二十七 大切なア・ナ・タ
私は、ドアを開ける。
怯える師匠。
開けた光景は、私の想像をはるかに超えていた。
私は思わず自分の開けたドアが別世界へ通じたのかと目を疑う。
「お帰り、ゼーたん♪」
ドアの向こうに広がる光景。それは、豪華な食事の準備と一人のピンク色のメイド服を着て微笑む女性がいた。私たちここにいるみんなが知っている女性。さっき会った女性。
私は師匠の顔を思わず見てしまった。
「ゼー『たん』…」
笑ってはいけない。そう、ここはガマンである。でも、カワイイ呼び名。その呼び方の発想は無かった。
きっと、私が「ゼーたん」と呼んだら間違いなく怒られるであろう。しかも、見たことないほどに。
次に顔が青ざめたのは師範であった。師範は師匠を見て「ウソだろ?」という表情をしている。その気持ち、お察しします、師範。
「…えっと、邪神様、どうされたんですか?」
私が責任をもって質問をする。と言うか、私以外、きっと声が出せないのでは?と思った。
「ジールが応援してくれると言ってくれたのでな、早速来てみたのだ」
この上ない可愛らしい笑顔である。美人の笑顔って同性から見ても魅せられてしまう。ここだけ切り取っただけで絵になるだろう。
「ウィンにも手伝てもらってな、我の手料理を久々ゼーたんに食べてもらいたくてな♪」
ウィン様、そう言えば先に帰っていた。鍛錬がしたいとか言ってた。
邪神が真剣に頼んだらウィン様は手伝うに決まっている。そういう性格だしね。
それより、ウィン様が料理を手伝えるとは思ってもみなかった。
偏見かも知れないが、家事は苦手そうなイメージだった。ウィン様、本当に万能なんですね♪
「ゼーたん、お風呂も用意しておるぞ♪お風呂の無い生活など我には我慢できぬ。ゆえに川べりに作ったぞ♪」
まるでデザート一品増やしましたみたいにお風呂作りましたなんて言わないで欲しい。
いや、お風呂作ってくれたのは嬉しいですけどね。
「ちょ、ちょっと待ってください、邪神様!今『生活』とおっしゃいましたか!?」
師匠がますます顔が青ざめる。もしかして、お風呂作るのを反対していたのはこれが理由なのだろうか?
「邪神様、あなたが魔界を留守にするのは…」
恐る恐る師匠が尋ねる。わずかな希望を込めて邪神が帰る理由を聞いてはいるものの、怯えが声にしっかり出ている。あの師匠の声が少し上擦っている。
「今日の式典、問題なかったであろう?あれはハイム作の『邪神様、サマーバケーションヴァージョン』を使ってみた」
早速実行している。これは本気だ。
「ジールに言われるまで思いつかなんだ我も愚かだったと反省し、即時行動をしたのだ。丁度よく式典があり、実験にはもってこいであった」
確かに誰もツッコまなかった。まあ、服装は違和感あったけど…あれ、人形とは思わなかった…。
身体造形師ハイム、本当にその技術「だけは」素晴らしい。
「つまり、公務を人形にさせれば、ゼーたんと一緒に暮らせるという事になる♪」
邪神は師匠に抱き着く。目線が私に向かって「助けてくれ」と訴えかけてきている。こんな弱り切った師匠は初めてである。
私は何とか助け舟を探す。いや、邪神側から見れば少しこのままにしとくべきなのだろうか?
だが、師匠の怯え方に見兼ねた私は助け船を見つける。
「とりあえず邪神様、せっかくの食事が冷めてしまうかと思うので食事にしましょう!」
私の提案に邪神の顔は食事のことを思い出したかのように師匠の手を握った。
「食べるぞ、ゼーたん♪今日はゼーたんの好きなもの、たくさん作っているからな♪」
邪神は師匠の手を引っ張り着席させた。それと同時にすかさず隣の席をキープする邪神。
邪神様、心配しなくても、その席を命懸けで奪う者はここにはいませんから、安心してください。
「皆も遠慮なく食べるがいい。今日は我がここでゼーたんと一緒に暮らす記念日ゆえ、皆で祝って欲しい♪」
師匠と共に師範も顔色が悪い。
そうだよね、全く状況を把握できてない師範にとっては、災害級の出来事だろう。
自分の仕える相手がドアを開けたらメイド服でお出迎えなんて…邪神だし…悪夢でしかないよね。
しかも、全く予想してなかっただろうから、一番気まずく、頭が混乱しているのではなかろうか?
