死想
なぜ人間がどういう生き物であるかを知っているのか。それは私も分からなかったが、生まれた時から持っていた記憶だったため、とても気になって仕方ないという状況ではなかった。
「俺は地球に行ってみたいけどな」父はそう言うが、地球に行って何をするというのだろうか。地球に行けば我々のようなシリウルは侵略者と言われ、殺されるかもしれない。もしくは、特別視され朝から晩まで体を切り裂かれ、シリウルの解剖に使われるかもしれない。
「どうして、そんなに行きたいの?」
「どうしてだろうな。俺もなぜ行きたいのか分からないが、なんか懐かしい故郷に帰りたい気持ちなんだよ」父はそう語った。私は何を言ってるか分からず、「どういうこと?」と首を傾げた。
「お前もそうだろ、何か考える時にシリウルなのに人間を数える時のように一人、二人と数える時があったりしないか?」
父に言われて気が付いたが確かにそうだった。
隣の双子が別々にドアから顔を出した時、一人とカウントした気がする。それらは全て人間の数え方であり、シリウルは本来一体、二体と数えるのが普通だ。
「ねぇ、気になってたんだけど、どうして自分は生まれた時から喋ることができたの?」その時、なぜ私が話題を変えたのか鮮明には思い出すことはできないが、後からよく考えたら自分の言動に矛盾が生じたことが恥ずかしかったのかもしれない。だから、私は話題を変えたのだ。
「それは俺にも分からない。でも、母さんと話したんだがお前が喋れることができるのは例外的ではない。そこまで特別視する必要もないと思ったから、普通に接してたんだ」
父はそう言ったが本当のことは分からない。もしかすれば、父は私が生まれた瞬間に得体のしれない薬を私に投与し、それによって私は言語を習得した可能性もあると考えたが考えすぎかと助手席の窓から見える路上を歩く学生の群れを見ながら思った。
しかし父がその日以来、地球のことを語ることはなかった。
息子に悪影響を与えると思ったのだろうか。現に火星では地球のことを語るのは今を生きるシリウルにとって悪影響だと考える思想を持った人々が現れ出している。
なぜ地球の情報が我々に悪影響を与えるのか私には理解できないが、その思想家の人々の内の一人が街中で口論になり、非思想家の一般市民を暴行させた事件はシリウルの存在意義のサブジェクトとなり、ネットワークやテレビなどで取り上げられることになった。
父はその思想家たちの思想に囚われているわけではないと思うが、なぜか地球の話をすることはなくなり、私はそれ以上、父から地球の情報を得ることなく健やかに育っていった。