二十九話
夜が開け太陽の日が登る頃、ここ数日の旅の生活に慣れたことにより、無意識のうちにこの時間のうちに起きるようになってしまっていた。まだ眠たい体をお越し、敷かれている布団を畳むと、目を擦りながら障子を開けまだ薄暗い外へと出た。
「ふぁ~」
寝起きで神社の境内にいることに違和感を覚えつつも、体をポキポキと慣らしながら簡単な柔軟体操を始める。
「あら、早いのね」
声が掛けられたことにより、零はそちらの方を見る。そこには、上は白、下は紅の紅白の巫女服に身を包んでいる梓の姿があった。すでに寝間着でないあたりから零よりもずっと早くに起きていたのだろう。そして、その手には箒が握られており、隣には落ち葉が少しばかし集められていた。
「旅をしている間は此の位に起きていたので」
「へぇ、そうなのね」
話をしつつ梓は箒で石畳の砂埃を払い落とし見かけをきれいにする。
「梓さんも普段このくらいの時間にはもう?」
「いやぁ、もうぐうたらで時々よ。ここって形だけの神社で御神体なんてありゃしないから、わざわざ律儀に管理する必要もないし、神前なんか作らないから。私もいまじゃ、なんちゃって巫女よ」
「神様は、いないんですか」
明らかに宗教系の人であるはずの梓があっさりと自分の宗教を否定するような発言をしたことに若干驚く零であるが、ため息を漏らすように梓は言葉を続ける。
「昔から神様なんかいるかどうか怪しかったからねぇ。この世界でも神を信じる宗教はいくつかあるし実際に見てきたけど、ろくでもないもの。まぁ、誰がどの宗教を進行しようとしても私は止めないけど」
「でも、神道って何にでも神様が宿るって考え方じゃないですか。それなら」
「龍やらドラゴンがいて、カードの力で目の前に現れる世界でそんな面倒なことすると思う?」
「そうですね」
何にでも神様が宿るといえば簡単かもしれないが、実際に力がある存在がいとも簡単に目の前に現れる世界だと、代価を要求したりそれ相応の対価を支払って起こす奇跡を起こす話と比べたら、人々の心が奪われるのは当然前者だろう。
「この神社も、この集落を作るときに一種の拠点みたいなものだったんだけど、四季ちゃんが勝手に私の話を基に神社作っちゃったからね。うん、それでも当時の人達に十分な心の拠り所にはなったし、悪いことではなかったから」
何やら遠い目をしている梓に当時一体どんな苦労があり、何があれば死んだような目ができるのかと聞きたくなったが、聞いてはいけないことだろうと思いそのことは口にはしなかった。
「今じゃ、年末年始の祝い事や式に厄払いとかをやるくらいよ。集会とかも、もっぱら四季ちゃんが管理してる旅館のほうだし」
「それでも、梓さんは巫女を続けているのですか?」
本来ならば神社で行われる行事はもっとたくさんある。それに、昨日泊まらせてもらったときに少し事務所の中を見させてもらったが、他の人がお手伝いとして来たときに着るような服は一着も置かれていなかった。つまり、この神社を管理しているのは本当に目の前にいる梓一人だけなのだろう。
「これしか知らないからね。私の生活ってのは」
丁度石畳を掃き終えたようで使っていた箒をそのまま肩に乗せると、零にくいくいと手でついてくるようにジェスチャーをして歩き始めた。
「ここってさ、直ぐ側に山があるでしょ?」
「そうですね」
山との距離はかなり近く、集落がある場所は麓と読んでもいい場所だろう。そして、神社があるこの場所は麓の中でも少し小高い場所といっていいだろう。
梓は箒を物置に放り投げると、本殿と事務所、そして梓が住んでいる住居を通り過ぎていき木々が茂っている場所を抜けると、少し開けた場所に出た。
「わぁ!!」
