転生先の竜宮城
情報化社会と呼ばれるようになり、どこに何がどうしているかという情報は一瞬で探し当てる事が可能になってしまった。
昔は年貢を納め、その地域に住む権利を得ていた。今では数々の税金を納め、住処を得る事でようやくその場所に住む事ができる。
そして昔は地上がその対象だったが、今は違う。
そう、たとえ空だろうが海だろうが全て国が管理し、そこに住もうものならば、税金を払わなければならない時代となってしまった。
例え『人では無い存在』だろうと。
「海の中に住む人なんていないよ」と思っている人も多いだろうが、当事者はそれどころではなかった。
「どうして半神のウチが税金を払わないといけないのよ!」
泣き叫ぶ和服の美しい女性。かつてこの女性の母親はかの有名な『乙姫』と呼ばれた人で、泣き叫ぶ女性はその娘である。
「いや、決まり事なので」
「気安く話しかけてきているけど、どうしてそう冷静なの? ウチ、一応親は教科書に載っている伝説の人物だと思うのだけれど!」
「と言われましても、見つけてしまっては人間と同じようにが我が国の決まりです。あ、もし暴力を振るうなら逮捕です。近所に戦艦を準備しているので破壊可能です」
「日本ってそんな簡単に兵器を人の家に向ける国だったっけ!」
「かつて日本ではカニの缶詰を海の上で作ることで、日本では作っていないという口実が生まれました。つまりここは日本ですが日本の陸地ではありません。それにあなたは人ではありません。半分神です。人権には引っかかりません」
「だったら税金も払う理由にはならないじゃない!」
「あー、それとこれとは別です。はい」
「あんたは人間の皮をかぶった鬼よ! くう、今月分の土地代よ!」
そう言って、通知通りの金額の入った封筒を渡す『乙姫水葉』。
「ありがとうございます。これで私も安心して上陸できます」
「もう来るなー!」
ぺっぺっと追い出し、水葉は舌を出した。
「乙姫様。はしたないです」
長年ここで水葉の執事を務める魚人のシーラが声をかけた。
「うるさいわね。百年前までは海の底まで人間が来るとは思ってなかったのよ。そりゃ機嫌も悪くなるわ!」
「先代の乙姫様が愛した人間でございます。海のような広い心で受け止めていただければと」
「はいはい。シーハートね。シーハート」
母親……つまり、『乙姫』の日記を見る限りでは人間というのは心優しく、いつも紳士的だと書かれていた。
しかし実際会ってみると第一声は「ここに住んでいますか? では税金を払ってください」だ。
水葉の知る限りでは人間の数は底知れない。そこからも税金とやらを取っているのに、まだ足りないのだろうか。
「そもそも人間に居場所を知られた時点でウチの威厳は下がっていく一方なのよね」
かつてここ『竜宮城』はおとぎ話上の伝説の場所として語り継がれていた。
だが、偶然どこかの大学のダイビング愛好会が『竜宮城』を見つけて、写真を撮影しソーシャルなサイトに投稿。それが一気に広まってしまった。
「あの一件は炎上物でしたね。水の中ですのに炎上とは」
「ああ?」
「……失礼しました」
キリッと睨むとシーラは一歩下がった。
水葉はため息をつき、ふと思った。
「ああ、母上の様な生活が送れたら、幸せだったのかしら」
そうふと思った時だった。
ごごご。
「シーラ? お腹なってるわよ?」
「いえ、私の音ではありません」
ごごごごごご。
「じゃあこの音は何の音?」
「さあ、ですが、何でしょう……少し揺れて」
ごごごごごごごごごごごごご!
徐々に大きくなる音に、水葉とシーラは焦った。水温が上がっている。これは!
