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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鈍感系女子は不器用系女子の好意に気づかない

作者: 木下みのる

「……好き、なんです」

「えっ」


学校の帰り道。

夕焼けに照らされる二人。

頬を赤らめる少女を見て、もう一人は戸惑った。

ごくりと、唾を飲み込む音が道路に響く。

出した答えは――



***



「はあ」

「また駄目だったの?で、今度はどっち?」

「どっちって、どういうことですか?」

「だから、あんたが空回りしたのか、それともあいつが鈍感発揮したのかってこと」


 私の名前は中園美咲。

 只今クラスメイトの男の子に絶賛片思い中です。

 今はベランダでお昼ご飯を食べながら、友達に恋愛相談をしています。


 相談に乗ってくれているこの子はちえちゃん。

 肩までの長さの金髪に短いスカート、女の子の私でさえもドキッとしてしまいそうな切れ長の瞳。道行く人が思わず見惚れてしまうような美人さんです。


「どっちでもないんです。ただ、田野くんが道路にいた猫に気を取られてただけで」

「じゃああいつのせいね」


 ちえちゃんは相変わらずばっさりですね。

 私は嬉しさと悲しさが混ざって軽く笑ってしまいます。


「それにしても……あいつ、これで何回目だと思ってるのかしら」

「一応私からしたら十回目くらいなんですが、全く気付かれてないんですよね」


 自分で誤魔化したり、言えなかったりしたのも含めたらもっとあるんですが。

 桜の木の下、学校の帰り道、校門前。

 色々なところで、何度も何度も勇気を振り絞って告白しました。


「これだけ告白して駄目だったってことは、誤魔化されてるってことなのかもしれません……」

「……」


 ちえちゃんが何か考え込むように顔を伏せました。

 考え込むと余計に絵になりますね。

 あっ。


「そういえばちえちゃん、髪の毛切ったんですか?可愛いですね」


 気づくのが遅くなっちゃいました。

 もしかしてもう切ってだいぶ経っているんでしょうか。


「……ちょっとだけね」


 んん?

 なんで顔を逸らしちゃうんでしょう。


 ……はっ!前は可愛くなかったっていう意味だと思われちゃったのかもしれません。


「ち、違います!前のちえちゃんもすっごく可愛かったんですけれど、今のちえちゃんも天使みたいに可愛いんです!」

「~~っ‼そういうことあんたが言うなっての!!ほら、もうすぐ授業始まるよ!」


 ちえちゃんはそう言うと困惑している私を置いて教室に入ってしまいました。


 なんで私が言っちゃだめなんでしょう……。



***



「うーん……」

「はあ、今回はどうしたのよ」


 私がベランダから校庭を眺めていると、ちえちゃんが声をかけてくれました。

 一緒に話していたのに注意散漫で、申し訳ないです。


「えっと、あそこの子、見えますか?」


 私は庄くんたちと一緒にサッカーをしている女の子を指さします。


「見えるけど」


 ちえちゃんが校庭を見ようと、私に近づきます。

 ふわっと、ちえちゃんの匂いが鼻をくすぐりました。

 あ、この匂い、私が好きなやつ……。

 って、変態ですか!正気に戻りなさい、美咲!