眼の前に広がる光景はどこまでも続く平原とポツポツと明かりが灯され始めている集落、そして大きくそびえる山があった。山からは大きな滝が流れておりその周囲には飛び散った水で白くなっている。また、山には藤の花が生えており、たくさんの木々に絡まり青紫色の花を咲かせている。
「足元気をつけなさいね」
「え?って!!」
綺麗な景色に思わず前へと進もうとする零だったが、言われて足元を確認すると、数歩先には崖があった。
「綺麗でしょ?」
「綺麗ですね」
こうした景色に疎くとも、綺麗なものには綺麗だと言える。しかし、梓は口を重たそうに行った。
「こんな綺麗な場所でも、この山は昔姥捨山だったのよ」
「え・・・」
姥捨山、それは口数減らしのため労働力になりにくく、子孫を残しにくい年老いた親を山に捨てること。
「人を捨てるなら、簡単に帰ってこられちゃったら困るでしょ?」
「それは、そうですけど」
「この山は昔、本当に帰ってこれないレベルで危険な山だった、だから沢山の人が此処に捨てられたわ」
梓が歩みを進めていき、零はその後を追いかけていくと見晴らしがいい丘の上に幾つもの医師が積み重ねられていた。
「これって」
それが何なのかは同じ故郷に住んでいる零にすぐに分かった。故にその場に座り込み両手を合わせた。
「私が見つけられた人はここで弔ってあげてる。今の私がこの場所に囚われて形ばかりの巫女をしてるのも、これが理由よ」
この墓地に一体どれだけの人達が埋められているのかは想像をしたくない。けれど、これだけの数を女手一つで管理するとなれば、とても他の仕事をしながらではかなりの労力となってしまうだろう。
「巫女っていうよりも、今じゃ墓守ね」
「いいんじゃないんですか。家族にも看取られず、一人で死んでしまった人達を弔ってあげているんですから」
「そうね」
梓は線香とマッチを取り出すと、マッチを勢いよくこすり火を起こすと、線香の尖端を炙り火を灯すと、その半分を零へと手渡す。嗅ぎ慣れた線香の匂いを嗅ぎながら、小さい石を積み重ねて作られた墓の前に線香を置いていく。初めての墓地でも慣れた動きで直ぐに持っていた線香を置き終え、手を合わせた。
「成仏、できてるといいですね」
「あ~、多分できてるんじゃない?見えないし」
「ん?」
「ほら、朝食作るから戻るよ」
梓は燃えカスとなったマッチ棒を足で踏み確りと火種を消してから来た道を戻り始めていた。すぐに、零はその後を追いかけようとするが、顔を動かしたとき、ふと気になるものが見えた。
「あれ?」
大きな石、それだけならば自然なものだろうが、明らかに人工物の大きな石が見えた。その形状からなんとなくそれが何なのか想像はついてしまうが、それが何なのか気になり歩み寄ってしまった。
「お墓?」
先程のお墓と比べれば明らかに立派なお墓である。ぱっと思いつくのは位が高い人のお墓なのだろうかと考えるが、そうだとするならば質素すぎる。一体誰の墓なのだろうかと目を凝らすと、墓石に確りと文字が彫られていた。
「御神之墓」
先程の墓とは違い、名字か名前のどちらかがわかっているからこうして掘られたのだろうか、どちらにせよあちらの墓とは明らかな待遇の違いに何かあるのだろうか。そう考えを巡らせる零であった。
「ほら!!零は一人で戻ってこれるの?」
「あ、ごめんなさい!!」
梓を待たせてしまっていることに気が付き、零は急いで来た道を戻り梓のもとへと向かっていった。
日がある程度登った頃、夜遅くまで争っていたアクアとハカネも目を覚まし朝食を共に食べた。残念ながら白米ではなく雑穀を炊いたものであったため、零にとっては食べ慣れていないご飯であったものの、朝から確りと味噌汁とお漬物の一汁一菜を頂いた。
「ああ、何やかんやでこうしたご飯が一番しっくりします」
「時代が違えど、ある程度食生は同じでしょうね」
