揺れる(1)
六月も終わりを向かえ、とうとう七月が始まろうとしている。気づけば始まってしまっていた夏。大学にいる学生たちの服装も少しずつ涼しげなものに変わってきた。登校中、そろそろ衣替えをしなければ、なんて悠長なことを思っていたら、だんだんと額に汗が滲んだ。衣替えは早めにするべきだったな。
「たーいよー」
その声とともに、講義終わりで食堂へ向かっていた僕の肩にまとわりついてきたのは藤原だった。僕以外の人間にも聞かせたいんじゃないかというような声量を出来ればやめていただきたい。なるべく目立ちたくはない僕は「なに」と藤原にだけ聞こえるような声量で言った。
「今日、暑くない? ってか、まだ長袖って、お前見てるだけで俺汗かいちゃうよー」
相変わらず調子の良いコミュ力お化けの藤原は「はやく冷房をつけてくれ!」と言いながら、まだ僕の肩に腕を回してくっついている。暑いのなら早く離れてくれ。僕も暑い。
「今から昼飯だろ?」
「まあ、うん」
「何食う? 俺、今日はガッツリ食べたいなー」
ここ最近、僕は藤原と行動を共にしている。というか、藤原がこうやって話しかけに来てくれる。だから最近の僕は耳にイヤホンを突っ込む時間が減り、代わりに食堂で席を探す時間が増えた。
「……席、空いてない」
「うーん……あ、あそこ。聞いてみようぜ」
藤原が指さした先にあるテーブル。四席中、二席には女子が座り、残りの椅子には彼女たちのものであろう荷物が置かれていた。
内心、「話しかけるのかぁ」とビビっている僕を置いて、藤原は「すみませーん。ここ、いいですか?」ともう既に声をかけていた。そんでもって「ありがとう」なんて、にこやかに、爽やかにお礼を言うもんだから、女子たちは頬を赤らめてしまっている。
「太陽! ここ、座っていいって!」
振り返って僕にまで爽やかな笑顔を向ける彼に対して、僕は笑えていないと思う。
「あ、ありがとうございます……」
僕はペコリとお辞儀をして席に荷物を置き、藤原と券売機へ向かう。
ガッツリ系をご所望の藤原はカツ丼の大盛りを注文し、僕はいつもの如く日替わり定食。本日の定食は豚の生姜焼き。
席に戻ると、先程の女子たちは立ち上がって荷物と食器を持って行ってしまった。立ち去り際にも藤原をチラチラと見ていた。しかし、そんな女子たちよりも藤原は「うっわ、そっちも美味そう!」と僕の生姜焼きを覗き込んでいる。
僕は「いただきます」と言って箸を構えてから、藤原に話しかけた。
「あの、さ」
「んー?」
既にカツを頬張っている藤原は目線を僕じゃなくて、カツに向けたまま返事をする。
「高坂さんから連絡あった?」
「……いや、俺のとこにはないかな」
「そうなんだ」
「なんだよー。二人で隠れて青春してんじゃないかって? 心配すんな、太陽を仲間はずれになんかしないってー、たぶん」
「たぶんってなんだよ……それに、別にそんなことを心配してるわけでは……」
「はーいはい。太陽くんは楽しみで仕方ないんだよねえ」
「そういうわけでも……」
三人で青春すると決めた日以来、僕にも、三人のトークグループにも、彼女からまだ連絡は来ていない。あんなに楽しみにしていた様子だったからすぐにでも何か連絡があると思っていたのに、こうも何の連絡もないと拍子抜け、というか調子が狂う。
あれ以来、学内でも姿を見ていないからどうしたものか、と思ってしまっただけで、別に楽しみにしているというわけでもない。
「まあ、いろいろ忙しいってことじゃない? 俺らも、そろそろテスト勉強しなきゃだしな」
先程までの発言とは違った真面目なことを言う彼の丼ぶりは驚いたことにもう終盤を迎えようとしている。僕も食べ始めなければ、と慌てて箸で生姜焼きを掴もうとしていたら、僕のスマホがポケットで震えた。
「あ、高坂さんだ」
僕がスマホの画面を開くと、三人のトークグループに高坂さんからメッセージが来ていた。藤原も「お、噂をすればってやつだな」なんて言って僕のスマホを覗き込む。
「今日、講義終わりに集合したいって」
「太陽よかったなあ~。念願の未央ちゃんからのご連絡が来て」
「なんかイラつく言い方だなー……って生姜焼きが減ってる!」
「これめっちゃ美味しい」
僕の生姜焼きを食べたであろう犯人、藤原駿介を僕は軽く睨みつけながら急いで生姜焼きを食べた。
うん、確かに、これはめっちゃ美味しい。