でも、見方によってはこんな健気な女性、いないと思うんだけど。
師匠は一体邪神の何がダメなのだろうか?やはり主従関係である以上、恋愛は御法度なのだろうか?
「騒がしいな。いきなり来て好き勝手しておるな、邪神」
私たちの後ろからアルビオが入ってきた。アルビオはここにいる誰とも違い、いつも通りの態度で師匠の隣にじゃれついてる邪神に近づく。
こうして近くに並んでみるとそっくりで、まるで姉妹である。まあ、モデル元に似てるのは当然だが…。
こんな美人姉妹、存在してはダメな気もするが、神ならアリかもしれない。
まあ、邪神と死神という響きが最悪姉妹となるだろうけど…。
「死神、お前がゼーたんと一緒にいること、気に食わなんだが、それももう許そう」
もしかして、師匠が近くにいるだけで何でも許してしまうのではなかろうか?そんなことを思っていると、アルビオが淡々と喋り出した。
「別にお前に許しを請う必要はない。何より我はお前のようにワガママでいるわけではない。我はちゃんとジールと契約したゆえにここにおる」
二人がにらみ合う。どうもお互い似た者同士ゆえに仲が悪そうである。私から見れば差は無いんだけど、本人たちから見れば自分の嫌な部分が目立つために許せないのかも知れない。
「分かった。では我もジールと契約をすれば…」
「ダメです!邪神様!」
師匠と師範が必死の形相で止めに入る。と言うか私は耳を疑った。神様が自ら契約とか絶対あり得ないことでしょ!?
「あなたが一番その意味を理解しているでしょう!アルビオ様の時も大問題になったのを忘れたわけではないでしょう!!」
しばし考える邪神。だが、次の一言で皆を驚愕させる。
「私は、悪魔ベラ♪邪神じゃないよ♪」
罪な笑顔を浮かべる邪神。驚きのあまり師匠と師範は言葉を失っている。
こんな子供じみた必死のやり方は私の心を撃ち抜いた。この見た目でこのなりふり構わない必死さにこちらが冷静な判断を失ってしまいそうである。
「ジール、我…もとい、私と契約しましょ♪」
邪神、これは強引にでもここに住む計画を押し通す気だ。だが、アルビオが厳しくツッコミを入れる。
「気でも狂ったか、邪神。そんな強引なこと、誰が許すのだ?他の神にどう説明するのだ?」
最もなことを言うアルビオだが、自分のことは棚に上げているところが自己中心的で邪神そっくりである。
ひょっとして、見た目が似てると中身まで似てしまうのかな?
「いいや、ジールは我…私に協力すると言ってくれた。だから契約もしてくれるという事ね♪」
ゆっくり私に近づいてくる邪神。すごくカワイイ笑顔。だが、その後ろで師匠と師範はハンドサインを出す。大きく手をクロスして『ダメ』と。
分かっています、師匠、師範!私は脅しに屈したりしません!
そう思い、腹をくくり、邪神と対峙する。
しかし、それを分かってなのか、邪神は私の予測を見事裏切ってくれた。
「ジール、ダメなのか?私が…私がこんなに頼んでもダメなのか?」
今にも泣きだしそうな邪神。
目を潤ませて、すがるように私を見てくる。脅してくるならまだしも、こんな顔されたら私は断るなんてできない…。
「分かったわ。でも、何の契約を…」
私は負けた…。私はこの純真な瞳に負けてしまった。
「私もここで働くわ♪だから、雇用契約ってことで…」
「ダメです!!!」
即座に止める師匠。師匠も必死である。
「それだとジールが上になるではありませんか!」
その通りである!それは大問題である。アルビオですら対等契約なのに、私の下に邪神なんてあってはならない!
「邪神は今、城にいるわけだし、私は普通の悪魔ってことで別に問題ないでしょ♪」
その理由は強引を逸脱して理由になってない!説明になってない!誰もそんなこと認めるわけがない!
