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モンスター託児所のジール  作者: ネジマキノ ショウコウ
第三章 竜人族継承問題編
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三十八 モトラ再び

起きると私の部屋の前に師範がいた。


きっとイアランが犯人だろう。師範の顔にいくつかの殴られた跡があった。それにしても治癒させなかったのだろうか?


私は師範にイアランの暴走について頭を下げた。いぶかしげなか顔をして、師範は穏やかな口調で話し始めた。


「イアランの気持ちは理解できないわけじゃない。それに、俺がお前に謝りたいくらいだ」


初めてである。師範が私に謝りたいなんて。言いたいことはあったが、師範の次の言葉を待った。


「こういうことは本来、俺やゼフィが対処する問題だ。だが、今やお前に頼ることが増えた。お前は俺たちと違って戦いを好んでいるわけではない。それなのに今回みたいな状況だ。俺が未熟なばかりにお前に迷惑をかけてしまった」


悪魔だが、師範は決して冷酷非情な悪魔ではない。普段はふざけたり無茶をしてくるが、私を憎んだり、邪険にしたことはない。何より戦いを押し付けたことが無い。


師範は師範なりに今回のやり方を良い選択とは思ってなく、気に病んでいたことが分かっただけでも私としては何とかしたいという気持ちの後押しとなった。


「気にしないでください。ヘキサを守るにはこれしか無いですし、師範が戦って暴走したとしても今の私には止められないし。最悪、私が強くなってモトラを疲弊させることができれば、師範が暴走しない範囲で生命エネルギーを解放して倒すという方法もあるでしょうから」


そう、捨て石でもいい。優先すべきはヘキサを守ること。そのためなら私は…。


「ダメだ!そんな考え方では!そんな考え方がベースだとそこを基準に行動することになる。それでは捨て石にすらなれない。そこはカン違いするな!」


先ほどの穏やかな口調から一変して怒りすらまいじっている強い声である。私は思わず体をのけ反ってしまった。


「俺はお前を捨て石にする気は無い。お前を勝たせるためにこの修行をやっている。それなのにお前が捨て石になる気でやっているなら、今やっていることは全部無意味だろ!」


言い返す言葉が無い。師範の性格からして私を捨て石になんてするはずがない。なのに、つい口走った安易な策を自分で反省した。


まだ、白銀竜の覇気を扱えない自信の無さが弱気な言葉を出させているのかもしれない。


「くだらない事考えるのはまだ何も掴めてないからだ。朝飯食ったら早速やるぞ」


一瞬、朝ご飯を食べるのをためらった。昨日は結局吐きすぎて最後は胃液しか出てこなかった。そう思うと食べない方がいいのでは?と思う。


だが、お腹は良い音を辺りに響かせた。


仕方ない。だってイアランが戻ってきてもハルコは帰らず今日も朝ご飯の支度をしている。まあ、師範目当てで何だかんだ理由を付けて残っているんだろうけどね。


昨日とは違ういい匂いがすでに私の鼻に届いている。


「これは…魚を焼いてる♪」


欲に負けた私は朝食を食べることにした。





朝食を食べたことを後悔した。


修行開始から一時間で全て吐いた。予想はしていたけど、最近焼き魚を食べてなかったから仕方ない。でも、これって食べたと言えるかは微妙なラインである。


「どうだ?少しは感覚掴めたか?」


無慈悲な師匠が四つん這いになった私を見下ろしながら言ってくる。


「…全く昨日と…うぷっ…」


また吐き気によって嘔吐。頭がぐるぐる回る。まともに立ち上がれない。先ほど無理に立ち上がろうとして倒れて自分の嘔吐物の上に転がった。最悪でな状況でも師範は「続けろ」としか言わなかった。


「オーキス!いい加減にしろ!」


怒りによって顔が真っ赤になったイアランが私に駆け寄り背中を擦ってくれた。


「ジールを殺す気か!もし止めないなら昨日のように…」


私は力の入らない手でイアランのローブの裾を引っ張る。そんな私を悲しそうな顔で見つめてくるイアラン。


「ジール、もういい、もういいよ。こんな事続けてるとジールが死んでしまうよ!他の方法を探そう、ね」


嘔吐物の上に倒れて汚れて臭いはずの私をイアランは強く抱きしめた。その手は少し震えていた。


怒りなのだろうか?


