緑の牢獄
夏の期末試験のその日は、八月も暮れに差し掛かり、冷涼な秋を感じさせる風がほのかに薫る絶好のお散歩日和であった。試験を終えた私は学期終わりの解放感を携え、昼下がりの大学構内を一人帰途についていた。特にこれといった予定もないから、道すがら広がる大学構内に広々と区切られた芝生広場で小休止をとることにした。そこは見渡す限りの緑の地平で、小川のせせらぎが悠々と横切り、点々と佇む大木らが人々をその木陰に誘う憩いの場であった。大都会のオアシスとでもいうべき場所だ。都会の喧騒に辟易し、厭世的で抑うつに支配された私にとって、そこは私の僅かな安寧を揺らすゆりかごそのものであった。私は芝生に据えられた丸太のベンチに腰掛けた。手提げかばんから一冊の推理小説を取り出し膝の上においてふと宙を仰いだ。なだらかな空の球面は混じりけのない純な青で塗られ、いつか見たような雲が貼り付けられていた。視界の端では名も知らぬ木々の梢が緩やかなカーブを描きながら垂直に天を指し、無数の手を風に応えるようにして揺らしていた。
犇めく緑を眺め、得も言われぬ心地よさを覚えながらも同時に私は目に映るすべての草木に憐みの情を寄せた。日差しを覆い隠す涼しげな木陰も、聳え立つ壮大な幹も、喉を潤す新鮮な空気も全て彼らが、光と二酸化炭素を求めた厳しい生存競争の証だからだ。私は報いるようにして大きく息を吸い込み、そして吐いた。風が吹いたかのように木々が揺れた。私は思った。都会のオアシスもまた彼らの戦場であり、人間の生み出した緑の牢獄であったのだ。解放感とはまさに息苦しさの裏返しであったのだ。そう思うと町住まいの私が彼らの前で丸太に乗り本を読むというのは、なんともあてつけがましい皮肉であるかのように思えてくるのだ。どうだろう。彼らは潤沢なCO2に恋焦がれ私の嫌う都会を夢見るのであろうか。わたしは形容しがたい不条理を覚えた。私は少々の罪悪感に絆されて、木のような人間を尻目に草木のごとく沈黙し、鼠色の牢獄への帰途につくのだった。