「あります!問題があり過ぎです!」
このままでは平行線である。どうしたものだろうか?
「特別顧問、というのはどうだ?ジールより上で邪神様は指導をしに来るという建前ができる。それに、定期的にここに来る理由ができればここに住み続けなくともいつでも好きな時に来れると思うのだがどうだろうか?」
まさかのウィン様の助け船。私と邪神と師匠の落としどころがちゃんとある。
邪神は建前があるので視察に来やすい。
私は邪神が上の立場のまま、協力ができる。
邪神がここにいつでも来れるとなれば帰ることもある。ゆえに師匠の気が休まる時間が取れるということになる。
「ふむ、以前よりここに力を入れようとは思ってはいた。丁度いいかもしれぬ。それに、視察はお泊りしてもいいだろうし♪」
師匠は一番割が悪いかもしれないが、最悪は避けられる。その点は良かったのかもしれない。
「今日は皆で食事を楽しもうではないか。ゼーたん、昔みたいに食べさせて…」
まるで猫が甘えるかのようにすり寄る邪神。いや、これ、神様がすることなのだろうか…。
「大丈夫です!自分で食べれます!」
即座に断る師匠。別にそれくらいはさせてあげてもいいのでは?
まあ、師匠が食べさせてもらって照れる姿、ちょっと見たい気も…。
「照れちゃって…カワイイ♡」
邪神は師匠の頬にキスをする。見てるこっちが恥ずかしくなる。
「いい加減にしてください!姉上!」
師匠の一言で誰もが黙ってしまった。師匠も今の発言はしまった!という顔をしている。相当追い詰められていたということだろう。
「お姉…さん、なんですか?」
私が改めて聞きなおす。周りがその答えを沈黙して待った。
「こんなカワイイと弟でも好きになるであろう?」
センスが分からないは置いといて、お姉さんなんて一言も聞いてない!
てか、似てないんですけど!どちらかと言えば師範の方が似てる気がするくらいですよ!
「ゼフィ、本当なの…か?」
師範も驚いている。どうやら師範も知らなかったらしい。もう師範は何を信じたらいいかわからなくなっているようである。
悪魔がメンタルをやられる。初めて見たかもしれない。
「その…他の者には言わないでくれ…」
改めて思った。私は踏み込んではいけない領域に踏み込んでしまったのだ。それより、お姉さんって最初に言って欲しかった。
どうやら私は師匠に恩を仇で返したようである。
「姉とか弟とかは些末なこと。昔、あれだけ夜を共にしたではないか。今更恥ずかしがることも無かろう♪」
…悪魔のそういう感覚、私には分からない。ただ、師匠の顔を見る限り、邪神の愛は一方的で強烈であることは分かった。
「皆の者、ここでは我に気を使うことはしなくても良い。気軽にベラと呼んで構わぬ。これからが楽しみだな。…おっと、ここでは普通に話すとしよう」
そう言うと邪神…もといベラは咳払いをする。
「みなさん、これからもよろしくね♪」
…本来、ベラはこんな感じなのかもしれない。でも、これは…悪魔的な、いや、悪魔なのだが私も気を緩めると、そのしぐさに魅了されそうである。
この託児所、何だか美男美女集団になってきてるのではなかろうか?私の感覚、狂わされてるのも少し納得できる気がする。
恐る恐る、ベラの作った料理をみんなで食べた。なんと、予想に反し、美味しくてビックリである。
美人な上に料理上手。欠点は弟への溺愛を超越した過剰な愛情。何もかもが振り切っている。神様ってやはり常軌を逸しているものなのだろうか?
