十一 告白と覚悟
アルビオがここで働くようになって数日過ぎた。アルビオは覚えも早く、今はちょっとしたことは任せられる仕事仲間となっていた。
イアランからの襲撃も無いのはいいのだが、師匠とウィン様も未だ帰ってこなかった。
以前師範が言っていた「ゼフィは邪神様に問いただされる」が関係しているのだろうか?
考えても仕方ないので待つしかないのだが、やはり少し心配にはなってくる。
気になったのでその夜、師範に少し聞いてみることにした。
「私詳しく知らないんですけど、邪神様ってどういう方なんですか?」
師範は特に悩まずさらりと言う。
「冷酷無慈悲そのものだな」
…はい?
まあ、邪神だし、そうだろうけど、そんな相手に問いただされて師匠はホントに無事なのだろうか?
「でも器はデカいかな。多少の事では怒りはしない。俺も昔、生意気な口聞いてたけど、それは笑い飛ばされたもんさ」
…師範、それは無謀でやり過ぎかとは思う。若気に至りってやつなのだろうか?
「まあ、邪神様は何だかんだ言ってもゼフィがお気に入りだから悪いようにはされないさ」
どうやら私が師匠の心配してるのを見抜いたようである。こういう所、察しがいいんだけど、私の困ってるのを察して欲しいときは察してくれない。
いや、もしかして察して楽しんでるとか!?…考えるのは止めよう。答えを出すことが正しいとは限らないこともある。
「お前も早く寝ろ。まだ敵の脅威は去ってないんだから、体調は万全にしておけよ」
そうだ。クアンタを狙ってまたイアランがやってくる可能性もある。
ただ、少し迷いもある。
確かにクアンタを守るのが一番なのだが、イアランのハーフエルフの国という大きな目標はハーフエルフの希望になるだろう。
そのために今は権力に従い、目的達成のためにクアンタを狙ってくる。
当然失敗が続けばイアランは失脚させられるだろう。
ゆえに、次で決めて来ようとする可能性は高い。
そのイアランを倒したら…ハーフエルフは今の悲惨な状況を打破出来なくなる可能性もある。
私はエルフとして、どうすべきなのだろうか?
少なくとも、世界を回ってきた時に見た時に見たハーフエルフの姿を見て心が痛むことばかりであった。
でも、自分には何もできない。
だが、イアランは行動している。
何とかイアランと分かり合えないものだろうか?
私は様々な思いを抱えて自分の部屋に戻る。
「今宵は我と美しき円を描いておる月を見て少し『お話』をしてみぬか?」
部屋のベッドにアルビオが座っていた。珍しいことである。
夜になるとアルビオはどこかに姿を消す。だが、朝にはちゃんとやって来る。まだまだ謎の多い死神である。
「何のお話ですか、アルビオ様?」
私はその隣に腰を下ろす。慣れたはずだが、仮面のないアルビオは月明かりに照らされて実に美しい。陰影のせいなのか、子供より大人の雰囲気を漂わせている。
「お前、最近迷いが生じてるのではないか?」
そう言えばアルビオは魂を見れば本人の本当の心が分かると初めて交渉した時に言っていた。下手なウソをつくのはやめた方が良さそうだ。
「イアランと戦う理由…いえ、クアンタは絶対守ります!…ただ、イアランの目的を聞いてから迷いが生じてます」
「ハーフエルフの国のことか?」
アルビオはふと月を見上げる。
「お前は今できることを見ておればよい。今、自分の器に収めるられることをやればよい」
「ですが…」
言い返そうとした私の唇にアルビオはそっと人差し指を置く。
「まあ聞け。お前は今できることを勘違いしておる」
アルビオはそっと唇に当てた人差し指を離した。
「命はいつかは途切れる。だがな、願いや夢は続く。今お前が思う願いはすぐに叶わぬかもしれぬ。それはイアランも同じだ」
そう、ここで決着を付ければ敗者の願いは潰える。それは分かる。でもそれではあまりにも悲しい。
どちらも、自分の信念から見れば間違ってはいないのだ。
「やはり勘違いをしておるな。別に相手の願いや夢をお前が引き継いでも良いのだぞ?」
私が…イアランの願い…を?
