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夜更けのドライブ

作者: ぶんぶん

【今夜別れた、大切な大切なお前へ。

10年前…高校2年生、一学期の終業式の日。お前に出会ってすっかり生活が変わった。

学校に行く道にうずくまって、怯えていたお前。あのとき、逃げるお前を拾った時にはこんなに長い付き合いになるとは思わなかったな。

毎日、片道220円の電車賃。お前の料金を払って、夏休みの間の補修や部活にお前を連れて通ったのは人生で一番の思い出だろう。

スズメの飼育経験のある、 野鳥の会会員の先生なんてそうそう居ないだろう。連れて通う事を許してくれた校長も、 育て方を教えてくれた先生も、きっとお前にとって運命だったんだろう。しかし、拾った時点で足に糸が絡まって怪我をしていたお前は、歩くのも飛ぶのも不自由だったな。そして、ウッカリ可愛がり過ぎたせいで、人の手の平で眠るという習慣を身につけてしまったお前。放鳥すれば、2時間くらいで死んでしまう事が容易に想像できた。

ウチにいたインコともすっかり仲良くなって、二羽で仲良くしてるからと、そのまま飼育する事にした。

就職する頃にはお前が居る事が当たり前の日常になっていた。お前も冬になれば炬燵に潜り込んだり、夏には冷房の一番効いてる場所に座り込んだり、誕生日ケーキのクリームをつついたり、人間と暮らすことを当たり前に感じていたんだろう?

当たり前になり過ぎて、時には無視をする様な態度の日も有った。まるで冷えきった夫婦のように顔を会わせずに過ごす日も有った。それでも、時々顔を見れば寄ってきて何かを話しかけるようによく囀ずっていたな。

長期出張に出ても、ほったらかしたまま遊びに行っていても、帰ってこれば、当たり前の様にそこにいてこちらを見つめていた。悲しい時、心配そうに首をかしげて、嬉しいときには首を上下に振りながら見つめてよく囀っていた。

お前はとても歌が上手だったな。下手な歌を歌えば、毛を逆立てて怒り、ラジオから、好みの曲が流れればラジオの前に飛んで行って、一緒に歌うかのようにさえずっていたな。

そんなお前もついに、小鳥の平均年齢を越えて、老鳥となった。足腰が弱り、頭はハゲが見られ、片目は白内障の様に濁ってきた。人間の老化と同じだな。

4日前…お前のお尻から出血しているのを発見した。お腹を触ると水が貯まっている様子だ。

毎日残業をしないように仕事をさっさと片付けて急いで帰宅して、手に載せマッサージし、お尻を拭いて、温かい場所で寝かせていた。できる事はそれだけだったから。

そんなお前は、今日帰ってきたら、突然居なくなってた止まり木にも巣の中にも。お別れも言ってくれず…誰もいない家で死んでしまった。

4日前、異変に気付いた時に、『明日まで生きててね』と言いながら写真を撮り、『1日でも長く一緒に過ごそう』と思ったのに、今朝にはまたお前が居るのを当たり前に思ってた。

今更だけど、もっと大事にしてあげたかった、当たり前じゃないってちゃんと毎日を大切にしてあげたかった…

『ごめんね。長いこと一緒に居てくれてありがとう』】


 10年は長い。相手がスズメだとか人間だとか関係ない。10年あれば心は通じる。相棒とも言えるお前を失って、心に大きな穴が空いた。もう夜も遅いがさっぱり眠れる気がしない。喪失感が強すぎて眠れない。明日は休みだ。ドライブに出て、神経を使えばこの喪失感は埋められるだろうか。

キーと財布を持ち車庫に行く。携帯は置いていく。一人きりで車に乗り込み、走り出す。車にはお前との思い出はないからな、少しは気分も変わるだろう。


住宅街を抜けて、国道16号線に出た所で若い男がヒッチハイクをしている。行先は『海の方』。「なんだそれは」と思ったが、自分も行き先なんか決めちゃいない、止まって乗せてやる。

乗せてやったそいつは、明るいやつだった。目に見える景色にイチイチ突っ込みを入れたり、ダジャレを言ったり。とにかくよく喋って笑わせてくれた。16号線から右折して246号に入る。


少し走った所で潰れたレストランが見えてくる。この男はそんなレストランにも笑い話を作って聞かせてくれる。あそこは、あいつを拾った頃にできたレストランだ。居なくなったあいつと、潰れたレストランが重なって寂しさを感じるのは僕だけなのだな。

