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カモとの会話

自然に俺はその女に話しかけていた。


「あの、ご一緒いいですか?」


「はい、私ですか?もちろんですよ」


「ついつい貴方の美しさに見惚れてしまいましたよ」


「そんな、お世辞がお上手ですね」


 確かに女を喜ばすために言ったが、お世辞ではなく本心だ。


「名刺交換でもいかがですか?」


「はい!」


 女は嬉しそうに笑い名刺を取り出して、俺に渡す。名刺の名前を確認すると、女の名前は藤村明美。


「もしかして、あの藤村財閥のご息女でしたか?」


「ご存知でしたか、父の会社を」


「もちろんです。藤村財閥のことを知らない日本人なんてそうはいませんよ」


 俺の興味はかなり目の前な女に惹かれていた。金持ちというのは基本的に傲慢だ。それは、どれだけ隠そうとも自分は周りより優れているという考えは漏れ出してしまう。しかし、この女からはその傲慢さは全く感じられない。むしろ、どこまでも謙虚なのだ。

 金と麗しい容姿、両方を持ちながら、なぜこの女には金持ち特有の傲慢さがないのか俺は知りたくなった。


「えーと、貴方は柴野誠二さんですね」


「はい、主に経営コンサルタントを生業としております」


「凄いですね、政治家の柴野清吾の息子さんですよね、お父様の威光も借りずに全部ご自身でなさってるなんて」


「父の後は兄が継ぎますからね、それに余り父の名は使いたくないんですよ。父は父、僕は僕ですから」


 会話の全てが嘘で塗り固められ、事実は存在しな

い。こんな会話をしていると俺は笑いを噴き出しそうになる。この悪癖は何とかして直そうとしているが、なかなか直らない。心なしか女の方も笑いを堪えているように見えてしまうのが不思議だ。


「趣味は何ですか?」


 共通の話題を見つける、確かにシンプルだが有効に人間関係を築く方法だ。そのためにかなりの数の趣味になりそうなものを網羅している。そのおかげでカモ相手に会話に困ったことはない。


「趣味ですか、料理なんかよくしますね。あとは犬と遊ぶのが好きですね」


 犬か、自分でも意外だと思うが俺は犬が好きだ。あの従順さがいい。


「犬は僕も大好きなんですよ。今はゴールデンレトリバーなんかを飼ってますね」


 趣味の合う人間は話していて楽しい、俺はますますこの女に興味を惹かれた。


「ゴールデンレトリバーですか、あのモフモフ感がなとも言えないほどいいんですよね。私はトイプードルを飼ってますよ」


 そこからどれほど話したのだろう。久々だった、時間を忘れて人と話したのは、それほどまでにこの明美という女と気が合った。そして、気づいたこともあった。初めは謙虚だと思ってた態度、それは少し違うという。これは謙虚というよりは劣等感だ。


 完璧だ。すべてを持っていながら不幸な女、なぜ、お前はそんなに悲しそうに笑う。この女のすべてを知り、信頼を得て、裏切ってやりたい。今よりもっと酷く見にくい絶望にゆがむ顔を見てみたい。ターゲットはこの女に決まりだな。


