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物語はいつ、どこから始まるのだろう。
例えば私の物語なら、私が生まれたときとか、師と出会ったときとか、仲間と出会ったときとか。
それとも師や仲間の物語なら、彼らが生まれたときとか、私の知らない色々な出来事を切っ掛けにして始まるのかもしれない。
ただ少なくとも、私と彼の物語ならば。
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ほう、と吐いた息が白く空気に溶けていく。
一年中しんしんと降り続く雪が決して解けることのない谷底を、紙とペンを手に歩いていく。
ずっと変わらない景色を見て帰るはずだったその日が姿を変えたのは、谷の真ん中に差し掛かる頃。
頬を撫でる冷えた風に、嗅いだことのある鉄錆びの匂いが混じっていた。
思わず立ち止まった私の元に、今まで気付かずにいたことが不思議なほど色濃く、その匂いは漂ってくる。
知らず、止まった足が走り出した。
たどり着いた谷の中央、他とは比べ物にならない程深く抉られた地の底にあったのは、一面の赤。
鮮烈に目を刺す赤の中心だけが、斑に黒い。
斑、違う、あれは。
おびただしいほどの鮮血に染められた、黒い服や装備品、その残骸と……。
人だ。
声にならない音を溢す喉を引き締めて、固まった足を前へと踏み出す。
べちゃりと、溶けかけの雪を踏んだような感触、その気持ち悪さを振り払って、倒れている人に手を伸ばす。
まだ幼い、人間の少年だった。
抱き起こした体がひどく冷たい。
顔に血の気がない。
脈が消えそうな程に弱い。
……息をしてない。
一刻も早く処置しなければならないことは明白だった。
ただし、この場では手の施しようがない。
彼を救える所へ行かないと。
立ち上がろうとした拍子に、手が何かの毛に触れた。
地面に残った、斑の一部。
丸くなるように雪に埋もれた……猫。
予想外の存在に気をとられた一瞬、かすかに聞こえた声は、彼のものだったのだろうか。
「……ゆう」
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この雪の降る谷底が、始まりだったのだと思う。
【真白き夢】