三話
ハカネさん達に自分がこの世界の出身ではなく、他の世界、いわゆる異世界から来てしまった人間であると伝えたとき、皆からこいつ何言っているんだって表情をされてしまったけれど、僕はしっかりと異世界から来たと思える理由をしっかりと伝えた。
自分が知っている世界では、自分を襲ったような機械ができるような科学力は存在しない。あれだけの怪我をしたにも関わらず、一日も経たずに回復をさせることなんて不可能であり、ハカネの見るからに魔法使いだという服装の人もそういった場所でなければ見かけなかったと伝えた。
「ふむ、お前の言う認識が正であれば、この世界を異世界だと疑うのも無理はないか」
アクアは僕の話を否定することもなく、肯定をすることもなかったが、そういうものだと話を聞いてくれていた。それに対して、ハカネはなにやら目をキラキラさせていた。
「異世界、すごい興味がある話なんだけど。空間魔法は最上位とも呼ばれるくらい高難易度な魔法であって、距離と運ぶものによって難易度が格段に変わるから、異世界ましてや人を運ぶくらいにもなると「1回黙ってろ」ヘブシ!」
ハカネが饒舌になり、何やら言い続けていたが、あまりにもうるさく話が進まなくなるためか、アクアがハカネの顔目掛けて容赦なく袖から取り出した林檎を投げつけて黙らせた。暴力的で雑な黙らせ方に思わず、口を開けてしまうが、アクアは当たり前のことのようにこちらに向き直した。
「とりあえず、どちらにせよ行く宛がないと言うことだな」
「はい」
異世界に食料やら、旅、野宿に使えそうなものを何1つ持たずに放り出されてしまった。そして、放り出されて早々、襲われてしまったが、テスタロッサ、ハカネ、アクアと助けてくれる人に出会えたのが不幸中の幸いだろう。
「ねぇ、アクア」
「言わんとすることは読めた」
ハカネはぶつけられた林檎を取り、鼻血が垂れていたが、どこからか取り出した氷を鼻に当てながら応急処置をしながら話を始めた。
「脱走兵に、異世界からの来訪者。これだけ面白そうな話、逃すわけには行かないでしょ?」
獲物を見つけたかのようなギラギラした目をするハカネ、それに思わず引いてしまうが、アクアはため息を漏らすだけだった。
「俺は構わん、があとは二人次第だ」
ハカネは鼻血が出ているにも関わらず、勢いよく顔を振り、僕とテスタロッサの方を見た。ギラギラとした目に加えて、獲物を逃さない獣のような目も加わりなおさら怖さが増してしまっている。
「ねぇ、二人共私達と一緒に旅をしないかしら?」
ハカネからの思いがけない提案、それに思わず僕とテスタロッサは互いに目を合わせてしまった。
「あの、僕達が言うのもあれですけど、完全に厄介ごとの種ですよ?」
脱走兵に異世界からの来訪者、どちらも関われば厄介ごとであるのは明白である。それなのに、わざわざ、ましてや両方関わろうとする考えが理解できない。しかし、ハカネの答えは変わらない。
「長生きしたって、刺激がない生活はつまらないもの。二人のことはおばさんに任せなさい、根を生やせる亡命先を見つけるまで、元の世界に帰るその日まで付き合ってあげようじゃないでしょうか」
面白そうなものを見つけたように、ハカネは楽しそうな表情をしていた。そして、直感的に、これは何を言っても止まらない人だとわかってしまった。アクアさんも、もう諦めた表情になっており、初めて会った僕たちで止められる相手ではない。
「それじゃあ、決定ね」
強引に決められてしまったが、そんなリスクをとっても僕たちをどうにかしてくれるのならば、ここは甘えることにしよう。
「そういえば、脱走兵に加え、異世界から来たのならば、デッキは持っているのか?」
「デッキ?」
なぜここで、デッキなのか、そう首をかしげるのをよそにテスタロッサは気まずそうに答えた。
「ない、です。自分のカードも盗られてしまって」
「そうか、オリジナルを取られたか」
なにやら、哀れみの目で二人がテスタロッサのことを見ているが、それが一体何なのかわからない僕は、再び小さく手を上げて質問した。
「どうしてデッキが必要なんですか?それとオリジナルって」
「「「もしかして、異世界ってカードバトルしない?」」」
何故か息のあった三人、どうも元いた世界とこの世界でカードバトルに関する認識が違うのかもしれない、すり合わせをするためにも、この世界では当たり前であることを教えてもらうことになった。
「どこから、説明すればいいのかはわからないけど、この世界だとカードバトルで物事を決定することがよくあるの」
「え、なんですかそのアニメみたいな設定」
「アニメってのはわからないけど、似たようなものがそっちにあるってこと?」
「はい、まぁ。空想の産物ではありますが」
カードゲームのアニメ・漫画の世界ではよくカードバトルで物事を解決することがある。作品の根幹でもあり、逆にそこ以外でカードバトルをしなければ作品のテーマがどこに使えばいいのかであるため、突っ込みを入れてはいけないことであるが、実際にそんな世界に来てみればどうしてそれで物事が解決するのかと疑問が尽きない。
「似たようなものがあるなら話は早いわね。この世界はそんな世界よ。だから、この世界でトラブルになったら、戦うことになったらカードバトルで解決するほうが手っ取り早い場合は一定数あるのよ」
「そうなんですか」
創作の世界のような世界に自分が来てしまったことに、もはや一周回って信じようと思えてしまった。そして、そんな世界ならばデッキがないのは死活問題とも言えるだろう。
「でしたら、この世界のカードがどんなものなのかわからないけど。持ってないですね」
