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ソフィア_0.09α





 長女 宮火(みやび) 千夏(ちなつ)

 次女 宮火(みやび) 千秋(ちあき)

 三女 宮火(みやび) 千冬(ちふゆ)


 千と春夏秋冬シリーズで構成された姉たちの名前。

 変なところに拘る所がある母、宮火(みやび) 四季(しき)は、春夏秋冬をコンプリートしたいと第四子を夫にせがんだ。

 ここまで来れば第四子も女の子だろうという四季の予想を裏切って、生まれてきたのは男の子だった。


 男の子だけど、やっぱり名前を揃えたいからという理由で千春(ちはる)と名付けられた。


 すなわち、宮火(みやび) 千春(ちはる)


 「中性的でカッコイイでしょ?」と母は言った。

 中性的だろうかと千春は思った。

 女の子に付けられる名前のイメージの方が強い。

 小学校、中学校と過ごしてきて、女の子みたいな名前だと揶揄われることもなく、なんだかんだで千春は自分の名前が気に入っていた。 


「ちはる」


「なにー?」


 高校一年生現在――。


 教室で隣の席になった少女は、よく千春を名前で呼ぶ。

 

「ちはる カッコイイ」


「接続詞は?」


「ちはる ”は” カッコイイ」


「合ってる」


 たどたどしい葦原語(あしはらご)で話す彼女の名前は、ソフィア・エンティア・レヴィアタンと言う。


 ゆるふわウェーブがかかったプラチナブロンドの長い髪。透き通った澄んだ青い瞳。新雪のようななめらかな白い肌。同学年男子の平均身長を上回る長身。

 老若男女を問わず魅了し、強く惹きつける端整な顔立ち。長身に見合う抜群に優れたプロポーション。バレエや新体操を習っているのも手伝ってかいつも姿勢が良く、気品に溢れている。


 入学初日、ソフィアの周りにはたくさんの人が集まっていたのだが、今では遠巻きに見つめるばかりで誰も近寄らない。

 ただ一人、宮火 千春だけが、入学当初からずっとソフィアの隣にいた。


「日曜日 遊ぶ?」


「日曜にバイトがある」


「土曜日?」


「レッスンは?」


 新体操部に所属するソフィアは、時々元プロ選手から新体操の個人レッスンを受けている。

 それで、今週の土曜日はレッスンがある日のはずだった。


「いかない」


「だめ」


「ちはる……」


 ぴしゃりと跳ね除けられて、ソフィアは眉尻を下げて悲しそうな顔をした。


 クラスメイトが誰も彼女に近づかない理由は、ソフィアがあまりにも葦原語に疎すぎる所にある。

 葦原語の読み書きがまともに出来ない。日常会話すらままならないレベルで、クラスの秀才や、社交性が高い生徒たちでもお手上げだった。


 国際共通語であり、必修科目である英語ならともかく、ソフィアの母国語であるルテニア語は義務教育では学ばない言語である。

 当然ながら、千春もルテニア語はほとんど分からない。


 クラスメイトがソフィアになにかを訪ねても無表情のまま首を傾げられ、彼女の口からは呪文のような聞き慣れないルテニア語が大量に飛び出す。


 ジェスチャーを交えたり、翻訳アプリを利用した意思の疎通はあまりにもテンポが悪く、瞬く間にソフィアはクラスで孤立してしまった。


 当然ながら授業にもついていけるわけがなく、英語の授業以外では懸命に葦原語の習得に励んでいた。


 ソフィアは留学生でもない通常の新入生なのになぜ葦原語がまともに出来ないのか、どうやって入試試験や面接をクリアしたのかなど、謎が多すぎるゆえにクラスメイトたちは未だにソフィアへの興味を失ってはいないが、それでもわざわざ尋ねに行く者はいない。


 教師からもほったらかしにされ、クラスメイトからも遠ざけられて、ソフィアはいつも一人だった。


 このままでは学生生活つまんなそうだなぁと哀れんだ千春が、翻訳アプリ頼りの付け焼き刃なルテニア語で話しかけて現在に至る。


「ちはる」


「なにー?」


 手元のルテニア語の教本に視線を落としながら、ソフィアの呼びかけに応える。


「■■■■■ ■■ ■■■■」


 彼女の口から零れた言葉は、ルテニア語をかじった程度の知識しか持たない千春では、何一つ理解できない。


「伝わってない」


「だめー」


 彼女は時々、千春がルテニア語を聞き取れないと知っていてルテニア語で何か言ってくることがある。


 なんとなく甘えるような内容であるということは態度から伺えるが、何を言ってるかは分からない。

 ソフィアは頬を染めて、悪戯っぽく笑っていた。


 授業が始まり、ソフィアは葦原語の教材を開いて独自に勉強を始める。本来、授業と関係の無い行動は怒られてもおかしくないが、ソフィアの自習は許容されていた。実際に許可を受けているのか、見過ごされているだけなのかは千春は知らないが。


 真面目に先生の授業を聞きながら、横目にソフィアの様子を伺うと、いつものように漢字をノートに書いて練習しているようだった。


 なんだかんだで長く続いている二人の関係。


 千春とソフィアはすっかりクラス内のコミュニティから外れた存在になった。

 別にいじめられているわけではない。

 千春だって体育の時は普通に男子と会話をするし、時にはクラスの女子とだって話す。


 ただ、話す時があるだけ。

 必要最低限のコミュニケーションをするだけ。

 話題を共有することも、趣味について話すことも無い。

 遊びに誘ったり誘われたりもない。


 授業の間の休み時間も、昼休みも、千春はソフィアと二人だけで過ごす。

 必要な時以外は話しかけられないし、ソフィアも千春も積極的にクラスメイトに関わりにも行かない。


 中学生の頃は色々あって、千春は充実した日々は送っていたものの、まともな学校生活を送れてはいなかった。


 高校では良き青春の日々を送れることを夢見ていたが、蓋を開けてみればかなり特殊な学生ライフになってしまった。


 独りぼっちならぬ、二人ぼっち。


 しかし千春は、今の生活を中々気に入っていた。


「ちはる」


「なに?」


「なんでもない」


 時折なんの意味もなく千春の名前を呼ぶ隣の席の少女が、あまりにも美しくて、愛らしかったから。





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