「じゃあ天才召喚士様はあの化け物相手にどうやって勝つのか教えてくれるんだろうな?」


師範のイヤミ交じりの言葉にイアランは更に私を強く抱きしめた。


「覇気なんて誰かに譲ればいい!そうすれば解決だよ!」


私のことを気遣ってそう言ってくれるのはとても嬉しかった。正直昨日の私ならきっとイアランにしがみつき「そうだよね」と泣いていただろう。


でも、ごめんなさい、イアラン。それは選択肢には無い。


「大丈夫だよ、イアラン。昨日よりはちょっとだけマシだから…」


自分でそう言いながら、半分は言い聞かせである。そうでもしないと心が折れる気もする。今、小枝のような棒で心を支えているくらいである。


決意なんて現実の辛さであっさり潰されるのは珍しい話ではない。


「別にそうしたいなら構わないが、ヘキサは殺されるだろうな。仮にリグシャに覇気を譲っても、ヘキサの女王の素質が消えるわけじゃない。となると、ヘキサが強くなって反乱をされる前に殺すのがベストと思うのは自然だしな」


茶番で見るかのように師範はさげすんだ目で私を見た。


「止めるか、ジール。俺もお前のゲロは見飽きたしな。それならそれでもいい。好きにしろ。俺はちょっと出かけてくる」


そう言うと師範は姿を消した。残された私とイアランはしばらく沈黙したまま動けずにいた。


だが、何気なく視線が合うと急に気恥ずかしくなって急いで離れた。


「あ、いや、そのごめん。変な意味は無くて、その、ごめん」


急にしどろもどろにになるイアラン。逆にそんな態度をとられると私も変に緊張してしまう。


「わ、分かっているよ、そ、それくらいは。それより、逆にあなたの服汚してごめんなさい」


こんなことしている場合ではないことくらい分かっている。でも、何と言うか…どうもイアランと二人きりでいると調子が狂ってしまう。


「そ、そう言えばどんな修行しているの?」


ワザとらしい話題の振り方をしてきたイアラン。場の空気を変えようとイアランも必死のようである。


別に隠すことも無いので答えることにした。


「生命エネルギーと白銀竜の覇気をブレンドして使うってのをやってるんだけど、二つのエネルギーの発動条件が相反しているのよ。それを同時に使うから頭がそれに追いつかなくて気持ち悪くなるのよ…」


へこんでいる私の横で真剣に考えているイアラン。自分が使えるわけでもないのに理解できるのだろうか?


だが、そんな思いを消してしまうほど真剣な表情をしているイアランを見て何となく微笑ましかった。


自分のことじゃないのに持てる知識をフル活用して考えてくれているのは嬉しいけど、その横顔は真剣に考えているというより困った子供のような表情に見えてしまう。


それを見てると少し癒されてきた。


「ありがとう、イアラン。とりあえずもう少しやてみることにするわ。他にいいアイデア無いしね」


「いや、ちょっと待って。俺は生命エネルギーと白銀竜の覇気を使えないんだけど、こういう発想で使うことはできないの?」


イアランは近くに落ちている小枝を拾い、地面に図を描いた。その図について説明をするイアランだが、理屈がすごく分かりやすかった。


「分かった。ちょっと試してみるね」





一時間後、私はやはり倒れていた。


今度は生命エネルギーと白銀竜の覇気を使いすぎて体がついていかない現象が起きていた。


イアランの理論は簡単で分かりやすかった。混ぜるのではなく、左右の手に生命エネルギーと白銀竜の覇気を片方ずつ出すというやりかたであった。


要は一度両方出してから混ぜるという作戦だった。


だが、片方のコントロールに気を取られると片方のコントロールが疎かになり、放出量を間違えてしまう。


そうなると放出しすぎたエネルギーを抑えるために更にエネルギーを使うこととなり結果倍以上のエネルギーを扱うこととなる。


ゆえに、普通に使うより消費が激しく、体への負担が大きくなり、立てなくなってしまうのだ。


「これは習得する前に…死んじゃうかも…」


「大丈夫、ジール!!」


必死に回復魔法を使い私を治すイアランだが、白銀竜の覇気での体の痛みは消えなかった。


この日は、ここで修行にならず、ベリンに回復してもらうこととなった。





悩んでも仕方ないので今日はお風呂で体を癒すことにした。いつの間にかリーンは私の後ろから現れたが、一緒に入るのはいいが、気遣いはいらないと一言かけると、外で待つと言った。


