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短編小説

【読み切り版】異世界で勇者をやって帰ってきましたが、隣の四姉妹の様子がおかしいんですけど?

作者: レオナールD

連載版を投稿いたしました。

そちらもどうぞよろしくお願いします。

https://ncode.syosetu.com/n4591hn/


 どうも。皆さん、はじめまして。

 俺の名前は八雲勇治。今年の春から高校に入学した男子高生だ。


 平凡な容姿。平凡な能力。

 趣味は読書……というかマンガの購読。特に少年誌系のマンガがお気に入り。

 部活には入っていない。目立った才能らしきものもない。

 自他共に認めるモブキャラの俺だったが……つい最近、ちょっとした事件に巻き込まれることになったので報告させてもらいたい。


 自分に起こった出来事を簡単に説明させてもらうと――『異世界に召喚されて勇者になった件』という感じだろうか?


 ……

 …………

 うんうん、言いたいことはわかる。

 テンプレだよな。ありふれた話だよな。

 マンガやラノベ、アニメなどで使い古された設定で新鮮味に欠けているよね。


 俺もそう思う。

 我ながらありきたりな展開に巻き込まれてしまったものだと、呆れたくなる状況だと思っている。

 だけど……どうか勘違いをしないでもらいたい。

 俺がみんなに聞いて欲しいのは――異世界に召喚された俺が大冒険の末、仲間と絆を深めて魔王を打ち倒す冒険譚ではない。


 これから語るのは、勇者の冒険の後日譚。

 魔王を倒した俺が日本に帰還して、隣に住んでいる四姉妹と再会するだけの物語。

 血のつながりはない、けれど実の家族以上に大切な彼女達をただ紹介するだけのお話なのだ。


 退屈だと思うが、どうか最後まで聞いて欲しい。

 優しくて、可愛くて、美人で、愉快な……日下部さん家の四姉妹の話を。



     △          △          △



「そろそろ死んどけええええええええええッ!!」


「グワアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 まばゆいばかりの光を放ちながら、聖剣が魔王の胸を貫いた。

 邪悪なる存在を打ち砕く力を持った剣に心臓を刺され、漆黒の服をまとった魔王が膝をつく。


「馬鹿な、まさか余が人間ごときに破れるなど……。何故だ、どうしてこんなことに……!」


 口からゴポリと血を吐きながら、魔王が怨嗟の声を上げる。


 勇者である俺が魔王と一騎打ちをはじめて、すでに1時間が経過していた。

 長い長い死闘にもとうとう終わりの時がやってきたようである。


「ハア、ハア……どうしてか。簡単なことだ。魔王、お前が死ぬ理由はとてもシンプルなことなんだよ……」


 俺は肩で息をしながら、人差し指をまっすぐ魔王に突きつけて言ってのける。


「お前は俺を怒らせた」


「っ……!」


 人生で1度は使ってみたかった言葉の最上位。

 某・有名マンガの主人公の決めセリフを突きつけてやると、魔王が屈辱に表情を歪めた。


 魔王は口を開いて何事かを口にしようとする。

 怨嗟の恨み言か、それともみっともない命乞いか。

 はっきりと声にならなかった言葉は俺の耳に届くことなく、魔王の身体は地面に叩きつけられた陶器人形のように砕け散った。


「……終わった。とうとう終わった」


 激しい疲労から仰向けに倒れる。


 俺の完全勝利だ。

 魔王の城。玉座の間の天井を見上げ、俺は安堵の溜息をついた。


 魔王が倒されれば、この世界を覆っていた魔族の脅威も消えることになる。

 俺を魔王のもとに送り出すために遠くで戦っている仲間達も、俺を召喚した王国の人々も、みんなが救われることになるだろう。

 この世界に召喚されてもう5年になるが……俺はとうとうやり遂げたのだ。


「ん……?」


 四肢を投げ出して倒れた俺の身体を柔らかな光が包み込む。

 慌てて身体を起こすと……気がつけば魔王城が消え失せており、周囲360度を雲のような白いモヤで覆われていた。


 驚きはしない。この場所にやってくるのはこれが2度目なのだから。


「ここに来たってことは、もしかして……」


「はい、よくぞやり遂げてくれました。八雲勇治さん」


 目の前に金色の髪をなびかせた女性が現れる。

 ミロのヴィーナスのように完成された美貌。薄手の衣に包まれた豊満なスタイルはひどく目を惹きつけるものでありながら、邪な欲望を抱くことすらためらう清浄さをまとっている。


「この世界に呼ばれたとき以来ですか、女神様?」


 この完璧な美女こそが俺を異世界に召喚した女神である。

 女神はゆっくりと頷いて、慈愛に満ちた微笑みをこちらに向けてきた。


「貴方のおかげでこの世界は救われました。偉大なる勇者に最大の感謝を捧げます」


「それはどうも。それで……女神様が来てくれたということは、俺は元の世界に帰れるんですよね?」


 単刀直入。

 余計なことは何も言わずに、1番大事なことを尋ねた。


 俺はこの世界にやって来て勇者になったわけだが……それは決して、自分で納得したことではない。

 多くのライトノベルの主人公がそうであるように、自分の意思とは無関係にこの世界に召喚されて断ることも許されずに勇者になったのだ。

 目の前の女神様とは、無事に魔王を倒せたら元の世界に帰してもらえるように約束している。

 魔王は倒した。今度はあっちが約束を果たす番だ。


「もちろんです。神として約束を違えることはいたしません。ですが……」


 女神は眉尻を下げて、どこか悲しそうな顔になる。


「本当に元の世界に帰ってもよろしいのですか? 貴方は魔王を倒した英雄です。多くの人々が貴方の功績をたたえることでしょう。あらゆる富を得て、望む地位に就くことができるチャンスがあるのです。その機会をふいにして、元の世界に帰っても良いのですか?」


「ああ、もちろんだ。仲間への別れは戦いの前に済ませてあるし、この世界に未練なんてないよ」


 俺は間髪入れずに断言した。

 別にこの世界に嫌な思い出があるわけではない。無理やり召喚されたことには思うところがあるが、この世界の人間が魔族に追い詰められていたことを考えると仕方がないことだと思っている。

 異世界召喚もので流行の展開として、召喚された勇者が現地民に迫害されたり差別されたりするパターンもあるが……俺の場合はそんなことはなかった。この世界の人々は、勇者として召喚された俺に相応の敬意をもって接してくれた。


