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青い春の話  作者: 卯月晴
9/14

揺れる(3)

 おかしい。最近の僕は、おかしいんだ。

 僕が高坂さんと一緒にいる目的。それは学生証の奪還だったはず。彼女に奪われた学生証を取り返すために、仕方なく僕は彼女の言うことを聞いているだけなのに。

 ただそれだけだったのに、学生証なんてどうでもいいと思ってしまうときがある。

 いや、実際どうでもいいってわけではないんだけど。あの学生証がなければ、映画も学生料金では観られないし、大学の試験だって受けることが出来ないのだから。何より個人情報が記載されてしまっている。決してどうでもいいなんてことはない。悪用されるの困る。まあ、第一彼女がそんなことをするはずないから、それに関してはそこまで心配していないけど返しては欲しい。

 でもそれよりも今の僕は彼女と楽しくなったり、嬉しくなったりしたい。

 そんなふうに思うなんて、最近の僕はやっぱりおかしい。

 あふれる人で賑わう祭り会場で、誰よりも先に到着した僕はそんなことを考えていた。

 高坂さんのおかげと言えばいいのか、高坂さんのせいでと言えばいいのか、わからないけど、僕は人を待つことがいつのまにか苦ではなくなっていた。

 ツンツンと肩を突かれて、いつもの如く「僕も今来たところだよ」というセリフを喉まで持ってきながら僕は振り返った。

「お待たせ」

「僕も今来たところ……って藤原かよ、紛らわしい!」

「え? 何それ? どういうこと?」

 いつも僕の肩をツンツンとしてくるのは高坂さんだったから、てっきり高坂さんだと思っていたら目の前にはキョトン顔の藤原がいた。いつも、もっとこう、なんていうかガバッと来るから、ツンツンするのは高坂さんだと思うじゃないか。

「いや、ごめん。何でもない」

「ふーん。それよか、太陽も浴衣じゃん」

「まあ……うん」

 花火大会に行くと決めた日、家に帰って母親についポロっと話してしまった結果、こうなった。誰と行くのかとしつこく聞かれて、口を割るまで追いかけ回された挙句、浴衣を着せられる羽目に。勝手に買ってきたくせに代金は僕持ちだったのは心底びっくりなんだけど。どうして皆、祭りに浴衣を着たがるんだろう。

 僕よりもスタイルも顔立ちも良い藤原は浴衣だって似合うし、女子ならポッとしちゃうのかもしれないけれど、僕の浴衣なんて見たって誰も得しないと思う。下駄も浴衣も歩きづらいから僕だって得しない。

「あー……緊張する。太陽、俺もうダメかもしれない」

 藤原は溜め息交じりにそう言って自分の顔を両手で覆った。

「なんで? いつもはもっとこう自信に満ち溢れてるっていうか、堂々としてるじゃん」

「ほんっとに俺、あさの前だと物凄いかっこ悪くなるんだよ……」

 いつもの自分はかっこいいけどっていう前提があるのか、なんていう僕のひねくれた意見は置いておいて、例の幼馴染は「あさ」さんというらしい。

「かっこ悪くなるってどんな風に?」

「緊張していつもみたいに話せないし、空回りばっかりだしさ。あと、嫉妬とかすごいする。好きすぎておかしくなるんだよな、たぶん」

「嘘だ、それ。そんな藤原、想像できないよ。いつも余裕な感じで、如何にも陽キャです! みたいなのが藤原でしょ」

 陽キャラ。明るくてノリが良くてみんなの中心のキャラ。なんて藤原にピッタリな言葉なんだろう。そして僕は自他ともに認める陰キャだ。

「恋したら余裕なんか無くなんの。ドキドキして、イライラして、かっこ悪くなんの。それが恋ってやつなんだよ」

「へえ……」

「お前もそのうち気づくよ。うおー! これが恋かあー! ってなかんじで」

 藤原がガッツポーズをしながら急に大きな声を出したので、周囲の目が一気に僕たちに集まり、僕は思わず縮こまる。陰キャにこの人数の視線は耐えられないから、早急にやめて欲しい。

「こい?」

 藤原の背中の方から聞いたことのない声が聞こえてきた。と、思ったら、目の前にいる藤原がビクっと身体を震わせ、勢いよく振り返る。

「あさ!」

 僕も藤原と同じほうに目線を向けると、そこには小柄な浴衣の女の子がいた。彼女が藤原の幼馴染であり、片想い中のあささん。高坂さんよりも背が小さく、アーモンド形の目が特徴的だ。

「初めまして。しゅんの幼馴染の小松朝香です。よろしくお願いします」

 あささんが僕に丁寧にお辞儀と自己紹介をしてくれたので、僕もつられて「あ、えっと……い、い、和泉太陽です」と情けなさ全開で挨拶をした。

 僕はやばいコミュ力お化けを想像していたけれど、あささんは全然そんなことなかった。むしろ落ち着いていて、見た目よりもずっと大人っぽい雰囲気がある。藤原がこういうタイプの人が好きだとは、意外だ。

 チラリと藤原の方を見ると、漫画で言うなら目が完全にハートマークになっていて、視線と思考の全てをあささんに持っていかれている。

「何の話してたの?」

「あ、いや、太陽がさ! 魚の鯉って食べられるのかなーなんて言うからそれはどうなんだろうねーって話してただけで」

「ふーん」

 カッコ悪い藤原の嘘に僕は「は?」と口には出さなかったけど、目で訴えてやった。しかし、彼も必死なようで「ごめん」と目で訴え返してくるので、許してやることにしよう。

「しゅん、後ろ。人がいるから気をつけて」

「うわっ! ご、ごめん! き、き、気をつける! あ、すみません!」

 あささんが人を避けさせようと背中に触れると藤原は飛び上がって結局、人にぶつかっている。こんなんで大丈夫なのかな、告白。少し心配になる。

「お待たせ~」

 今度は聞き慣れた声。僕たちの後ろから聞こえた声は高坂さんだ。

 振り返ると僕は一瞬だけフリーズしてしまった。

 淡いピンク色の浴衣。巻いているのかクルクルとした髪。浴衣や髪に散りばめられた花。たった少しのことでいつもとは違って見える彼女にドキリとしてしまった。

「太陽くん、何してんの? あ、駿介くんの幼馴染さんですか? 私、高坂未央です。よろしくです!」

 僕たち男子をよそに女子二人は自己紹介をして何やら楽しそうに話をし始めた。

「なあ、太陽。もし、あさと良い雰囲気になりそうだったら二人にしてくれ。そんで告白が残念な結果になったら全力で慰めてくれ」

「え、僕そういうのよくわかんないんだけど」

 僕に色恋沙汰のあれこれなんて分からないし、人の慰め方だってあんまり知らない。頼む相手を間違えていることに気づいたほうがいい。

 しかし藤原は僕の言葉なんて聞いておらず、もう女子たちの会話に入りながら「そろそろ歩こうか」なんて提案している。ついていけない。今、僕が見ている光景が現実とは思えない。自分がいるはずもない世界だ。友達と花火大会に来ているなんて信じられない。

「だーから、君はさっきから何してんの? ほら、行くよ」

 気がつくともう藤原とあささんは歩き出していて、高坂さんだけが僕の隣にいた。

 高坂さんは僕の手を引いて歩き出す。それに僕は従うままについていく。

 なんだろう。このフワフワした感じ。周りの音が聞こえなくなって、周りの人とか景色がぼんやりして。でも、僕の手を引く彼女の後ろ姿だけは、はっきりとしていて。

 彼女の髪が揺れるたびに、僕も、揺れる。

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