四十三 快楽拳士
戦場となった集落の末路。そんな光景であった。
集落は私の住んでいた洞窟から歩いて3時間ほどの森が少し開けた所にあった。もしかしたら、獣人族が開拓したのかもしれない。
私の住んでいた洞窟近くの川がここまで流れていきていた。下流なので川も少し大きくなっており、向こう岸に子供が渡るには小舟でも無いと大変かもしれない。
敵の気配が無いので私はルージュを集落のあったところへと連れて行った。
集落と言うよりちょっとした村より大きい感じを受けた。宿屋に始まり、武器防具屋、雑貨屋、パン屋、野菜や干し肉を売ってたであろう店もあった。
それが、落ちている看板でしか確認できないのである。
かなり丈夫そうな木造の建物が並んでいたのでいたのではないかと思うくらい建物の基礎部分が残っており、建物の上は崩れるか、焼け落ちるかしていた。
破壊するだけ破壊して撤収した。そんな感じである。
その近くには何体もの遺体もあった。
焼かれた者、剣で切られたような傷を負った者、崩れた建物の下敷きになった者。どれも耳が頭にある獣人であった。
まあ、オジオンの戦死者は仲間が引き連れて埋葬するだろうから、ここにオジオンの兵士の遺体が無いのはおかしな話ではない。
そんな中、ルージュはある遺体の前でへたり込んだ。
剣を持った鉄の胸当てをした戦士風の獣人の遺体。喉に切り傷を受けて出血したのだろう、首におびただしい血が付いていた。きっと、戦ったのだが、負けたのだろう。
「お父さん…」
ルージュの様子で何となく予想は付いていた。きっと自分の子供を流すために、無謀にも圧倒的な数の兵に立ち向かったのだろう。
もしかすると一人で戦っていたのかもしれない。
他の遺体に武器を持った者がいない。戦ったような傷も、無ければ防具も身につけてない。
もしかしたら、奇襲で準備する前に戦える者の大半がやられていたのかもしれない。
ただ言えることはある。相手との戦力差は圧倒的であったこと。なす術なく一方的なやられ方をした結果がこれなのだろう。
ルージュは父親の遺体の前で大声で泣いた。そんなに大声で泣いたら敵に見つかるのではないかと辺りを警戒を強めたが、人が来る気配はない。もうここに用はないのだろうか?
しばらくはルージュが落ち着くまでここに居なくてはならないので、敵が来ないのは正直助かる。
私はルージュをそのままにして、少し集落を回ることにした。生存者はいないだろうが、一応確認してみることにした。
やはり、生存者はいなかった。だが、遺体は思ったより少ないところを見ると、連れ去った人数も結構いそうである。
エルフなら分からなくもないが、獣人族はそこまで魔力が高いわけではない。奴隷にするにしろ、身体能力が高いため、反乱を起こされては厄介なはず。
まあ、女性は一部の歪んだ性癖の者には喜ばれるのを聞いたことがあるので、売り払う可能性もあるが、それだけでここに攻めるだろうか?
いつの間にか日が森に沈んで暗くなり始めていた。私はルージュのところにもどったが、ルージュはまだ父親の側で膝を抱えて顔を伏せている。
春が近いと言え、この辺りは冷え込む。そろそろ洞窟に戻る方が賢明かもしれない。
「帰るよ、ルージュ。明日また来てみんなを埋葬してあげよ」
私はルージュの肩に優しく手を置く。だが、ルージュは首を横に振る。
「私、ここにいる…」
気持ちは分るが、さすがにここで夜を明かすのはまだ寒い。しかも万が一敵が来たらすぐ見つかってしまう。
「ここだと風邪引くから、とりあえず洞窟へ…」
私は言いかけた言葉を止め、嫌な気配をかんじた。その正体を確認するために振り向き背後を見た。
「ゔぁぁぁぁ…」
まさかの、先ほど倒れていたルージュの父親が…立ち上がっている!だが、焦点はおかしく、体に力が入ってないかのようにすり足でこちらに向かってくる。
「逃げるよ、ルージュ!」
私はルージュの手を引っ張るが、ルージュは動こうとしなかった。目の前の父親が立ち上がったことに驚いているようであった。
「お父…さん?」
どう見てもおかしな動きをしているのだが、ルージュにはもしかして、父親が生きているのでは?という、淡い希望が浮かんできたようで、その場を動かず、いや、父親に近寄ろうとしている。
「世話が焼ける!」
生命エネルギーを解放してルージュの父親を蹴りとばす!
