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七話

 零が異世界に来て、現地で出会った三人と共に旅を始めてから早数日、家での生活に慣れていた零にとって野宿は未だに慣れないものだった。しかし、何時までこの生活が続くかわからない、そのため十何年も野宿生活をしているハカネとアクアに野宿の基本を教えてもらいながら旅を続けている。

 そんなある日の野宿、ハカネは当たり前のように帽子の中から大鍋と吊るすための道具も取り出して組み立てると、周囲にあった枝木をくべて火種として赤い宝石のようなものを入れて火を起すと、続けて近くの川から汲んできた水を鍋に張り煮沸させた。

「あの、ハカネさん」

「なに?」

 不思議なものを見るような目でハカネの様子を見ているが、ハカネはそれを気にせず煮沸したお湯へソーセージと味噌を入れて煮込み始めた。

「前から気になっていたんですけど、どうして袖や帽子の中から明らかに入らないものが出てくるんですか」

「あ、それは私も不思議に思った」

 零とテスタロッサが疑問に思う通り、ハカネは道具を取り出したり、しまったりするとき帽子の中かへか、袖の中へ手を入れていた。そして、どう考えても入りきらない大きさと量を収納して、必要なものをすぐに取り出しているのだ。そのことを問われ、どう答えたものかと視線を右上にむけつつも、上手い説明が思い浮かばなかった。

「この中、空間が歪んでるの。だから見かけ以上に沢山入るし口よりも大きなものが入るの。中を見ることはおすすめしないけど、見る?」

「え、じゃあやめときます」

「なら、私は」

 テスタロッサはハカネから帽子を受け取ると、すぐに中を覗き込んだ。しかし少し中を見ると、持っていた帽子を投げ飛ばしその場でガタガタと震えだしてしまった。突然の事に驚きつつも、零はテスタロッサに駆け寄り顔を見るも、その瞳は安定しておらず、見てはいけない何かを見てしまったかのように酷く怯えていた。

「まぁ、耐性がない人は発狂しかねないやばいものなんだけど」

「なんてもの見せてるんですか!!」

 震えているテスタロッサをよそに 、放り投げられた帽子を被り直すと、袖から穀物を取り出して鍋の中に放り込む。

「え!?放置するんですか!?」

「そうなったら簡単には治らないし。治るまで放置するしかないよ」

「諦めろ。ハカネはこういうやつだ」

「そう、なんですか」

 言いたいことはあるものの、自分がテスタロッサを落ち着かせられる方法を知っているわけでもない、なので時間が解決するまで待つことにした。

「元々私とアクアの分しかご飯を用意してないから、量は多くないから我慢して」

 元々二人旅、そこにテスタロッサと零二人の分の急遽用意したのだ。当然、二人のご飯を四人に分けているのだから、必然的に量は少なくなっている。とても成長期の子供には足りない量であるが、食えるだけありがたい状況に零は文句一つ言わない。全体に火が通るまでの間に、帽子の中からパンを取り出して、四人分に分けようとする。しかし、すぐに帽子の中へと戻し、火が付いた枝木を持ち上げると、それを暗闇に目掛けて思いっきり投げた。

 投げられた枝木は火の軌跡を描きながら暗闇を照らしていく。そして、自分達から少し離れた場所に何かの姿が見えた。

「ちょっと、厄介なのに目をつけられたわね」

「みたいだな」

 直ぐに臨戦態勢に入り、二人の手は袖の中へと入れられている。ハカネとアクアの手はデッキケースを掴んでいるが、すぐにその手を離しアクアは自分の獲物へと掴み、アクアは立てかけていた杖を蹴り上げ掴む。

 わずかな沈黙が訪れるが、その沈黙を一番最初に破ったのはアクアであった。袖の中で指と指の間に器用に挟んだ三本の投げナイフ、それをわずかに見えた影があった場所へ狙いをつけ投げる。投げられたナイフが何かに当たったような音はしない。しかし、アクアの狙いは投げナイフを直撃させることではない、すぐに地面に手を伸ばし錬成陣を描く。そして、投げられたナイフを触媒とし、遠隔で錬成陣を生成する。

