屋根裏に追いやられた居候令嬢は、笑顔で屋敷を後にする。わたくしがいなくなってから没落したと聞きましたけれど当然でしょ。だってわたくし、そもそも座敷わらしなんですもの。
こちらは、『第4回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』参加作品です。応募規定により、1000文字の掌編となっております。何卒ご了承ください。
おかえりなさい、旦那さま。
浮かない顔ですね。どうかなさいましたか。……ええ、そうですね。公爵家のことは私も耳にしております。魔物の襲撃にあったのだとか……。本当に残念でした。いろんなことがありましたが、今までお世話になったお宅でしたから。
公爵邸が損壊した代わりに、領民たちの被害は最小限で食い止められたとも聞いております。不幸中の幸いでしたね。彼らの多くは純朴で気のいい方々でしたもの。
私の友人が見つからない? ああ、親友が屋根裏を間借りすることになったとお話していましたね。大丈夫です。彼女は無事ですよ。もともと生来の特殊体質のせいで、1箇所に留まることができないのです。ちょうど災厄が起きる前に、屋敷から旅立っていたそうです。
彼女とはもう古い付き合いですから。一緒に仮住まいをしていたこともありますのよ。私たち、家を転々としがちなところがよく似ているのです。もしかしたら、以前旦那さまのご実家にご厄介になっていたかもしれませんね。見知らぬ女性を受け入れるような余裕などない貧乏な子ども時代だった? まあ疑ってなどおりませぬよ。ただ、破れた渋団扇を見た記憶はありませんか?
渋団扇がわからない? そう言えば西国の方には馴染みがなかったかもしれませんね。東国であれば、旦那さまのご実家もさっさと焼き味噌を川に流して、彼女をどこぞへ送り出したのでしょうけれども。
さて、この話はこれでおしまいですよ。あんまり彼女の話ばかりされたら、妬いてしまいますわ。
貧しい僕は愛しか持っていないけれど、すべてを君に捧げようだなんてお上手なこと。お金なんていりませんわ。だって、旦那さまには私がついておりますもの。御家再興も必ず叶います。
かつての海運王も、裸一貫から成り上がったのですよ。まったくあの方ときたら夢みたいなことばかり言って、だからこそとても楽しい日々だったのですが……。百年前の海運王を見てきたように語るんだなですって。まあ、レディには秘密がたくさんありますのよ。年齢なんて聞いてはいけません。
さあ、お仕事でお疲れでしょう。お食事の準備ができております。今日は旦那さまが大好きなビーフシチューですよ。焼きたてのパンと一緒に召し上がれ。
ねえ旦那さま。どうか、優しいあなたのままでいてくださいね。愛するひとに裏切られたら、私、一体何をしでかすかわかりませんから。
……いいえ、なんでもありません。ただのひとりごとですわ。
タイトル→あらすじ→本文の順でご覧いただくと、内容がわかりやすいです。
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一方その頃の貧乏神は……という視点で同じく掌編を書きました。こちらは、リポグラムの短編集の最新話として投稿しております。楽しんでもらえたら嬉しいです。
「異国の地、星空の下で『ひまわり』のようなあなたを想う」(https://ncode.syosetu.com/n7102en/60/)