 しかし……それが元の世界への帰還をためらう理由にはならない。

 無理やりに召喚されて、魔王を倒さなくては元の世界に帰れないと突きつけられたからやむなく勇者になっただけど、『帰りたい』という意思は最初から変わっていなかった。


「けれど、貴方は元の世界に血縁者がいないはずです。家族もいない世界に帰る理由があるのでしょうか?」


 なおも女神が食い下がってきて、俺はわずかに表情をしかめた。

 俺が勇者に選ばれた最大の理由は、目の前にいる女神の『加護』と相性が良かったこと。

 だが……もう1つの理由として、俺があちらの世界で天涯孤独の身の上で、肉親が誰もいないことがあった。


 俺は小学校の頃に両親を亡くしている。

 親戚もおらず、年の離れた兄と2人きりで暮らしてきたのだが……そんな兄も俺が召喚される1年前に事故で命を落としていた。


 俺が死んでも悲しむ家族はいない。

 非常に腹立たしい理由であるが……それが勇者に選ばれた理由だったりする。


「……いいや、帰るよ。断固として帰還を希望する」


 内心でちょっとだけイラっとしつつ、俺は譲ることなく胸を張る。


 この世界が嫌いというわけではないが……別に好きでもない。

 食べ物は確実に日本のほうが美味しい。マンガやアニメといった娯楽については比べるまでもない。

 この世界に骨を埋める気はない。絶対に日本に帰ってやる。


「それに……家族だったらちゃんといるよ。血のつながりはないけど、心から大切だと断言できる人達がいる」


「…………」


彼女達(・・・)を放っておくことなんて出来ない。これまでお世話になった恩は返さなくちゃいけないし、これから先も見守ってあげたいとも思っている。だから……俺は帰るんだ。元の世界に」


「……そうですか。そういうことでしたら仕方がありませんね」


 女神様は肩を落として、残念そうに首を振った。


「出来ることならこの世界で結婚してもらい、勇者の子孫を作って欲しかったのですが……そこまで意志が固いとなれば是非もありません。これから貴方を元の世界に送らせていただきます」


「ああ、よろしく頼むよ。確認だけど……ちゃんと召喚された時間に帰れるんだよな? あっちの世界でも5年が経ってるとか勘弁して欲しいだけど?」


「もちろんですよ。そういう約束ですから……間違いなく、召喚された場所と時間に送らせてもらいます。ちゃんと外見も若返らせますからご心配なく」


「うん、それを聞いて安心したよ」


「それと……貴方が所有しているスキルや加護もそのままにしておきます。アイテムボックスに入っているお金や武器なども報酬として持ち帰っていただいて構いません。成功報酬として王国から渡されるはずだった金貨も、日本円に換金して入れておきます。後で確認してください」


「おおっ、それは嬉しいな! 助かるよ!」


 どうやら、この世界で過ごした日々。過酷な戦いは無駄ではなかったらしい。

 魔王討伐の報酬として、俺は王国から一生遊んで暮らせる額を受け取る約束になっていた。

 両親や兄の遺産があり、あちらの世界でも経済的に困っているわけではなかったが……お金はいくらあっても邪魔にならない。生活に余裕ができたのは素直にありがたいことである。