まあ、リーンのここでのお風呂の思い出はちょっと刺激的だったもんね。


お風呂には先客がいた。ウィン様である。ウィン様は気持ちよさそうに湯船で体を伸ばしており、私を見つけると軽く手を上げて「お疲れ様」と言ってくれた。


体を流し、全身を洗うとウィン様の横に行き今日のことを話した。もしかしたらウィン様なら何かヒントになるようなことを知っているのでは?と思ったのだ。


「それは苦労するな。私には無い力だから具体的な意見は難しいな」


肩をすくめるウィン様。その時ふと気になるものが目に留まった。


「ウィン様、胸が少し大きくなってませんか?最近一緒にお風呂入ってなくて気が付かなかったですけど」


ウィン様は改めて自分の胸を見て自分の手で胸を覆ってみた。


「本当だな。まあ、剣を振るうのに支障が無いので気にしていなかったが、自分では気が付かないものだな」


普通は服とかで気が付きそうだけど、締め付けるような服を着ないウィン様だと気が付きにくい…というか興味無いから気が付かなのでは?と思う。


「この体、成長するんだな。正直驚きだ」


何を思ったのか急にウィン様は自分の胸を触りながら、おもむろに言った。


「このままのサイズがいいんだが、それは選べないから仕方ないか」


「ウィン様、それティゴの前では絶対言わないでくださいよ。暴発した火薬のように怒るでしょうから」


私の言葉を聞き「何で?」と言わんばかりにウィン様はきょとんとした顔をした。こういう繊細な問題、ウィン様には理解してもらえない気がする。


「ティゴはこれから成長するだろ?今は小さくて当然だ。私もティゴくらいの時は小さかったからな。大きくなると苦労が多いのはジールも分かるだろ?」


それは確かにそうである。男からすぐ胸見られるし、肩凝るし、胸の下や間は汗かきやすくてたまに汗疹とかできるし、カワイイ胸当て無いし…。ほどほどが一番である。


「そうですね…。特に戦いにおいては間違いなくデメリットですもんね」


お互い顔を見合わせ笑った。他愛のない話だが、今の私には気晴らしになる。今日は何も掴めずに終わろうとしている。本当にこれで何とかなるのだろうか?


「気難しい顔になったな。もしかして昼間の修行の悩みなのか?」


「見てたんですか?…そうなんです。時間もなく糸口も見つけられず…本当はここでお風呂入っている場合じゃないのかもしれませんけどね」


この二日間のことを考えると頭が痛くなる。そろそろモトラが来てもおかしくない状況で、私は何もできない、掴めていない。こんなことではモトラにやられてしまう。それでは意味がない。自分の無能さに腹が立つばかりである。


「ジール、私のやってることで参考になるか分からないが、少し話そうか?」


私の顔を覗き込むウィン様に私も鼻が触れるくらいに近付いた。


「お願いします!」


少し食い気味の私をウィン様は撫でてくれた。子供扱いされてるみたいだが、ウィン様は私よりとんでもなく年上なので仕方ない。


「これは私が戦う時にやってることなんだが…ジールはもう出来てる。だから、その応用かもしれないな」


考えを巡らせる。ウィン様と私が普通にやっていること?戦いの中で?ウィン様は剣術だし、私は武術。私は生命エネルギーだし、ウィン様は…そう言えばウィン様のあの強さはハイムの作った体でもある程度発揮できている。それはどうしてだろうか?


それも気になるが、まずはウィン様の話を聞くことにした。教えてもらうのに自分の質問を優先するのは失礼である。


「私は剣に、ジールは拳に魔法をまとわせてるだろ?それの応用はどうかと思ったんだ」


私が理解が出来てないことを察してか、ウィン様は丁寧に説明を始めた。


「私は基本的に鍛えた肉体に強化魔法を使い、戦っている。別に自力で勝てる相手にはやらないが、身体強化の魔法を使うことで自分の能力を高めている」


それがあの動きの理由なら納得いくが、それにしてもかなりの身体強化魔法の達人である。


この世界の身体強化は能力を30%高められたら優秀と言われる。だが、ウィン様はその比ではない。


元々の身体能力が高いのも分かるが、今回竜人族との戦闘だと200%どころではないと私は思っている。下手すれば500%とかではないだろうか?


