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モンスター託児所のジール  作者: ネジマキノ ショウコウ
第四章 獣人族の女の子編
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四十四 牢の中

意識が戻って最初に見たのは石造の壁だった。


ぼやけた感覚に不意に頭に手を当てようとしたが、後ろ手にされ、錠のようなものを付けられていることがわかった。


それと、口は布が噛まされていて、まともに話せない。


起きようとするも、足にも錠のようなものがあり、起き上がれない。


唯一の救いは、やられた時の服をそのまま着ていること。意識を失っている間、何かをされてないと思うだけで少し落ち着きを取り戻せた。


改めて周りを見ると、鉄格子もあり牢屋だというのはわかった。


体をひねり、ルージュを探す。


すると、隣に自分と同じ格好で横になっているルージュを見て少し安堵した。


ただ、ルージュの口にされている布は赤い色がにじんでいた。もしかして何か酷い事をされたのだろうか?


私はルージュの全身を見回す。


衣服の乱れはないが、所々に土が付いている。しかも、こすれたような跡があった。きっと殴られたりして吹っ飛ばされたときに付いたのだろう。


よく見れば顔の頬辺りは少し腫れている。女の子に容赦なく殴ったのであろう。怒りが沸々と込み上げた。


ただ、あの男に淫らなことはされてないみたいなので、それは不幸中の幸いと言えた。


と、なると問題はここからはどうやって脱出するかである。


戦って勝てないのだから、逃げるのが最善の策だし、何より相手がどんな攻撃をしてくるのかも分かってないで戦うことは同じ結果にしかならないだろう。


私は身をよじりながら周囲を確認する。


牢番などはおらず、周囲に人の気配はない。後はあの死人使いの男がどこにいるか?を確認できればいいのだが…。


そんなことを思っていると、少し離れたところ、同じ建物の中なのだろう、あの死人使いの不満そうな声が聞こえてきた。


「はぁ?後三日も来ないの!?」


男の呆れた声が響く。どうやら仲間…いや、上の者と話しているようだ。


「こっちは居残りして、土産まで用意してるわけ!それなのにこの扱いは酷くない?私は早く帰ってお風呂に入りたいのよ!」


どうやら意図していないトラブルのようである。これで、少なくとも三日は援軍は来ないことが分かった。


逆に言えば三日後には援軍が来るので逃げ出すのも困難となるわけだ。


「まあいいわ。その間、エルフから情報引き出すわ。更に土産増やすんだから、少しはボーナス出ししてよ!」


男はヒステリックに甲高い声を出しながら話を終えた。


しかし、誰とどうやって話していたのだろうか?何かの連絡手段なのだろうが、今はわからない。


ただ気になることを言っていた。「エルフから情報を引き出す」と。私に何を聞く気なのだろうか?


あれこれ考えていると、足音が近づいてきた。私は慌てて寝たふりをした。相手が近づいてきたら、その場で錠を破壊してぶん殴って逃げればいい。


まあ、今回ここに来るヤツに拳が当たれば、の話だが。


足音は牢屋の前で止まった。


止まったのはいいが、次の行動の音がしない。こちらの様子を見てるのだろうか?


「おはよう、ジール」


思わず目を開けてしまった。


声は耳元からした。慌てて振り返るとあの男の顔が目の前にあった。


私はきっと血の気の引いた顔をしてるのだろうと自分でもわかった。


近付いたのに気が付かない。まるで、幽霊のようである。


「ジール、聞きたいことあるけど教えてくれない?」


男は優しく口の布を取ると、私を起こし、牢にもたれかけさせた。


「もし素直に話してくれたら何もしないわ。話してほしいことは三つだけよ」


話せば何もしない。でも、話さないなら、何かをするということ。一体何を聞いてくるのだろうか?


「一つ目はイアランのこと。彼、包魔石の研究、どのくらい進んだの?」


包魔石…そう言えばイアランが以前見せてくれたっけ。魔法で石をコーティングして、簡素な魔法を使えるようにするやつだったように覚えている。


「二つ目は竜人族とあなたたちの繋がり。少し前にモトラが死んだけど、なぜそうなったの?経緯を教えて」


やはりあれは大事になっているようだ。少なくとも地方に飛ばされている男にまで話が伝わっているなら、詳細はともかく、問題にはなっているということだろう。


「で、最後は、あなたの強さの秘密を教えて。その『気』は私でも使えるのか知りたいわ」


思ったより大したことでは無いのはホッとしたが、この男は素直に私の言葉を信じるのだろうか?


それよりも気になったのが最後の生命エネルギーについて知りたいというところである。


まあ、使える者が少ないので、使えたら便利だとは思うが、それだけだろうか?