「至れり尽くせりだな。ありがとうよ」


「御礼を言うのはこちらです。貴方の意思を無視して召喚してしまったことに謝罪を。そして、もう1度心からの感謝を捧げます」


 足元に魔法陣のような図形が現れた。

 どうやら、帰還の時がやってきたらしい。目の前の女神の姿が薄れていく。

 意思を無視して召喚されたことには恨みもあったが……少なくとも、この女神は俺に対して嘘はつかなかった。

 世界を救うためにやむを得ないことだったことも理解している。ゆえに、俺はぺこりと頭を下げる。


「さようなら、どうかこの世界に永遠の平和があらんことを」


「貴方にも祝福を。どうかこれからの人生が幸多いものでありますように」


 魔法陣がいっそう輝き出した。

 虹彩に焼きつくような光を最後に、女神の姿が消え失せる。


「っ……!」


 まぶしさのあまり目を閉じた。

 次に瞳を開いた俺が目にしたものは……



     △          △          △



「…………帰ってきたのか?」


 目の前には見慣れた光景。

 俺はリビングのソファに座っており、正面に置かれたテレビの中では白髪隻眼の主人公が全裸のヒロインを抱えながら異形の魔物と戦っていた。

 つい数日前まで自分がやっていたようなことをアニメキャラがやっている――非常に不思議な気持ちだった。


「はあ……終わった。ようやく冒険の終わりだ」


 脱力して、深々とソファに背中を預ける。

 間違いなく帰って来れたようだ。女神様を疑っていたわけではないのだが……ちゃんと帰還を確認できたことで安堵の溜息が漏れてくる。


「疲れたな……もう寝ちゃおうかなあ」


 身体を襲ってくる激しい倦怠感。

 考えても見れば……俺は先ほどまで魔王と戦っていたのだ。

 魔王との戦いで負ったケガは女神様が気を利かせてくれたのか、いつの間にか消えていた。

 だが……精神的な疲労。安堵と共に押し寄せてきた脱力感は、なおも身体を蝕んでいる。


 このまま、ソファの柔らかな感触に身をゆだね、眠りの世界に落ちてしまおうか。

 そんなことを考えた時……背後に人の気配が立った。


「寝ちゃダメよー、弟くん。もう晩御飯ができるんだからね」


「っ……!」


 背中にかけられた声に一気に脳が覚醒する。

 バッと勢いよく振り返ると――ソファの後ろには懐かしい顔が立っていた。


「か、華音(かのん)姉さん……!?」


「はい、華音お姉ちゃんですよー。どうかしたのかしら、そんなに驚いたりして」


 背後に立っていたのは20代前半ほどの年齢の女性である。清潔感のあるブラウスに紺のロングスカートを着て、クマの絵柄がついた前掛けのエプロンを腰に巻いていた。

 柔らかそうなウェーブがかかった栗毛の髪を伸ばし、包み込むような優しい微笑みを浮かべたその人の名前は日下部華音さん。

 俺の自宅の隣に住んでいるお隣さん。子供の頃から姉弟同然に育った日下部四姉妹の長女であり、この世界の時間軸で1年前に亡くなった兄と結婚していた義理の姉である。


「っ……姉さん!」


「ひゃっ!?」


 懐かしい女性の顔を見て、俺の胸に抑えきれない激情が湧き上がってくる。

 胸を熱くする懐かしさのまま、ソファから飛び上がって華音姉さんに抱き着いてしまった。


「うっ……姉さん、姉さん……!」


「弟くん……どうしたの?」


 華音姉さんの胸に顔をうずめ、俺は堪えきれずに涙を流した。

 俺が異世界に行っていたことを華音姉さんは知らない。こんなことをしたら不審がられてしまう――そんな危惧はあったが、それでも懐かしさと愛おしさを抑えられなかった。

 幼い頃に両親を亡くし、さらに事故で兄を喪い……天涯孤独の身の上になった俺がそれでもこの世界に戻ってきた理由の1つは華音姉さんに会うためだったのだから。


「怖いことがあったのね、弟くん。可哀そうに……」


 事情など何も分かっていないだろうに、華音姉さんが優しい声をかけてくれた。

 俺を抱きしめ……そのまま後頭部に手を置き、まるで幼い子供をあやすようにゆっくりと撫でてくる。

 ふくよかすぎる胸。母性の塊に顔が押しつけられ、同時に慈母のごとき優しい手つきで頭を撫でられる。心地良さのあまり昇天してしまいそうだった。


「よしよし……お姉ちゃんはここにいますよ? 弟くんは1人じゃない。お姉ちゃんが守ってあげるから大丈夫ですよー」


「っ……!」


 それはかつて、兄の葬式でかけてくれた言葉と同じものである。

 夫を喪ったのは華音姉さんも同じだというのに、こうして優しく抱きしめて慰めの言葉をかけてくれたのだ。

 天涯孤独となった俺が、その言葉にどれほど救われたか……もはや言葉にならなかった。


「大丈夫、大丈夫ですよ。弟くん。お姉ちゃんがいますよ。お姉ちゃんはいなくなったりしませんからねー」


「…………」


 心地良い感触に、母性と安心感に満ちた言葉。

 天国のような居心地の良さに身を任せて、俺は全ての苦しみから解脱して忘我の極致へと至ろうとして……。


「弟くんは甘えん坊さんですねー…………はい、どうぞ。お姉ちゃんのおっぱい飲んでもいいですよー」


「ふおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 慌てて華音姉さんから飛び退いた。

 鋼の意志でバブみの拘束から離れた俺が目にしたのは、ブラウスの上半分を開き、白のブラジャーを露出させた華音姉さんの姿である。

 メロンのようにたわわに実った膨らみがさらされ、深すぎる谷間が俺の目の前に立ちふさがっていた。


 いやいやいやいや!

 抱き着かれている状態で、どうやってそこまで脱いだの!?

 義理の弟の前で下着を露出して何をするつもりだったんだ!?


「なっ、ななななななな……何を脱いでいるんですか貴女は!?」


「え……? お姉ちゃんに甘えたかったんですよね? おっぱいを飲ませてあげようとしてたんですけど……」


「そこまで求めてないからね!? というか、華音姉さんは赤ちゃんいないからお乳は出ないでしょう!?」


 兄と華音姉さんの間に子供はいない。

 赤ん坊が生まれていないのだから、お乳など出るわけがなかった。


「お姉ちゃんの愛を馬鹿にしないでください! 可愛い弟くんのためだったら、根性で牝牛のようにお乳を出して見せますから!」


「愛が重い! そこまでいくと逆に怖いんだけど!?」


 そうだ……華音姉さんはこういう人だった。

 元々、母性的で面倒見が良い女性だったのだが……兄が亡くなってからは「お兄さんの分まで弟君のことをいっぱい可愛がりますから!」とますます愛情に拍車がかかったのだ。


 事あるごとに俺のことを甘やかしてきて、添い寝をしようとしたり風呂場で背中を流そうとしたり……義理の姉弟としては過剰なほどの愛情を注いできていた。


 兄の分までというか……兄に向けるはずだった愛情が行き場を失くして暴走し、俺に集中しているような気がする。


「か、華音姉さん……とりあえず胸をしまってくれ。俺はもう落ち着いたから……」


「むう、もっと甘えてくれても良かったんですけど……お姉ちゃん、ちょっと残念」


 華音姉さんは不服そうな顔でブラウスのボタンを留めていく。


「それにしても……急に抱き着いてくるなんて、玲さんが帰ってきたのかと思いましたよ?」


 玲さん――八雲玲一というのは亡くなった俺の兄のことである。

 華音姉さんも普段は何故か旧姓である『日下部』を名乗っているが、戸籍上はまだ『八雲』姓のはずだ。


「玲さんもお姉ちゃんのおっぱいが大好きでしたから、さっきの弟くんみたいによく抱き着いて来ましたよ?」


「…………そうなんだ」


 その情報は知りたくなかった。

 どうして、死んだ後になって兄の性癖を知らされなければいけないのだろう。


「お姉ちゃんの胸に抱き着いてきて、『お仕事疲れたからおっぱい欲しいでチュー』ってチュッチュペロペロとしてきて、『ばぶー、ばぶー」と可愛らしく甘えてきて……」


「その情報は知りたくなかったあああああああああ!」


 もう1度言おう!

 どうして! 死んだ後になって! 兄の性癖を知らされなければいけないのだっ!!


 いや、兄貴も何やってんの!?

 あの巨大な胸に甘えたくなる気持ちはわかるけど!

 うん。本当に……とんでもなく、痛いほどによくわかるけれども!!


「うっわ……なんか悲しいやら虚しいやら切ないやらで、逆にテンション上がってきた。何だろう、この胸を熱く焦がすような熱い感情は……」


 おそらくというか、間違いなく殺意である。

 もしも兄が生きてこの場にいたら、全身全霊でアッパーカットを喰らわしてやったことだろう。


 ともあれ……華音姉さんのおっぱいパニックのおかげで冷静になれた気がする。

 今の状態であれば、日下部さん四姉妹の他の3人と再会しても、以前の俺と同じようにふるまうことができるはずだ。


 深々と深呼吸を繰り返している俺に、華音姉さんが不思議そうに首を傾げた。


「よくわからないけれど……落ち着いたのなら妹達を呼んできてくれますか? そろそろ夕飯ができそうですから」


「……わかった。すぐに呼んでくる」


 さっそく、他の3人と顔を合わせる機会がやってきたようだ。

 俺はリビングから出て、2階に続いている階段を上がっていった。



     △          △          △



 リビングのソファで無茶苦茶くつろいでいたが……実を言うとここは俺の自宅ではなく、ウチの隣に住んでいる日下部さん四姉妹が暮らしている家だった。

 日下部家と八雲家は隣人として、子供の頃からずっと親交がある。四姉妹とは実の姉弟のように育ってきたのだ。

 俺の両親が亡くなり、兄と華音姉さんが結婚して……1年前に兄が亡くなってからも付き合いは変わらない。むしろ、1人暮らしになってしまった俺が日下部家に入り浸っている状態だった。


