二 本当の被害者
早速クアンタにやられた。
先ほど晩御飯の時に事件は起きた。
「ねえ、あまりリクエスト応えられないかもしれないけど、食べれないものとかあるの?」
半分人間のクアンタは私のように食事が必要らしく、私の食事と一緒に作ろうとリクエストを聞いた。
「何でもいいよ。どうせエルフは草しか食わないんだろうからそれで我慢してやるよ」
クアンタはさっさと椅子に座る。
少しイラついたが、ここは大人の対応。私は昨日取って干していた魚も一緒に出して「私は魚も食べる」をアピールを試みた。今日は干した魚を焼いたものと山菜のスープである。
クアンタは一口山菜のスープを口にすると黙ってスプーンを置いて私を見た。
「なあ、草の汁ではなく、まともな食事を出してくれないか?俺は草食動物でもエルフでもないことくらい分かるだろ?」
お、大人対応大人対応…と念仏のように心で繰り返す。
確かに山菜は草と言えなくはない。でも、一緒に貴重なシカの肉も入ってるし味もする。もしかしたら濃い味が良かったのかも?と自分への言い訳を考える。
そこにとどめの一言が来た。
「まあ、草料理しか作ったことのないお前に俺の味覚に合うものが作れるとは思ってなかったから、今回は許してやるよ。次はもっと努力しろよ」
そう言うとクアンタは部屋を出た。
私は怒りをまき散らすみたいにクアンタの分も食べた。おいしくできている。だから余計に腹が立つ。
久しぶりにした他人との食事は最悪の気持ちで終えることとなった。
ご飯を終えて部屋で本を読んでいるとノックをされた。開けるとそこにはワイングラスを二つとワインを持ったゼフィがいた。
私は丸い小さなテーブルと二つ椅子をを用意してゼフィからグラスを受け取り、二つのグラスにワインを注いだ。
ワインはゼフィの数少ない趣味の一つである。
悪魔なので酔うことはないが、味は分かる。色んなお酒を飲んできたらしいが、ワインは特にお気に入りらしく、地下にワインセラーを用意し、落ち着いた時に少しずつ飲んで楽しんでいる。
「すまないな」
「あ、気にしないでください師匠。ワインを注ぐくらい…」
「いや、先ほどのクアンタのことだ」
私はワインのグラスを師匠の近くに置いて向かい側に座った。
「なかなか特殊ですね、えっと…お孫さん」
「そうだな。あれでもある国の王族の直系であり、人間なら次期国王だからな」
予想外の展開ではあったが、食事の時の言動を見てると納得する部分もあった。
食事へのダメ出しの仕方、エルフへの偏見、人と関わろうとしないプライドのようなもの。その辺の町で育ってきた感じがしないのも納得できた。
「…もしかして、王族の直系ゆえにここへ連れてきたんですか?」
私もゼフィと世界を旅して、ここで様々な学問を学び、今でも世情を知るために最近の本もゼフィに頼んで読んでいる。
ゆえに、悪魔の子供がどういう扱いをされるか、さらに王族ならばどういう扱いをするかは何となく予想が付いた。
ゼフィはうなずく。
「まあ、運命は皮肉を好むということかもしれないな」
ゼフィはワインを一口飲むと語り始めた。
「クアンタが、生まれたのもワインがきっかけだったらしい」
時間は15年ほどさかのぼる。
ゼフィの息子、カスタは世界を旅していた。
単純な探求心からであるが、旅が好きになっていったのもある。
旅は新たな刺激を与えてくれる。退屈しない。飛べるのだが歩いていくのが好きになった。ゆっくり進む無駄な時間も出会いや季節を味わえる。
そんなカスタはある国に入った。そこそこ大きな国。また新たな刺激が味わえる。カスタの心は踊っていた。
新たな街に入るとすることがある。それは酒場で酒を飲む。
親譲りのワイン好きでいつもワインを頼んでいた。ワインは地域が変われば味が違いカスタを飽きさせない。
ここの酒場は大通りに面しているのだが、テーブルも外に多く置いていて日の光を浴びながら飲める開放的な場所だった。
早速カスタはワインを頼み飲もうとすると通りの向こうに人だかりがあった。
こういのを見ると興味がわくカスタ。ふいにグラスをもって立ち上がったのだが…
「きぁっ!」
女性とぶつかり持ってたワインを女性のドレスにこぼしてしまう。
「あ、これはすまないことを…」
カスタは謝罪しようとするのを遮って平手打ちが飛んできた。
「貴様!どこを見ておる!無礼であろうが!地に頭を付け非礼を詫びろ!」
カスタには何が起きてるのかすぐには分からなかったが、いきなり兵士に羽交い絞めにされ地面に押さえつけられる。
「下賎の者が!姫に何をする!」
カスタは迂闊だった。興味が先行して周囲がその姫に気が付き道を開けていたのに気が付かず、姫の前を横切ってしまったのだ。
さらにこのお姫様、容姿は誰もが見惚れる美しいものを持っているのだが性格には難があった。
ここターンズ国はこのスレイ姫だけしか後を継げるものがおらず、両親から好き放題に育てられた。
その結果、高慢でわがままで、己の意にそぐわないものを許せない姫となり、18という成人した年齢でも子供のようにわがままな国民から避けられる姫に成長した。
事もあろうにスレイ姫は地面に押さえつけられたカスタに近づきカスタの頭を踏みつけた。
「私のような美しく高貴な者の前を横切るだけでなく、ドレスを汚すとは…貴様、覚悟はできてるのであろうな?」
スレイ姫は押さえつけた兵士に「牢に入れて明日にでも処刑せよ」と言い放ち不機嫌そうにその場を去ろうとした。