食事中も師匠にべったりのベラ。新婚さんでもここまでべったりすることはないと思う。
考えてみれば幼いころの話をしてるくらいだから想いは数千年、下手すれば万年となる。それを維持しているということは、並の愛ではないだろう。
「これも食べて、ゼーたん♪はい、アーンして♡」
優しくスープをスプーンで救い、頬を赤くしながらベラが師匠の口元へ運ぼうとする。
「じ、自分で食べれますから大丈夫です!!」
師匠の困り果てて疲れた顔。さすがにこの顔を見ればベラも…。
「そうやって困った顔のゼーたんも可愛いくて大好き♡」
もう誰も何も言わなかった。いや、何か思っても言えるわけがない。私も美味しい料理を堪能しつつ、死んだような顔をしている師匠に心の中で何度も謝るしかできなかった。
食事の後、片付けを終わらして私はお風呂を見に行った。これだけはベラに感謝である。いつでも好きな時に利用していいとのことなので早速ヘキサと共にやって来た。
「これで私の癒しが…でき…た!?」
着いてみて驚愕した。
川べりに託児所より大きな宮殿と見間違えるほどの建物があった。しかも硫黄の匂い。温泉である。嬉しいのだが、これはやりすぎなのでは?とも思った。
周辺は石積みの壁。屋根と壁の間が空いており、空が見える風流な仕様にしているであろうことが外らも分かる。
お風呂の入口には年老いた執事の格好をした白髪の小柄な悪魔がいた。
「ジール様、ヘキサ様でございますね。私は邪神様からここの風呂の管理を任されたラッツェと申します。この風呂について何かございましたら何なりとお申し付けく下さい」
しかも管理人付き!?まあ、ここで生活しようとしてたくらいだもんね。これくらいのことはするか。
「ありがとうございます、ラッツェさん。ところでこれ、いつ作ったんですか?」
素朴な疑問である。
こんな大きな建物、簡単に作れるはずはない。
師匠と師範の生活魔法能力はかなり高度で、そこら辺の大工など足元にも及ばない。それでも今住んでいる託児所は二人で二週間かかった。いつから風呂を作り始めたのだろうか?
「あぁ。邪神様が三分ほどで作られました。デザインで一分かかったと不満をもらしておりましたよ」
まさか積み木遊び程度の感覚でこの風呂を作り上げたのだろうか!?
そんなとんでもない力を持つ者が、私の下になる契約をしようとしていた…。もう現実離れしていて理解できない。
理解に苦しんでいる私を気にすることなく、ラッツェは説明を始めた。
「ここは男女の大浴場と個室風呂が二つあります。今はどこも空いておりますので自由にお使いください」
私もヘキサも目をキラキラさせていた。川で水浴びも良かったが、寒いときにに入れる温かいお風呂は癒しの極みである。
早速二人で大浴場へと入る。脱衣所で服を脱ぎ、引き戸を開けるとそこはどこの王族の風呂と思うほどであった。
浴槽の広さは、まるで大きな池。歩いて奥に行くだけで湯あたりしそうである。
その手前には左の壁に沿って常に上から温泉のお湯がいくつか落ちてきており、打たせ湯となっている。
右の壁側には寝転がって浸かる浅い湯船があり、岩を伝ってお湯が流れ込んで来て常に湯船を満たしている。
中央にはかけ湯ができるように温泉のお湯が溜めれるところがあった。その周りに木製の椅子もあり、座ってお湯をかけることもできる。
これ…私たちが本当に自由に使っていいのだろうか。
だが、ヘキサは気にせず嬉しそうに湯船に飛び込む。
「ヘキサ、先にちゃんと体と頭洗おうか♪」
「はーい」
呼ばれて素直に戻ってくるヘキサ。もうすっかり私のことを信頼してくれて…いるのだろうけど、変態ってのは忘れてなかったね…。
「でもさ、どうしてお母さんの所に帰ろうと思わなかったの?」
私は自分だったら帰るだろうと思う。そんなことを考えながら優しくヘキサの体を石けんで洗う。ほのかにピンク色の肌は本当にキレイでぷにぷにしててカワイイ。