 今日も華音姉さんから夕飯に招かれて、リビングでアニメのDVDを観ながらくつろいでいたところだ。


 ちなみに、日下部家にも両親がおらず四姉妹だけで暮らしていた。

 今年で25歳になる華音姉さんが長女。その下に大学生と中学生、小学生の妹がいる。

 姉妹の両親は数年前に亡くなっており、男女の違いはあるがどことなく我が家と境遇が似ていた。

 その辺りの事情が兄と華音姉さんが結婚するきっかけになったらしい。


「よし……!」


 華音姉さんから3人の妹を呼んでくるように指示された俺は、階段を昇って2階に上がった。

 彼女達と顔を合わせるのも体感で5年ぶり。この世界では1分と経っていないようだが、随分と久しぶりな気がする。


 華音姉さんは『ほわー』とした性格なため気にした様子はなかったが、他の3人はそうはいかないだろう。さっきのように泣きながら抱き着いたりしたら、異変に勘づかれるかもしれない。

 異世界に召喚されたことがバレたからといって問題はないと思うが……出来ることならこちらの事情に巻き込みたくなかった。


「……落ち着け、冷静になれ。いつものように。いつものようにだ」


 四姉妹の次女の部屋の前に立ち、大きく息を吐く。

 心を鎮め、気分を落ち着け……意を決してドアノブに手をかける。


飛鳥(あすか)(ねえ)、入るよ!」


「ありゃ?」


 ドアを開けると、部屋の中から軽く驚いたような声が返ってくる。

 扉の向こう――マンガやら菓子の袋やら、床が見えないくらい散らかっている部屋の中央に四姉妹の次女が立っていた。


 黒髪のショートカット。170㎝を超える長身でスタイルはバツグン。いかにも活動的でスポーティーな雰囲気をまとった彼女の名前は日下部飛鳥。

 年齢は俺より4つ上の20歳。大学生で水泳選手。高校生の頃には国体に出場した経験もある。


「ぶふっ!?」


 そんな飛鳥姉の姿に……俺は思わず吹き出してしまう。


 日下部家の次女である飛鳥姉が。

 オリンピック出場すら夢ではないと言われている水泳選手の飛鳥姉が……ブラジャーにスカートというあられもない姿で立っていたのだ。


 どうやら着替え中だったらしい。

 飛鳥姉はスポーツ選手らしく引きしまった身体つきをしているが……黒い下着に包まれた胸はしっかりと発育している。

 華音姉さんのような爆乳ではないが巨乳と呼ぶには十分であり、腰が引きしまっているため、実際のサイズよりも一回りも二回りも大きく見えるのだ。


「ちょっとユウ、ノックくらいしてよねー」


「ご、ごめっ……!?」


「いいよ、すぐに着替え終わるから。ちょっと待ってて」


「わあっ!?」


 飛鳥姉は俺の視線を気にした様子もなくスカートを下ろす。

 俺は慌てて背中を向けるが……背中越しに衣擦れの音が聞こえてくる。


 うん、思い出した。

 飛鳥姉は華音姉さんとは違う意味で無防備なのだ。


 飛鳥姉は子供の頃はよく一緒に遊んでおり、ずっと俺のことを子供扱いしていた。

 俺のことを『男』として見ておらず、平然と目の前で着替えたり、風呂上りに下着姿でうろついたりするのだ。


「もう着替え終わったよー。それで、何か用?」


 振り返ると、飛鳥姉が部屋着のシャツと短パン姿になっていた。

 日焼けした太腿がしっかりと露出して視線を誘ってくるが……俺は強い意志を込めて目を逸らした。


「……夕飯ができたから下りて来いって。華音姉さんに呼んでくるように頼まれたんだ」


「あっそ。わざわざありがとねー」


 飛鳥姉がサバサバとした口調で礼を言ってくる。


「別にいいよ。別にいいけど……たまには掃除したらどうかな? ゴミ屋敷みたいになってるじゃないか」


 俺は散らかり放題の部屋を見下ろし、苦言を吐いた。

 お菓子のゴミ、脱ぎ捨てた服や下着、ページが折れ曲がったマンガ、どうやって使うかもわからない健康器具……飛鳥姉の部屋はありとあらゆる物が散乱しており、床が見えなくなっている。

 俺にとっては昔からの見慣れた光景だが……5年ぶりに見ると、やはり気になってしまう。


「うるさいなあ。気が向いたら片付けるって。姉さんみたいなお説教はやめてよね」


「今は春だからいいけど……夏になったら虫が湧くよ? 去年みたいに、真夜中にGを退治するために呼び出されるの嫌だからね」


「わかったってば! そんなに気になるならユウが掃除してくれればいいじゃん! 弟のクセに生意気だぞ!」


「あ……!」


 飛鳥は拳を振り上げて怒ったようなポーズをとるが……部屋に転がっていたダンベルに足を取られ、前のめりに転びそうになる。


「わわっ……!?」


「危ない!」


 俺は反射的に足を踏み出し、飛鳥を両腕で受け止める。

 飛鳥は背が高く、男の俺よりも長身だ。

 以前の俺ならば受け止めきれず一緒に転んでしまったかもしれないが……今の俺は勇者経験者だ。身体だって鍛えている。

 自分の胸板でしっかりと飛鳥を受け止め、両腕を背中に回してガッチリと抱きしめた。


「ほら、言ったじゃないか! こうならないように普段から掃除してって! 転んでケガでもしたら選手生命に関わるよ!」


「…………」


 憮然として言い聞かせるが……飛鳥から反応はない。

 飛鳥は俺の腕の中に収まったまま、何故か手の平で俺の胸を撫でつけている。


「筋肉……」


「は……?」


「……ユウってば、随分と筋肉がついているじゃない。いつの間にこんなに身体を鍛えたの?」


「…………!」


 俺はわずかに息を呑んだ。

 異世界で勇者として戦い続けたおかげで、筋肉がかなりついている。

 女神様から年齢は若返らせてもらったが……どうやら、鍛えた身体まで衰えているわけではないようだ。

 外見上はそれほど変わっているようには見えないが、直接、触れられるとしっかりと筋肉がついていることなどはバレてしまう。


 俺はコホンと咳払いをして、やや強引に言い訳を搾り出す。


「……ほら、俺も男だからね。女の子にモテたくて、夜中に筋トレとかやってるんだよ」


「これがトレーニングでついた筋肉? どちらかというと、スポーツや武道で身についた実践的な身体つきのような気がするけど……」


 同じ筋肉でも、ボディービルのような『魅せるための筋肉』とスポーツなどで身につく『実用的な筋肉』は異なるものである。

 俺の筋肉は明らかに後者。剣を振り、戦いの中で育った筋肉だった。


「ヤバい……」


 まさか……バレてしまったのか?


