帰って来たか、家出娘」
いきなり嫌味から始まる声。その声は白衣姿の背の低い、整った顔立ちで美少女と言えるレベル可愛さを持ち、髪を頭の左右に結っている幼女体型の見覚えのある少女。
こんなに早くやって来るなんて思わなかったので驚きのあまり声が出せなかった。
「どうした?もしかして少し背の伸びたから私と気が付かなかったのか?」
少し嬉しそうなティゴには悪いが、以前会った時と比べて変わらない気もする。しかし、嬉しそうなティゴに「そうだね」と大人対応で返した。
「あ、言ってなかったっけ。ティゴはすぐそこの森の中で簡易研究所を作り、俺の手伝いをしてくれてるんだよ」
研究の手伝いの内容も気になるところだが、まずは自分の事を優先する。その後に聞いても遅くはないはずだ。
私とイアランはティゴに事情を説明した。ティゴは少し考えると私と二人きりで話せるようにと場所を簡易研究所のティゴの部屋に移した。
簡易研究所は元託児所住居部分から徒歩五分くらいのところにある洞窟にあった。森に隠れている地面を掘ったような洞窟である。
辺りが木々に覆われているので、すぐには発見できそうにない感じである。
「まあ入れ。そのデカい乳ひっかけるなよ」
最初は縦穴を岩場に足をかけながら垂直に三メートルほど下りて行った。嫌味かと思われたティゴの言葉は大げさではなく、場所によっては胸が引っ掛かりそうになるので慎重に下りた。
中に入るとすぐに階段があり、それを下ると広間があった。案外広く、半径十メートルくらいの円状の広間であった。
そこから放射状に八つの部屋があり、私はそのうちの一つ、入口のすぐ左の部屋に案内された。
入った部屋はどうやらティゴの私室のようであった。
とは言え、岩むき出しの壁に飾り気のない無機質な部屋。とても年ごろの女の子の部屋に思えない。
あるのはベッドと机といくつかの本棚。机の上には数冊の本が重ねてあり、書きかけのメモが置いてあった。
「まあ座れ」
私をベッドに座らせるとティゴは机にある椅子に座り私と向き合った。
「今回のケースは昔、戦場で拷問を受けた兵士の心の治療をしたときの応用で治療と思っている」
どうやらティゴにはこういう心の傷の治療をしたことあるようだ。これは希望が持てる。
「じゃあ、始めようか。これは簡単に言えば恐怖の記憶を上書きする方法なんだ」
記憶の上書き何て簡単にできるのだろうか?何より、記憶なんて簡単に変えていいものなのだろうか?
「上書き?記憶操作ってことなの?」
「記憶操作と言えなくもないが、記憶を全てを変え、完全に別人にするとかはできないんだ」
言ってることが分かるようで分からない。記憶を変えてしまえば別人になるのではなかろうか?
「話を聞く限り、今はそのリッツとかいう奴に恐怖を刷り込まれ、ある意味洗脳されている状態なんだ。それを精神魔法で恐怖を呼び起こすきっかけを和らげるようにする」
話は簡単だが、その精神魔法は果たして効くのだろうか?あの恐怖はちょっとやそっとでは消えない気がする。
その証拠に、恐怖がよみがえる時には耳元でリッツがあの声でささやいているかよう聞こえてる感じがする。
「やり方はこうだ。恐怖を和らげるために精神魔法を使い、心をイメージの世界で共有して原因を突き止めて心に『そんなに怯えることではない』と記録させ、身体にまで影響が出ないくらいの方向へと心を促す」
言ってることは何となく分かるが、そのイメージが掴めない。だが、ティゴの真剣な目に私は賭けることにした。
「私を信じろ。お前は私の腕を信じられるか?」
私は力強く頷く。
口は悪いがティゴの腕は確かである。それは今まで見て知っている。
「じゃあ始めようか」
私は生唾を飲む。
どれだけ痛かろうが、しんどかろうが、これしかない以上選んでられない。どんな魔法かは分からないが、私の覚悟は決まった。
「まずは、服を全部脱いで全裸になれ」
一瞬戸惑ったが、心音を聞くために上半身脱ぐことはあるし、相手は女の子なのでそこまで抵抗は無いが、思ったものとかなり違う。
そう思いながらも服を全て脱ぎ全裸になった。すると次はベッドに横になれと指示される。
ここは案外あったかいので風邪は引かないだろうが、どんなことをされるか分からないゆえに不安は膨らんでいく。
「では始めるぞ」
ティゴの治療が始まった。
しかし、私はその治療…と言うより、ティゴの行動に思わず「えっ!?」と声を上げてしまった。
ティゴも全裸になり、私の横に寝転ぶと、私の耳を自分のまだ成長の兆しの無い胸に押し当ててきた。
「余計なことは考えるな。重なる部分の体温を感じ、私の心音を聞くんだ」
やってることの意味に理解が追い付かなかったが、ティゴの言う事を信じて身を委ねた。
私は、徐々に穏やかな気持ちになり、ティゴの心音に安らぎを感じながら少しずつ意識が遠くなる。
いつの間にか、私はゆっくりと目を閉じていたのであった。