だが、そのヘキサの体は小さく震えていた。
「帰ったら…きっと怒られる…」
ヘキサがこちらを向く。目に涙を溜めて、今にも泣きだしそうである。
「そうかな?きっと心配で心配で夜も眠れてないと思うよ。顔見せるだけ見せてあげたら?」
母親の気持ちはまだ分からないが、私も子供のころ、似たような経験がある。
あれはまだ五つの頃、お母さんに黙ってお母さんの杖を持ち出して折ってしまった。魔術師の杖は魔術師の命のようなもの。長年かけて杖を自分に馴染ませていく。
それを折ることはどれだけ悪いことをしたか子供なりに理解してた。
怒られるのが怖くて私は森に隠れた。
日が落ちて暗くなると森の奥から恐ろしい、聞いたことのない鳥の鳴き声がした。恐かった。動けなくなって一人で泣いてた。
そんな時、光の玉が私の前に来た。
お母さんの周囲を照らす明かりの魔法だった。
お母さんは確かに私を叱った。
でも、叱ったのは正直に謝らず、一人で森に逃げたことであって、杖に事は一切何も言わなかった。
私から「ごめんなさい」と言って謝った後、杖をどうするかを聞くと、また作ればいいと答えてくれた。
今思えば、杖なんかより、私のことを心配してくれていた。
そういう親ばかりではないかもしれない。
なんせ、先日のエアマスがハルコにしたことは子供を道具として使っていた。
理由はどうであれ…だ。
ただ、サルトの言葉からすると、きっと心配しているに違いない。
やはり一目会わせてからちゃんと考えさせるべきだろう。
「きっと近いうちにお母さんからの使者さんが来るから、その時ちゃんとお話ししてみようか」
私はヘキサの頭を優しく撫でた。
「大丈夫。もし帰ることになっても好きな時にここに来るといいよ。私、いつでも歓迎するから」
「ジール!」
まだ石鹸の泡が付いたままの体で私に抱きついてくるヘキサ。
とても愛おしい。
最初の出会いから考えると、ここまで親しくなるとは思ってもみなかった。
まるで、年の離れた妹のようである。
いや、実年齢がはっきりしてない分、実は年上かもしれないけどね。
二人で湯船を堪能した後、お風呂上がりに花の香りがする髪油を少し付けてあげた。その香りにヘキサは大喜びだった。脱衣所で何度も自分の髪の香りを嗅いでいた。
とっても濃い一日はお風呂でサッパリして終えることができた。
翌日、サルトの言う通り、転移魔法で使者がやって来た。
その数、数百。
使者というより軍である。
その姿をただ呆然と見ている託児所の子供達。物珍しさで近付こうとする子供を私は止め、安全のため託児所の建物の中に子供達を避難させる。
出迎えたのは師範である。師匠はきっと昨日の夜からずっとベラの相手をしていて疲れて出てこれないのだろう。師匠、ご愁傷様です。
私も師範と共に竜人族を出迎える。この数、もし戦闘になったらさすがに師範一人では対処しきれないであろう。微力だが、私も加勢するつもりである。
「どういうつもりだ、竜人。まさか戦争でも始める気じゃないだろうな?」
すると、竜人の一人が返事の代わりラッパを鳴らす。隊の奥に向けて間をあけて二列に整列する。
その整列した間を歩いてくる人が一人。その人の前には武具をまとった巨漢で無愛想な茶褐色の肌をした衛兵が左右一人ずついた。
向かって右は大きな斧を背負い、左は槍を背中に背負っている。
「貴様がゴッドキラーか。ヘキサ様はどこだ?」
斧を背負った男が師範に鋭い眼光で問いただす。
その目線をあざ笑うかのように師範はため息を吐いて見せる。
「竜人は礼儀って知らないのか?まずは自分の名を名乗って要件じゃないのか?そんなの、ここに来ている子供たちでも知ってるんだがな」
師範の挑発めいた言葉に乗ることなく、斧を背負った男は師範に近付く。
「聞こえなかったのか?ヘキサ様はどこだ?」
ゴッドキラー相手にこの態度。相当自信があるのであろう。それともナメているのだろうか?
