カモの動揺
自宅の明かりをつける。自宅と言っても定住することは少ない、いつでも引越し出来るように家具はベットとテレビぐらいしかない。俺は着のままベットに寝転ぶ。仕事用のスマホを見ると明美から一通のメールが届いていた。
『今日は楽しかったです。最後は私の自分勝手に付き合わせちゃってすいませんでした。でも、柴野さんみたいな優しい方には是非一度、私の所属しているボランティアグループのボランティアに参加してほしいです。きっと楽しめると思います』
明美がボランティア活動をしている以上、いつかは参加する時がくるとは考えていたが、なかなか早かったな。思わずため息が出てしまう。俺はああいう偽善者が集まる場所が嫌いだ。馴染めるように演技はするつもりだが、ついつい本音が出てしまうかもしれない。だが、チャンスでもある。ここで一気に距離を縮めて明美の隠していることを暴いてやる。
プライベート用のスマホが空虚な部屋に鳴り響く。田中からだろう。
「なんだ」
『藤村明美の様子はどうだ?』
「どうだと言われても、まだ進展はなしだ」
『そうか』
ベットの上で寝返りをうつ。田中がこんなことを聞いてくるなんて今までなかった。最近の態度といい、どう考えてもおかしい。
「お前、なんか隠してるだろ」
『なんだよ、いきなり。なんも隠してねえよ』
田中の声のトーンが電話越しにも分かるほど低くなる。
「本当に嘘が下手だな、嘘をつくならもっと堂々とつけ。そんなだから二流のままなんだよ」
俺は仕事の資金用の銀行口座を確認する。この銀行口座の金は詐欺で使うための金だ。私用で使うのは禁止している。案の定、俺が把握していない金の引き出しがあった。
「勝手に仕事用の金を使ったのか」
『え?ああ、すまない』
「使った分はお前の借金に付け加えておくから」
『は⁈まじかよ。ちょっと待っ』
田中が最後まで言葉を言い切る前に乱暴に電話を切る。アイツの手癖の悪さだけは直らないな。田中にも自由に金を出し入れ出来るようにしたのはミスだな。
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夢を見ているとああ、これは夢だなと分かると時が誰にでもあるだろう。俺の場合は実の父親に殺されかけた時の夢だ。
父は馬鹿な男だった。俺が八歳の頃まで普通のサラリーマンで、安月給ながらも母と父と俺で幸せな家庭を築いていた。全てが狂ったのは父の友人から会社を設立する話を持ちかけられるてからだ。母は必死で止めたが結局、父は会社を辞めて起業の話に乗った。
そこからは悲惨だった。父は貯金を全て使い、借金までして資金を調達した。その間に元々貧乏だった家庭はそれ以上に極貧になり、遂には日々の食事すらままならなくなってしまう。父は起業が成功し、自分が大金持ちになることを信じて疑わなかったのか、投資を続けた。
そんな矢先、父の友人が資金を持ち逃げして消えた。父はその友人を探したが見つからず、残ったのは大量の借金だけ。もちろん、父に返せる当てもなく、自己破産を決断した。それでも、闇金にも手を出していた父は借金から解放されることはなく、最後に選んだのは一家心中だった。
その光景は鮮明に覚えている。まず、父は母の腹部に包丁を突き刺した。いきなりのことで母は悲鳴すら上げる暇もなく、絶命する。次は俺だ。父は泣き叫び、謝りながら一歩、一歩近づいてくる。そして、ナイフを突き刺した。
ここでいつも目が覚める。またこの夢か、自分ではとっくの昔に忘れたと思っているのだが、この夢はいまだに見る。あの後、俺は奇跡的に助かった。父は首を吊って死んだらしい。父の遺体は見る気にすらならなかった。
そこから、俺は一人で生きてきた。父の借金を背負った俺に関わろうとする人間は存在しなかったのだ。その時に誓った。父のような馬鹿な最後は絶対に迎えない。所詮人間なんて嘘をつき、裏切る生き物だ。だったら先に嘘をついてやる。先に裏切ってやる。
額に変な汗が浮かぶ。クソっ、イライラする。今はカーテンの間から射し込む日差しすら鬱陶しい。この夢を見るたびにこんな感じだ。
台所に行き、麦茶を一杯飲む。一気に飲み干した後、乱暴にコップを置く。
そうだ、明美のあの偽善だって金があるゆえの余裕だ。言わば、高みから見下しているようなもの。本質は今まで会ってきた金持ちどもと全く変わらない。あの薄っぺらい笑顔を剥ぐには、まだ積極性が足りない。早くあの女の本性知りたい。気づけば俺は明美に電話していた。
『もしもし、どうしました?』
「いや、今日会えないかなと思って」
『今日ですか。いきなりですね』
流石に少し急すぎたな。失敗してしまったか。
『いいですよ、丁度今日は土曜日で暇ですし』
「じゃあ、前の噴水の公園に二時間後」
『はい、わかりました』
なんとか約束を取り付けることが出来たが、俺にしてはかなり無計画な行動だ。あの夢を見た後はどうも調子が崩れる。
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外出の準備を済ませて。噴水前に行くと、明美が先に来ていた。
「ごめん、いきなり呼び出しだしちゃって」
「大丈夫ですよ」
明美が笑顔を俺に振りまく。最初は魅力的とすら思っていた笑顔は、胡散臭さしか感じない。
「今日はどうしたんですか?」
「えっと、急に明美に会いたくなって」
「柴野さんってそんなこと言うんですね」
明美はおかしそうに笑う。
「こんなところで立ち話でもなんだし近くの喫茶店に入ろうか」
喫茶店に入り、明美とは他愛のない話をする。大体は犬の話だ。だが、なんだろう昨日より明美と距離を感じる。
「やっぱり、急に呼び出して悪かったかな」
「そうじゃないんですけと、何というか柴野さんが昨日と全然違うくて」
「どういうことだ?」
明美の前では演技は続けている。完璧なはずだ。
「何かあったんですか」
明美は心配そうな目で俺のことを見つめてくる。驚きだった。演技の奥にある本当の俺をこの女は少しでも見抜いたのだ。
「なんでもないよ」
俺はこう答えるしかなかった。カモに本性を見抜かれることなど初めてで動揺してしまった。
「やっぱり、今日の柴野さんはいつもと違いますよ」
ただでさえ今は機嫌が悪いんだ。やはり、このタイミングでカモに会うのは失敗だった。
「本当になんでもないから」
黙れよ、もう。ダメだ演技が出来ない。柴野誠二になりきることが出来ない。
「悩みがあるなら私は何でも聞きますよ」
「黙れ!」
なんでだ?いつもなら演技をやり遂げられるはずだ。でも、この女の前だとどうしても演技がうまくいかない。
「そうやって俺のことを心配しているつもりか?」
何を言っているんだ俺は?
「お前だって俺に隠しごとがあるんだろ。一丁前に俺の心配なんかしてんじゃねえよ!」
もういい、今回は失敗だ。なら俺の思ってることを暴露してやる。
「本当にお前の笑顔は薄ら寒かったよ‼︎」
俺がカモ相手に本性を現した初めての瞬間だった。