5 入浴!?
「隼人、こっちを見て。」
汐里は、心が死にかけてずっと床をみつめていた僕に声をかけた。
僕が汐里をみると、そこにはスカートをたくし上げている汐里がいる。
あぁ、遊ばれている。
僕は、また床をみつめ始めた。
「どうしてちゃんと見てくれないのよ。洗濯済みの下着を見るくらいなら、着用中のを見なさいよ。」
「お母さん、息子をからかって楽しい?」
「からかってないわよ。私は隼人に喜んでほしいだけなの!」
「ちょっと、うるさいです。って、何をしているのですか?」
美玖がやっかいなタイミングでやってきた。
「私は息子に性の喜びを教えているだけです。」
「隼人は床を見ているじゃないですか。あなたでは魅力不足のようですね。ほら、隼人。お姉ちゃんの方がいいよね?」
美玖もスカートをたくし上げる。
すると、出てきた下着には、布があまりなかった。
「び、ビッチだ……。いつもこんなのを穿いていたのか……。」
「私はビッチなんかじゃないよ。初めてはちゃんと隼人のために大切にとってるんだから。」
「美玖ちゃんはもう二十五歳でしょ。その年齢になるとね、『とってる』とはいわずに『売れ残っている』というのよ。」
やはり、この二人の相性は悪いようだ。
そしてこの後も口喧嘩は続き、最終的には美玖が言い負かされて自室に戻っていく。
「お母さんは、片付けを続けて。僕は美玖お姉ちゃんを慰めに行くから。」
「隼人、あの女の肩をもつの?」
「そういうのじゃないから。」
僕は不満げな汐里を部屋に残して美玖の部屋へ行った。
――コン、コン、コン。
僕は、美玖の部屋のドアをノックした。
僕はいつもノックする回数を何回にすべきなのか悩んでしまう。
世界共通のマナーとしては四回ノックするのが正式な作法だが、日本のビジネスマナーでは三回にするのが一般的なようだ。
そして、世界共通マナーでは三回ノックすることを「プライベートノック」といい、親しい相手に対して行うノックなのだが、日本版の「プライベートノック」は二回なのだろうか。
しかし、二回ノックするのは、トイレに入っていることを確認する時だという説がある。
一体、どうするのが正しいのだろうか……。
礼儀作法は奥が深い。
毎回いろいろ考えるのだが、美玖に対してはいつも世界共通マナーの「プライベートノック」をしている。
「はい。」
美玖が返事をした。
「美玖お姉ちゃん。大丈夫?」
「慰めに来てくれたのね。隼人は優しいね。」
「当然だよ。」
「隼人、またモデルになってもらってもいいかな?」
「いいよ。」
モデルというのは、絵のモデルだ。
美玖の趣味はBL漫画を描くこと。
そして、その趣味にリソースを使いすぎたため、今なお現役女子大生なのだ。
ここで、どうしてBL漫画のモデルになることを快諾したのか気になる人もいるだろう。
全く嫌じゃないわけではない。
しかし、美玖の絵のクオリティだと安心なのだ。
美玖は、絵が死ぬほど下手だった。
高校生の頃から漫画を描き続けているのに、一切成長しない。
人間はほぼ棒人間で、出てくる人々が何をしているのかさっぱり分からないのだ。
台詞が付いているがさっぱり頭に入ってこない。
そんな美玖画伯相手でなければ、BL漫画のモデルなど絶対に嫌だ。
「うん。描けた。」
美玖は満足した様子だ。
ちょうどその時、夕食の時間になった。
*
夕食は汐里の独壇場だった。
それでも、伯父さんと伯母さんは楽しそうだったからまぁいいだろう。
明日からはもう平穏無事な高校生活を送ることはできないのかもしれない。
それでも、死んでしまった母親と再び暮らすことができるのであれば、平穏無事な高校生活をその代償として捧げてもいいのではないか、と思った。
さあ、風呂に入ろう。
僕は服を脱ごうとした時、汐里が脱衣所に入ってきた。
汐里がワイシャツのボタンを外し始めた。
「あの……。何をしていらっしゃるのでしょうか、お母様。」
「母の務めを果たしているだけよ。」
「母の務めとは?」
「息子をお風呂に入れることよ。」
「思春期の子供をお風呂に入れることは、母の務めではないと思うのですが。」
「いくら思春期といっても、子供は子供よ。」
詭弁だ。
しかし、上手い反論が思いつかない……。
何か言わないと、どんどん脱がされている。
とうとうベルトが外された。
「一人で入れる子供をお母さんがお風呂に入れても、それは世話とはいわない。」
「私は、世話をするとは言っていないでしょ。一緒にお風呂でおしゃべりしたり、体を洗ってお肌の具合を確かめたり、体が成長していく様子を確かめたり。隼人が小さい時にできなかった分を、これから取り戻さなきゃいけないわ。」
こう言われると弱い。
頭がパニックになっていい考えが思いつかない。
結局、僕は裸にされた。
「うん。大人の体になってきているわね。安心。」
今、あれを見ながら言わなかった?
次は、汐里が服を脱ぎ始める。
「ふふっ。大きくなってきているわね。大丈夫よ。私は隼人のお母さんだけど、体は隼人と同年代の女の子だから、そうなるのは普通のことだから。隼人が元気でお母さんは嬉しいわ。」
「ギャー!」
僕は先に浴室に入った。
しかし、こうしたところで何の解決にもならない。
もちろん、すぐに裸になった汐里が入ってくる。
見てはいけない。
すぐに目を背ける。
一瞬目に入ってしまった汐里の姿が脳内でリフレインされるが、それは不可抗力だから仕方がない。
「お母さんの裸を見るのは悪いことじゃないんだから、そんなに目を背けなくてもいいのよ。」
「お母さんと同年代の女の子のダブルスタンダードが恣意的過ぎる。」
「あれ、バレてた?」
「今気づいた。」
「じゃあ、シャンプーするわよ。目を瞑りなさい。」
なにが「じゃあ」なのかよく分からないが、他人にシャンプーされるのって気持ちいいな。
その後、体も洗われ、お風呂から出た後には髪を乾かしてもらった。
あと、化粧水とか乳液とかいろいろ付けられた。
恥ずかしいことがいろいろあったが、「こういうのもいいな」と思ってしまったのは、僕の脳が汐里に汚染されてきたからなのだろうか。