「私は攻撃魔法は苦手だったが、こういう補助魔法は…特に身体強化は素質があったらしく、天性のものとエピオン王に言われていたよ」


じゃあ、私も強化魔法を…と思ったが、私には使えない。今から学んでも間に合わないし、仮に出来ても500%でも足りない。


何よりあの白銀竜の覇気を華奢なエルフの体で扱うなら1000%あってもいいくらいかもしれない。


「ウィン様、私は…身体強化魔法は使えないんです」


せっかくのアドバイスだったが、そんな超人的な身体強化魔法を会得するには時間が無さすぎる。


「そうではない。まあ、理屈は違うかもしれないが、生命エネルギーで身体強化してから白銀竜の覇気が使えるのなら、強化魔法と同じと思うんだ」


まさかに盲点だった。


私は既に身体強化はできる。


師範の教えだと混ぜて使う。つまり同時に使うイメージだった。


イアランのやり方も両方同時使用であった。


だが、先に生命エネルギーで身体強化するという順番に、というのは思いつかなかった。


だが、問題が無いわけではない。


生命エネルギーをコントロールしつつ、白銀竜の覇気を使うのは結局同じ。相反する条件で発動をするエネルギーをコントロールするのは高難易度である。


でも、まず自分の慣れた生命エネルギーから使うのは同時に使うよりは可能性があるかもしれない。


「早速やってみます!」


私はサッサと体を拭き、お風呂から上がると森へと走って行った。朝、修行したところに着くと早速ウィン様のアイデアを試してみた。


まずは生命エネルギーを発動する。とりあえずは20%くらいかな。これは楽に発動した。


次に、この理性を解放した状態で心を落ち着かせる。それは相反する方向に走る馬をロープで繋ぐようなものである。


白銀竜の覇気を使おうとすると生命エネルギーはすぐに消えて白銀竜の覇気だけとなった。体への負担が急激に増してくる。


「生命エネルギー消えたらこれか…」


いいアイデアだとは思うけど、生命エネルギーが消えたら逆に危ない。これでは戦いどころではない。


何度か試してはみたものの、やはり生命エネルギーが消えて白銀竜の覇気が残り体へ負担がかかった。一体どうすればいいのだろうか?


私は疲れ果て、いつの間にかその場で寝てしまった。





気が付くと私は自分の部屋にいた。しかも、着替えもされている。


窓から朝日が見えた。夜が明けて修行が三日目突入となった。というか、そろそろモトラが来るのではなかろうか?


私は急いで部屋着を着替えようとすると、ドアをノックする音がした。さすがにこの格好はマズイと思い急いで着替えるも、脱ぎかけの部屋着に足を取られ盛大な音を立ててこけた。


「女王様、大丈夫ですか!」


どうやらノックの主はリーンであった。それなら焦ることは無かったとため息をついた。


こけた時おでこを派手にぶつけたので、自分で回復魔法をかける。回復魔法は傷を治癒するけど、朝からずっこけた私の心のダメージは治癒されない。


へこんでいる私にリーンが普段着ている服を用意して手渡してくれた。


「もう森の中で寝ないで下さい。慣れた場所かもしれませゆが、モトラが来たら大変ですから」


どうやらリーンが私をここへ連れ帰ってきてくれたようだ。そう言えば風呂から走って森に向かう時、追いかけてきてたような気がする。


「でも、白銀竜の覇気使えないから何とかしなきゃって思うのよ。あれが無いとモトラに勝てないだろうし」


私の言葉に何も答えないリーン。その通りである以上、反論はできないということだろうか?


「あなたは、我々のために全力を尽くしてくれている。その姿勢を、考えを我々は信じています」


…気遣いなのだろうが、プレッシャーである。そうだよね。今までの戦いとは違って、リーンの率いている竜人族の運命も背負っているんだよね。


「あ、ありがとう。じゃ、じゃあ修行に行ってくる!」


私は今朝、ハルコの美味しい朝食を振り切って裏口を開けた。


そこには最悪のパターンが待っていた。


「おはようございます、女王様」


笑顔でもなく、怒りでもなく、無表情。


そこにモトラが立っていた。


「これをどうぞ」


私の手にわたされたのは…キレイな花束であった。


「へ?」


いい匂いがする。生まれて初めて花束をもらった。ちょっと心がほわっと温かくなった。


違う!そうじゃない!


「ど、どういうつもり!?」


動揺しながらの質問。完全に場の空気がモトラペースである。これは良くない。


「前回はあなたが女王様ということに理解が追い付かず、傷の治癒の時間と共に考えておりました。その結果、女王様である以上、まず礼を尽くすのが筋かと思いました」


この無表情から何を企んでいるかは分からない。でも、今すぐ戦闘を始める気が無いのは分かる。


更に驚かされる行動に出るモトラ。


なんと、(ひざまず)いたのである!


「改めてお願いがあります。どうか、我が娘リグシャにその白銀竜の覇気をお譲り頂けないでしょうか?」


はい?今重要なこと言いましたよね、モトラさん。さらりと言いましたよね?誰が娘だって?


「えっとリグシャが娘って…リグシャは作られたんじゃないの?」


確か遺伝子操作で造られたのがリグシャであり、親なんて…いや、その遺伝子の提供者がモトラということなのだろうか?


私が裏口で会話をしているのを不思議がってリーンが私の前に出て来た。


当然のことながら、リーンの顔が険しくなると同時に、私の持つ花束と跪いているモトラに理解が追い付いてないのであろう、私とモトラを何度も交互に見てばかりである。


「えっと、まずは中で話を聞きましょうか」


可能性は薄いが、戦わなくて良い道が見つかるかもしれないと思い、私はモトラを裏口からではあるが建物の中に招き入れるのであった。

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