「やるぞ!!」

 地面の錬成陣に魔力を流し込む、それにより離れた錬成陣が起動する。錬成陣は流し込まれた魔力を使い、光を生み出していく。急速に大量の光が生成され、周囲を一瞬だけ、まぶたを閉じていても光を感じてしまうほど強力な光が発生する。

 一瞬にして発生した強力な閃光、それはこの場にいる全員の視界を奪った、直視してしまったものは視界が回復するのに時間がかかってしまう。しかし、事前に閃光が起きると分かっているハカネとアクアは視界の回復が早かった。数秒程度の差、そのわずかな時間でハカネとアクアは自分達が有利になる環境を作るために動いた。

 アクアが新たに投げた針、底の方には小さな石が括り付けられており、周囲を照らす程度の光量を放っている。その僅かな光で自分達を襲おうとしている相手の姿が見えた。獣のような姿をし、人のように両足だけで器用に立っている姿、コボルトと呼ばれるものがそこにはいた。

「光源の確保した。零は自分の身を守れ」

「はい!!」

 視界の回復が始まり始め、朧気ながらも周囲の様子が確認できるようになった零は、すぐにデッキケースを手に取りデッキを取り出す。そして、未だに震えているテスタロッサの元へと駆けより手を掴む。

「まぁ、これくらいならそう騒ぐことでもないかなぁ」

 ハカネは余裕な表情を崩さないまま、火に掛けていた鍋を一度火から下ろすと、杖底で力強く地面を叩き、足元に魔法陣を広げる。

「平和ボケしてる子には、少し現実を見させてあげないといけないからね」

「今回ばかしは同意見だ」

 アクアが新たに投げた投げナイフを開戦の合図として、コボルト達は一斉に走り出した。動き出す前の場所を狙った投げナイフは致命傷部位へと当てることができず、わずかに顔を掠める程度だった。そして、その程度の傷を負わせた程度でコボルト達の動きが止まることはなく、一気に距離を詰めようとする。

「こんな場所で料理したのが原因なのか」

 あまり集中している感じをさせないハカネだったが、地面にいくつもの魔法陣を生成し、そこから幾つもの魔力によって生成された鎖がコボルト達の足を絡めとり巻き上げると、そのまま真上へと引き上げられ宙吊りにした。そして、取りこぼしたコボルト達にはアクアの投げナイフが眼球目掛けて投げられ突き刺さる。

 閃光が走ってからほんの数秒の出来事、そんな短い間に自分達よりも多いコボルトの群れを無力化させて見せた所から、二人の実力は見て取れる。

「ほら、これでも使え」

 アクアが袖から取り出したのは、短剣というには少し刃渡りが長い刃物であった。それでも、魔法使いと錬金術師、その二人が使うには明らかに大きな獲物である。そして、これからやることは剣技でも何にでもない。ただ肉を断ち相手を絶命させることができればいいことであるから。

「ご飯狙いだったのか、それとも別のなにかそれは知らないけど、まぁいいわ。零確り見ておきなさい?ここはあなたにとって異世界、ならば当たり前も違う。ここではこれが当たり前」

 アクアから短剣を受け取り引き抜くと、吊るし上げているコボルトの元へと向かった。重さを感じる短剣を持ち上げ、首を掻っ切る。当然、切られた場所からは大量の血が噴き出して、その血がハカネへとかかる。返り血を浴びてしまったハカネは目に入らないよう瞑っていた目を開け、袖で顔を拭う。そして、止めを刺すために心臓へと一突きした。

「ッ」

 カードバトルで見てきたものとは違う、ただパワーが高い方は生き残り、低い方は破壊される。ルールに沿った処理ではない。ルール無用の殺し合いとそれによって生じる血だ。また、ハカネが扱う「大魔法の準備」の発動コストとして、フィールドの魔法使いモンスターを生贄にするとは話が違う。あれは、カードゲームの延長線、アニメやゲームなのでキャラクターが死んでしまうのを見るのと同じような感覚で見ることができた。しかし、目の前に広がる光景は違う。現実、本当に生きている生き物の命を殺し、本物の血が飛び散り、その音が周囲へと聞えてくる。