「夢や願いは敵味方関係なく引き継がれる。命を超えても引き継がれる。相手がその夢や願いに共感したときにな」
「夢の…共感?」
何となく分かった気もするが、ピンとはこない。そんなこと、私にできるだろうか?
「今は何となく分かればいい。答えというものは腹をくくって踏み出したとき、新たな答えが現れることもある」
アルビオはゆっくり立ち上がった。
「迷うことは悪ではない。時が許すなら迷うことも良いことだ」
そのままアルビオは部屋の入口まで進んだ。
「まあ、その、お前が悩み苦しむのは…あまり見たいとは思わぬ…それだけは言っておく」
振り返らずにアルビオは部屋を出ていった。もしかして心配してくれたのかな?
「夢を引き継ぐ…か」
私がイアランの夢を引き継ぐとしたら…どうすれば良いのだろうか?そんなこと考えてもみなかった。
何より私は今まで、何となく生きてきた。
日が昇れば託児所の支度をして子供達を預かり、日が落ちる頃に見送る。
確かに師匠から魔法や学問は習ってきたし、師範から修行も受けた。
ただ、それは興味で動くものであり、夢などではなかった。
だからかもしれない。夢に向かって戦うイアランが凄く思えて、私なんかがイアランの夢を倒していいのかと思ってしまったのも。
でも、クアンタは守りたい。だからこそ、イアランを倒しても、ハーフエルフを救うことを途絶えさせてはならない。
まずは次にイアランが来て私がクアンタを守り切った時、改めてイアランと話す機会を持つべきかもしれない。
そんなことを思っていると、その時はすぐにやってきた。
翌日、子供達を親が迎えに来て終わった後、さも普通の客人のようにイアランは正面からやってきた。
「あれ?まだダークエルフやってるの?俺はエルフの方が好みなんだけど…リクエスト、受け付けてくれたら嬉しいな」
このダークエルフの変装はすでにクセとなっているので、起きたら顔を洗うかのように自然と行っている。
まあ、この変装も今ここではあまり意味がないかもしれないが、余計な問題を増やさないためには欠かさない方が良いとは思っている。
「今日は何の用かしら」
一応聞いてみる。このイアランは何を考えてるか分からない。「ただ様子を見に来た」と言われても不思議ではないのである。
それなら無駄な戦闘はしなくて済むし、まだ迷いのある私としてはそれがいいと思ってもいる。
「ん?今日はジールをデートに誘いに来たんだけど?」
で、でーと!?はい?何言ってんのコイツ…
「この前はあんな形で終わったけど、ちゃんとお話したいなぁと思ったからさ。ダメかな?」
ホント掴みどころのないヤツである。
周りに敵の気配はない。ホントに一人のようだ。
「ところで、隣の可愛い子は誰?良ければ紹介して欲しいな」
いや、デート誘って別の女の…子?を紹介しろとかバカなのだろうか?
「お前は先日の召喚士か。ところで、『でぇと』とは何だ?戦いの方法か?」
イアランは最初アルビオを見て心当たりがないと言った感じだったが、全身を見て何か頭の中で繋がったようだ。
「もしかして、アルビオ様!?いやぁ、その素顔はちょっと反則だなぁ。しかもその服。何?ここは可愛い女の子の集まるとこなの?」
少し嬉しそうなイアラン。
おい、私をデートに誘って完全にアルビオに興味津々じゃない!