「ち、地底火山!」
「そんな、ここは!」
逃げる暇はなかった。
そして運悪く水葉とシーラの足元からは、大きな爆発音とともに熱せられた溶岩に二人は飲まれてしまった。
まさかこんな一瞬で命が尽きるなんて、本人が一番思ってもいなかっただろう。
☆
「で、ここはどこよ?」
水葉が目を覚ました場所は白い部屋だった。
そこへ座ってくださいと言わんばかりの椅子が一つだけあった。
とりあえず座ると、目の前に靄がかかった『何か』が現れた。
水葉は多少の水の魔術は扱える。場合によっては目の前の靄を攻撃することも可能である。
「おっと、待ってください。僕は決して怪しいものではないです」
「怪しいものではないと自分で言う人は信用できないわね」
「まあまあ、話を聞いてください。「乙姫様」」
「……わかった」
水葉は構えていた手を下ろし、話を聞く体制になった。
「さて、ようこそ『僕の世界』へ。僕はこの世界の神『カンパネ』と言います」
「神? ウチと同族?」
「そうです。ただし君からすれば僕は『異世界の神』ですね。もちろん僕から見れば君は『異世界の神』です」
「それで、カンパネ様が何の用なの?」
率直な質問にカンパネと名乗る神はあっさりと答えた。
「僕の世界に来てみないですか?」
「あなたの?」
唐突に言われた提案に戸惑う水葉。
「断っても良いのですが、君は神であり人間でもあります。つまり神では本来ありえない『死』を迎えました。ここで断った場合はそっちの世界のあの世に行く事になります」
「じゃあ今ウチがここにいるのは」
「僕が生かしてあげているのですよ。しかもギリギリの所でです。もし受け入れるならその生命を元に戻しましょう。それくらいの力はあります」
生命を作る力。それは水葉でも行えない膨大な魔力を要し、日本でも使える神は限られているだろう。
「仮に引き受けたとして、ウチは何をすればよいのよ」
「僕の世界の海に住んで欲しいのです」
「海に?」
「そう。僕の世界は現在魔獣が大量発生して困っています。陸の上は人間が何とか退治していますが、海だけはどうしても対策に困っていまして」
「そんな話を聞いて行くって言うと思うの?」
当然の答えである。まだ人間が税金を取りに来るだけマシであり、異世界に行けば命の危険がありますよと宣言しているような物である。
「税金は無いのですよ?」
「命の方が大事よ!」
「魔術は使い放題ですよ?」
「うっ、でも魔獣でしょ?」
「見たことないうちから決めつけてはいけません。もしかしたらすごく小さい魔獣しかいないかもしれませんよ?」
「ううう」
「なにより、その海域全て自由に使って良いのです。君がそこの『初代乙姫』にだってなることができるのですよ?」
「……わかったわよ」
折れてしまった。
水葉は内心憧れていた。
母親の伝説を聞く度に自分が乙姫だったらといつも思っていた。
所詮自分は、乙姫から生まれた欠片なのだといつも思っていた。
だからこそ、カンパネの言葉を聞いた瞬間、自然と口が開いてしまった。
「ウチがそっちの世界の『乙姫』になろうじゃない!」
☆
「だまされたああああああああああああああ!」
青い海、ゴミが一つもない澄んだ水。生き生きとした海草。
そして山盛りの魔獣の亡骸。
水葉は魔獣の群れの真ん中に転生し、いきなり命の危機を感じることとなった。
「『水柱』! ちょっと、どうなってるのよ!」
『ガアアアアアア!』
大きな蛇のような魔獣に水の柱を突き刺し息の根を止める。
もはや『おとぎ話に出てくる乙姫』という姿ではなく、『戦場に立つ女性戦士』がそこにいた。
「はあ、はあ。もういないかしら?」
周囲を見渡すと、魔獣の群れはいなくなっていた。
「こんなの詐欺よ! 海がこれほど殺伐としている場所に転生なんて、半神のウチじゃなければ終わってたわ!」
怒り狂う水葉。しかし、ふと真正面の『物体』に目が入った。
「何……あれは?」
目を凝らすと、フワフワと布のようなもので巻かれている『何か』。いや、あれは人のような形の物が布でグルグル巻きになっている。
「いやいやいやいや! まさかここって人間の死体まで流れて来る場所なの? しかもやり方がえげつないわよ!」
布でグルグル巻きの人型の『何か』は水の流れに乗って水葉に近づいてきた。
「い、いや、来ないで! 見たく無いわよ!」
腰が抜けた水葉。そしてついにその布でグルグル巻きの人型の『何か』が水葉の近くに到着し、顔の部分であろう場所から目が合った。
「いやー! 目、目があった! 怖い! 何か目赤いし!」
怯える水葉。しかし次の瞬間水葉は言葉を失った。
「お腹が空きました。何か魔力になるものはありませんか?」
死体だと思った物体から声が出たことに水葉は言葉を失った。
とりあえず水葉は質問に答えようと周囲を見渡し、先ほど倒した魔獣の亡骸を見た。
「えっと、魔力を帯びている……そこら辺の魔獣の亡骸ならいるけど」