「やめて、ジール!」
ルージュの悲痛な叫びは聞こえたものの、私はルージュと父親の間に立ち塞がった。
だが、問題はこれだけでは終わらない。
父親だけではない。他の遺体も立ち上がり、私達の方へと向かってくる!
「何なのよ、これは!」
これはアンデッド…もしくは死体を操っているのだろう。
「趣味悪すぎでしょ!」
私は確実にファイアーボールで一体一体仕留めていく。その度にルージュの「やめて!」という声辺りに響き、私の心にナイフのように突き刺さり、容赦なく切りつけてくるかにように耳に鋭く入ってくる。
だが、心を鬼にして私は燃やしていく。そして、ルージュの父親にファイアーボールを放とうとした瞬間、ルージュが私の前に立ちはだかった。
「ジール、やめて、お願い」
ルージュの目は決して言葉の通りのお願いではなく、敵意すら感じるほどの目つきで私を睨んでいた。
だが、少しずつルージュの背後に父親は迫ってきている。
「殺されるわよ、ルージュ!」
「いいわよ!お父さんになら!」
私の言葉がまるで届かない。
こうなれば仕方ない。
「フランメ・フィスト!」
素早くルージュをすり抜け、私の燃えた拳は父親を捉え、全身を燃やした。
「お父さん!」
私を押しのけて父親に近寄ろうとしたルージュを私は体を抱き止め制した。
「目を覚ましなさい!あなたのお父さんは」
「放して!お父さんは生きてるのよ!私が助けなきゃ!」
必死に暴れるルージュの抵抗も虚しく、父親は灰となって骨を残すのみとなった。実に後味の悪い戦闘であった。
「どうして焼いちゃったの!お父さん、生き返ったかのよ!お父さん…生き返ったんだから…お父さん…は…生き返って…」
私の腕の中で、ルージュは崩れながら嗚咽漏らしていた。
きっと分かっているのだろうが、現実に動く父親を見ればどんな形であれ期待してしまうのも分からなくもない。
だが、その現実にけじめをつけるつもりで来たルージュにこれは惨い仕打ちである。
まだ、幼い女の子にこんな現実を受け入れろと私は言えなかった。ただ、ルージュが泣き止むまで、しっかりと抱きしめてあげることしかできない自分の無力さが嫌になってくる。
「もう…大丈夫だよ」
どのくらい泣いていたかは分からないが、ルージュが泣き止んだ。
目は真っ赤に充血しており、まるでウサギである。
ゆっくり弔ってあげたいのだが、このようなトラップを用意している時点でゆっくりはできない。もしかしてトラップを仕掛けた相手にこちらの動きを把握されてる可能性もある。
この敵、とりあえず「死人使い」と呼ぶことにするが、実に厄介である。
戦場ならいくらでも死体は補充できるし、死体の腐敗具合によっては毒素や病原菌を歩くだけで敵陣にばらまくことができる。
しかも、死を恐れない特攻も速度が無いとは言え、見ている者に恐怖を与え士気を落とす効果もあるだろう。
倫理を無視すれば、かなり効果的な兵器と言える。
それに、今回の失態はここから動けないことである。
洞窟に帰るにも道が暗すぎるし、私一人なら大丈夫だが、守り切れず、森の魔物にルージュが襲われる可能性がある。夜の魔物は昼間より比べものにならないくらいに強い。ゆえに夜に森を歩くのは避けるべきなければならない。
仕方ないので、できるだけ光が見えないように土魔法で壁と屋根を作り、簡易的なテントのような場所を作り、そこで夜を明かすことにした。
膝を抱え、虚な目で用意した焚き火の前で動かないルージュ。焚き火に照らされ陰影がはっきりと出て一層落ち込んだ様子を際立てた。
私は声をかけず、近くの川で取った魚を木の串に刺して焼き始めた。
本当にここに連れてきてよかったのだろうか?と思うと同時に、私には父親がいなかったゆえに、ルージュの気持ちは分からなかった。