いや、それより気になっていることがある。ヘキサ「様」と斧を背負った男は言っている。そんな敬称を使うということは、ヘキサ、実は竜人族の中でかなりの身分なのかもしれない。
私、そんなコを殴ったわけね。
「ブラス、お前は好戦的で困る。ゴッドキラーと戦いたい気持ちは分かるが、今回はヘキサの回収が先だ。お前は下がっていろ」
ブラスと呼ばれた男は言い返すでもなく、後ろにいた人物に一礼をして道を譲る。それに続いて槍を背負った男も道を譲る。
二人の間から出てきたのは腰に短めの剣を下げた女性であった。
体は先ほどのブラスよりは小柄だが、私よりは大きい。青空のような美しい青のマントを身につけ、白のタンクトップにゆったりとした白く長いズボン。装飾は黒のベルトだけだが、ベルトの締め具合でそのウエストの細さがよくわかる。
白い肌の顔は凛々しく勇ましさを感じる。女性というより男性のような顔であり、その甘いマスクは女性にモテそうである。
「失礼をした。私は竜人族の軍の大将、リーンである。我らが長、ヘキサ様を返してもらえないだろうか?」
私は聞き間違いかと思い聞き返す。
「ヘキサが…長?長の子供ってこと?」
それを聞いたリーンは私をじっと見て来た。
この人、間違いなく強い。睨んでいるわけではないが、私は動けなくなった。冷たい目でもないし、憎しみで目を血走らせているわかでもない。ただ、私を見ているだけなのに、である。
これは覇気の一種だろう。神の圧とも違う。私自身が動くのをためらっているようである。
「エルフ、私の強さを感じているのは誉めてやろう。私は争いに来たのではない。だが、ゴッドキラーの二人いるところに私一人で来るのは無謀だと思ってな」
ウソである。
こんな覇気を出す者がそんな理由でこの数の兵士を連れてくるはずがない。何より、ブラスも、槍を背負った男も決して弱くはない。三人で来るだけでもかなりの戦力のはずである。
「ヘキサのお母さんは来ないの?」
肝心なところである。サルトの話では心配しているとのことだったが…もしかして、このリーンがお母さんなのだろうか?
ヘキサを呼んで確認したいところだが、どうも信用できない。ヘキサの安全を確保できるまでは安易にここへ呼びたくはない。
「母上は来れない。だから姉の私が来た。何か問題でもあるのか?」
…正直似てない。ヘキサの可愛さの欠片もない。だが、父親似ならばこうなるのだろうか?
「…リーン姉?」
声の方を見るといつの間にかヘキサが出てきていた。もしかすると聞き覚えがある声がしたからかもしれない。ただ、これでリーンはヘキサの姉ということは分かった。
しかし、兄もいて、姉もいて、なぜヘキサが長と呼ばれているのだろうか?
私が考えているとヘキサが私の足にしがみついてきた。
「私、帰らないから!!」
ヘキサが私の足に先ほどより強くしがみつく。しかもかなり震えている。明らかに怯えている。
「手間をかけさせないでもらいたい。行きましょう、ヘキサ様」
リーンが手を差し出すと私の足に何かの雫が落ちて来た。見るとヘキサは震え、泣いている。これはただ事ではない。
「さあ、行きましょう」
私は思わずリーンの手を払いのけた。
「どういうつもりだ?」
先ほどより圧が強まる。しかし、今度はそれに臆することは無かった。
「ヘキサが泣いてるでしょ!どういうこと!」
後ろに控えているブラスが斧を構えた。それを見た師範が私の横に立つ。
「ジール、何やってんだよ」
言葉とは裏腹に、師範は嬉しそうである。どうやら師範も私と同じくリーンのウソに気が付いてるようである。
「悪いけど、可愛いヘキサを悲しませるような相手には渡せないわ!」
私はヘキサを後ろに隠し、前へと出た。
だが、リーンは何も驚くこともなく表情も変えず私を見る。そして更に圧を強めてくる。
「そうか。お前が死にかけるとヘキサ様も考えを変えてくれそうだな」
どうやら、ヘキサを守るためには一戦交えないとならないようである。私は生命エネルギーを20%解放する。
「他は俺が抑える。ジール、無茶はするなよ」
心配は嬉しいが、どうもそういうわけにはいきそうにない。相手は相当強い。
師範も生命エネルギーを解放する。
「ヘキサ、後でちゃんと理由、話してね」
私はヘキサの頭を優しく撫でると離れるように目で合図した。ヘキサは走って建物の入っていった。
「さて、どこまで通用するか…やってみましょうか」
底知れぬ相手を前に不安もあるが、ヘキサを守るため、私は自分を奮い立たせせる。
その圧に屈することなく、私はリーンの目を真っすぐ見返すのであった。