「あ、そうそう、ウソはやめてね。まあ、半分は嘘ついて欲しいんだけど」


男の顔に最初に見た腹黒い笑みが浮かぶ。今回はそれに醜悪という言葉が似合うくらい頬が緩んでいる。


「自己紹介、まだだったかしら?」


私の目の前に嫌悪しか感じない笑顔が目の前に来た。それだけで泣きたくなるし、気持ち悪い。


「国王直属特殊部隊隊長、リッツ。まあ、簡単に言えば…汚れ仕事専門部隊の隊長をやってるわ」


そんな部隊の名前は知らない。


だが、分かったことがある。


コイツは弱くない。しかも裏仕事をする人間なら一癖二癖あって当たり前。これは簡単に逃げられないかもしれない。


「大丈夫、あなたが素直に話せばいいだけだから」


実に気持ち悪い!だが、チャンスと思った。


相手の息が私に当たったのだ。それはつまり、本体がそこにいるということである!


腕に生命エネルギーを込め、錠を粉砕…いや、ビクともしない。30%解放してこれはおかしい!


「あー、抵抗するんだ。じゃあ、少し楽しくなるわね」


リッツは私の横に自分の顔を寄せ、耳元で囁くように話し始めた。


「私の尋問は、自分から話してくれるって有名なのよ。なんせ、ただ痛めつけるだけの尋問じゃなく、相手の心に寄り添った尋問をすることができるのが私だから♪」


そう言うと男はルージュの元に歩み寄った。


「例えば、この子に夢を見せてあげるとかね」


夢?てっきりルージュに暴行したり、淫らな行為をするのかと思ったが違うようである。


それなのに、背中にゾワッとする感じがした。何なのだろうか?


「この子に幻覚魔法をかけるの。すると、今見たい夢が現実で見ることができる。ただし、三十秒だけね」


全く意図が分からない。それがどう尋問と関係あるのだろうか?


「今ならこの子の場合、家族でしょうね。心はそんなに強くない。きっとこの子はまた見たがるから見せてあげるの」


その先が想像できた。このリッツという男、実に心というものを理解できている。夢の世界の心地よさは解決には繋がらない。


その夢が切れたら、その夢を見ていた者は…。


「あら、気が付いたかしら?そう、急に夢を見せるのを止めるのよ。で、続きが見たいなら、あなたにお願いしてって言うの。この子が夢を見るためにあなたが話してくれるだけでいいという条件を出すだけで、あなたに必死になってお願いするでしょうね」


それを断っても頼み続けるだろう。もしくは、私が話さないとなると絶望して、私を信頼しなくなり、孤独になったルージュは無駄だと知りつつリッツに夢を見せてくれとすがるだろう。


そうなれば、都合のいい、私にとって手が出せない尋問相手の出来上がりである。


「もしくは、あの子が狂いそうになるくらいの媚薬でも注射してあげましょうか?あれ使うと哀れなくらいに欲求を満たそうと必死になるから面白いのよね。昔の私なら相手して楽しんだでしょうけど、今は興味無いからあなたが相手してあげてね」


それは意味が分からない。もし媚薬で淫らになっても私が相手なら、無駄なのではなかろうか?


「まあ、それのどこが尋問に繋がるかって?簡単よ。きっと激しくて痛くなって助けを求めるようになるから。でも、あの子は痛みより快楽が上になっているからやめないのよ。亡者のように求めてくる姿はきっと心に響くと思わ♪」


楽しそうにはなすリッツに嫌な汗が流れてくる。


コイツは、人が苦しんだり、辛そうにしてるのを見て快感に思うタイプなのだろう。


私はしばらく尋問方法を教えられた。


リッツは優しく、私が想像できるくらいに間を取り、ゆっくり語る。聞いてる間、私は何度か嘔吐した。それをリッツは優しくタオルで拭いてくれる。


言ってることは実に気持ち悪いのだが、やっていることは丁寧で優しく、気遣いが感じられる行為ばかりであった。


その不可解さが私の気分を更に悪くしていく。


「ねえ、そろそろどれか、話してくれない?」


私はリッツがささやいてくる間、質問には答えていた。イアランの包魔石のこと、竜人族の事、生命エネルギーのこと。


だが、同じ質問をしてくる。


何回同じことを言っただろうか?もう数すら数える気も起きない。だが、リッツはまた別の尋問方法を話し出す。


「もう…やめて…お願い…だから…」


私の力ない言葉にリッツはとんでもない行動に出た。


ベロン。


ザラりとした感覚が私の頬に這った。リッツは私の頬を舐めたのだ。


私の精神状態は限界に達していた。体の震えが止まらない…。寒くはない。むしろ目を覚ました時は何も問題は無かった。気持ち悪さも極限まで達すると体に異常をきたすことを初めて知った。