246号線から467号線に入る頃雨が降りだした。さっきまで泣いていた自分の涙のようだ。どんどん雨が強くなって視界が怪しくなってきた。このまま運転するのは危険だから、コンビニに停めて少し休憩しながら通り雨が過ぎるのを待つ事にする。


隣の男は乗せてくれたお礼だと言って、コーヒーとサンドイッチを奢ってくれた。何も言ってないのに、好きな銘柄のコーヒーと、好きな玉子サンドを渡される。好みが同じなのかと思えば男はミルクティーと野菜たっぷりのサラダサンドを食べている。

「どうして、これを選んだんだ?」

「これ、 好きだろ?知ってるんだよ。」


だいぶ遅い時間になってしまったので、時間の都合や行き先の事を改めて聞けば、時間は気にしなくて良いと言うし、行き先も降ろしたい所で降ろせと言う。

そんな会話をした24時過ぎに、カーラジオから8年くらい前に流行った歌が流れてきた。隣の男が嬉しそうにハミングしながら聞いている。その曲はあいつが一番綺麗な声で囀ずって喜んで聞いていた曲だ。懐かしくなって一緒にハミングをすると、ものすごく嫌そうな顔をされた。

「悪かったな。歌が下手で」


曲が終わる頃、雨も止んできた。もう少し走れば江ノ島だ。海を見たからって何か変わる訳じゃない。でも気持ちが沈むと海が見たくなるんだよな。窓を開けると潮の匂いを感じるようになった。

海岸近くに着いた時には25時を過ぎていた。昼間は観光客でいっぱいの駐車場にこっそり車を停めて海辺を歩く。

男はさっきの歌を歌いながら砂浜を歩いている。あんまり大きい声で歌うと警察に通報されてしまう。

「はじめて見たけど、本当に海を見ると落ち着くねぇ」


最初に言っていた目的地の海には着いたが、こんな真夜中に海に置き去りにすると言うのはいい気のものではない。これからどうするのか尋ねる。

「もし、まだドライブを続けるなら、このまま連れていってくれると嬉しいけど、嫌ならここで降ろしてくれて構わないよ。」


そこから国道134号を東へ走っていく。途中で左折して日中は観光客で常に渋滞している鎌倉の寺町の街道を抜けていく。山を通り抜けて国道1号線に出る。1号線をまた東に向かい走らせる。隣の男は鎌倉の大仏を眺めた辺りから口数が減ってきた。

「眠いのか?」

「眠くはないよ。楽しいんだ。こうして見たことのない景色をたくさん見れて」

「見たことない景色ってどこから来たんだ?」

「秘密だ。旅人を詮索するなんて野暮な事聴いちゃいけないよ」

「そうか。」


横浜に入るとだんだんと高いビルと人工的な明るさが増えてくる。隣の男はキョロキョロと見回しながら、色んな店の名前でダジャレを言い続けてる。桜木町方面に行き、埠頭に行けばさっきとは違う海が見れる。こっちは落ち着くような景色じゃないけど、人の文化文明を感じる景色だ。


「申し訳ないんだが、あの橋を渡ってくれないだろうか?」

そう言ってベイブリッジを指差している。少しずつ空の色が変わってきて、新聞配達のバイクとか少しずつ人が動き出している。

首都高に乗ってベイブリッジを走る。隣の男は橋の継ぎ目のトントンという音でリズムをとっている。ラジオからは、またあいつが喜んでいた曲がかかる。隣の男は鼻唄を唄っている。


大黒パーキングを通過した頃、空に赤みが射し始めた。前方の眼下に見える工場地帯は、もくもくと煙を上げて、色濃かった電気の色が薄れて霞みはじめている。朝日はまだまだ見えないが、夜明けが近づいている事は分かる。


「あっ、明けの明星が見えるね。そろそろ時間だ。今までありがとう。」

そっと横に少しだけ視線を向けると、男の体が透き通っている。

「本当は夢の中で、お別れができたらと思ってたんだ。でも君が寝ないから。。。お陰で良い思い出ができたよ。」

「おまえ、コウスケなのか?10年側に居てくれた、相棒か?」

「泣くなよ。前見えなくて事故って一緒に連れていくなんてゴメンだ。でも。相棒なんて思っていてくれた事嬉しいよ。本当にありがとうな。」


次に視線を向けた時には、朝日に溶けるようにほとんど透明になって、最後に一瞬だけ、元のスズメの姿になって消えていった。



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