序章 月下の邂逅
中国内陸部のとある史跡──
古代秦王朝の勇ましい兵士たちが矛を掲げる姿が目に浮かぶかのような、石造りの古城。
月明かりが照らす、いにしえの城郭の上には男が二人、向かい合う。
「はるばる遠くからよく来たな……流暢な広東語を話す日本の若者よ」
男の一人──40を越えて険を増す、漢民族独特の武侠的顔つきの男は、威風堂々たる姿勢で相対する青年を見据える。180センチをゆうに越す男の体躯からは仙人郷に並び立つ岩山のような神秘性と迫力を感じさせた。
「あいや、お気遣いは無用。烈士・蒲 公英どの……よく私のようなフーテン外国人の挑戦を受けて下さったな」
丸サングラスにひと昔前のヒッピーファッション。一見するとヒョロリとした優男風の印象を受ける青年は、礼節をわきまえつつも不適な笑みで答えた。
「俺の居場所が分かったというだけで君が特別だという事は分かるよ。それに、俺も興味があったのだ。人の姿をした獣がどのような拳を使うか」
「……獣?」
「俺は拳の力を追い求めて、飢えた虎や彪とも戦った事がある。それで、君の姿を見て、ピンときた。獣が獲物を狙う時に見せる独特の気配……ああ、こいつは人を食い殺す獣だな、と」
「……獣、ね。クックッ……素直に褒め言葉と受けとりましょう!」
青年はサングラスを投げ捨てると、邪悪なうすら笑いを浮かべ拳を構えた。
「さあ、中華最強の拳士・蒲 公英!! 我が拳の糧となってもらうぞ!!」
「糧? ふふふ…………それは、それは……」
蒲は柔和な笑顔をたたえたまま、胴着を脱ぎ、凶暴なアムール虎のような上半身を露出した。同時に腰を深く落として、中国拳法の基礎、半身の構えを取った。
「全中華のあまねく全ての拳を治めたこの蒲 公英を己の糧にすると言うのか? 面白い! 日本の若者よ、己が拳と名を述べよ!」
「日本拳法……カミカゼ・ウェポンの本田鈴貴だ!」
そう言うと同時に青年は疾駆し、満月を背に二体の獣の影が重なった。