 私はなんとか調子を取り戻してちえちゃんに話しかけました。


「あ、あの子、どうやら庄くんのことが好きみたいなんです」

「……へー、そう」


 ちえちゃんはとても興味のなさそうな声で反応します。


「あの子だけじゃないんです!この前庄くんに聞いたんですけど、庄くん部活の先輩とか、後輩とも仲が良いらしいんです」

「普通じゃん」

「あと、この前庄くんの義理の妹さんとお姉さんに、庄くんに告白しようと思ってるって相談されちゃって……」

「はあ……」

「それに、庄くんの家には居候の外国人の女の子がいるらしくって!」

「……それで?」

「この本を参考にすると、庄くんとくっつく可能性が一番高いのはあの子なんです!」


 私は持っていた本をちえちゃんに差し出しました。


「なになに……はあ?『鈍感主人公の俺がハーレムを作ってウハウハしちゃった件』??」


 ちえちゃんが「なにこれ」と言わんばかりの顔でこちらを見つめます。


「この本、庄くんが前に読んでいたのを見て読み始めたんですが、今の状況とそっくりで……」

「それで、この本みたいになるんじゃないかってこと?」


 自分でも変なことを言っている自覚はあります。

 でも、実際に同じようなことが何度も起こっているから、なんとも言えないんですよね。


 林間学校で幼馴染の女の子と遭難した。

 うっかり女子更衣室に入った。

 いつも二人以上の女の子と一緒にいる。

 などなど。


 ちえちゃんが苦虫を嚙み潰したような顔をして本をパラパラとめくります。

 どうしてもこういうお話が苦手な人って、いますし。


「……うわ」

「どうしたんですか?」


 ちえちゃんは嫌そうな顔をしながら無言で挿絵を指さしました。


「金髪の不良少女、萌香ですか。この子がどうかしましたか?」

「どうしたもこうしたもないわよ。この子私にそっくりじゃない」

「え?」


 そっくり?どこかでしょう??

 確かに似て……ますかね?


「ちえちゃんの方がずっと格好いいですよ???」

「は?」


 ちえちゃんが素っ頓狂な声を出します。

 変なこと言ったつもりはないんですが……。

 何か悪かったんでしょうか、ちえちゃんの顔がみるみるうちに真っ赤になっていきます。


「は、はああ?またあんたってばそういうこと言うんだから……」

「ご、ごめんなさい。どこが駄目でしたか?」


 ちえちゃんの嫌がることはしたくありません。

 どこが悪いのかいつも考えているのですが、どうしても分からなくて何度もこういうことが起こってしまいます。うう、私の馬鹿。


「……そのままでいい」


 ちえちゃんが手で顔を隠しながら答えてくれます。

 か細い消え入りそうな声に思わずドキリとしてしまうのは何故なんでしょう。


「は、はあ」


 これ以上追及して困らせたくはありません。

 でもなんだか気になってしまいます。

 うーん、考えても考えてもわかりません。


「そういえば今まで聞いてなかったけど、なんであいつのことが好きなの?」

「……そうですね」


 さっきのことを誤魔化すかのような問いに、私は乗っかってしまいます。


「小さい頃、私今みたいに気が弱くて、いつも同級生の男の子たちにいじめられていたんです」


 私はそのときのことを思い出して遠くの方を見つめます。


「ある日、いつもみたいに公園でいじめられていたら、知らない男の子がかばってくれたんです!おかげで、それ以来いじめられることがなくりました」


 思い出して思わず頬を緩ませてしまいます。

 あのとき助けてもらえなかったら、他人に対する苦手意識が今よりひどかったかもしれません。


「その男の子が庄くんなんです。……って、どうしたんですか、ちえちゃん?」


 私がちえちゃんの方を見ると、ちえちゃんは空を見上げて「やらかした……」と呟いていました。

 どうしたんでしょう。犯罪かなにかやらかしてしまったんでしょうか。もしそうなら、ちえちゃんのために私なんでもしますけど……。


 いえ、相談されてもいないのに勝手に突っ走ってはいけませんね。

 ここは待たねば!


 そう思ったのですが、休み時間が終わるまで、ちえちゃんはずっと黙ったまま空を見上げているだけでした。

 いったいどうしてしまったんでしょう……。



***



「ちえちゃん」

「何?」

「どうして黒髪にしたんですか?」

「……気分」


 そう、ちえちゃんは黙り込んでしまった日の次の日から、なんと、黒髪で登校してきたのです。本当に、いったいどうしたんですか?!


「あ、そうだ、あの本貸してくれてありがとうね」

「いえ、別にそれはいいんですけど……」


 私はどうしてもちえちゃんの髪の毛が黒くなってしまったのが気になりました。

 別に金髪でも黒髪でもちえちゃんが綺麗なのには変わりありませんが、なんだか隠し事をされているようで気になってしまうんです。


「ところで、庄太郎と私、似てると思わない?」


 え?