確りと味噌を使って作られた味噌汁には思わずホッとしてしまう。一方味噌を食べ慣れておらず、塩っぱく物によっては少し酸っぱさを覚える漬物にハカネとアクアはなんとも言えない表情をしていた。一方テスタロッサの表情は無であった。
「それにしてもだ、ここは食糧難とは随分無縁に見えるな」
突然アクアが言ったことに皆一斉にそちらの方へと向いた。
「そういえば、確かに」
「食糧難?一体どういうこと?」
会話の内容が掴めていない梓が首を傾げる。梓の反応から本当に食糧難とは無縁のように思えたハカネは自分たちがここに来るまでの間に、植物たちが妙に弱っている区域、食糧難になっている村を二箇所見つけたこと、道中ゴブリンが以上に発生していることを伝えた。
「その村は、まぁ確かにここから離れて入るけど隣と言っていい村ね。隣村でそんなことになってるなんて知らなかったわ」
「本当にこっちでは食糧難は起きてないのか?」
「ええ。起きてない」
アクアの問に梓は即答した。
「基本は四季ちゃんの仕事だけど、私にもこの集落の食糧事情に関しての情報は入ってくるから、ある程度は把握してる。今年も例年通り、むしろ少し多い程度の生産数よ」
「隠蔽とかは」
「それはない、やったら四季ちゃんの鉄拳制裁が来るしこの集落にいられなくなる」
四人は昨日会った鬼花四季の姿を思い出した。その人の身体はしっかりとしており、ムキムキではないものの、体を作っている肉はほとんどが筋肉であり柔らかさを感じる肌であっても筋肉量はとてつもないものだろう。そんな腕で思いっきり殴られれば骨折で済めばまだ優しい方だろう。そして、この小さな生活域でそんなことをしてしまえばもうここでは生活していくのは無理だろう。そう考えれば、隠蔽をするとは到底考えられないだろう。
「四季ちゃんにも聞いてみるわ。もしかしたら、どこかしらの生産数が下がってるか、まだ収穫していない作物に影響が出てるかも」
「あ!!」
突然大きな声を上げる零、そのことにテスタロッサは持っていた食事を落とし、ハカネは飲もうとしていた水が変なところに入ってしまい思いっきり咽てしまった。
「ゴホ、ゴホ、ゴホ、オエ」
「だ、大丈夫?」
若干ヤバそうな声を漏らすハカネの背中を梓は擦り、ハカネの呼吸を整えさせる。
「ど、どうにか」
梓が差し出した手ぬぐいで口を拭い、少々汚してしまったところを拭き取ってから皆は零の方へと顔を向けた。
「それで、このタイミングで一体どうしたの?」
「いや、そのぉ。色々ありすぎて言い忘れていたんですけど、その、作物が弱ってる原因に思い当たるものを見かけたといいますか」
「「それは先に言え!!」」
眼の前でリサの戦闘が起きたり、置いていった皆を追いかけるために移動したり、その後色々驚かされることなどがあったため、説明するタイミングを逃してそのことを思いっきり忘れていた。
「あの、二回目にリサさんと会ったとき機械の敵と戦ったじゃないですか?」
「そうね」
「ちょっとまって、その機械の敵って何」
「えっと、それは後で説明するとして、その機械が植物に向かって何かを噴霧してたんですよ」
零がそういった瞬間、多分野に博識なアクアは零が何が言いたいのかに察しが付き、思わず声を漏らしながら一人納得していた。
「その噴霧していたものが、除草剤。植物を枯らした上暫くの間植物を生えなくさせる薬品だったら」
「う~ん、農薬ってこと?」
「つまりだな」
よくわかりきっていない梓のために、アクアが専門的な要素も込みで説明を始めてしまったため、すぐにハカネ以外音を上げてしまった。
「と、とりあえず、その薬が植物どころか土地を弱らせてしまっていて、それを散布している絡繰りを操作している組織がいて、テスタロッサさんが抜けた組織がその組織の可能性が高いと」
「そうね」