 内心で慌てる俺であったが……飛鳥は俺に抱き着いたまま、熱心に俺の身体をいじりはじめる。

 胸板を撫で、腹筋に触れ、手足のラインをなぞり……ひとしきりそうしてから、「ハアッ」と熱い吐息を首筋に吹きかけてくる。


「すごい……なんという凶悪かつ力強い膨隆。こんなに美しい筋肉は初めて見た……」


「っ……!」


 何だ、この状況は。

 異世界に召喚されていたことがバレた様子はないが……どうして、飛鳥姉がこんなにも恍惚とした顔になっているのだろう。

 え? 小学校から一緒にいて全然知らなかったけど……まさかの筋肉フェチだったのか?


「も、もう夕飯できるからっ! 早く下りて来てねっ!?」


「あっ、ちょっとユウ……!」


「じゃあ! 後で!」


 俺は強引に飛鳥を振り切り、逃げるように部屋から出て行った。

 まるで愛撫でもするかのような指先のタッチに耐えられなくなったのだ。


 5年前。異世界に召喚される以前はこんな雰囲気になったことはなかったのに……いったい、俺と飛鳥の間に何が起こっているのだろう。


 バクバクと高鳴る心臓を鎮めながら、今度は三女の部屋へと向かって行った。






 三女の部屋に前に立った俺はドアノブを握り……そこで手を止めた。


「おっと……今度はちゃんとノックしないとな」


 先ほどのような失敗もある。

 ただでさえ、四姉妹の三女は中学生で多感なお年頃なのだ。着替えを覗いたりしたらエライことになってしまう。

 俺はドアノブを握る手をそのままに、反対側の手でドアを叩く。


「風夏―。入っていいかー?」


「……いいわよ。入って」


「よし!」


 許可をもらった。俺は改めてドアノブをひねり、部屋の中に足を踏み入れる。

 三女の部屋には本やぬいぐるみなど多くの物が置かれており、普通に女の子の部屋である。飛鳥と違ってキチンと整頓されていて服やゴミ散乱しているが様子もない。


「……………………は?」


 整頓されていた……はずだったのだが、俺はそこで予想外のものを目の当たりにした。


「ふあ……?」


 部屋の窓際に置かれたベッドの上に四姉妹の三女が座っている。

 ぼんやりとした、しっとりと潤んだ目を俺に向けてきている……そんな彼女の名前は日下部風夏(ふうか)

 風夏はサイドテールにした赤っぽい髪、ツリ目がちの怒ったような目つきが特徴的で、四姉妹の中でもっとも性格がきつめだったのだが……今日はいつもと様子が違っている。


 ベッドに腰かけた風夏はコクコクと頭が舟を漕いでおり、普段はツリ目の瞳もトロンと垂れていた。

 理由はわからないが非常に眠そうな顔をしている……そんな風夏もまた、なぜか下着姿になっていたのである。


「お前もかよ! 君ら姉妹はどんなサービスをしてくれてんだよっ!?」


 俺は思わず叫んだ。


 風夏は上下ともに下着姿。ピンクの可愛らしいデザインのパンツとブラを身に着けていた。

 身体は小柄で、胸のサイズも姉2人とは比べものにならない小さなものだが……ハリのある双丘は「まだまだ大きくなるぞ!」とばかりにハッキリと自己主張をしている。


 うん、やっぱり血筋である。

 いずれは姉達のような見事なおっぱいさんに育つことだろう。


「今日はいったいどんな日なんだ!? ラッキースケベが起こりまくりじゃないか!」


 異世界から返ってきた矢先に、長女、次女、三女と下着姿を見せつけられている。次女の場合は俺が覗いてしまった形なのだが……それはともかくとして。


 これは異世界で頑張ってきた俺へのご褒美なのだろうか。

 魔王を倒した報酬として、ラッキースケベを具現化する能力を取得したとでも言うのか!?


「ふわあ……何よ、勇治。急に大声を出したりして……」


「あ……」


 俺の叫びを聞き……寝ぼけていた風夏が覚醒していく。

 眠気のせいでタレていた瞳がいつものツリ目になっていき、徐々に理性の色が宿っていった。


 そこまできて、俺は自分がやらかしてしまったことを悟る。

 起こすべきではなかった。少なくとも……俺がこの部屋から出て行くまでは。


「あれ、どうして勇治が部屋にいるのよ? 私はたしか………………は?」


 風夏は自分の身体を見下ろし、そこでピタリと停止する。

 しばしフリーズしていた風夏であったが、やがて自分がピンクの可愛らしいデザインの下着を俺に見せつけていることに気がついた。


「きゃあああああああああああああああ!」


「うわあっ!?」


 風夏が手元にあった枕を投げつけてきた。

 恐るべき勢いで放たれたそれは、もしも石やレンガだったら頭蓋骨を容易に打ち砕くことができただろう。

 俺は反射的に手をかざして、飛んできた枕をガードする。


「何を勝手に部屋に入ってるのよ!? しかも服を脱がせるなんて……! 変態っ、最低っ、この性犯罪者!」


「わわっ!? ちょ、ちょっと待て! 落ち着け!」


 わめきながら、風夏が次々と部屋にある物を投げつけてくる。

 ぬいぐるみ、筆箱、教科書、コップ、定規……いやいやいや! カッターナイフはやめろ!

 刃が出てるし、俺じゃなかったら刺さってるからね!?


「誤解だ! 入室の許可は貰ったし、服はお前が勝手に脱いだんだろうが!?」


「自分で脱ぐわけないでしょ!? どうせアンタが私が寝てる隙にエッチなイタズラをしようとして……」


 ――と、そこまで叫んで風夏は動きを止めた。


 投擲攻撃をやめて、考え込んだように眉間にシワを寄せる。


「そっか……私、夕べからずっとマンガを描いてて、寝る前に着替えようとして……」


「……よくわからんが、どうやら誤解が解けたようだな。命があってよかったよ」


 俺は安堵の溜息をついて、キャッチしたカッターナイフをテーブルの上に置く。

 念には念を入れて、風夏の手が届かない位置に。


「マンガ……まだ書いてたんだな。熱心なことじゃないか」


 俺は部屋に置かれた勉強机へと目を向けた。

 風夏の部屋は全体的に整頓されていたが、勉強机の上だけは無数の紙が乱雑に広がっている。

 紙の上では剣を持ったイケメンがモンスターと戦っていた。ファンタジー系のバトルマンガ――奇しくも俺が異世界で体験していたのと同じような物語である。


 風夏は小学生の頃から大のマンガ好きで、将来は漫画家になることを目指していた。

 子供の頃、飛鳥姉と俺が外で遊んでいたのに対して、風夏は家の中で絵を描いてばかりいた。放っておけば休日でも1歩も家から出てこない風夏を外に連れ出すのに、随分と苦労させられたものである。