 急にどうしたんでしょうか。

 まあ別にいいんですけど。

 いいはず、なんですけどね。


「全然似てませんよ。庄くんよりもちえちゃんの方が格好いいです」

「いや容赦ないわね」


 仕方がありませんよ。自然の摂理なんですから。

 それにしてもやっぱりちえちゃんの様子がおかしいです。


 私がちえちゃんの様子に違和感を抱いていると、ちえちゃんはこの前みたいに空を見上げ、溜息をつきました。


「……やっぱり、髪の毛ばっさりと切った方がいいのかしら」

「えっ」


 ばっさり?

 ちえちゃんの髪が?


「切っちゃうんですか?」


 私は自分が思ったよりも寂しそうな声を出していたのに驚きました。

 ちえちゃんも私の言葉に驚いていたようで、目を丸くしてこちらを見ています。


「い、いえ、やっぱりなんでもありません……」


 うう、声がどんどん小さくなってしまいます。

 ちえちゃんはそんな私の様子を見ると、ふふっと笑いを溢しました。


「切らないわよ」


 どうしてでしょう、ちえちゃんの笑みを見ていると、動悸がします。

 ま、まあ、ちえちゃんは美しいですからね。美しいものにはどうしてもドキドキしてしまうものです。


 それにしても突然髪の毛を切るだなんて、失恋でもしたんでしょうか。



***



「おい、なんとか言えよ!……黙り込んでんじゃねえっ」

「ひっ、……っく、ぅぐ……」

「おいおい泣くなよ。俺らがいじめてるみたいだろ」


 土で服が汚れてしまっている少女。

 周りで遊んでいる子供たちは知らないふりをし、大人たちは話すのに夢中で気づかない。


「……おい。何やってんの」


 近くを通りかかった黒髪の少年が、少女を囲む少年たちに話しかける。


「はあ?お前誰?関係ねーじゃん」

「何?お前もこいつの味方すんの?」


 少年たちの問いに黒髪の少年は答えない。


「……おいっ、何とか言えよ」


 苛立った大柄な少年が黒髪の少年に殴りかかる。

 少女は驚いてぎゅっと目を瞑ってしまう。


「どんな理由があっても、泣かせていいことにはならないだろ」


 少女がその声を聞いて目を開けるころには、いじめっこの少年たちはうずくまったり、倒れたりしていた。


「あんた、なんで黙ってたの」


 ビクリと少女が肩を震わせる。

 その様子に少年は溜息をつく。


「別に話せないならそれでいいけど」


 そう言って少年はその場を後にしようとする。

 少女は言ってしまう前にお礼が言いたくて少年の服の裾を掴む。

 突然服を引っ張られて驚く少年。


「あ!あのっ!な、名前‼」


「えっ?……あ、ああ。名前な」


 少女はこくこくと大きく頷く。


「ええっと、田野庄太郎、だな。うん。あんたは?」


 少年は「ばれたら面倒だし、いっか」とぼそっと呟いた。

 少女は答えようとするが、照れてなかなか喋ることができず、申し訳なさそうに俯く。


「別に待つから、ゆっくりでいいよ。どうしても話すのが苦手な人って、いるし」


「っ!!……あり、がとう」


 少年の微笑みに、少女は頬を染める。


「私、の、名前は、なかぞの――



ピピピピピピピピピ



 私はうるさい目覚ましを止めると、ゆっくりと上体を起こしました。


 なんだろう。

 見覚えのある夢を見ていた気がします。


「なんだか、嫌な気分ですね」



***



 なんでこんなことになってしまったんでしょうか。

 今日はちえちゃんが学校をお休みしているので、私は一人でご飯を食べるはずだったのですが……。


「ねえねえ!一緒に食べない?」


 庄くんにそう言われて、私は庄くんや、庄くんの幼馴染の唯香ちゃんや、庄くんの義理の妹の聡美ちゃんや、庄くんの家に居候している遠い親戚のミザリーちゃんたちとお昼を一緒にすることになりました。