 気づけばパーティーの終了時刻になっており、その場はいったんお開きとなる。明美とは一週間後にまた会う約束を取り付けた。


「じゃあ、また一週間後に」


「はい、楽しみにしています」


 そう言い合って、俺は会場をあとにした。


――――――――――――――――――――――――


「田中、次のターゲットが決まった。名前は藤村明美、藤村財閥のご令嬢様だ。いつも通り情報を集めてくれ」


 パーティーの帰り、タクシーの車内で田中に電話で伝えた。


『藤村財閥のご令嬢か、またスゲー大物をカモに選んだな』


 大物をカモに選んだときは必ず愚痴を言う田中だが、今回は何も言ってこない。


「愚痴を言わないんだな」


『どうせ何言ってもお前は引かないだろ。もう、諦めた』


「いい心構えだ」


 返事はなく、そのまま切れてしまう。


「田中の奴、返事ぐらいしろよ」


 スマホを直し、窓から見える夜景を見ていると気づいたことがあった。タクシーの運転手の名前だ。前のカモからとんずらするときに乗ったタクシーの運転手と同じ名前なのだ。


「お客さん、前もご利用していただきましたね」


 向こうも俺に気づいたらしく、話しかけてきた。


「よく、覚えていたな。客の顔なんかは覚えておくものなのか」


「お客さんこそ、私の名札を見て少し驚いていたじゃないですか。運転手の名前なんて覚えてる人なんて、そうはいませんよ」


 確かに驚いたが、普通そんなところに気づかない。この運転手、詐欺師の才能があるな。


「前、お客さんが乗られたときよりもうれしそうですね」


「俺はそんなにうれしそうに見えるか」


「ええ、前のときもうれしそうでしたが、今はそれ以上ですね。私は不幸続きですよ」


 運転手が俺に愚痴を言う。他人だからこそ言える愚痴というものがあるのだろう


「先日、女房が浮気しているところを見てしまいましてね。私にはもったいないほどの美人なんですけど、やっぱり私じゃ不満だったんでしょう」


「浮気相手はどんな奴だったんだ?」


「若い男ですよ。チャラチャラしたホストみたいな」


 この運転手の鋭さは嫌いじゃない。なにかアドバイスしてやるか。


「離婚する気はないんだよな?」


「そうですね、やはり私は女房のことが好きなので。浮気してることを問い詰めようかなとも思うんですけど、今の関係が壊れるのが怖くて」


「なら、その男を短所を嫁に見せてやるんだ。例えば、借金があるとかな。そして、自分の長所を自然と見せてやるんだ」


「ですが、その男に短所があるか分かりません。それに私の長所なんてありませんし」


 この運転手は自分の凄さに気づいていないのか。人の表情から感情を読み取るのは簡単に見えて案外難しい。この運転手は俺の少しの表情の変化から驚いているということを読み取ったのだ。これは詐欺師が何年もかけて習得する技術。それをこの運転手は最初から持っている。


「あんたなら出来る、その男に目にものを見せてやれ」


「分かりました、やってみます。あ、ご自宅につきましたよ」


「頑張れよ」


  財布から金を取り出そうとすると、運転手が手で抑制する。


「料金は結構です。アドバイスも貰いましたし」


「サンキュー」


 そして、タクシーは夜の街に消えていった。



 次の日に田中から連絡が入り、バーで落ち合うことになった。どうやら藤村明美の調査が終わったらしい。

 バーに行くと、いつものカウンターに田中が座っていた。


「もう、調査終わったのか?」


 俺が田中に出会って最初に発した言葉がそれだった。田中の調査は通常、四日はかかる。


「俺も成長してるからな」


「そうか」


 何か隠しているような気もするが、今はどうでもいい。


「さっさと調査結果を見せろ」


 田中は大きくため息をつき、調査書を取り出す。


「そのお嬢様は松谷とは真逆の性格だ。周りからの評判はすこぶるいい。報われない子どもたちを救う会とかいうボランティアグループの会員もしている」


 ボランティアか、無駄なことをしているな。そういう正義感が強いところがまたいい。騙し甲斐があるというものだ。


「あと使えそうな情報は実の兄との関係だ」


「兄との関係?」


「この兄、藤村巧というんだが、こっちはお前とそっくりのクソヤローだな」


「うるせーな」


「この兄貴、かなりのやり手でな。こいつが財閥の経営に関わってから業績が倍に増えている。だが、性格は最悪。特に妹に対する対応はひどいな。実の妹のことは道具とぐらいしか考えていないだろう」


 兄貴のほうは、俺の考える金持ち像そのものだ。明美のあの劣等感の正体は兄貴が原因か。


「つけ入る隙があるならそこからか」


 俺の考えを田中に言う。こいつに言っても意味はないが、提案だけは伝えておく。


「そうだな」


 田中はこういう時は建設的な回答はしてこない。結局は肯定するだけである。これが田中が二流たる所以だ。

 そこから小一時間ほど報告を聞いたが、使えそうな情報はなかった。


「報告はこれで終わりか?」


「ああ」


 報告を終えると田中が立ち去ろうとする。


「最近、お前は本当に付き合いが悪いな」


 田中は俺の言葉を無視し、そのままバーから出て行った。


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