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カモは最後まで踊る

 今の俺にはやることがたくさんある。詐欺師から身を引くのは結構、骨が折れる。まずは田中に連絡しないとな。

そう思って電話をかけるが田中は電話に出ない。


「なんだよあいつ」


 つい、独り言が漏れてしまう。まあ、所詮は田中だ。無視でも問題ないだろう。


 あらかたの後片付けが終わり、ベッドで横になる。後は金だけた。これを処理すれば、俺が詐欺師である証拠は全てなくなる。


 報われない子ども達を救う会のホームぺージを開き、その募金先に詐欺で稼いだ金を全額募金する。なんだか心が洗われた気分だ。

 その日の夜は人生の中で一番よく眠れたと思えるほどだった。


――――――――――――――――――――――――


 朝起きて、さっそく明美に会い行く。これからのこと話さないといけない。俺たちにはまだ厄介ごとが多い。


 明美の部屋につき、チャイムを鳴らす。しかし、全く反応がない。なんだろう、すごく嫌な感じがする。そう思い、ドアノブを捻ると鍵が開いていた。ドアを開け部屋に入ると誰もいなかった。

 まさか、巧に見つかってしまったのか。そして、連れ出されたのか。だが、それにしては部屋が綺麗すぎる。明美は抵抗しなかったのだろうか。

 明美の状況を知るために電話をかけるが、返答はない。


 少し、部屋を物色すると明美の個人を特定する恐れのある証拠、金目の物は全て消えていた。

 この光景はどこかで見たことがある。そう、俺がカモから姿を消す時に行う証拠隠滅作業の後にそっくりなのだ。嫌な予感が俺の頭をよぎる。

 そんなことがあるはずがない。そうだ田中だ。奴なら明美が今どこにいるのかも調べてることができるはず。

 俺は縋るように田中に電話をかけるが、こちらも全く返答がない。


「クソ、愚図はなんでこんな大事な時に出ないんだよ!」


 誰もいない部屋に俺の怒号が鳴り響く。怒鳴ったら少し冷静になることができた。そして、今までの明美の行動を今のこの状態を考えると俺の中で一つの答えが出た。


「俺は騙されていたのか」


――――――――――――――――――――――― 


「お客さん、随分と暗い顔をしていますね」


 あれから一週間が経過し、俺はいつものタクシーの車内にいた。


「仕事を辞めたんだよ」


「そうですか」


 明美が消えた後、藤村明美について調べた。確かに藤村明美は存在していたが、明美とは全くの別人だった。

 そして、 報われない子ども達を救う会などというグループは存在しないことが分かった。ネット上からホームページも消えていた。募金した金は全て藤村明美を名乗った女の懐だろう。

 田中にも何度も電話をかけているが、一向に出る気配はない。そもそも、あのパーティーも明美の情報も持ってきたのは全部田中だ。今回の件に関わっていたのだろう。


「お客さん、楽しそうに仕事してたのにもったいない」


「俺も前の仕事が天職だと思ってたよ」


 結局のところ、カモは俺だったということだ。こんな醜態を晒した以上、詐欺師を続けて行く気はない。


「お前の方はかなり上機嫌だな」


「分かりますか?」


「ああ」


 運転手はまるでこの世の全ての幸福が自分の元にあるかのように表情が緩んでいた。


「前の浮気の件あるじゃないですか。あれが上手くいきましてね、浮気相手に膨大な額の借金を背負わせることができたんですよ」


「そうか」


「馬鹿な奴ですよね、絶対に当たる株なんてあるはずないのに、それを信じて借金までしてそこにつぎ込むんですよ」


 運転手は楽しそうに話す。その顔は詐欺に成功した後の俺の顔にそっくりだった。


「で、それが妻にバレて浮気相手との関係は消滅。ついでにその男から情報料として騙しとったお金も手に入って最高です」


「成功してなによりだ」


「これからは妻が二度と浮気なんかしないように、仕向けるつもりです」


 こいつ、本当に詐欺師になった方がいいじゃないか? かなり才能がある。まあ、もうそんなことはどうでもいい。


「これも全部、お客さんのおかげですよ。感謝してもしきてません」


「そう言ってくれると嬉しいよ」


 運転手の話を聞き流す。俺の頭の中はこれからのことでいっぱいだった。とりあえず仕事を探さないとな。


「お客さん、なにかお返ししたいんですけど、何かありますか?」


 まるで俺の心を読んだようなタイミングだった。俺の答えは決まっていた。


「じゃあ、なんか仕事を紹介してくれるか?」


――――――――――――――――――――――――


 俺は運転手の紹介でタクシードライバーになった。貯金は明美を名乗った女に全て騙し取られ、収入も激減した。しかし、今の俺は満足している。案外、この仕事が一番合ってたかもしれないな。客から指定された場所で車を止める。