「厄介ごとの解決はカードで決まる。確かにそうは言ったけど、それには理由がある。並大抵の人間じゃ、召喚されたモンスターに対抗することができずに一方的に殺される。私やアクアなら、下級程度のモンスターたちなら素の状態でも戦えるけど、流石に上級になればきついし、これは例がの範疇。だから、普通の人はどうするか答えは二つ、自分も同じ力を使えばいい。もう一つは相手にカードを使わせないうちに終わらせる。前者はともかく、後者はどうすればいいか」

 突き刺していた短剣を勢いよく引き抜く。すでに絶命しているコボルト、これ以上の攻撃はもう意味がないことはハカネもわかっているが、そのまま腕を上げて勢いよく振り下ろし首を撥ねた。

「!!」

「結局、こっちも相手を殺める方法を取るだけ」

 地面に落ちたコボルトの頭、それはごろりと転がり偶然にも零と目があってしまった。思わず尻もちを付き、後ろへと下がろうとする零だが、そんな零にハカネは近づき、血で汚れた短剣を一度鞘に納めてから向ける。

「最初に人を殺せとは言わないわ、でも、慣れておきなさい。これがこの世界なんだから」

 零の手に無理矢理握らせ、同じように殺しをやらせようとする。当然、零はそれを拒もうと振り払おうとするも、ハカネの力は強く、背後に周り零を持ち上げて操り人形の如く動かし、コボルトを殺させようとする。しかし、それに待ったをかけるのは、テスタロッサだった。

「やりすぎです!!」

 素早く引き抜いた剣で零が持つ短剣を破壊し無理やり止める。続けて吊るされていたコボルトをそのまま殺め、零が殺める分を残さずに、全てを自身が請け負った。

「思ったより、復活早かったね」

「これだけ騒がしくなれば恐怖も振り切れますよ。それよりも、彼は殺しをしたことがないのにも関わらずこれはやりすぎです」

 剣についた血をアクアから投げ渡された布で拭いながら、ハカネのやり方に文句を言う。それにハカネはため息を漏らし、零から手を離した。まだ、体に力は入っておらず手を話されて、体を支えていてくれたハカネも離れたことにより、そのまま地面に座り込む。その顔は今にも泣き出しそうなものであるが、頑張って堪えている。

「死と隣り合わせ、そんな世界の私達の常識と彼の世界の常識は違います。それなのに」

「さっきも言ったけど、この世界で生きるのならこの世界の常識を知るべき、そして避けては通れない。早めにやっておけば後々苦労しない」

「だとしても、本当に殺しをやらせる必要はない。身を守る術で十分なはず」

「……そんなんで、自分の身を守れるわけ無いでしょ」

 ハカネの言い方が変わった。途中からほぼ無言だったアクアもこればかしは言わないとだめかと思ったのか、顔に手を当てつつ袖の中から小さな小袋を皆に投げ渡した。

「お前ら一度落ちつけ、零の精神も限界だってのに、お前らが口論したら悪化する。その甘いものでも食べて頭を落ち着かせろ」

 アクアの言う通り、零の状態はもう良くない。ハカネのやり方もテスタロッサのやり方も、どちらの方法を取っても今の状態の零には悪影響にしかならない。互いに睨み合いながらも、お互いの獲物を納め互いに腰掛け合う。

「この状態じゃ、食欲も無いでしょうし夕飯はお預けね」

 ハカネは広げていた道具を帽子の中に突っ込み、そのまま寝袋を取り出して一人横になった。

「零、お前は俺の分を使ってろ。今は休め」

「はい」

 コボルトの死体が転がる真横で寝るのも精神的には悪いかもしれないが、下手に移動するわけにも行かない。時間がどこまで解決してくれるか分からないが、今は零の精神力に期待するしかなかった。

