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シャンソンの鳴る喫茶店

作者: p-man

・まんじゅうこわい


マスター「本日はお足元のお悪い中なのかどうかはわかりませんが、こんな動画に来て頂いて誠に感謝感激雨あられ。この動画は、ほんの一時世俗の汚れを忘れ、37度程度のぬるま湯に浸かるが如く、ごゆるりと副交感神経を優位にする為のまるでバスロマンか花王のバブかと思わせるお風呂のお供動画となっております。登場人物は語り手兼シャンソンの鳴る喫茶店主人の私と、近所に住む高校生の男女二人だけとなっております。誤解のないよう前もって言わせて頂きますが、何もお客様がその二人だけと言う訳では御座いませんのであしからず。お聞き苦しい所もござりましょうが、どうか最後までご覧になってくださいませ」


女「てぇやんでぇ!べらぼうめ!」


マスター「いらっしゃいませ」


男「やけに荒ぶっているね。どうしたんだい?」


女「おう!ボウズ!なんだ今日もいやがんのかい!」


男「なんで江戸っ子口調なの?てかボウズって君はこの喫茶店から歩いて10分の所にある僕と同じ高校に通っているクラスメイトじゃないか。そして今日もいやがるのかって学校が終わったらこの喫茶店で合流しようって君が言ってきたんじゃないか」


女「なんでぇその誰かに説明してるみてぇな口ぶりは!じゃないか!じゃないか!っておめぇはボブ・マーリーか!」


男「わかりにくい例えツッコミやめてくれる?最早それ自体がツッコミの要素を軽んじて、ボケているまであるよ!」


女「はぁ、ほんっとにノリ悪いわね、あなた。小学校一年生から今までの11年間、あなたをウィットに富んだまるでエディ・マーフィみたいなユーモラスガイと感じた試しがないわ」


男「いちいち古いんだよ?君の例えは一世代どころか二世代ほど古いんだよ?」


マスター「何になさいますか?」


女「そうね、今日はウィンナーコーヒーにしようかしら」


男「いつもと同じだよね?それ」


女「なに?病気なの?一つ一つボケを拾わないと死ぬ死ぬ病なの?」


男「ボケている認識があるのならば、いちいち反応してあげている僕に感謝すらあれども、そんな語彙力無くすほど呆れるなんて事無いはずなんだけど」


マスター「ふふふ、仲の良い事で」


女「おっと!出たな!?そのセリフの後は大抵『な!?どこ見てたらそんな事になるんですか!!』って恥ずかしがるお決まりパターンね?そこを私はあえて『ありがとう』と受け入れるパターンでいかせてもらうわ!」