あ、いや違う!何で私はイラッとしてるんだろう…。何かイアランに弄ばれてるように思えた。
「んじゃアルビオ様、今度デートして下さい♪今日はジールと…二人でお話したいんで」
何だろう?「二人でお話したいんで」の言葉はまるで私の心をぎゅっと掴んでくる響きがあった。
何か覚悟を決めている感じ。
それを私に話そうとしてる空気。
チャラそうな言葉と相反する真剣さ。
「アルビオ様、師範にこのことを伝えてもらえませんか?もし、私が戻らないでもクアンタを優先して下さいと」
アルビオはため息をつくと、私の顔を見つめて言った。
「危なくなったら逃げるのも一つの手だからな」
私はうなずく。それを見たアルビオは建物へと歩き出した。
「あれ?朝帰りしてもOKってことなのかな?期待しちゃうなぁ♪」
こういう調子を狂わせる言葉を投げかけるのがイアランらしいと言えばらしいが、その真意は見抜きにくい。
「これからどこへ連れてってくれるのかしら?」
私は身構える。しかし、イアランはまたもや私の予想を超えてくる。
「食事に行こうか♪」
転移魔法で連れてこられたのはターンズ国の中心地。
で、案内されたのは本当に酒場であり、テーブルに腰掛けてオーダーをする。
「ジールは何か飲む?俺は赤ワイン飲むけど」
「あ、いや、私はいいわ」
へ?何これ?ホントにデートなんですけど…。
「嫌いな食べ物とかある?ここは魚料理がオススメで良ければ適当にオーダーしとくけど、何か食べたい物あれば言って」
「あ、いえ、任せるわ」
いやいやいや、あの何と無く感じた覚悟みたいなものは何だったんだろうか?気のせいだろうか?
店員が私に水、イアランに赤ワインをグラスに入れて持ってくる。
「乾杯しよっか。今日の初デートに♪」
イアランはワイングラスを持つが、私は流石にそんな気分ではない。
「あー、もしかしてワナか何かと思ってる?まあ、こうやってサプライズしてるってとこはワナにかけたってことになるのかな?」
ますます訳がわからない。何がしたいのだろうか?こんな所で戦闘は無さそうだし、ここで私を捉えるために飲食物に薬を混ぜるのも考えにくい。
まあ、警戒してるので、当然毒無効の魔法をあらかじめ自分にかけているけど。
「まあ、警戒はするよね、普通」
ちょっと残念そうな顔をするイアラン。
当然でしょ?ついこの前あなたの差し向けた刺客と戦ったわけだし。まだクアンタの命狙ってるでしょうし。
「結論から言うと…次、クアンタ殺さないと、ここの研究所閉鎖なんだとさ」
そうだとしたら、余計に分からない。なぜ、先程クアンタの命を狙いに行かなかったのか。ますます分からない。これはやはりワナなのだろうか?
「じゃあなぜ、さっきクアンタの命を狙いに行かなかったの?」
直球な質問をぶつけてみる。こういう場合、回りくどいことをするより、相手の反応を見る方が分かりやすい。
「ん?ジールとデートしたかったからだよ?」
それ、説明になってない。
もし、そのままに受け取れば、クアンタの命を奪わず研究所を閉鎖されるより、私とのデートの方が優先されたということになる。
「で、本当の目的は何?」
更に切り込むことにする。これではイアランのペースである。
「ん?ジールを口説くことだよ」
もしかしたら時間稼ぎなのだろうか?でも、私を足止めするなら師範の足止めをする方がよほど効果的なはず。
それとも、私はまだ、何かを見落としてるのだろうか?
美味しそうな魚の煮付けが運ばれてきた。いい香りがして食欲をそそる。こういう料理、最近食べてなかったのでテンションが少し上がる。
「あ、食べて食べて♪それが気に入ったなら、きっと焼き魚も気に入ると思うよ!」
警戒しつつもお腹は減るもので、私は一口煮魚を食べる。
美味しい♪
思わず顔に笑みが浮かぶ。
「あ、気に入ってくれたみたいだね!良かった」
我に返りすぐ顔を戻す。でも、美味しいので慌てず、がっついてない程度に急いで食べる。
「やっぱり可愛い子と食事するのは楽しいもんだね。できるなら、この時間がずっと続いて欲しいもんだ…」
少し寂しそうなイアラン。
私は自分の思うことをこの機会に切り出してみる。
「クアンタを助けて、あなたと戦わないという選択肢、ないのかな?」
私の言葉にイアランは持っていたグラスをテーブルに戻した。
「あるよ」
その返答に私は驚きを隠せなかった。それを見たイアランは私に顔を近づけてきた。
「君が俺の夢のために共に歩んでくれるなら」
ん?それは私にスポンサーになれと言うことなのだろうか?そんなの無理に決まってる!