「火の番は俺がやる。お前も、頭を冷やせ」

「いえ、私も居ます」

「そうか、止めはしない」

 アクアとしては寝て頭をスッキリさせてもらいたいが、出会ったときの印象で、すでにハカネと同様言っても無駄な相手であることはわかっている。そんな相手を無理に止めるだけ無駄なのは経験で知っている。しばらくの沈黙が訪れ、二人が寝静まったのを確認すると、アクアは口を開いた。

「あんまり、あいつと俺は他人に話せるようなもんじゃない。いろんな国で指名手配になるくらい好き勝手やってる俺等でも、嫌な過去はある」

「え?」

「あいつは、昔は普通の魔法使いだった。でも、ある日を境に自分の無力さを知ったのさ、守るだけの力じゃ誰も守れない、結局守る力より強い力によって奪われる。なら、奪われないようにするにはどうすればいい?奪うよりも先に奪えばいい、その力を身につければいい、それがあいつだ」

「……」

「お前の考えもわかる。ただ、俺もあいつも一度、幻想を抱いて砕かれた。この世界で甘っちょろい幻想を抱くことは構わない、だが、それを抱くのなら、お前もそれを抱き続ける力を見せろ。餓鬼の盾になるって言ったからには、守りきれ。できないなら、あいつにもう一振りの剣を持たせろ、持たせなければ死ぬぞ」

 ハカネもただ意地悪であんなことをしたのではない。あれもまた零がこの世界で生き抜けていけるよう、自身が剣士てきたことを基づいて教えただけである。確かにこのまま零から戦う機会を奪い続けれて、戦う方法を教えないでいけば、自身が零の元を離れている間に零が一人で戦わなければならなくなった時、零は戦うことができないだろう。そして、その時ハカネから戦い方を教えられていればどう違うだろうか、テスタロッサは考えた。

「まぁ、あいつの一番面倒くさいことはこういうことを自分の口では言わずに、俺の口から言わせることなんだがなぁ!!」

 アクアは突然投げナイフをハカネ目掛けて投げた。本来なら寝ている、ましてやアクアが火の番で起きていると思っている状態、警戒心は通常よりも低いと思える状態であるにも関わらず、ハカネは投げられた投げナイフを魔法陣で防いだ。そして、寝袋から顔を出し、はっきりとした目でテスタロッサを見た。

「狸寝入り野郎、人こき使うのもいい加減にせい」

「言わなくてもわかってくれると思ってたからよ相棒」

「相棒呼びはやめろ、ぶっ飛ばすぞ」

「あらヤダ怖い、私の婿ちゃんのアクアちゃんは一体いつからこんな物騒な言葉を使うようになったのかしら」

「ちゃん呼びはもっとやめろ、お前のものになった覚えはない、殺すぞ」

「一度死んだような私を殺せるのならやってもらいたいわぁ、あ、でも終活が済んでからでいいかしら?アクアも知ってるでしょ、私が今終活の真っ最中だってことは」

「知ってて旅に付き合ってるんだろうが、お前一人やらせたら何やらかすかわかったもんじゃないんだからな」

 重たい雰囲気はどこに行ったのだろうか、一見怒っているように見えるアクアも、声に怒りが乗っているようには思えない。互いにまるでいつものやり取りのように言い合うと、互いにクスリと笑った。

「ごめんなさいねぇ、こんな回りくどい方法で、あなたみたいな性格の子は私が言っても聞かないでしょうし、こうさせてもらったわ」

「……そうですね」

 あの状態でハカネが同じことを言っても、自身が聞き入れないでいたことは予想できる。だから、手は貸しつつも傍観をし、最後には仲裁へと入ったアクアに話をさせた。

「まぁ、アクアも言ったけど。あの子を守るのなら本気で守りなさい、できないと判断したら、殺しを教えるから」

「はい」

 先程とは違い、素直にハカネの言葉を受け入れる。自分が零を守りさえすればいいだけの話、決して殺しを教えぬようテスタロッサは覚悟を決めた。

「……ところで、さっきハカネさんが終活って言ってたのは?」

「ん?ああ、私近々自殺するつもりだから」

「は?」

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