 そこまではいいのです。

 しかし


「千絵さんって人、お兄ちゃんと仲いいのかなぁ」

「最近はあんま一緒にいるとこ見ないけど、前はよく庄太郎と喋ってた」

「えっ、この前話してるトコ見たよ?」


 庄くんがトイレに行くために席を立ってから、庄くんの周りにいる女性について話し始める人たち。正直言って目が怖いです。

 しかもちえちゃんの話題なんて。

 なんだか話し方に若干棘があるのも嫌ですが、聞いていて何も言えない自分の方がもっと嫌です。


「ねえ、美咲ちゃん仲良かったよね。二人って、どうやって仲良くなったの?」


 同じクラスの祥子ちゃんが、気を使って私に話しかけてくれます。


「一年生のとき、隣の席になったんです。そのとき、敬語で話すのがおかしいって言われていたのをかばってくれて、そこから仲良くなりました」


 すごく、嬉しかったです。

 でも、なんだかもやもやとする。

 今朝見た夢でも同じ気持ちを感じました。


「で、そんなこといいから、庄太郎との関係、教えて」


 私と祥子ちゃんが話していると、学級委員長の佐和子ちゃんが話に入ってきました。


「えっと、実は私にもそれはよくわからなくて……」


 私の話を待っていた人たちは「ええー」とか「なんだあ」とか言って、違う女の子の話に移っていきました。


 そういえば、ちえちゃんと庄太郎くんって、そこまで仲いいんですかね。

 そもそも私、ちえちゃんと沢山話しているはずなのに、ちえちゃんのことあんまり知りません。いつも、自分のことばかり……。


「ただいまー。なになに、何の話してたの?」


 戻ってきた庄太郎くんの話に「ないしょー」と可愛らしく答える女の子たち。

 それに対して庄太郎くんも「そっかぁ」と言って深く追及はしませんでした。


「そういえば美咲って、野中さんと仲いいんだよね」


 野中、というのはちえちゃんの苗字です。

 つまり、庄太郎の今の発言によって再びちえちゃんの話になるということ。周りの子の目を見ることができませんね。


「えっと、はい。一応」


「今度さあ、野中さんもご飯に誘ってくれない?久しぶりに話したいんだ。それにこの前みんなも野中さんと喋ってみたいって言ってたし」


「え……」


「久しぶり」という言葉が何故か私の心に引っかかりました。

 わかりません。どうしてこんなに嫌な気持ちになるのでしょうか。


「ごめんなさい。ちえちゃんに聞いてみないと」


 私がそう言うと、一瞬庄太郎くんが不快そうに顔をゆがめたような気がしました。

 気のせい、でしょうか。



***



 私は一人で家に帰りながら、ちえちゃんのことを考えていました。

 ちえちゃんは、いつも私の話を聞いてくれて、いつも私を励ましてくれて、いつも私のことを守ろうとしてくれて……。

 でも、私はなんだかもやもやとした気持ちをずっと抱えていました。

 その正体が分からず、今も変な気分を味わっています。


 私は他の人より理解が遅くて、分からないことを聞こうとしないときがあります。

 でも、それではちえちゃんのことを知ることはできません。

 今までと一緒です。

 庄くんは、私の知らないちえちゃんを知っているのでしょうか。

 心がチクリと痛みます。


「あ」


 声が聞こえたので、私は俯いていた顔をあげました。


「あ」


『おいおい泣くなよ。俺らがいじめてるみたいだろ』

 私の脳裏に小さい頃のことが蘇ります。

 そこにいたのは、小学生のとき私のことをいじめていた中田くんでした。どうやらちょうど中田くんの家を通りかかったようです。

 私は怯えて声が出なくなってしまいました。目も合わせられません。

 中田君はそんな私の様子を見て無視して家に入ろうとします。


 本当にこのままでいいんでしょうか。


 私はぎゅっと唇をかみしめると、「あの」と掠れた声で中田くんに声をかけました。

中田くんは私の声を聞いて驚いたように目を見開くと、「何?」と鬱陶しそうにします。


 ここで引いてはだめです。でも、声が出ない……。

 焦って鼓動が早くなっているのを感じます。

 私はぎゅっと目を瞑りそうになりました。


『別に待つから、ゆっくりでいいよ』


 耳に、そんな声が響いたような気がしました。

 私はゆっくりと深呼吸をすると、中田くんの目を真っ直ぐ見つめます。


「私、小学生の時、何か悪いことをしたのでしょうか?」


 中田くんも私の目を見つめ返してきます。


「……人のことあんまり見ない、話しかけても答えない、人の話を聞かない」


 うっ、言われてみればそうかもしれません……。

 小学生のころのクラスメイトの名前、いじめっ子以外全然覚えてないですし。


「でも、泣かせたりしたり、しつこく責めたりしたのは、悪かったと思ってる」


「えっ?」


 中田くんはそれだけ言うと、家の中に入ってしまいました。

 ……今度もう一回会ったら、挨拶だけでもしてみましょう。



***



「あっ、ちえちゃん!!」

「おはよー、みさき」

「……」

「どうしたの?」


