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青い春の話  作者: 卯月晴
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揺れる(2)

 楽しい時間ほど足早に時は過ぎ、退屈な時間は時が止まったのかと思ってしまうほどに長く感じる。まだか、まだか、と講義中、僕は何度時計を確認しただろうか。別に講義が終わるのを楽しみにしていたわけではない。決して、ない。

 講義が終わって僕と藤原はそのまま高坂さんのもとに向かった。

「太陽くん! 駿介くん! 久しぶり!」

 食堂の入り口で高坂さんは僕らに向かってブンブン手を振っている。そして僕の隣では藤原が同じ勢いで手を振り返している。

「未央ちゃん久しぶりー! 全然会えなくて寂しかったよ~」

 ヘラヘラと笑いながら藤原はそう言った。僕はそんな藤原を見て、チャラいなと思った。

「……あのさ、なんか、あった?」

 しばらくぶりの高坂さんは少し痩せたように見える。元々小食なこともあって細いんだけど、そこからまたさらにほっそりとしたというか、なんというか、とにかく何かあったのではないかと気になった。

「ん? ちょっと忙しかっただけ! ほら、課題とかあってね。なに? もしかして君、私のこと心配してた?」

「いや、心配っていうか……また痩せた気がしたから」

「女の子の体型にケチつけるのはNGだって前も言ったでしょ!」

 高坂さんが「女心が分かんなくて困っちゃうね」なんてお茶らけたように言ったのを見て、僕の気になっていたことなんてキレイさっぱり消えた。全然元気そうじゃないか。心配して損したかな。いや、心配なんてしてないけどさ。

「で、今日は何する? 何する?」

 まるで犬がおやつを目の前にしたときのようにワクワクして藤原は言う。もう待ちきれないと、見えない尻尾をブンブンと振りまくる。

「それがー……決まってないのよー……ていうか、何をしたらいいのかわからなくて……」

 バツが悪そうに「へへっ」なんて笑って誤魔化す高坂さん。チラリと僕の方を見られても、僕にだってそんなことはわからない。言い出しっぺのくせに、なんて余計な一言は言わないでおこう。

「あ、そうなんだ。んじゃあ、とりあえずカラオケでも行く?」

 藤原の提案に僕と高坂さんは「カラオケ」と口を揃えて呟いた。ただ、表情と声のトーンは真逆で「カラオケ!」と「カラオケ……」ってかんじ。

「どうした、二人とも。テンションの差が激しいぞ!」

「だって私、カラオケとか行ったことなくて、ずっと憧れてたから!」

「……僕だって行ったことないよ……人前で歌うとか恥ずかしいし……」

「よっしゃ、じゃあ今日はカラオケ楽しむぞ!」

「やった!」

 二人は大盛り上がりだけど僕はそんな気にはなれない。歌が上手いわけでも、ノリが良いわけでもない僕は今までカラオケを避けてきた。文化祭やら体育祭やらの打ち上げで行われても一度も参加しなかった。やっぱり人前で何かを披露するのは自信が無いから行きたくない。

「僕はパスで」

 小さく呟いて僕がそっと帰ろうとすると、二人に腕を掴まれた。

「えー! 太陽くんも一緒に行こうよお!」

「いや……僕、勉強もしなきゃだし」

「そんなんカラオケですればいいじゃん! だーいじょうぶ、俺が楽しませてやるからさ」

 そんなことを言いながら藤原は僕を絶対に離さず、自由になれたのはカラオケの部屋に到着したときだった。

 藤原は慣れた手つきで曲を入れ、マイクを片手に「藤原、歌います」なんて言いながら音量やエコーを調節し始めた。

 音楽が大音量で流れ、照明はカラフルにチカチカしていて、まるで異世界のように見える。加えて隣では高坂さんが片手にマラカス、もう一方の手にはタンバリンを持ち、耳が割れそうになる。

 こんなところで勉強が出来るはずもないので、僕は諦めて大人しく藤原の歌を聴くことにした。

 神は彼に何物与えたのか分からないけれど、歌まで上手い。容姿端麗で、性格も良くて、爽やかで、コミュ力も高くて、人気者でいつも誰かを笑顔にしている。藤原に与えすぎなんだよ。僕には何も与えてはくれなかったのに、不平等なもんだな、神ってやつは。