「魔獣の魔力ですか……無いよりはマシですね」
そう言って先程まで水の流れに身を任せていた布でグルグルの人型の何かはクルッと起き上がり、魔物の亡骸の山へと向かっていきました。
「え、ちょ、冗談なんだけど!」
「いえ、本当に魔力は帯びているので問題ありません。いただきます」
そしてグルグルの布から手が出て、魔獣の亡骸に触れた。すると息絶えてはいたものの原型は留めていた魔獣の亡骸がどんどん萎れていき、やがてボフッと音を立てて粉々になった。
「うう、味はしませんが、こう……苦いって感じがします」
「ちょっと、魔獣の魔力なんて体内に入れて大丈夫なの?」
水葉は驚いた。魔獣の魔力なんてどういうものかは分からないが、それでも通常体内に入れても良いとは思えない。
「問題ないです」
「何故そう言いきれるの!」
その質問に布でグルグル巻きの物体はしっかり答えた。そして水葉は驚いた。
「申し遅れました。ワタチはフーリエ。この世界に住む『悪魔』です。魔獣の魔力は苦手ですが、別に問題があるわけではないのですよ」
☆
「ふむ、別の世界からですか」
一通り水葉はフーリエと名乗る悪魔に話し、一息つく。そして水葉は冷静に考えた。
「てかあなた、悪魔なのよね!」
「はい、ワタチはれっきとした悪魔です」
「ウチ、もしかして食べられるの?」
怯える水葉にフーリエは首をぶんぶん横に振った。
「いやいや、人型を食べるなんてそんな気味の悪い事はしません。むしろ水葉様からは神聖な魔力が見えます。血を一滴でも飲んだらワタチが死んでしまいます」
その言葉にほっとする水葉。
「それにしてもどうしてここに流れてきたのよ」
「それには深いわけがあるのです」
ごくりと唾を飲み、真剣に聞く水葉。
「釣りをしてたら、足を滑らせてしまいました」
「今すぐ消し去ってあげようかしら。真剣に聞いたウチがバカだったわ」
「すみません! でもワタチにとっては結構深刻な悩みなのです!」
「深刻?」
「はい。ワタチはとても寒がりで、どうしてもこの布が無いと生きていけません」
「うん」
「で、その布が水を吸って重くなり、さらに良い感じに絡まって脱げなくなりました」
「つまり、上陸できなくなったと」
なんという天然というか、残念な子なんだろうか。そう水葉は思ってしまった。
「じゃあ魔術で切ってあげようかしら?」
「仮に切った後、上陸したら寒くて消えてしまいます!」
「我儘ね。じゃあどうするのよ?」
「水葉様には恩があります。しばらく置いてくれませんか?」
水葉にとっては悪くない条件だった。
ただ、唯一引っかかるのは悪魔という部分だが、無害そうだし、シーラの代わりにはなりそうかなとも思えた。
「わかった。じゃあ目的達成のためによろしく」
「はて、目的と言うと?」
ここまで来た経緯は話したが、肝心の目的を水葉は話していなかった。
「この世界で最初の『竜宮城』を作るのよ!」
☆
と言って十数年。
「母様。今ウチは母様を大変尊敬しております。だって、城って勝手に生えるものではないのですから」
「当然です。あ、今日のご飯ができましたよ」
「はーい。じゃない!」
そう言ってテーブルを叩く水葉。
今水葉は小さな小屋に住んでいた。もちろん海の中である。
最初は大きな城を作ろうとしたが、水葉とフーリエの二人だけとなると、十年かけてようやく小さな小屋を作ることが限界だった。
「ワタチがもう少し泳げれば良いのですが」
「良いのよ。それよりも料理がどんどん上手になっていくのが気に入らないわね。美味しいから良いけど」
目の前の海鮮料理を食べる水葉。この小屋の中だけは空気を取り込み、地上と同じ環境を作っていた。
もぐもぐと食べる水葉を見てフーリエは微笑んでいた。
「でもこういう日常もワタチは好きなのですよ」
「魔獣が湧いて出てくる世界よ? いつ何が起きるか分からないし、楽しく暇もそれほど」
その時だった。
突然、地面が揺れだし、それとなく聞き覚えのある地鳴りが鳴り響いた。
「ち、地底! フーリエ! 逃げるわよ!」
「え、水葉様?」
「ええい、『水流』!」
水を引き寄せてフーリエを水葉の元へと寄せ付けた。そして一気にその場から抜け出す。
小さな小屋には竜宮城と小さく書かれた文字。
それは『いつか絶対に大きくする』と決め、二人で書いた文字だった。
その中心から。
『がああああああああああああ!』
大きな魔獣が現れた。まるで地球のウツボ。それを数十倍も大きくした魔獣がそこに現れた。
「何よこれ!」
「魔獣……いえ、これは邪神に近い魔力を帯びています! 水葉様、逃げましょう!」
「でも」
「勝てません! 相手は想像できない力を持っています!」
「でも!」
今ならまだ逃げる事も可能だろう。
しかし、水葉は逃げることができなかった。
なぜなら。
「その『竜宮城』と書かれた看板、返しなさいよおおおおおおおおおお!」