 昨日庄くんたちと話してみて、私はちえちゃんのことを全然知らないのだと知りました。

 自分のことばっかりで、本当に嫌になります。


 だから、これからはちゃんと、ちえちゃんのことを知っていきたい。

 ちょっとずつでもいいから。

 たくさん。


「よかった。やっぱりちえちゃんと一緒にいるときが一番幸せです」

「も、もう……、教室でそんなこと言わないでよね」


 ちえちゃんが照れて目を逸らしてしまいます。

 何故なんでしょう。何かおかしなことを言ってしまったのでしょうか。


 ……いつもはここで、ちえちゃんに迷惑をかけたくないと引きさがっていました。

 でも、中田くんと話してみて、聞きたいことはちゃんと口にしないと相手に伝わらないということを知ったから。

 もしもこれでちえちゃんが鬱陶しがったり、嫌がったりしたらやめましょう。


「どうして、言わない方がいいんですか?」

「はっ?」


 まさか聞かれるとは思ってはいなかったみたいで、ちえちゃんが小さな口を大きく開けて驚きます。


「前々から思っていたのですが、ちえちゃんって、ときどき遠回しに何かを伝えようとしてくれているときがありますよね」

「え、そ、そんなこと……」

「私、そんなに物分かりが良い方ではないんです。だから、ちえちゃんがいつも言うそんなことってどんなことなのか、分かりません。教えてくれませんか?」

「……!」


 ちえちゃんがしゃがみこんでしまったので、私もしゃがみこんで目を合わせます。

 顔がすごく真っ赤。

 風邪、でしょうか。どこか悪いのでしょうか。心配です。

 なんだかちえちゃんの顔を見ていると、心配する気持ちとは別の、むず痒い気持ちがこみ上げてきました。


「別に待ちますから、ゆっくりで大丈夫です。いくら時間がかかっても、いつか教えてもらえるまで諦めません。ちえちゃんが嫌なんだったらやめますが」


 私は立ち上がって、ちえちゃんに手を差し出しました。


「……私、みさきみたいに素直に話せないから、迷惑かけるかもしれない。ときどきわかりづらいこと言っちゃうかもしれない」


 ちえちゃんが私の方をみて不安げに目を揺らします。


「大丈夫です。私の方こそ、ちえちゃんみたいに賢くありませんから、きっと迷惑沢山かけちゃいます。分からないことが多くて、理解が遅くなることもよくありますし」


 ちえちゃんは私の言葉を聞いて、私の目を見つめながら、ゆっくりと手を取ってくれました。

 立ち上がったちえちゃんは、キョロキョロと教室を見渡します。

 私もそれにつられて周囲を見ます。みんな各々のおしゃべりに夢中になっているようですね。


「あ、あのね。私――」

「美咲‼あっ、野中さんもいる!」


 声に反応してちえちゃんの方を見ようとしたとき、他の人の声が背後から聞こえました。


「庄くん?どうしたんですか?」


 庄くんはあまり私たちのクラスに来ることはありません。

 だからでしょうか、周りにいるクラスメイトが庄くんの方を驚いて見つめています。


「いやあ、昨日野中さんがいなかったみたいだから、心配で。今日はいるみたいだね」


 庄くんと仲のいい女の子たちも庄くんのことを追いかけてきたようです。

 こちらに向ける目が怖いような……。


「そうだ!!野中さん、俺も前みたいに千絵ちゃんって呼んでもいいかな?」

「ダメ」

「即答かよぉ~」


 ばっさり。

 そんな効果音が聞こえてきそうですね。

 安心しました。


 私がそう思っていると、ちえちゃんはすっと私を自分の背後に寄せてくれました。

 ちえちゃんの背中に遮られて庄くんや女の子たちのことが見えません。

 ……もやもやします。


「どうしてもだめ?」

「しつこい」

「昔あんなに仲良かったのに」

「そうだったかしら」

「じゃあいいよ、勝手に呼ぶから」

「はあ?」


 五月蠅いですね。

 私は頭が冷えていくのを感じました。

 庄くんは、私のことを助けてくれた初恋の人であるはずなのに、今はすごく嫌いです。


 そう考えていても、私はちえちゃんの背後にいて会話に参加することができません。

 嫌です。もやもやした気持ちになります。


「……あっ!!」


 突然大きな声を出した私に、びっくりしてみんながこちらの方を向きます。


「ど、どうしたのよ、みさき」

「分かったんです!」

「えっと……、どういうこと?」


 ちえちゃんが訳が分からないという顔をします。


「わたしずっと、もやもやしていたんです」


 てっきり話したい事が話せないことにもやもやしていたのかと思っていました。

 でも、本当はそうではなくて、ずっと、かばわれてばかりの自分に嫌気がさして、もやもやしていたんです!

 他の子から守ろうとしてくれた時、ちえちゃんは嫌われてはいなかったのでしょうか。

 私のことを助けてばかりで、ちえちゃんは自分のことを考えられているでしょうか。

 私は、きっと――


「大好きなちえちゃんのことをずっと、守りたかったんです!」

「な、ななな、なにを言って……」

「そ、そうだぞ!お前、俺のことが好きだったんじゃ……」


 ん?