 今だって、高坂さんを楽しませて、こんなに笑顔にしている。本当にすごい奴だと思う。僕には出来ないことだ。

 もしも、僕が藤原だったら、彼女をもっと、ずっと笑顔に出来るのに。

「ねえ」

 急に耳元で高坂さんの声と吐息が聞こえて僕は「ひえっ」なんて情けない声を出してしまった。

「ひえって失礼なやつね。私、お化けじゃないんですけど」

「だって君が急に話しかけるから……っていうか、近い」

 むくれる高坂さんから僕は少し距離を取る。しかし、僕に合わせて彼女も一緒に動いてはまた耳元で話しかけてくる。

 彼女の匂いが分かるくらいに距離が近くて、僕はなんだか恥ずかしくなる。流れているロックミュージックのドラムのようにリズムを刻む心臓がうるさい。

「だ、だから近いって……」

「さっき何回か呼んでたのに返事しなかったから、音楽で聞こえないのかと思って」

「……普通に聞こえるから、もう少し離れて」

 僕がそう言うと彼女はニヤッとして「もしかして照れた? 照れた?」とからかうように言ってきたのでイラついたが、なんとか我慢した。

「それで何?」

「太陽くんまたひねくれた考え事してたでしょ」

「そんなことない」

「そういう顔してたもん」

「どんな顔だよ」

「目が死んでた」

「まじか……」

 自分がそんなに分かりやすい人間だったとは。内心恥ずかしくてたまらない。

「やめてよね、そういうの」

「え……」

「君はいつもひねくれた考え方をして、結果、自分を傷つけてる。そんなことしないでほしい。したら私は怒るよ」

「どうして」

 どうして君は僕にそんなことを言ってくれるの。

 そう言おうとしたところで僕たちの間に歌い終わった藤原が無理やり身体をねじ込んできた。

「なーに二人でコソコソ話してんだよっ。あ、もしかして俺の歌が素晴らしいって話?」

 藤原に話の全てを持っていかれ、どうして彼はここまで自信が持てるのだろうという疑問が浮かび上がる。『どうして』と言う文字が僕の頭の中をグルグルと回っている。

 そんな僕に対して、高坂さんは笑ってすかさず話題を提供する。

「実は花火大会に行ってみたくて、太陽くんとその話してた」

 いや、そんな話してない。初耳なんですけど。と、思ったけれどわざわざ訂正して、じゃあ何の話をしていたかと問い詰められるのも面倒くさいのでほっとくことにしよう。

「ええ! もしかして、花火大会も行ったことないの?」

 大袈裟に驚いた藤原は僕にも視線を送ってくる。

「僕は行ったことあるよ、昔の話だけど」

 ここらへんでは割と大きな花火大会がある。友達のいないさすがの僕でも、小学生のときには両親に何度か連れて行ってもらった。最近はそういったものにも行かなくなったけれど、屋台が立ち並び、たちまち人が集まるあの光景は今でも覚えている。

「私はないんだよね。昔から行ってみたかったのをそれ見て思い出した」

 高坂さんの指先を目で追うと、部屋の壁に花火大会のポスターが貼ってあった。

 開催日は今週の土曜日。よく考えるともう夏が始まって、そういう時期だったなあとしみじみ思う。

「ていうことで、皆で行きませんか。花火大会!」

 高坂さんはソファーに仁王立ちになって拳を高く掲げた。そんな楽しそうな彼女の姿にどっかの海賊王を思い出してしまったことは怒られそうなので言わないでおこう。

 数年ぶりの花火大会。人混みは好きじゃないけど、花火は割と好きだ。それにこれといった予定もなければ、はっきりと断る理由もない。別に青春がどうのこうのってわけじゃ決してないけど、久々に空いっぱいに広がる花火を見に行ってみるのもいいな。

「僕は、いいよ。何の予定もないし、花火好きだし」

「太陽くんがすんなりオッケー出すなんて珍しい! あ、そうだ! 浴衣で行こうよ! 浴衣!」

「ええ……面倒くさいよ、そんなの。そもそも僕、浴衣なんて持ってない」

「なんでよ。お祭りと言ったら浴衣でしょ? お祭りと浴衣はセットで青春じゃん!」

「また意味の分からないことを……高坂さん一人で浴衣着れば?」

 僕と高坂さんが二人で言い合っていると、今度は藤原が突然「俺さ!」とソファーの上に立ち上がった。

「俺、その日に告白しようと思ってます!」

 藤原の声はマイクを通してやたらと部屋中に響いた。エコーの効き目で宣誓感が半端じゃない。

 当然、僕と高坂さんはまるで漫画のようにポカーンと口を開けて藤原を見上げてしまった。僕の顔にはきっと「急にどうした?」と書いてあると思う。気づいてくれ、藤原くん。

「急にどうした?」

 言った。僕の思っていたことを高坂さんが何のためらいもなく言った。

「実は、幼馴染がいるんだ。で、花火大会でその人に告白しようと思ってて」

 少し落ち着いたらしく座り込む藤原の横で高坂さんが「す」と目を見開いたまま言うのを見て、また僕は「君も急にどうした?」と思った。

「素敵! それ、すっごい素敵だよ、駿介くん! うわあ、いいなあー憧れるなあー」

 いつもの如く目を輝かせる高坂さん。どうやら乙女モードに入ってしまったようだ。巻き込まれるのは御免なので、彼女を放っておいて僕は話を進めることにした。

「じゃあ一緒に花火大会は行けないってことだね」

「えっ、あ、そうか……」

 僕の一言で高坂さんはさっきまでの乙女モードから覚めたらしく、あからさまにシュンとした態度をとる。それからまたすぐに「そうよね。デートだもんね。邪魔しちゃ悪いよね」と自分に言い聞かせるようにブツブツ言っている。コロコロと表情を変えて忙しい人だな、本当に。