男「天邪鬼ここに極まれりだね」


女「女とは得てしてそういうものよ」


マスター「それで?今日はどうしてべらんめぇ口調で登場なされたのですか?」


男「マスターはいつもそうやって話を整えてくれますね」


マスター「これも仕事ですから」


女「お!それでこそ大将!よくぞ聞いてくれやした!」


マスター「私は大将ではない!!マスターだ!!」


女「っわぁ!びっくりしたぁ!普段温厚なのにマスターと呼ばなければ大量失点した投手にキレる星野仙一監督ばりに憤るのを忘れていたわ!ごめんなさい!」


男「君もそこそこ誰かに説明しているかのような口ぶりだよ?あとまた世代が古いよ?星野仙一監督は好きだけど」


マスター「いえいえ、私とした事がはしたない真似を。それでは話をどうぞ」


女「お気遣い痛み入るわ。まぁそこまで大した話じゃないのだけれど、私……出来ちゃったみたいなの」


マスター・男「……え?」


女「だから!出来ちゃったの!」


マスター「な!?仲がいいとは言え、まだそんな責任も取れない年端で!なんて事を!!」


男「え!?違う違う違う違う!僕じゃないって言うのも結構傷つくけれども!それでも僕はやってない!」


女「加瀬亮か」


男「世代はやっと追いついて来ているようだけれどタイミングが今じゃないよ!」


女「そんなに大騒ぎする事かしら?」


男「そんなあっけらかんと!元凶は何処にいるんだい!?」


女「元凶?んー?口内よ?」


男「校内!?同じ高校の人間なのかい!?」


女「……は?」


男「……え?」


女「何を勘違いしているのか大体察したわ。出来ちゃったのは口内炎の事よ?」


マスター・男「紛らわしい言い方すな!」


女「まさかこんなにも時代を捉えた勘違いコントが即席で出来上がるなんて、あなた達素晴らしいわね」


男「やめて?それ本気でヤバめの奴だから」


女「それはさておき、口内炎ってどうしてこんなにも憎らしいのかしら」


男「胃が荒れているからだ。とかって聞いた事はあるけれども」


女「そんな暴飲暴食をしたという覚えは無いのだけれど」


マスター「ん?昨日新メニューのレモンケーキをなかなか見事に平らげていたのは誰だったかな?」


女「な!?まさかアレに毒が!?」


男「捉え方、着眼点、切り返し、どれをとっても性根が腐っているか曲がっているかだよね」


マスター「そりゃあ甘くしているとはいえ、あれだけ刺激のあるものを食べれば胃も悪くなるな」


女「居酒屋は車で来ているお客には飲酒を禁じているわ」


男「藪から棒だね」


女「飲食店の配慮。いや、義務とも言えるわ」


マスター「まさかレモンケーキをたらふく食べさせた私に過失があるとでも?」


女「過失……そうね、私の口内炎に起因する事柄から導き出すならばそう言わざるを得ないかしらね」


マスター「そんなことを言う子には、もう二度と出さない」


女「な!?提供をそちら側から断ると言うの!?なんて事……」


男「マスター。僕から謝罪をさせて下さい。幼なじみとして僕は恥ずかしい!!」


女「そうね、その選択は正しいわ。しっかりと謝罪するべきよ」


男「口内炎が酷くなれば良いのに」



女「なによその呪詛らしい呪詛は。私が苦しむ姿を見て悦に浸るなんてどんなサディストよ」


男「いつからこんな子になってしまったのか……思い返したけれど出逢った時から変わっていなかったよ」


女「一貫しているのよ私は。……っつ!痛たたたた!話しているだけでも痛むわ」


マスター「是非もない。口内炎はイソジンでうがいをすると早く治ると聞きます。さっ、これでうがいをして来ると良いですよ」


男「マスターは本当に優しいですね」


マスター「これも仕事ですから」


女「気が利くわね、さすがよ。それじゃあ今日はチーズケーキにしておくわ」


男「え!?チーズケーキ!?正気かい?」


女「治りが早くなるのならば、もし今日チーズケーキを食べて悪化したとしても通常に過ごして治る期間と大差ないはずよ」


男「どういう理論だよ」


女「良いのよ。私は本能のまま生きているのだから」


マスター「知りませんからね、まったく」


女「ふんっ!まったくいちいち二人して意地悪なんだから」


イソジンをもって洗面所へ行く女


男「すみませんねぇマスター」


マスター「……ふふふ、ふふふふふふ」


男「うおっ!なんですかそのVシネに出てくる哀川翔さんみたいなブラックスマイルわ!」


マスター「いえね、私は先程彼女に言われた通り、意地悪な性格をしておりましてね」


男「根に持つタイプなんですね」


マスター「彼女が黙ってコーヒーだけを飲んで帰る子だなんて長年相手をしていたら想像出来ません。何か甘い物をお頼みになられるだろうと思い、くくくっ。ふははははは!飲食店の恐ろしさをお見せして差し上げようとこうして用意させて頂いておりました!」


男「ん?チーズケーキ……じゃない!?」


マスター「その通り。既に作り置きしておいたレモンケーキにカラメルをかけ、軽く炙ればこの通り!見た目はすっかりチーズケーキという訳です」


男「な!?いつの間に!?」


マスター「ふふふ。私も四半世紀ここでマスターをしてはおりません。臨機応変な対応が出来てこそのマスター!甘いだけでは無いのですよ、このケーキのようにね!」


男「か、かっけえ」


女「なに?騒がしいわね。五月にも関わらず暑苦しいわ、まるで群がる蝿のようにね」


男「文体だけで五月蝿いを表現しないで貰える?ボイスドラマなのだから伝わりづらくなってしまうだろ?」


女「変な所でその脳は良く回るようね。でも脳の体積が少なくてカラカラと音が鳴っているわよ、そう、これこそ空回り」


男「ふっ、今に見てろ」(ボソッ)