気が付けば背中に異常なくらいの汗。舐められた頬と反対側の頬に何度も汗と涙が流れる。


「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」


何をしていいか分からず、祈るように謝った。この状況から早く脱出したい。その一心であった。


「何でもしますから…何でもしますから…何でもしますから…」


涙があふれ出た瞳でリッツを見て、ガタガタ震える口を動かして出た救いを求める言葉。


だが、リッツは優しく涙をキレイなタオルで拭くと耳元で優しくささやいた。


「あなたは私の言う事、何でも聞いてくれるの?」


まるで小さな希望をつかんだかのように必死に首を何度も縦に振った。助かる。これでこの異常な状況から脱出できる。私は嬉しさでまた涙を流した。


「なんてね。まだ、たくさん尋問方法はあるのよ。さあ、続けましょうか♪」


今の私はきっと凄く醜い顔をしていると思う。でも、そんなことはどうでも良かった。


私の希望は潰えて、また先ほどの想像するに堪えない話を続けられる。力ない笑い声が私から漏れ出した。


「あら、もう壊れだしたの?仲間が来るまで後三日あるのよ?これから三日、しっかり心を保ってくれないと、私の『暇つぶし』にならないでしょ♪」


私は「へ…」とかすれた声を出してしまった。


これだけ気が狂いそうな思いをしている私に対して、リッツは暇つぶしと言ったのだ。私の心は崩れた。


その後、リッツが何を言っても耳に入ってこなかった。時折リッツが耳を舐めたり、髪を舐めたりしてきたが、もうどうでも良かった。


ただ、もう、どうでも良かった。


やっぱり神様の言う通りだった。


私が下手に偽善者ぶってルージュを助けたばかりに…強さに多少自信があったばかりに…このような地獄を見ているのだ。


全部、私が悪いのだ…。


「あら、もう終わり?まあ、大人しくなってくれて助かるわ」


まるでちょっと面倒な片付けが終わったかのようにリッツは牢から出ていった。それすらどうでも良かった。


体に淫らなことはされなかったが、心は蹂躙された。


それもどうでもいい。


そう、どうでもいい。


私は意識があるのか無いのか分からない時間をしばらく過ごした…。





私は夢を見た。


私は温かな日差しの下、草原に寝転んで太陽と草の匂いを胸いっぱい吸い込む。気持ちいい午後。


ティータイムは何を飲もうかな?と悩む私。とても幸せな悩みである。


そんな日々を昔は過ごしていた。幸せだった。


幸せ…だったのだ。


そんな気持ちで目が覚める。


目の前に広がるのは草原ではなく牢屋。じめじめしている感じがしてカビ臭い。ティータイムなど無縁の場所。


そして思い出される意識を失う前の事。


「いやぁぁぁぁあぁあ!」


あの事を思い出すと感情が抑えられない。


嫌だ…いやだいやだいやだいやだ!


「出して!ここから出して!」


私は叫ぶ。ありったけの声で。その声でルージュが起きたのだが、私の視野にルージュはただの動くものでしかなかった。


「あら、ホントのこと、お話したくなった?」


奥から現れたリッツの言葉で私は愕然とした。


私の話したことは信じられていない。リッツは私がこんな状態なのに隠してると思っているのだ…。


「こちらもお目覚めね。おはよう、ルージュ。あなたもまだ言わなきゃならない事、あるわよね?」


リッツの目線の先には…震えて…失禁しているルージュがいた。


私から顔は見えないが、背中は恐怖を表すかのように大きく震えていた。きっと、ルージュも私が意識を失っている間、リッツにやられたのだろう。


ここには、心を潰された怯える雌が二匹いるだけであった。





もう、時間すら分からない。


三日後にリッツの仲間が来るので三日過ぎれば分かるだろが、それがいつなのか?今が朝なのか夜なのかも窓のない牢の中では分からない。


そして、何より恐いのが、リッツは尋問する時以外はとても優しいこと。


食事も三食用意して、しかも捕虜に対してちゃんと食べられる料理を出してくれる。錠で自ら食べられない私たちに一人ずつ、優しく食べさせてくれる。飲み物もきれいな水を飲ませてくれた。


食事が飲み込めず、むせて食べ物をリッツの顔にかけた時、体から体温が消えた気がした。私は震え上がり、恐怖が一瞬で頂点に達し、涙まで流れ出した。また、あの尋問のようなことをされると思うと、あの恐怖が私を支配した。


だが、リッツは怒ることなく「あら、熱かった?」と心配してくれた。


そして、自分の顔を拭くより先に、優しく私の口元を拭き「今度は食べやすいものを用意するわ」と笑顔を見せてくれた。


そして、意外なのが、リッツは身動きできない私たちに尋問の時以外に手出しはしてこなかった。


逆に寒そうにしてると毛布をくれたり、身をよじった時に顔に付いたドロを優しく拭き取ってくれた。


そのせいだろうか?