脱がされた服と一緒に置かれている荷物の中からあちらの世界で使っていたデッキケースを取り出して見るが。
「これは、わたしたちが使ってるカードとは違うね」
「カードバトル、自体は他の世界にもあるんだな」
案の定といえば案の定である。異世界にあるカードゲームがこの世界でも使えるわけがない。この世界では無用なものと成ってしまったことに、溜息をつきつつ広げたものを片付けようとしたとき、荷物の中にもう1つデッキケースがあった。
「あれ?なんだろうこれ」
自分の持っているデッキケースは全て覚えている。それなのに、妙にダメージが残っており一輪の花が描かれている見覚えのないデッキケースがあった。不思議に思いながらも、中身を取り出して広げてみせた。
「あれ?持ってるじゃん」
どうやら中身のカードはこの世界の人達が使うカードみたいだが、何故そんなものが僕の荷物の中に紛れていたのか、いつ紛れ込んだのかそんな疑問が浮かび上がりつつも、一枚ずつカードを整理することも兼ねて並べていった。
「随分戦略が多いデッキだけど、あ、ついにモンスターね」
そのカードを手に取り、並べようとした時だった。テスタロッサが僕の手をつかみ取り、持っていたカードを奪い取った。あまりにも突然なことに僕も、ハカネたちも反応できずにいた、けれど、テスタロッサはこちらに構うことなく奪い取ったカードを見ていた。
「どうして」
「テスタロッサ?そのカードがどうし……あ~」
不思議に思ったハカネがカードを覗き込むと、何かを察したのか少し遠くを見たあと、こちらを見た。
「君、このデッキどこで手に入れた?」
「わかりません。いつの間にか荷物に入ってたので」
「考えられるのは、零が目を話した隙に誰かが入れたか、あるいは誘拐したやつが残したか」
一体どこでそれが紛れ込んだのか、いくら考えてもわからない。そして、テスタロッサが盗ったカードに一体何があったのか疑問に思っていると、突如テスタロッサが胸元を掴んできた。
「正直に言いなさい!これをどこで!」
「ええ!?な、何がですか」
「話の流れ的にそのカードだろう、ハカネ一体何のカードだ?」
「あ~、「戦姫 テスタロッサ」しかもオリジナル」
「それは……」
この世界の常識で話を進める二人に、全く何が問題になっているのかわからない、けれど、質問の答えは1つしかない。
「僕は知りませ~~ん!」
その後、ハカネが物理的にテスタロッサを大人しくして、広げていたカードをデッキケースに戻し、話を再開した。
「異世界、ってなればオリジナルと複製の違いも知らないよね?」
「オリジナル、複製?ニュアンスでなんとなくしか」
ハカネは自分のデッキケースを取り出し、そこから一枚のカードを取り出す。底に描かれているのは、今のハカネよりも少し質素な格好をしているハカネの姿が描かれていた。そして、カードの名前は「見習い魔女 ハカネ」、そう書かれていた。
「この世界は、ある程度の力を持ったり、事象がカードとなる。このカードがその一例でもあるけど、一番最初に生まれたカードがオリジナル。その後に生まれたカードは複製。カードに記されている効果は同じだけど、オリジナルはその者の力を、事象の力を封じ込める」
「え、じゃあ。オリジナルはその人の力、みたいなものなんですか?」
「そう。どうしてそうなるかは未だ不明。だけど、自分の力を他人に握られてるって嫌でしょ」
ハカネがここまで言って、テスタロッサのあの慌てようがわかった。先程テスタロッサが盗ったカード、あれが彼女の力が封じ込められていたオリジナルのカードなのだと。
「まぁ、そのデッキ自体君が持っていたものじゃないからな。君に非があるわけではないけど、オリジナルのカードがどうして他人の手に渡り、それが君の手に渡る、こうしてもう一度本人の元に戻ってきたかは気になることではあるけど。とりあえず、テスタロッサ、これは彼のせいじゃないんだから、彼に怒りを向けるのはお門違いよ?」
「わかってます」
少し不服そうなテスタロッサであったが、被害者であることも事実であり、それ以上詰め寄ろうとはしなかった。
「で、そのオリジナルのカードだけどどうするの?彼に渡すの?」
「戦姫 テスタロッサ」は未だにテスタロッサの手の中にある。それに対して、抜かれて残されたデッキは三九枚。デッキとして成立するにはあと一枚必要であるが、かわりに入れられるカードを一枚も持っていない。
「……自分のカードを託せるほど、私は彼を信用していない」
「話を折って悪いが、テスタロッサお前はデッキを持っていないんだろ。一枚だけのカードでお前も戦えるのか?」
アクアの言葉に、テスタロッサは言葉を詰まらせた。カードバトルができなければ、先のように、サーベルとリボルバーでの戦闘をしなければならない。けれど、結果はあの通りでいいとは言えない。
「……とりあえず、1回零にそのカードを貸して貰えないかしら?彼にこの世界のカードバトルを教えたいし。君もすぐに返してくれるでしょ?いざとなればね?」
ハカネは笑顔のまま杖とデッキを向ける。
カード紹介及び作者たちの一言
永続魔法「日々の積み重ね」
発動した自分の魔法カードがトラッシュに送られる際、そのカードをこのカードに重ねる。重ねられたカードを破棄することで以下の効果を発揮する。
一枚 魔法カードの発動コストのマナを一下げる
二枚 自分のマナを一増やす
三枚 デッキからカードを一枚ドローする
四枚 相手の手札を見ないで一枚破棄する
藤野「ほぼ、ドロソ」
鬼咲「ハカネの代名詞のうちの一枚」