「悪いけど私はあなたに資金援助できるほどの財力は無いわ」
少しでも期待した私がバカだったかもしれない。やはりイアランは目的のために資金調達が優先ということなのであろう。
「…いや…今の聞いてた?」
イアランは凄く落ち込んでいる。何なのだろう?全く読めないヤツである。
「聞いたから答えたじゃない。何か問題あるの?」
「あー、そういうことか」
何かがイアランの中で繋がったようだ。ため息をついた後、意を決したように私を真剣な眼差しで見てきた。
「その…共に歩むって言うのが…その…結婚してほしいってことだ」
私は何かおかしな言葉が聞こえたような気がした。
誰が何する?いや、待って、思考が全く追いつかない。いや、どこをどう対処すればいいのか分からない。
「この前一目見た時から…その…忘れられなくて…寝ても覚めてもジールのことばかり考えていて…」
…もしかして、覚悟を決めたような感じがしたってのは…それなの!?
「いや、あのね、今、敵同士だよね?」
「分かってるからちゃんと話をしようかと」
つまり、これって…プロポーズだよね?ね?そういう事だよね?合ってるよね?ね?私の勘違いじゃないよね?ね?
ヤバい、もう頭が回らない!付き合って下さいすっ飛ばしてプロポーズは無いでしょ!
「あ、あ、あのね、いきなり言われても困るでしょ!」
「でも、こういうこはハッキリさせた方がいいかなぁって思ってさ」
私は何とか思考を立て直そうとする。だが、思った以上のダメージに私はヤラレている。これなら食事に毒でも入れられた方がマシである。
「ダメかな?」
イアランは平然と私に答えを求めてくる。
そんなの、安いアクセサリー買うみたいに即決できるもんじゃない!それくらい分からないのだろうか?
「ダメに決まってるでしょ!そんなの簡単に決められるわけないじゃない!少しは相手のこと考えなさいよ!」
必死に言葉を選び反論する。だが、側からみたら恋人同士の痴話喧嘩にしかなってないだろう。
いや、恋人でもないし!
「あーあ、残念。本気なんだけどなぁ」
てか私の今までの緊張感返せ!ワナの可能性が高いと思いながらずっと緊張して覚悟してここに来た私の時間を返せ!
「…もう帰っていいよね?」
何か凄く疲れた。美味しかったはずの魚の味も吹っ飛んだ。
「まだ料理あるから、それだけでも食べて行けばいいのに」
それは確かに未練あるけど、そういう問題じゃない。何より帰って師範に何と説明すべきか迷うところである。
正直に言えば絶対師範のおもちゃにされる…。
「わかったよ。じゃあ最後に一つだけ」
「変なと言うならぶん殴るわよ?」
私が脅すとイアランは大笑いした。
「それでもいいけどね。じゃなくて、次のデートのお話さ」
私は有無を言わさずイアランを殴る!
しかし、イアランはそれをさっと避ける。手加減は別にしてない。ノイエ・クレイドは発動してないからこんなもんかもしれないが、少し悔しい。
「明日の夜、今度はクアンタの命を狙いに行く。これが最後になる。俺も本気で行くから覚悟しておいてね」
そう言うとイアランは私を抱きしめた。
「今日はありがとう、楽しかった」
イアランは私を放すとお代をテーブルに置き、背中を向けたまま私に手を振り去って行った。
全く掴みどころがないと言うか、何と言うか…けど、最後に抱きしめてくれた感じは決して悪いものではなかった。
もしかしたら、それがイアランなりの心へのケジメの付け方であり、明日の覚悟を決めるためのデートだったのかもしれない。
明日、イアランは間違い無く本気で来る。
私はこの戦いに勝てるのだろうか?
そして、勝てたとしたら…私はどうすべきなのか?まだ答えは見つからない。
明日…全てが、どのような形であれ終わることとなる。