私は少しずつ、リッツに対して嫌悪感が無くなっていった。


むしろ…少し好意すら抱いていた。


そして、更なることが私とルージュの心を動かした。


リッツは急に牢の中の一部を厚めの布で囲い、お湯とタオルを持って来た。


「女の子が水浴びできないのは辛いでしょ?これで体を拭くといいわ」


そう言うとリッツは私とルージュの手足の錠を外した。


「囲う布がそれだけしかないから一人ずつね。だから、一人終わったら言いなさい。新しいお湯とタオルあげるから」


久々に手足に自由が戻った。


多分、ここに入れられたばかりの頃なら脱出のためにリッツと戦ったかもしれない。


だが、私はすでにリッツに敵意は無かった。


きっと何か事情があるのかもしれない。でなければ、私もルージュも食事すら与えられてない地獄の監禁生活をしているはずである。


「どうして優しくしてくれるの?」


思った疑問を素直に聞いてみた。すると、リッツは振り返らずにあっさり答えた。


「私の仕事は今、あなた達から情報を引き出すことなの。それ以外は無駄に危害を加える必要はないでしょ」


尋問は仕事だからと言った。では、仕事でないのなら、このような事をしないのだろうか?そう思わせたのは、尋問の時以外は私たちの事を大事にしてくれている。


出て行ったリッツの後ろ姿を見ていたのは私だけではなかった。


ルージュも同じく、敵意ではなく、どちらかと言えば好意的な視線をリッツに送っているのが見えた。





更に時は流れた…と思う。三日とは長いもので、リッツの仲間はまだ来ない。


私たちは今、牢の中にはいるものの、手足の錠はあの体を拭いた時以来、付けられることは無かった。


私は気になったので「付けなくていいの?」と聞くと「そんな事しなくても、もう逃げないでしょ」と信用を言葉で返してくれた。


そう、もう逃げる気はない。


仮に逃げて捕まったらまた、初日のあの尋問の時のような拷問をされたり、錠を付けられたりするだろう。これが、一番安全なはずである。


そうやって心の距離が近くなったせいなのか、私たちはリッツとよく話をした。そこには尋問というものは存在せず、普通の日常会話が繰り広げられていた。


特に私の過去の話をリッツは面白そうに聞いてくれた。リッツは今回の遠征以前はオジオンから出たことがないらしく、外の世界の話はとても興味があるとのことだった。


後、私も面白かったのがルージュの獣人族の伝説の話であった。


獣人族の最強の王が邪悪な魔物と戦い、退けることで今の自分たちがいるとのこと。その邪悪な魔物を倒した獣人族の最強の王が指にしていた指輪がルージュに渡された指輪だそうだ。


「だから、オジオンもその指輪に必死なのね」


「でも、怪しいものです。もし、何か特別な力があればお父さんも使って、敵の襲撃を退けたでしょうから」


確かにその通りである。


「私も指輪を持って帰れと言われたけど、理由は聞かされてないから、本当の目的はわからないわ」


リッツはため息混じりに答えた。


雇われの身の辛いところなのだろう。本人の意志ではなく、上の命令でこんな辺境に送られるのだから。


「あ、今晩はお肉用意するわ。楽しみにしててね」


軽く私たちに手を振るとリッツは奥へと戻って行った。


「リッツさん、ちょっとカッコいいですね」


そんなルージュの言葉を私は笑ったりすることはできなかった。


立場上、私たちを牢の中には入れているし、最初は嫌悪しか抱かなかった。


だが、今は頼もしい仲間に思えた。


何より牢に入れた私たちを気遣い、女性相手の配慮もする。こんなとこなのに、良い出会いと思えた。


もしかしたら、ルージュは父親を亡くしたのもあって、年上の男性に心惹かれるものがあるのかもしれない。


このまま、リッツの仲間が来なければいいのに。


私はそう願いながら、用意してくれた布を敷くと横になり、眠りに落ちた。


ただ、私は…私たちは、大事な事を忘れていることに、気が付いていなかった。


私の知識と経験不足を呪う未来が、すぐそこに、いや、もう始まっていることに…。

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