「いや、そうじゃなくて。四人で一緒に行かないか?」

「なんで?!」

 藤原の衝撃の一言に僕らは驚きでついハモってしまった。

 どうしてこの流れで四人で行くことになるんだ。僕はデートなどといったことはしたことないからよく分からないけれど、告白するなら二人でデートするほうがいいんじゃないか。よく分からないけど。

「俺、その人の前だといつも通りに出来ないっていうか……調子狂うっていうか……だから皆で一緒に来てくれたほうが心強いなあーって思って……」

 語尾がだんだん小さくなってモゴモゴと喋る藤原。普段にはない言葉の歯切れの悪さに、自信の無さ。これがあの藤原だとは思えない。いつもは無駄に爽やかに笑って、無駄に自信たっぷりのコミュ力お化けなのに、何がどうしてこうなる。

「私は全然いいよ! 告白なんて青春に関われるなんて夢のようだよ」

「高坂さん何言ってんの……でもその幼馴染? の人と僕らは面識ないし、一緒にっていうのはどうかと」

「太陽くん、なんか嫉妬してんじゃない? 駿介くんに彼女が出来るかもしれないこと僻んでるんでしょ~、全く君は。あ、もしくは本当は私と二人で行きた」

「君は一回黙っていようか?」

 僕は少し調子に乗った彼女の言葉を強引に遮った。

 誰もが皆と仲良くしたいわけではない。初対面の人と仲良く話したり出来ない僕みたいな人間だっている。その幼馴染さんからしたら、どうして知らない人と花火を見なきゃいけないんだろうって思うだろうし、ましてや高坂さんという超絶変人と友達が二人しかいないひねくれた僕だ。世界には藤原や高坂さんのようなコミュ力お化けばかりではないということを忘れないで欲しい。そっち側の人間ばかりじゃないんだ。

「今、幼馴染に連絡したら、オッケーだって!」

「そっち側の人間だったのか、幼馴染も」

 すぐにツッコミをした僕に対し、片手にスマホを持ったまま万歳をしている藤原が「そっちってどっち?」と尋ねてきたので、「別に。こっちの話」と返すと、また「そっち? こっち? どっち?」と混乱した様子だったので「気にしないで」と適当にあしらうことにした。

「じゃあ四人で行こう! 花火大会! 浴衣! 青春!」

 片手にマイクを持って張り切ったご様子の高坂さんに僕は「えー……」と小さく反抗した。

 結局のところ、その幼馴染さんもコミュ力お化けだろうし、僕だけが極度の人見知りなのだ。正直、コミュ力お化け三人と一緒に歩くなんて、考えただけで気が遠くなる。

「頼むよお! たいよおー!」

「行こうよお! 浴衣着ようよお!」

 二人が僕を間に挟んで僕の腕やら肩やらを引っ張るから、視界がぐわんぐわんと揺れる。おまけにマイクのせいで声が耳を通り越して脳内に響く。

「わ、わかったから、やめてよ!」

 僕が仕方なく了承すると、二人は目を輝かせて「ありがとう」と抱きついて来ようとしたので、僕は咄嗟の判断で二人の額を抑えた。危ない。ここは危険だと察知した僕は速やかに部屋の隅っこに移動した。

「よーし! 楽しみになってきたから私も歌っちゃお!」

「お! そうこなくっちゃ!」

 高坂さんは藤原に曲を入れてもらい、ノリノリでマイクを持って歌い始めた。話題に合わせてなのか、花火がテーマの曲を少し緊張しながらも彼女は歌い上げて、照れたように笑った。

 そのあとは逃げる僕に二人が襲い掛かってきて、無理やり歌を歌わせられたり、藤原の変な合いの手に腹がよじれてしまったりした。

 あっという間に終了の時刻がやってきてしまって何度も時計を確認した。

 店を出る前に高坂さんが「楽しかったね」って笑うから、思わず「うん」なんて言ってしまった。初めてのカラオケは実のところものすごく楽しかった。今日を何度も繰り返したいくらいに楽しくいられたことが嬉しかった。

 でも、彼女が僕の目を見て「楽しかった」と笑ったこの瞬間が一番、僕は嬉しかった。

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