女「なに?何か言ったわね。コソコソカサコソ壁を這い回るあの忌まわしきGのようにささやかな音だのに、いやに耳に残る不協和音のソレよ」


マスター「まあまあ、ケーキも出来上がりましたし。さあさあお座り下さいな」


女「ふんっ、何か怪しいわねあなた達。まさかまさか私に何か嫌がらせでもしようと言うんじゃないでしょうねまさかまさか」


男「そ、そんな事ないよ!」


女「益々訝しいわね、その反応。まさかまさかまさか、またこのケーキに毒を盛ったのでは無いでしょうね」


マスター「お客様が居ないとはいえ、営業妨害甚だしい発言だな」


男「本当だよまったく!」


女「ふん!良いわ、毒を盛られようとも平らげてご覧にいれましょう。あなた達が何を企んでいようとも私には通用しないのだから」


マスター「それじゃあ遠慮なく、そこへお座りになってお食べ下さいませお嬢さま」


男「くくく」


マスター「くくくくく」


女「下卑た笑みね。何かこのケーキに細工があるのは火を見るより明らかね。……そうだ。一つ私と賭けをしましょう」


男「なんだい?」


女「私がこのケーキを平らげたならば、このケーキ代はあなたがお支払いなさいな」


男「ほう。じゃあそのケーキを平らげられなかったならば?」


女「あなたのそのコーヒー代も私がお支払い致しましょう」


男「良いね。乗ったよ、その賭け」


女「聞いたわね?マスター」


マスター「ああ、勿論」


女「有難う。では頂きます」


マスター「くくく、召し上がれ」


女「(食べる音)っっつ!ん!?んーー!」


男「ふふふふふ!どうしたんだい?苦痛に顔が歪んでいるようだけれども!」


女「くっ!謀ったわね!しかし!なんのその!(食べる音)」


マスター「ふふふ、無理する事は無いよ」


女「んー!!(食べる音)」


男「な、泣いているじゃないか!意地を張らずにギブアップをするんだ!」


女「なんの!」


マスター「……あ、あぁ」


女「(飲み込む音)ぷはー!食べ切ったわ!」


男「な、な、なんて執念なんだ」


女「ふん!これくらい軽いわ!あと何個でも食べられるわよ」


男「……今なんと?」


女「何度でも言って差し上げましょう。あと何個でも食べられると言ったのよ」


男「ほほう強がりが裏目に出たね。マスター、あと二個!あと二個オカワリだ!勿論、今彼女が食べたものと同じものを!」


女「な!?あなたどこまでサディスティックなの!?」


男「おっと?前言を撤回するかい?一度振り上げた拳を降ろすのかい?」


女「くっ!いいわ!勿論このケーキも平らげられたならお支払いはあなた持ちなのでしょうね?」


男「ああ、良いとも!」


マスター「(小声)き、きみきみ、良いのかい?彼女の執念ならば食べてしまうかもしれないよ?」


男「(小声)もうこの際、食べ切ってしまうかしまわないかではなく、苦痛を味わってもらって痛い目を見てもらいましょう!その為の損なら僕は大いに結構!」


マスター「その意気見事!あい、わかった!この勝負、私もしかと見届けよう!」


女「さあ、早く出しなさい。姑息にも偽ったあの忌々しいレモンケーキを!」


マスター「目にもの見せてやる!」


(食器の音)


マスター「さあ!これでも喰らえ!」


女「ひぃーー!見るだけで口腔内の炎症が悲鳴をあげているわ。だけれど遠慮なく頂きます。ふっ」


男「くくくっ。……ん?今笑った?」


女「あー痛いわー。なんて染みるのかしら、あー忌々しい。忌々しいわこの酸味の効いた中にギュッと閉じ込められた控えめな甘み」


男「……あ……ね、ねえ。言葉と表情が噛み合っていないようなのだけれども」


女「あー痛い。痛い痛い痛い。こんな仕打ちあっても良いのかしら。この恨みはらさでおくべきかー」


マスター「……ま、まさか。君、口内炎というのは……嘘かい?」


女「えー?痛いわよー?口内炎。今も尚悪化の一途を辿っているわー。何か喉の調子も可笑しくなってきたみたい」


男「た、た、謀ったね!?君は最初からこれを狙って!?」


女「なんの事かしら?んーこんなに辛い仕打ちは初めてだったわ。口の中が地獄の様よ。もしかすると次は炭酸のよく効いた冷たいレモンスカッシュが辛いかもしれないわね」


マスター「あ!!最初のべらんめぇ口調はこのせいか!」


男「え!?どういう事ですか?マスター」


女「ふふふ、二人ともご馳走様でした。長いは禁物のようね、どうもお後が宜しいようで」


男「ま、待て!」


(店を出る音)


マスター「一本取られましたね。はなから落語の演目にあるまんじゅうこわいを実践しようと決めて来ていたみたいですね」


男「まんじゅうこわい!?聞いた事がある!く、くそぉ!すっかり騙されたって訳か!」


マスター「はぁ、まぁ女ってのは嘘をつく生き物ですからねえ」


男「これに懲りて今後は痛い目を見せようだなんて思わないようにします」


マスター「そうですね。あら?お帰りで?」


男「ええ、意気消沈なもので」


マスター「そうですか。それじゃあ合計で3200円です」


男「3200円!?くっ!くそ!」


(お金の音)


マスター「はい、毎度あり!あ!きみきみ!今度はね蕎麦でも出そうと思っているんだ」


男「喫茶店なのに?」


マスター「ええ、なんせ最近落語にハマっているもんで」

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