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カモとのデート

 明美とのデートの日になった。パーティーの時とは打って変わりかなりラフな格好だ。今日は最近話題の犬カフェという場所に行こうと思っている。

 約束の時間となり明美が待ち合わせ場所にやってくる。


「すいません。少し遅れましたか?」


「いや、俺のほうが早く来すぎたくらいだ」


 まるで思春期の付き合い始めたカップルのような会話だな。

 敬語で話すのは意図的に控えている。敬語は初対面の人間の心象をよくするのに有効な手段だが、親密になるには邪魔になることがある。


「じゃあ、行くか」


「はい」


 満面の笑みで明美が答える。その笑顔についつい見惚れてしまう。

 犬カフェに着き、アイスコーヒーを注文する。明美も同じものを注文した。


「見てください、たくさん犬がいますね」


 大小さまざまな犬が足元に集まってくる。正直言ってかわいい。頬が自然と緩んでしまう。


「柴野さんでもそんな顔するんですね」


「え?」


「もっと気難しい方だと思ってました」


「俺はそんな風に思われてたのか」


「今みたいな顔してたほうが親しみやすいです」


 こういう女はもっと寡黙な男がタイプだと思っていたが、検討違いだったか。


「そうかな、じゃ心がけるよ」


「絶対にそのほうがいいですよ」


 明美は子犬を持ち上げ、膝の上に置く。


「やっぱり、小さい犬のほうが好きなんだね」


「はい、大きいのも好きなんですけど、ちょっと怖くて」


 明美が笑いながら答える。それにしても、この女本当によく笑うな。


「俺は大きいほうが好きかな」


 この女の笑顔、最初は見惚れてしまったが、ここまでくると嘘くさいな。なんというか秘密を隠すための仮面のように感じる。


「どうしました?」


 気づけば明美が俺の顔を覗き込んでいた。


「いや、君はよく笑うなと思ってね」


「やっぱり、おかしいですよね」


「どういうことだ?」


 ますますこの女が分からなくなった。普通、よく笑うことをおかしいと思うか?


 カフェを出た後も色々な場所に行った。その間も明美はよく笑った。しかし、その笑いは心から笑ってるのではなく、悲しい笑顔だった。


「今日は本当に楽しかったです」


「そう言ってもらえたら嬉しいよ」


 今日はディナーを終えたら解散する予定だ。レストランから出た、街道でお開きにする。俺は結局、明美を心から笑わせることが出来なかった。今回のデートは失敗だな。だが、ここでタダで終わるわけにもいかない。


 明美の手を握り、目を真っ直ぐに見つめる。明美の頬が赤く染まる。


「えっと」


「君がいつか心の底から笑えるように頑張るよ」


 明美は耳まで真っ赤にして、俯いてしまう。


「ありがとうございます」


 俯きながら明美が答える。まあ、これぐらいしとけば最初にしては上々だろう。

 明美に別れを告げ、俺が立ち去ろうとすると、反対側の子供が泣きながら歩いているところを見つけた。状況から察するに迷子であろう。こんな時間に親は何をしているのだろうか。周囲にいる連中は心配そうに子供を横目で見るが、何もせず通り過ぎていく。無論、俺がその子供を助けてやる義理はない。周りと同じように無視する。


 多分、俺の本性を知ればほとんどの人間がクズと罵るだろう。実際、俺はクズ野郎だ。でも、この通り過ぎていく奴らはどうなんだ。申し訳なさそうにしているが、やっていることは結局は俺と同じだ。皆、本心は他人のことなど、どうでもよいのだ。


 周囲の人間がその子供を横目に見るだけの中、明美が横断歩道を渡り、子供の元まで行く。


「え?」


 つい、変な声を上げてしまった。俺は明美のあとを追いかける。


「大丈夫?」


 明美は子供の頭を撫でながら、話しかける。子供は首を横に振って答えた。


「この子の親御さんはいらっしゃいませんか⁉︎」


 子供の手を引きながら明美が聞いて回るが、誰も答えない。


「この近くにはお母さんいないみたいだね。お巡りさんの所に行こうか」


 明美がにこやかに笑って話しかけると、子供ほ泣き止んだ。俺は何も言えずにただ黙って後ろを付いて行くだけだった。

 交番に子供を送り届けると、すっかり時間帯は深夜になっていた。


「すいません、こんなことに付き合わせちゃって」


「明美は優しいな」


「そんなことないですよ、当たり前のことです」


 明美は照れ臭そうに頭をかく。


「それじゃまた」


「はい」


 俺たちは交番の前でそのまま別れた。


―――――――――――――――――――――――


「お客さん、浮かない顔をしていますね」


「そうか?」


 明美と別れた後、タクシーを呼んだ。今回は運転手を指定した。


「何かあったんですか?」


「今の仕事が分からないことが多いだよ」


「そうですか」


 運転手はそれ以降、深くは聞いてこなかった。


「そういえば、嫁の浮気はどうなっんだ?」


「いい感じに進んでいますよ」


 嫁の浮気の話しになると運転手の顔が酷く醜い笑い顔になる。こいつかなりヤバい性格をしているな。


「アドバイスとかいるか?」


「アドバイスですか。今、相手の男と接触しているのですが、いまいち信用されてないんですよね。なんとか信用させれないですかね」


「俺はその男に会ったことがないから具体的なことは言えないが、人間を信用させるにはその人間が一番求めている人間を演じることが重要だ」


 一番求めている人間を演じるか。俺は明美に対して出来ているのだろうか。明美は今までのカモとは違い、まったく読めない。劣等感の塊のような奴かと思うと、ボランティアをしたり、子供を助けるような正義感の強い面もある。それだけじゃない、何かをずっと隠しているような感じがするのだ。これには根拠がない。完全に勘というやつだ。


「どうしました?」


「いや、なんでもない。その男って典型的なチャラ男って感じなんだろ?」


「はい」


「そんじゃ、適当にキャバクラなんかに連れて行って、そいつのテンションに付き合っていれば、なんとかなると思うけどな」


「参考にしてみます」


 タクシーはいつのまにか自宅に着いていた。



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