 庄くんが「しまった」と言って口を手でふさぎます。


「……どういうこと?」


 庄くん、私が好きだったってこと、知らないはずじゃ……。

 ちえちゃんの切れ長の目が細くなります。

 ダンッと机を大きく叩く音が響きます。

 庄くんがその音を聞いて背中を丸めます。


「い、いやあ。ええっと……」

「あんた、やっぱりみさきの気持ちを知ってて知らないふりしていたのね」

「えっ気持ちって何。全然分からないんだけど。怒ってても可愛いね」

「ほんっとに……!」


 庄くんが丸めていた背中を伸ばして、ちえちゃんに近づきます。

 ちえちゃんはまた私のことを背後にかばおうとしました。

 しかし、そうはいきませんよ。


「ちえちゃんに近づかないでください、田野くん」

「えっ」


 私はちえちゃんと田野くんの間に割って入りました。

 ちえちゃんと田野くんは驚いて私のことを見つめます。


「さっきからちえちゃんが嫌がっているのに、馴れ馴れしいです」

「俺は、ただ千絵ちゃんと仲良くなりたいんだ」

「あなたがちえちゃんって呼ばないでください」

「別にいいじゃん」

「良くありません、ちえちゃんが嫌そうにしています」

「嫌よ嫌よも好きのうちって、知らない?」

「知りません」


 埒があきませんね。

 庄くんって、こんなに嫌な奴だったんですか。

 知りませんでした。

 ……いえ、ずっと好きな人だったから、理想を壊したくなくて知らないふりをしていたのでしょう。


「私のちえちゃんに手を出さないでください」


 田野くんを睨んで、私はそう言います。

 ちえちゃんを守るためなら、もうなんだって怖くありません。


「なんですか、まだなにか用でも?」


 田野くんと、田野くんの後ろで私とちえちゃんのことを鬱陶しそうに睨んでくる女の子たちのことを、一人ずつ睨みつけます。


「くっそ、惚気やがって!覚えてろよ!」


 田野くんはそう捨て台詞を吐いて他の子と一緒に教室から出ていきました。

 ダサいですね。

 あんな人でしたっけ。小学生のときは格好よかったのに。


 「……ちえちゃん?」


 ちえちゃんは耳まで真っ赤にさせて、顔をそむけていました。


「どうしたんですか?ちえちゃん」

「別に、なんでもない」

「でも、声が震えています。大丈夫ですか?」

「大丈夫だから」

「言いたいことがあったら言ってください」


 私がそう言うと、ちえちゃんはちらっと私の方をちらっと見て、なにか言いたげにしました。


「……ここ、教室」

「はい」

「好き、とか突然言われると、恥ずかしい、かも、しれない」

「あ」


 そうだったんですね。

 ちえちゃんがずっと恥ずかしそうにしていたのは、他の人の目があるところで私が好きだと言っていたから。

 恥ずかしい人は恥ずかしいですもんね。


「分かりました。今度からはちゃんと、他の人のいないところで言います」

「~~っっ!!そうじゃないっての‼」

「ええっ!」

「もういい!授業の準備する!」


 ちえちゃんはそう言ってそっぽを向いてしまいました。

 また分からないことが増えていきますね……。



***



「私、田野と親戚で、小さい頃仲良かったのよ」

「そうだったんですか?!」


 今は学校からの帰り道。

 ちえちゃんと一緒に二人で帰っているところです。