だが、相手が悪かった。
「スレイとか言ったな。お前…実に面白い」
呼ばれて振り向けば兵士はおらず、立ち上がったカスタはゆっくりとスレイ姫の面の前に立ち、じっと瞳を見つめる。
「お前のそのプライド、どこまで落ちていくか興味がわいたよ。さあ、帰ってお前の堕落する様を見せてくれないか?」
悪魔の怒りを買い、魅入られた魔法に抵抗力のない人間の末路は哀れだった。
殺すのは簡単だった。だが、自分のプライドと気分を害された罪はそんな楽に償えるものにする気はない。
スレイ姫は部屋に戻りカスタに女として快楽に堕とされていく。もう色街の売春婦と変わらない、いや、売春婦は生活のためなのもあるが、スレイ姫は目の前の快楽のためでしかなかった。
カスタは更なる悪夢をこの国に見せることをする。
そう、この時スレイ姫はクアンタを身籠ってしまった…と言うより仕込まれてしまった。
国王はそれを知り、何度も堕胎を試みるがカスタが阻む。そしてクアンタは生まれた。
生まれたクアンタは国として表に出さないために城の端の塔に幽閉されることとなる。
しばらくはカスタがいたのでクアンタは離れているとは言え同じ城でスレイ姫と共に暮らしていた。ただ、堕ちた姫はカスタが相手をしなくなると別の男を求めた。兵士、側近、誰構わずに。
もう、まともな人としては生きられないであろう。
クアンタも一度だけスレイに会うことができたのだが、クアンタには目もくれず、やってきた男の相手を始める。
それ以来、クアンタは母に会うことを望まず、隔離された塔で衣食住は不自由ない幽閉生活を最近まで送っていた。
だが、その生活は突如終わりを告げる。
カスタが国を去ったのだ。
理由は「飽きた」からであろう。
そうなるとクアンタへの扱いは変わる。
王族の血を引くとは言え悪魔の子。当然国としては存在されては困る。クアンタは暗殺されかけていた。
ただ、それを不憫に思ったクアンタの世話役サムはこっそりとクアンタを逃がした。
そのクアンタを偶然、ワインを買いに来ていた師匠が見つけたのである。
師匠は一目見て誰の子かを察してカスタに念話で事情を聞いた。
そして、この託児所に連れてこられたということであった。
「そんなひどい話、あるんですね…」
私は聞いていて誰が悪いのか?と考えてしまう。
「悪人探しはしても無意味だ。まずはクアンタの今後を考えなくてはな」
師匠は本当に私の心が手に取るように分かるらしく、大事なことを教えてくれる。
「この場合、悪は個人の価値観では決まらない。もし、個人の価値観で見れば、姫が悪いとも言えるし、カスタが悪いとも言える。そういう風に育てた国王も悪いとも言える」
師匠はまたワインを一口飲み私を見た。
「その悪だと思う者に鉄槌を下してもクアンタにあまり意味はない。それより、一番被害を受けてるクアンタをどうしてやるべきかを考える方がクアンタのためになる」
師匠の言うことはいつも表面ではなく、核となる部分をしっかりブレずに掴んで話してくる。そんな師匠だからこそ、信頼できるし尊敬できる。
だから今回のクアンタの件も自分の未熟さと、ハーフとして生まれた者の苦悩を少しでも察して救いたいとも思った。
そう、今世界では悪魔ではないがハーフエルフ問題が社会を悩ませている。
連れていかれたエルフは魔力を特殊な機械で抽出される。それも毎日。そんなことをすれば当然まともではいられない。
魔力障害。
急激に魔力を取られる状態が毎日続くと体が魔力の制御をできなくなり、ある者は精神的に不安定、ある者は歩くことができなくなる、ある者は失明をするなど様々な障害を発する。
こうなると魔力の抽出はできなくなり、女は色街へ、または奴隷として売られ、男は実験の検体に、もしくは労働力として売られていく。
女が売られた先で当然男の欲望のはけ口にされて子供ができる。子供ができたエルフは捨てられてしまう。
そんなまともじゃない状態で捨てられればまともに生きてはいけない。
ハーフエルフの半数は乳飲み子で命を落とし、育ったとしてもまともな教育を受けられず人間の都合のいい労働力として使われる。
大人になるハーフエルフは一割もおらず、その一割もまともな生活ができていない。
そういう現実を知ってるがゆえに、ハーフの存在を見捨てることはできなかった。
「ただ、クアンタをここで預かるとしても問題はある」
師匠は私の目を見てくる。こういう時は少し厄介な問題が起きる可能性が高いときである。
「クアンタがここにいるのが誰にも知られないならいいのだが…ターンズ国は情報収集に長けており、そこの暗殺集団は他国が依頼をしてくるほどの手練れ。もしここに来たら戦闘は避けられん」
師匠の話だとクアンタの存在はターンズ国にとっては消したい汚点。来ない可能性の方が低いと言える。
「少なくともお前はそこら辺の魔導士とは比べ物にならないくらい強い。クアンタを守れると思っている」
師匠に褒められ嬉しくもあるが、私は戦闘経験が少ない。魔物相手はある程度あるが、人間相手は全くない。
「私かオーキスがいれば問題ないだろうが、万が一私たちがいないときは頼むぞ」
師匠はそう言うと立ち上がり「残りは話を聞いてくれた謝礼だ」とワインを置いて行った。
私はクアンタを守れるのだろうか?
私はクアンタに良い選択肢を与えられるだろうか?
少しクセの強いワインを飲み干してこれからのことを考える。
月夜の風は気持ちいいのに眠れない夜になりそうな気がした。