「聞く話によれば、海を超え先にある大陸ではもっと大々的に除草剤を散布して木すら枯らしてから攻め込んだなんて話もある」
アクアが付け加えた話に梓は思わずため息を漏らしてしまう。
「おそらく、私達が気づいていない間にその手はこっちまで来ていると思ってもいいかな」
まだ散布されているかどうかの確認して以内にもかかわらず、梓はも散布されていると革新しているようだった。
「まだ確認していないのに、早いんじゃないの?」
「いや、この辺りの土地を抑えるならこの集落は無視できない。なんやかんやで影響力があるし、この辺りでは一番大きい集落もここだから」
梓の言う通り、この集落はかなり大きい。なんでも観光業と温泉業でわざわざ無主地を横断する行商人たち相手に商売ができるレベルではある。そして、時折隣村から問題解決の依頼も来るそうでこの集落の影響力は大きい。それだけの集落を無視するのは難しいと言える。
「まぁ、調べられるだけ調べてみるわ。食糧難になるのはゴメンだし」
それからも梓とハカネの二人で情報の交換が行われていった。なぜこの会話を昨日しなかったのかと思う零であったが、色々とあって疲れていたこちらを気遣ってくれていたのだろうとテスタロッサと話した。結局遅くまでハカネとアクアの二人がやり合っていたのでその気遣いは無駄となっていた。
「とりあえず、こっちでも調べてみるから、時間を頂戴」
「そうね、お願い」
今ある情報だけではこれ以上の行動を決めることはできない。そして、自分たちはリサの回復がもう少し確認できてから旅立つことにし、それまではこの集落へと滞在することになった。
「ところで、あんたらってどこ向かってんの?」
自分たちが食べている食器を片付けていると、梓がそんなことを聞いてきた。それに対して部屋の掃除をしていたハカネは山の方を指差す。
「山を超えた先にある国」
「あ~」
それを聞き少しバツの悪そうな顔をする梓。その反応には何かがあることは明白であったため、ハカネは笑顔のまま梓を見る。
「まぁ、大したことじゃないんだけど、あの山と反対側の麓に問題がね」
ハカネと梓が見ている山はとても大きい、予定通りならばこの山をある程度登って反対側へと向かう。迂回するのも手であったが、その場合距離が三倍以上に膨れ上がるため高低差の移動の手間を天秤にかけた結果、山を横断することにしていた
「まず、知ってはいるとは思うけど、あの山には竜が住み着いているのよ」
このあたりの土地が無主地になっている理由。それはあの山に住んでいる竜の活動域であり、いつ問題が起きてもおかしくない。そんな山の麓にあるこの集落も体外ではあるものの、寝床の近くに近づく山登りとなればどちらが危険かは言うまでもない。
「零一人だけなら色々と不安が残るけど、まぁ昨日の様子からあなた達がいれば大丈夫だとは思いたい」
「一応、他の地方でドラゴン狩ったことはあるけど二度とごめんとだけ言っておくわ」
「同意見」
サラッとドラゴンを狩ったことがある発言に零とテスタロッサは驚いているが、二人は気にせず梓との話を続ける。
「比較的大人しい竜だから、ちょっかいを掛けなけれあ大丈夫だとはあまり近づきすぎないほうがいいね。仮に山を登るなら、あそこ迄にしてそこからは側面を沿って移動して裏に抜けたほうがいい」
「助言感謝するわ」
「まぁ、別にここまではいいのよ。問題は次」
梓はため息を漏らしとても面倒くさそうに言う。
「その先に無縁塚。身寄りない人や本当にどこの馬の骨かわからない人を埋葬している墓地がある。そこを事実上管理している知り合いがいるんだけど」
「その人になにか問題が?」
「うるさいのが嫌いで、うるさくしただけで殺された商人がすでに何人か」
それを聞いてこの場にいる梓以外が固まるのにそう時間はかからなかった。