 そんな生活を送ってきたおかげで風夏の画力はかなり上達していた。

 神絵師とまではいかないものの、中学生の女の子が書いたとは思えないような臨場感のあるイラストが紙の上で踊っている。


「別にいいでしょ! 書きかけのマンガを勝手に見ないでよね!?」


 風夏はタオルケットで身体を隠しながら、勉強机の前に滑り込んできて書きかけの原稿を隠そうとする。


「いいじゃないか。昔はよく読ませてくれただろ?」


「今はダメなの! 勇治は絶対に見ちゃダメ!」


 風夏が噛みつくように言ってきた。

 その反応には少しだけ傷つくものがある。

 昔は「ゆうにい」と俺のことを呼び、子犬のように後ろをついてきていたというのに……最近ではずっとこの調子。顔を合わせるたびにキーキーとわめくのだ。


「……これが反抗期ってやつなのか。お兄ちゃん、悲しい」


「誰がお兄ちゃんよ! っていうか、勇治だって高校生じゃない!」


「……あ、そういえば俺も思春期の男子だっけ? 忘れてた」


 異世界で5年間を過ごしてきたため、精神年齢はとっくにハタチを過ぎているはずなのだが。

 いや……でも中学生の風夏の下着姿にちゃんとエロさを感じているし、完全に心が大人になったわけでもないのかもしれない。

 それとも、大人になったからこそロリコンに目覚めて中学生女子の裸に興奮しているのだろうか?


「……そうだとしたら由々しき事態だな。キチンと確認する必要がありそうだ。よし、そういうわけでもう1度裸を見せてくれないか?」


「そういうわけってどういうわけなの!? というか、乙女の部屋にいつまで居座ってるのよ! さっさと出ていきなさいよ!」


 風夏がタオルケットを胸の前で抱いて、激しく抗議をしてくる。

 身の危険を感じているのかしっかりと肌を隠しているが……素足がはみ出ているのが妙にエロかった。


「……露出はミニスカートと変わらないんだけどな。不思議なもんだ」


 高校生として年の近い少女に色めき立っているのか、それとも成人男性として中学生女子に興奮しているのか……。

 早急に確認するべきことのような気がするが、深く突っ込むのも危ない気がする。これがパンドラの箱という奴なのだろうか。


「それじゃあ出て行くけど……もう夕飯ができるから早く服を着て下りて来いよ。ご飯が冷めるぞ」


「わかったから早くドアを閉めなさいよ! もう、おせっかいなんだから!」


「それと……さっきのマンガだけど」


 俺は部屋から出て行く前に、ふと気になっていたことを尋ねることにした。


「主人公の男。ちょっとだけ顔が俺に似てるよな? ひょっとしてモデルにしてくれたのか?」


「…………!」


「ん? そう言えば、ヒロインの女の子は風夏と同じ髪型だったような……?」


「あ、あああああっ……!」


 疑問を投げかけると……風夏の顔が見る見るうちに赤く染まっていく。

 まるで熟したトマトのような顔になった風夏は、勉強机からハサミを取り出した。


「は、早く出てけ! この変態スケベむっつりっ!」


「わあっ!?」


 顔面に向けて投げつけられたハサミを慌てて避けて、俺は逃げるように部屋のドアを閉めたのだった。



     △          △          △



 次女、三女に夕飯のことを知らせて、俺は日下部家四姉妹――最後の1人の部屋の前に立った。


「…………」


 部屋の前に立った俺は、緊張に表情を硬くさせる。


 四女は小学生で、高校生の俺とは5つも年が離れている。

 小学生……そう、女子小学生。略してJS。つまりは幼女なのだ。


「幼女はまずい。まずいよな」


 異世界で魔王を倒したご褒美なのか……今日は立て続けに日下部姉妹の下着を目の当たりにしていた。


 いったいどんなパーティータイムが始まっているというのだろうか?

 白の下着に包まれた華音姉さんの爆乳。黒の下着の飛鳥姉の巨乳。そして、ピンクの下着の風夏の発展途上おっぱいをすでに獲得している。

 たった10分足らずの時間ですでに3セット6おっぱい。ものすごい得点率である。


「このパターンでいくと……あの子も下着姿で待ち構えているはず」


 さすがに小学生はヤバいだろう。

 幼女の下着姿を鑑賞するなど、コンプライアンスに背いている。

 いや……もちろん、高校生や中学生ならオッケーという問題でもないのだが。


「……大丈夫だ。俺は失敗を生かせる人間。こんなの『アパッチ平原の戦い』に比べれば余裕じゃないか」


 俺は異世界で経験した過酷な戦いを思い出して、固く拳を握りしめた。

 そして……全身の感覚を研ぎ澄ませて警戒しながら、四女の部屋のドアをノックする。


「……俺だ。起きてるか」


「起きてる」


 ドアを叩きながら呼びかけると、すぐにドアの向こうから短い応答が返ってきた。

 問題なさそうだが……油断はしない。俺はなおもドア越しに呼びかける。


「寝ぼけてないか? 着替え中じゃないな?」


「寝ぼけてない。着替えてない」


「下着姿じゃ……ないよな?」


「違う」


 よし……ここまで確認すれば問題あるまい。

 俺は安堵に肩を落として、「入るぞ」と声をかけてからドアを開く。


 四女の部屋の中に入ると……そこには全裸の女子小学生が立っていた。


「だから何でだあああああああああああああああああああっ!!」


 俺は『ムンクの叫び』のようなポーズで絶叫した。


 どうしてこうなるのだ!

 あんなに確認したというのに……どうして、よりにもよって全裸なんだ!?


「話が違うぞ! 着替え中じゃないって言ったじゃないか!」


「着替えてない。下着でもない」


 俺の叫びに、日下部家の四女ちゃんが不思議そうに答えた。


 一糸まとわぬ姿で立っている彼女の名前は……日下部美月。

 年齢相応に小さな身体。透き通るように白い肌と、それよりもさらに真っ白のセミロングの髪を持つ幼女だ。

 御年12歳になる美月ちゃんは、凹凸のないツルペタな身体を存分にさらし、恥じることなど何もないとばかりに堂々としている。


「隠せよ! せめてパンツくらい履いてくれ! というか……美月ちゃんは全裸で何やってんの!?」


「寝汗」


 美月ちゃんは短く答えて、手に持ったタオルを掲げた。

 どうやら、濡れたタオルで寝汗を拭いていたようだ。今日は日曜日なので、美月ちゃんも夕飯前までお昼寝していたのだろうか?