「小さい頃から泣き虫で、あいつ、小学生のときも好きな本の真似ばっかりして空回りしてたの。親同士が仲良くて、付き合いも長いし、しょうがないから面倒見てたのよね」

「ちえちゃん、格好いいですね」

「そう?小学生のときとか正義のヒーローぶってたから、正直黒歴史なんだけど……」

「ちえちゃんにも黒歴史ってあるんですね」


 小学生のときのちえちゃん……。

 どんな感じだったんでしょう。


「髪の毛が短かったからか、男の子に間違われることも多くって。趣味もお兄ちゃんたちの影響で男っぽかったし」

「小学生のときのちえちゃん、見てみたいです」


 可愛いんだろうなあ……。

 私は頭の中で小さなころのちえちゃんを想像します。

 はっ、いけない涎が。


「そういえば、田野のこと、好きじゃなかったの?」


 小さな頃のちえちゃんと戯れていると、学生のちえちゃんが現実世界で話しかけてきました。

 ……タノ……たの……ああ、田野くんですね。


「うーん、私の好きな田野くんは、昔私のことを助けてくれた田野くんで、今の田野くんではないんですよ」

「……ふーん。10回くらい告白したのに?」

「はい、お恥ずかしながら、気の迷いでした」

「へえ」


 ちえちゃんはそれを聞くと、少し嬉しそうに笑いました。

 小さくスキップするちえちゃん、可愛いです。


「そうだ、私のことは?」


 ちえちゃんがスキップする足を止めて私のことをじっと見つめます。

 そんなの当然じゃないですか!!


「大好きですよ!」

「どういう意味で?」

「えっ……?意味って……」

「……やっぱりなんでもない」


 意味。

 好きって、意味があったんですね。


「今日、待つって言ってくれたよね」

「え、ええ。はい」


 ちえちゃんが私の目を覗き込みます。

 ちょっと近くて、むず痒い気持ちになります。


「じゃあ、私もみさきのこと待つから。みさきが自分の気持ちを理解するまで」


 やっぱり、ちえちゃんの言いたいことは分かりません。

 今日はちょっとだけでもわかったかと思っていましたが、甘かったようです。


「待つだけじゃなくて、私も言えるように努力するから。だから、一緒に頑張ってくれる?」


 ちえちゃんから差し出された手を見ます。

 いつか、意味が分かる日が来るのでしょうか。

 私はちえちゃんの手を握ります。


 ぎゅっと握り返してくれるちえちゃん。

 ちえちゃんの指が思っていたよりも細くて、折れてしまいそうでした。

 でも、なぜなんでしょう。

 ずっとこの手を握っていたいと思ってしまうのは。


 ちえちゃんは私が手を黙って見つめているのを見て、ふっと苦笑いをしました。


「本当に鈍感な人って、他人の気持ちよりも、自分の気持ちに鈍感なのね」

「どういうことですか?」

「さあ?言えそうになったら、教えてあげる」

(クラスメイト)

初見  「は?なんだよあいつら。早くくっつけよ」

ビギナー「まぶしいっ!目がつぶれてしまうわ!」

ベテラン「見るんじゃない。感じろ」



2022年2月2日 投稿

2022年2月6日 修正

2022年3月15日 修正

2022年8月25日 修正

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