そう言えばお母さんも父親についてはあまり話してくれなかった。何度か聞いた時には「凄い人」や「立派な人」と抽象的な表現で、まるで言いたくないような感じだったので私も追求しなかった。
「お父さんはここで最強の戦士だったの…」
誰に言うでもなく、ルージュは話し始めた。
「お父さんは強かった…負けるなんて…あり得ない…」
そう言うとまた、父親のことが頭に浮かんだのか、顔を膝に埋めてすすり泣きだした。
今晩はそっとしておくとしよう。明日はどういう心理状況でも、とりあえず洞窟には連れて帰らないと、ここに敵が来たら厄介である。
「この焼けた魚、もらっていいでしょうか?」
「いえ、それはもう少し焼かないと…って誰!?」
気が付かなかった。
いつの間にか私の横に紫の少し高級そうな布地のローブを羽織った頭を剃り上げた中年男性がいた。
男は腹黒そうな笑みをこちらに向けてきた。
「私の兵を簡単に退けるとは…さすがエルフですね。魔法を使われたら低級な屍人では勝てませんね」
敵だ!コイツがあの死体を操っていたヤツということなのだろう。私は有無を言わす拳を放った。
しかし、その男に当たると、空を切った。幻術の類だろうか?
「おや、魔法ではなく拳ですか。私が魔法使いと判断して近接戦ということですかね?まあ、基本に忠実な戦い方ですね」
これはマズイ展開である。
敵の能力を把握できない状況で戦闘になるのは不利である。ましてや死体を操ったり、幻術を使ったりと普通の戦い方をしない相手なら、相手のペースにハマると勝てない可能性が上がる。
「ルージュ!」
目の前のやり取りを呆けて見ていたルージュの手を取り、土の簡易建物から逃げ出すと、相手と距離をとった。
「最近天然のエルフが不足しているので、これは嬉しい誤算です。後はその娘が持っているはずの指輪を回収して、あなたを捕まえたら、私は本国に戻って楽しく暮らせそうですね」
そう言うと男は見覚えのある首輪を出してきた。魔散石の首輪。あれを出してくると言うことは、私は魔法しか使えないと思われている可能性が高い。
つまり、そこに勝機はある!
「さてと、では一応聞きましょうか。大人しく指輪を渡して私に捕まる気は無いですか?」
上から目線の言葉は私たちをナメてるか、もしくはよほど強いか…まだ見極めらための材料が少ない。
「そんなの、断るに決まってるでしょ!」
周囲には目の前の男だけしか気配はない。ただ、先程の私の拳が空を切った理由を見つけなければ、私の攻撃は当たらないかもしれない。
かと言って魔法が効くのだろうか?試す価値はあるが、効かない場合、果たして拳で倒せるのだろうか?
「くらえ!ファイアーボール!」
まずは牽制。これをどう対処するかによって次の手を考えることにし…。
「なっ!?」
私の左手に痛みが走った!何かが刺さったのだ!
「…焼いた…魚!?」
これは食べようと焼いてた魚である。その魚が私の左腕に刺さっているのだ。
「食べ損ねていたようなのでお返ししようかと思いましてね」
私はまたミスをした。
刺さった魚に気を取られ、ファイアーボールが敵に着弾する瞬間を見れなかった。
結論から言えば相手にダメージはなさそうである。焦げた後もない。つまり、魔法は効かない可能が高い。
「ルージュ、離れて」
私の言葉でルージュは不安そうに恐る恐る私から離れて近くの木の影に身を隠した。そして、顔だけこちらに出し、私の様子を怯えた目で見ていた。
「おや、まだやりますか?まあ、私を倒すだけの魔法が使えたら、ですがね」
その言葉にまさか!と思い首を触る。
私が先程まで付けていなかったものがそこにあった。魔散石の首輪が首に付いている!
「お似合いですよ、エルフさん。それとも先ほどのように殴ってみますか?」
分からない。相手の動きが見えない。これは追い込まれている!
だが、何かが私の中で引っ掛かった。何だろうか?