「理由はわかったけど……だったら、ちゃんと言ってくれよ。裸だってわかってたら入らなかったのに……」


「ふいて」


「……俺に身体を拭けって? そのために部屋に招き入れたのか?」


「そう」


 美月ちゃんが発する言葉はいちいち短かった。抑揚もまるでなく、ほとんど単語だけで会話をしている。


 この子は出会った時からそうだった。

 初対面からずっとこの調子で、美月ちゃんが感情を露わにしたり、長文で会話をしたりするのを見たことがなかった。


 日下部家の四姉妹は全員が個性的な美女・美少女だが……その中でも、美月ちゃんは特に際立っている。


 外見はまるで人形のような美幼女。

 顔の造形に文句の付け所がなく、まるで神が生み出した造形品である。

 透き通るような肌にはシミの1つも見当たらない。まるで空から降ったばかりの処女雪のようだ。

 そして、セミロングの白い髪とルビーのような紅い瞳。これは『アルビノ』と呼ばれる身体的特徴であるが……聞いたところによると、美月ちゃんのこれは生まれつきではなく、後天的にこんな髪と眼になったとのことである。


 美月ちゃんは5歳の頃に山で事故に遭ったらしい。

 今は亡き四姉妹の両親は山登りが趣味だったらしく、その日、日下部家の両親と姉妹は山にハイキングに訪れていた。

 5歳の子供を連れてくるだけあって、その山は別段に危険な場所ではなく、ちょっとしたピクニックのつもりだったらしい。


 しかし……そんなハイキングの最中に突如として豪雨が降ってきて、日下部一家を襲った。降り注ぐ雨のせいで日下部一家は両親と美月ちゃん、残る3人の姉妹に分かれてしまい、山中で離れ離れになってしまったのだ。

 華音、飛鳥、風夏の3人は別のハイキング客に保護されて無事に下山することができたが……両親と美月ちゃんは崖下で発見された。


 生きていたのは美月ちゃんだけ。両親は変わり果てた姿で亡くなっていたそうだ。


 発見された美月ちゃんは恐怖やショックが原因なのか、黒髪黒眼から白髪赤眼へと変貌していた。

 幼い相貌からは感情が抜け落ち、言葉もすっかりたどたどしくなってしまったのである。


「ふいて」


「…………」


 幼女の壮絶な過去を思い出して微妙な顔になる俺に、美月ちゃんがタオルを差し出してきて再度身体を拭くように要求する。

 俺は溜息をつきながら、タオルを受け取った。


「……今日だけだからな」


「かんしゃ」


「そこはありがとうと言ってくれ」


「ありがと」


「……よくできました。ほら、背中を向けてくれ」


「ん」


 後ろを向いた美月ちゃんの背中を丁寧に拭いてやる。肌が驚くほどキメ細かいので傷をつけないように慎重にタオルを滑らせた。


 美月ちゃんはもう12歳。来年には中学生に上がる。

 甘やかすような年齢でないことはわかっているが、幼い頃に両親を目の前で亡くした境遇を思うと、ついつい何かをしてあげたくなってしまう。

 寝汗を拭いてあげるくらい安いものではないかと、甘やかしてしまう。


「……大丈夫だ。『幼女』は辞書的には未成年の女性を指す言葉。つまり、18歳も幼女ということになる。12歳も18歳もどっちも幼女なんだから、裸を見ちゃってもセーフなはず」


 完全にアウトだった。

 家族じゃなかったら通報されている。

 いや、タダのお隣さんで家族じゃないから、やっぱりアウトだけれども。


「ん、前も」


「……前は自分で拭いてくれ。コンプライアンス先生に怒られるからね」


「…………」


 美月ちゃんは無表情ながら、どこか不満そうに唇を突き出した。

 長年、お隣さんをやっていると――少しだけではあるが、この子の感情が読めてきたような気がする。


 俺はベッドの上に置いてあったカーディガンを小さな肩に羽織らせ、白い髪を優しく撫でたのであった。



     △          △          △



 美月ちゃんの身体を拭いて服を着てもらい……ようやく、食卓に四姉妹がそろった。

 長方形のテーブルには右隣に風夏、左隣に飛鳥姉、正面に華音姉さんと美月ちゃんが並んで座っている。

 異世界で5年間の勇者活動を終えて日本に帰ってきて、またこうしてお隣の四姉妹と食卓を囲んでいる……何とも感慨深くなる状況だった。


 思わず涙を流しそうになる俺に、華音姉さんが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「あら? 弟くん、泣きそうな顔をしてどうしたの?」


「いえ……ちょっと目にゴミが入ってしまったみたいです。気にしないでください」


「かわいそうに……ほら、お姉ちゃんに顔を見せてちょうだい。取ってあげるから」


「だ、大丈夫ですって!」


 食卓を乗り出して近づいてくる華音姉さんに、慌てて椅子を引いて距離をとる。

『お姉ちゃんモード』を全開にした華音姉さんの愛情は本当に容赦がないのだ。このまま身を任せれば、『指で触ったら爪が危ないから舌で取ってあげるね?』などと言って眼球を舐めてくるかもしれない。


