自称勇者 第二十二部 第十一章
「くそっ! やめろっ! 深雪っ! 」
初めて颯真が苦しそうに叫んだ。
なんだ、両思いだったのか?
そういや、生きているうちに私はそういう事が無かったなぁ。
喪女で終わってしまうのかもしれん。
まずいな、逆にそっちの方が深刻なのではと思ってきた。
いつもの現実逃避が始まってしまった。
意外と根は優しいところがあるから、幼馴染で好きなのかもしれない倉吉先輩を人質に取られたら颯真では戦えまい。
戦闘狂だが、そのあたりはまともな考え方だし。
ふと、横を見ると、大翔兄がもう諦めていた。
勝てないと思うと、思ったより抵抗しないのが大翔兄の癖だ。
所詮、主人公になれない性格なのだ。
ここは颯真に奇跡を祈りたい。
主人公なら、何かやってくれる。
「いや、お前の方が主人公じゃないのか? いや、どっちかってーと、そう思うが」
などと私の心を読んだ魔法使いの爺さんが突っ込んできた。
「いや、それなら、この年になるまで恋愛の一つもないってのは無いだろう」
「なんという説得力だ」
よりにもよって大翔兄が私の言葉に感動していた。
「いやいや、そんな場合じゃないじゃん! 」
一真が叫んだ。
一真はゾンビ化が使えないからせめてと、転がってる剣を拾っていた。
「諦めるなっ! まだ手はあるはずだ! 」
などと相手にもされず撃ち落されるのに優斗は矢を剣聖アウロスに射続けていた。
意外と、こいつの方が主人公なのかもしれない。
だが、それらはことごとく剣聖アウロスにこちらも見てないのに落とされた。
多分、矢が正確に心臓を打ち抜くと言うスキルが、裏を返したらどこに飛んでくるか分かってしまって意味が無いのだ。
頼みの綱の颯真が全く追いつけないで、剣聖アウロスを倉吉先輩の前に立たせてしまった。
「もう、終わりだな」
「チェックメイトされた感じだな」
私と大翔兄が淡々と話す。
「いや、諦めるの早いっ! 」
「いや、詰んでるし」
優斗が叫ぶが現状では剣聖アウロスに隙が無く、完全に盤上の手は尽きていた。
颯真はもう動けない。
すでに、剣聖アウロスは簡単に倉吉先輩を盾に出来るし殺せる。
「くそっ! 」
颯真の珍しく苦しい舌打ちが現実を見せていた。
もう、終わっているのだ。
あの変態残虐爺に好きな女の子を人質にされたら、こちらの唯一勝てる男が動けないのだ。
私も流石に、この先の最悪な倉吉先輩に対するいたぶりを考えて俯いた。
その瞬間、倉吉先輩が剣聖アウロスに対しての強烈な金的蹴りと同時に突き付けられた半月形の剣をまるで手馴れているように捻った。
いや、捻ったと言うか剣聖アウロスの手首をてこの原理で捻って破壊して半月形の剣を奪っている。
酷く手慣れた感じだ。
「くはっ! 」
剣聖アウロスが呻く。
勝ったと思って完全に油断していたらしい。
逆に言うと颯真に対する良くわからない桧山さんへの恨みが目を曇らせていたのか。
折られた手首はあっさり再生してぎぎっと戻ったが、半月形の剣は手馴れた感じで倉吉先輩に奪われた。
この展開は予想していなかったらしくて、剣聖アウロスが巨体のくせして凄い顔をしていた。
「てめぇ、前に一緒に戦った時に口がくせぇから私には近づくなって言ったよな」
そう、それはどこかで聞いた声だった。
倉吉先輩の口から出るけど違う言葉。
半月形の剣は反対にして持っている。
そう、それはカマキリの鎌のように見えた。
「か、カタストロフィさん? 」
私が驚いて、叫ぶ。
「いや、魂は抜かれたんじゃないのか? 」
「一部が精神の奥底に残ってたのかな? それが私の祝福みたいな覚醒で出て来たのか? 何か良くわからないけど、どうなるんだ? 」
カタストロフィさんも敵側である。
どっちにつくか分からなかった。
「いや、剣聖アウロスは誰からも無茶苦茶嫌われているから、こういう時は……」
そう魔法使いの爺さんが苦笑した。
「颯真! お前と戦うのは後回しだ! こいつを潰すぞ! 」
倉吉先輩がカタストロフィさんみたいに叫んで、半月形の剣を反対にして剣聖アウロスに連撃を与えた。
それを見て、剣聖アウロスが動揺していた。
剣聖アウロスと颯真ほどでないにしても、最強クラスの勇者が一人新たに現れて敵に回ったのだ。
それを見て、勝機と確認した颯真が一瞬にして、上手く剣聖アウロスの背後を取った。
足にひっかけて、奪われた剣の代わりに、下に落ちている魔物達の剣を持つと、二刀で剣聖アウロスは抵抗していた。
予想外にカタストロフィさんの残りカスは強かったようだ。
気づかないうちに、剣聖アウロスは手首を切られては再生を繰り返していた。
どうも、カタストロフィさんはこないだ颯真に正面から当たって負けていたが、小技が得意なようだ。
その怯んだところを結構深く颯真に斬りつけられて、剣聖アウロスが呻く。
「桧山っ! 貴様っ! 」
剣聖アウロスが絶叫をあげた。
ボケたまんまらしい。
剣聖アウロスの得意の鞭のような剣戟はすべて颯真と倉吉先輩のカタストロフィさんに落とされている。
颯真もカタストロフィさんも油断したら急所を一撃で貫けるだけの異常な膂力を持っている。
このクラスの勇者を二人同時に敵にするのは、相当に厳しいかもしれない。
こうなると肉体の膂力の有利差よりも、巨体ゆえのマトの大きさが問題になる。
剣聖アウロスが咆哮をあげた。
そして、何故か今度は私をじろりと見た。
「え? 」
私が怯む。
待て待て待て待て、その手はどうかな?