大きな魔獣の口には竜宮城と書かれた看板が咥えられていて、そこへ向かって水葉は飛び出した。
「水葉様!」
「『水柱』! 『水柱』!」
何本も襲い掛かる触手を水葉は魔術で避け、看板まであと少しのところまでたどり着いた。
「水葉様、右です!」
完全に油断した。
看板に目を奪われ、触手が右にあることに気が付かなかった。
「があ!」
「水葉様!」
キツく締め付けられる水葉に、フーリエは何かを唱えた。
「今助けます!」
「無駄よ! この魔獣は普通では無いわ! 今すぐフーリエだけでも逃げなさい!」
「でも!」
思えば甘い算段だった。
城は何もしなくても生えてくるものだと思っていた。生まれたときからあったのだから、ここへ来れば何かが出てくる物だと思っていた。
だが、現実そうはいかなかった。
十年以上かけてようやく作り上げたのは小さな小屋。それもかなり努力してようやく作った物だった。
それをあっさりと壊されてしまい、水葉の心は折れかけていた。
だからこそ、唯一この場所に流れてきて、唯一この十数年一緒にいたフーリエだけは逃がしてあげたかった。
例え、その布が切れようが、寒くて消えそうになりそうが、ここから逃げ切れば生きる可能性はある。
そう思った。
「諦めてはいけません! 『深海の邪神』!」
フーリエの叫び声が聞こえた。
フーリエからは大量の魔力があふれ出ていた。それはまるで命を削るほどの大量の魔力だった。
「フーリエ、何を!」
「ワタチはまた何かを失うわけにはいかないのです! 水葉様をここで失えば後悔します! この場所に拘らずとも、少し離れた場所でも良いのです。だから」
フーリエは泣き叫んだ。
今まで水葉は誰かに叱られたことも、叫ばれたことも、ましてや面と向かって誰かと話したことなど無かった。
だが、目の前のフーリエだけは違う。
この世界に来て最初に出会い、ずっとそばにいた小さな悪魔。
そんな悪魔が泣きながら叫んだのだ。
「水葉様も諦めないでください!」
フーリエから大量の魔力が放出され、いくつもの陣が描かれた。悪魔らしく禍々しい光を出し、そこから複数の尖った触手が現れた。
『ブアアアアアアアアアアアア!』
尖った触手が巨大な魔獣に刺さり、初めて叫びを上げた。
「そんな事をされたら、ウチも『秘密兵器』を出さないといけないじゃない」
緩んだ触手から抜けだし、水葉は懐から小さな『箱』を出した。
かつて母親から譲り受けた『箱』。それは『時間』という目に見えない概念を箱の中に封印する不思議な箱。
その昔、母親である『乙姫』は人間の男性に恋をして、その楽しい時間をいつまでも過ごしたいあまりにこの箱に『時間』を封印し、人間の年齢を止めていた。
箱を開けた瞬間その時間は一気に放出し、そして箱から出た煙に触れた物はその時間だけ年を取ってしまう。
譲り受けたのは千年以上前。そしてその間はずっと封印し続けた箱の中の時間は。
「魔獣でも千年は生きられないでしょおおおおお!」
箱を開けると、水中にも関わらず煙が吹き出し、巨大な魔獣を襲いだした。
『がああああああああああああああああああぁあぁぁぁぁぁ』
まるで早送りの映像を見ているかのように巨大な魔獣は萎れていった。
「す、凄いです」
フーリエはただそれを見るしかできなかった。
「はあ、はあ、フーリエ。その煙には触らないでよ。悪魔でも一気に年は取りたく無いでしょ」
「は、はい!」
そう言ってフーリエは水葉の背中に隠れた。
魔獣は徐々に小さくなり、次第に骨が外に出てき始めた。もう息は絶えているだろう。
千年以上も守り続けていた『箱』も、この世界で最初に作った『竜宮城』も壊れてしまった。
しかし水葉は不思議と微笑んだ。
「ふふ」
「だ、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫。色々と一からやり直しね。この『竜宮城』も。そして『玉手箱』も」
「たまて?」
「何でも無いわよ。それよりも忙しくなるわよ。諦めなければいつかは大きなお城もできるわよね?」
そう言って水葉は今までに無い笑顔でフーリエに話した。
「水葉様は笑った方が良いです。同じ女性ですが、その方が可愛いのです!」
「フーリエって女だったの!」
「酷いですね! これでもれっきとした大人の女性ですよ!」
「こんなちっこいのに!」
「ちっ! ちょっと聞き捨てなりません! 少しお話しましょう!」
「えー、嫌よ。それよりも再建築よ!」
そんな会話をしながら、今日も異世界のどこかで『竜宮城』は建設されている。
きっといつか、諦めずに続ければ必ず。そう信じて、『乙姫水葉』は今日も『竜宮城』を小さな悪魔と共に作っているのだった。
ご覧いただきありがとうございました。いつもは連載作品をのびのびと書いているのですが、時々こうして短編を書くのも(描くのも)良いですね。
少しでも楽しいと思っていただければ嬉しいです!
では!