「姉さん、勇治のことを甘やかさないでよ! 私は勇治なんかとご飯を食べたくもないのに、余計に料理が不味くなるでしょ!」


「そんなことを言っちゃダメよ、風夏ちゃん。弟くんは私達の家族なんだから」


「家族じゃなくてタダのお隣さんでしょ? まったく……」


 風夏は憮然とした顔で料理を口に運んでいた。

 反抗期を全開にした女子中学生はプリプリと怒っており、時折俺と目が合うと射殺すように睨みつけてくる。

 どうやら、さっき部屋で下着姿を見てしまったことをまだ怒っているようだ。


「なーにヤキモチを焼いてるのかなー? ウチの妹は本当に可愛いんだから」


「ヤキモチなんて焼いてない! 飛鳥姉さんは黙ってて!」


「嫉妬」


「嫉妬なんてしてないってば! 美月も口を挟まないの!」


 姉と妹からからかうような言葉をかけられ、風夏はキャンキャンと言い返す。

 人見知りの子犬のように鳴きわめいている風夏は確かに可愛らしいものである。からかいたくなる気持ちはよくわかった。


「……そうだねえ。飛鳥姉の言う通り、風夏は今日も可愛いよね」


 俺は味噌汁を飲みながらしみじみとつぶやく。


 昔の俺であれば、風夏のキツイ言葉に腹を立てたり落ち込んだりしていたのだが……今は刺すような発言を鷹揚に受け止めることができていた。

 むしろ、召喚される前と変わらない幼馴染みの態度に安心感すら抱いている。


 勇者として戦ってきたことで精神的に成長したのか。

 それとも、日本に帰ってきて大切な人達と再会して、心に余裕が生まれているのかもしれない。


「弟くん……」


「ユウ、アンタ……」


「ん?」


 おふくろの味というか、義姉の味である味噌汁を堪能していると……四姉妹の目が俺に集中していることに気がついた。

 驚いたような、呆れたような視線が俺に突き刺さっている。


 美月ちゃんはいつも通りの無表情だが、華音姉さんと飛鳥姉は愕然と目を見開いていた。

 極めつきは風夏。1つ年下の幼馴染みが顔を真っ赤に染め、ツリ目の瞳で瞬きを繰り返している。


「ゆ、勇治……あなた、私のこと可愛いって……」


「あ……口に出てた?」


 深い意味もなく、思ったことをそのまま口に出してしまったらしい。

 照れなのか。それとも怒りなのだろうか。風夏が赤面させてワナワナと唇を震わせている。


 ……参ったな。

 ここで否定したり誤魔化したりするのは簡単だけど、それはちょっと芸がない。

 いつも意地悪を言われているお返しも兼ねて、ここはさらなる『攻め』を喰らわせてやろう。


「風夏はいつも可愛いけど? 24時間365日。出会ってからこれまで可愛くなかった日なんて1日もなかったよ? チューして顔を舐め回したくなるくらい可愛いね!」


「なっ……なななななななななっ!?」


「さっきの下着姿もエロくて可愛かったよ。風夏は小柄で愛らしい顔つきをしているからピンク色がよく似合うし、フリルとリボンの飾りもセンスが良いね。ただ……ちょっとサイズがキツそうだったというか、もう1カップ大きめを買ったほうがいいじゃない? 風夏は成長期だし、少し大きめを買う方が買い直さなくていいかもしれないね!」


「~~~~~~~~~!」


 ホメ殺しからのセクハラ発言を受けて、風夏がパクパクと口を開閉させる。


 おお、長年一緒にいるけれど初めて見る顔だ。

 激怒しながらも照れもあり、言い返したいのに言葉が全然出てこない……そんな不可思議かつ感情を処理しきれない表情になっている。


 うんうん、面白い。非常に愉快。

 異世界に召喚される以前は怒りっぽい風夏に戦々恐々としていたが、これからは時々からかってやるのも面白そうだ。


「……弟くん、いつ風夏ちゃんの下着姿を見たのかな?」


「ちょーと詳しく話を聞かせてもらおうかなー」


「あ……」


 声の方に視線を向けると、いつの間にか華音姉さんと飛鳥姉が立ち上がっていた。

 2人とも顔は笑顔なのだが……妙に凄味があるというか、背後に獅子と虎の幻影を背負っている。


「弟くん! お姉ちゃん以外の下着を見たらダメでしょ! お姉ちゃんのおっぱいは吸わなかったのに、風夏ちゃんのおっぱいを吸うつもりですか!?」


「姉さんも何言ってんの!? っていうか、姉さんも下着を見られたの?」


「飛鳥ちゃんも見られたんですか!? え、いつ!?」


「美味しい。しょうが焼き」


「さっき部屋を覗かれたんだけどねー。うわ、まさか着替え中だってわかってて覗いたの? ユウってば超思春期じゃん!」


「弟くんは覗きなんてしません! 弟くんが興味があるのはお姉ちゃんの裸だけだもん!」


「~~~~~~~~! 勇治が私を可愛いって。エロいって……! 嘘でしょう、これってほとんど告白じゃない……!」


「あげる。たくあん」


 日下部さんちの四姉妹は食卓を囲みながら、キャーキャーと姦しく騒いでいる。

 それは俺にとって見慣れた光景であり、涙が出そうになるほど懐かしい光景だった。


「……これだよ。このために帰ってきたんだよ」


 四姉妹に聞こえないように、口の中でつぶやく。


 アチラの世界で勇者として、救世の英雄として生きていくこともできた。

 その気になればお姫様と結婚したり、大勢の女性を囲ってハーレムを築くことだってできた。


 それなのに、俺が日本に帰ってくることを選んだのはこの光景が見たかったから。

 お隣の四姉妹とこうやって食卓を囲むために帰ってきたのだ。


 この騒がしく、ありふれた日常の中に俺の幸福の全てがある。

 俺にとってお隣の四姉妹は愛すべき人であり、守ってあげたい人、恩返ししたい人、見守ってあげたい人なのだ。



     ◇           ◇          ◇



 こうして――異世界で勇者として魔王を倒した俺は、再び日本に帰ってきた。

 平穏な日常を取り戻し、幸福を噛みしめる俺であったが……この時はまだ重要なことを知らなかったのだ。


 俺が異世界で勇者をやっていたことを隠しているように、四姉妹もそれぞれ特別な事情を抱えていることに気がついていなかった。


 俺は知らない。

 長女である華音姉さんが実は霊能力者で、呪術を使って人間を苦しめる悪霊や妖怪変化と戦っていることを。


 俺は知らない。

 次女である飛鳥姉が実は魔法少女で、宇宙からやってくるインベーダーから地球を守るために変身して戦っていることを。


 俺は知らない。

 三女である風夏が実は超能力者で、日本征服を企んでいる悪のサイキック組織と熾烈な超能力バトルを繰り広げていることを。


 俺は知らない。

 四女である美月ちゃんが実は悪魔で、山で事故に遭った際に悪魔に身体を憑依され、魔界から侵略してくるサタン軍から人々を守るために戦っていることを。


 俺は知らない。

 異世界から帰還して平和な日常が訪れると思いきや、四姉妹を巡るさまざまな問題に巻き込まれていくことになることを。


 この時は、まだ何も知らなかったのである。




続く……?

連載版を投稿いたしました。

そちらもどうぞよろしくお願いします。

https://ncode.syosetu.com/n4591hn/

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― 新着の感想 ―
[良い点] ローファン、ラブコメって奴ですか! 短編なので最後の四姉妹の説明が少し蛇足的なところもありましたが、長編化されるのなら長編化希望!!
[一言] おいおい、最後のはデビル◯ンかよ・・・ 何だこの一家は、たまげたなぁ・・・(震え)
[良い点] 面白く読ませて頂きました。 [気になる点] 姉妹の年齢幅が広過ぎて、まるで広い性癖に応えるためのエロゲーのヒロインのようだ。 [一言] 設定盛りすぎて短編なら笑って流せるけど、連載したらす…
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