 あの件を振り返って思うのは、やはり人間は信じられない。騙す人間がいて騙される人間がいる、これだけは絶対に変わらない。だから俺は騙す人間になろうとしたが、結局父と同じ騙される人間だったらしい。それを証拠にあの女が作り出した藤村明美を忘れることが出来ない。それほどあの女が俺が求めていた人間を演じていたということだ。


 あの女の手際は完璧だった。まず情報を提供している田中を仲間に引き入れた。あの頃の俺は情報収集に関しては田中に任せっきりで、そこを突かれた。

 田中の演技下手も上手くカバーしていた。ある意味、一番俺と接触のあった田中だが、俺に嘘をつき通せるほどの技術など持ち合わせていない。実際、途中で俺にバレかけていた。そこで、あの女は田中に仕事用の口座から金を抜き取らせたのだろう。そのせいで俺は田中の隠していることが金を抜き取ったことだと思ってしまった。


 カモに疑われた時、全く違う答えを提示して真実を隠す。俺もたまにやっていたが、まさか自分が体験するとは思ってもいなかった。


 兄を出すタイミングも完璧だった。あの女はゴミ拾いの時には、すでに俺の中で明美がかけがえのない存在になっていたことを見抜いていたのだろう。そんな中で俺から明美を引き離す存在を登場させた。俺は巧を疑うよりも先に、焦りが先に出て巧役の男の演技を見抜くことが出来なかった。


 女を侍らせた男がこちらに向かってくる。おそらく、タクシーを呼んだ客だろう。

その男はタクシーの後部座席のドアの前で女に別れを告げた。その声はどこかで聞いたことがある声だった。


「よう、田中。景気良さそうだな」


 後部座席に乗ってきた田中に俺はそう告げた。


「もしかして、ま、松谷か?」


「ああ、まさかお前に騙される時が来るとは思わなかった」


「なんで俺の場所が分かったんだよ⁉︎」


 田中が口を震わせながら怒鳴る。田中の手がかりがゼロなら見つけるのは難しかったが、そこは田中だ。自分の痕跡を多く残していた。


「お前はやっぱり二流だったという訳だ」


「クソ‼︎」


 田中は悔しそうに後部座席を叩く。


「で、でも今のお前に何が出来るっていうんだ。今のお前は只のタクシーの運転手だ」


「確かに今の俺には何も出来ない。でも、お前が借金してる奴らにお前の場所を教えるぐらいは出来る」


 田中が俺の他にかなりヤバい所から借金しているのは知っている。それを俺の借金だけは返すことを条件に田中を匿っていた。田中は俺の前から姿を消せばなんとかなると考えていたようだが、そうはいかない。


「頼む、それだけはやめてくれ。金なら必ず返すから」


 田中は俺に泣きついてくる。


「いいや、借金は返さなくてもいいぞ。それに俺から騙し取った金も返せとは言わない。どうせ、使ってんだろうしな」


「本当か」


「ああ」


「ありがとう、本当にありがとう」


 田中は頭を下げ、泣きながら何度も俺に感謝の言葉を告げた。


「ただし、条件がある」


「なんだよ?」


「藤村明美を名乗った女の居場所を見つけるのに協力しろ」


 俺自身でもあの女の正体と居場所を調べたが、尻尾すら掴めなかった。そこで俺が思いついた方法が田中に頼るというもの。田中は詐欺師としては二流だが、情報収集能力に関しては俺と同等だ。きっと役に立つだろう。


「それはいいけどよ、見つけてどうするんだ?盗られた金も元は汚い金だ。警察も頼れないから、取り返すことも出来ないだろ」


 田中の言う通りだ。今更、あの女に会ったところで何も出来ない。それでも俺はもう一度、明美に会いたい。たとえ全てが嘘だったとしても、忘れることが出来ない。


「それでもいいから手伝ってくれ、頼む」


 田中は少し考えたような仕草をして了承した。


――――――――――――――――――――――――


 それから数ヶ月、あの女の居場所を掴んだ。偶然の部分が大きいが、それでもなんとか見つけ出した。 今は新しいカモと同棲しているらしい。その住所にタクシーで行く。


 あの女に会って俺は何を話すのかは決めていない。もしかしたら俺はまだあの女の手のひらで踊っているカモなのかもしれない。


 俺は何をしたいのだろうか。未だに存在しない明美忘れられない自分が嫌になる。あの女を前にしたら俺はどうなるのだろうか。


 俺は頭の中の整理がつかないまま、階段を一歩また一歩と上がっていく。明美の幻影を追うように、そして心にぽっかり空いてしまった穴を埋めるように。


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