「来ませんか?まあ、このままでもあなたを捕獲できますから、少し待ちますかね」
…分かった。私は最初からミスをしていた。予測できてない私のミスだ。
「あなた、私が誰なのか知っているんじゃない?」
そう、普通、武器を持たない魔力切れのエルフは人間の大人の男に勝てる戦闘力は無い。一般的に知られていることなのに、あの男は近づかない。
つまり、私を警戒している可能性がある。
先程あの男を殴った時は生命エネルギーを使わなかった。なのに、魔法が有利な距離を保つのはおかしい。
「おや、私としたことが言葉が過ぎましたか」
どうやらビンゴである。これで、押し負けていた状況を少し押し返せた…はず。
「快楽拳士ジールさん。格闘で敵を倒し己の欲を満たす狂拳士ですよね?」
「かいらくけん…し?敵を倒し、己の欲を…満たす…きょうけん…し?」
いや、待て待て!何か変なワードが聞こえたけど?快楽?狂拳士?己の欲を満たす!?どういう情報だ!?
「拳を血に染めて喜んでいると聞き及んでいますが」
「違うわよ!」
思わず怒鳴ってしまった。どうしてそんなデマが…あ…いや、生命エネルギーを解放して桃色になれば…その時の戦いを見たと言うなら…否定できない…かも。
「違うんですか?」
男の言葉に私は否定ができなかった。何かもう負けた気がした…。いや、それじゃあダメなんだけど、メンタルにダメージを受けた。
私は拳を血に染めて快楽を感じる変態エルフで知れ渡っているということなのだろう。最近ダークエルフ化してないけど、これからは違う意味で変装はやった方がいいようだ…。
「私は魔法がメインなので近付いて、あなたの快楽のおもちゃにされてはたまりませんからね」
きっと相手はそこまで考えてないだろうが、私はかなり戦意喪失させられてしまった。これは今まで経験のない攻撃である。
だが、気を取り直す。
男の声はちゃんと立っているところから聞こえてくる。つまり、声はあの場から発している。もしかしたら音を飛ばしている可能性はあるので確定要素ではないが参考にはする。
相手はこちらの戦い方を知っている以上、これ以上近付いては来ないだろう。
となると次に狙うのは…あの男が言っていたルージュの指輪になると思うのだが、ルージュとあの男の距離は遠い。
私の方が近く、男がルージュに近付く瞬間に私から迎撃されることくらいは予測しているはず。
頭脳戦はホント苦手である。こういうのはイアランが得意なのでここにいたら丸投げしたい。
と言うか、本能のまま戦うのが楽だなぁと思ってる時点で、まさに「快楽拳士」の名に恥じない思考に…いや、なってない、なってない、断じてなってない!
それにしてもまだ何か違和感がある。それは何なのだろうか?ただの気のせいなのだろうか?
「おや?攻撃してこないのですか?それは助かると言うもの。では、そちらの娘から指輪をもらうとしましょうか」
歩く、と言うより地面を滑るように男はルージュに近寄っていく。
こうなると、一度攻撃してみて考えるしかないのだろうか?だが、何となくそれはマズイ気がしてならない。どうすれば良いのだろうか?何も思いつかない。
「ったく!出たとこ勝負でやってやるわよ!」
警戒ばかりではルージュを救えない。私は意を決して生命エネルギーを解放して男に殴りかかった!
「よかった、ちゃんと来てくれて♪」
私の拳は男に当たることはなく、男を素通りして拳は空を切る音を鳴らしただけであった。
その代わりでは無いが、体に力が入らなくなってきた。まるで痺れているような感覚である。
「冷や冷やしましたよ。あなた、攻撃して来ないんじゃないかってね。でも、来てくれたことに礼は言いましょう。ありがとう、愚かなで哀れなジール♪」
言いたいことを言うと男はそのままルージュの方へと近寄っていく。
私の直感は間違いではなかった。
だが、間違いでないにしろ私は今、無様に地面に倒れた。自分の強さで何とかなると過信した結果これだ。
「洞窟で…大人しくしとけば…良かったかな…」
解毒の魔法を試みるも、意識が薄れていく。
以前にもこんなことがあった。それが、洞窟暮らしの原因だったのに…。
薄れていく意識の中、悔しさと後悔によって私の頬を涙が一筋流れる。
そして、私の意識は消えた。




