カモの登場
「結婚しよう」
俺は夜の街が一望できる高級フレンチの一席で、目の前の女に告げた。
「もちろんよ、ほんとに嬉しい」
女はこの瞬間が人生最高の時だと言わんばかりに、幸福そうな笑顔を見せる。
「新居なんかも買いたいだが、新しい事業が成功するまでは待ってくれないかな」
「博樹に余裕がないのは分かっていつもり、そんなに急かしたりはしないわ」
「ありがとう」
思わず笑いそうになるのを堪える、この女は俺が起業家という嘘を信じ続け、その恋人である自分に酔っている。馬鹿な女だ。
「まだお金は必要なの?」
「ああ、あと百二十万必要だ。また貸してくれないかな」
「もちろんよ、明日にも博樹の口座に振り込んでおくわ」
「いつもすまないな、頼ってばっかりで」
こういうプライドの高い年増の女は結婚を焦っているくせに、理想だけは高い。ただの会社員などとは絶対に結婚しない。だが、将来性のない起業家なんかには案外引っかかる。信じさせるために偽のオフィスを用意し、外人からの電話やメールを偽造したり、エキストラまで用意した。
ここまでして起業家という嘘を信じこませたのだが、この女はそろそろ潮時だ。絞れるまで絞り尽くした。最近は俺に貢ぐために、闇金にまで手を出している。振込みを確認したら、すぐにでも消える予定だ。
女は聞いてもいないのに、勝手に一人で自分のブランド物のバックの自慢をしている。金を持っていたから近づいてものの、この女といるのは苦痛で仕方なかった。話は殆どが己の自慢話、顔もお世辞にもいいとは言えない。次のターゲットは少しマシなのを見つけよう。例え嘘だとしても結婚を約束するような相手だ、自分に合った人間の方がいいに決まっている。仕事は楽しんだ者勝ちだ。
女の話に折り合いがついたタイミングで、懐から鍵を出す。
「部屋を借りているんだ。今日はずっと君と居たくてね」
「私もよ。今日は博樹と離れてたくない」
女が目を閉じ、唇を近づけてくる。こんな所でババアとキスしないといけないのかよ。ちょっとした罰ゲームだな。その後ホテルで、女と一夜を過ごした。
見習いの頃、詐欺師に一番必要ものは何かと詐欺師たちに聞いたことがある。答えは様々だった。ある者は情報収集能力だと言い、ある者は最新の機器や制度を常に把握することだと言った。もちろん、それらは詐欺師にとって必要なものだ。しかし、もっとも必要なことではない。
俺の答えはターゲットが一番求めている人間を見極め、そしてそれを演じることだ。そうするれば、ターゲットは無条件に心を開き、どんなにおかしな話でも信じてしまう。
今回の場合は表では非の打ち所がない完璧な男だが、女の前では弱さを見せる男を演じた。
ホテルを出てタクシーを捕まえ、女と住む家に向かう。とんずらする前に俺の痕跡となる物と、ついでに金目になるものを回収する予定だ。女はホテルからそのまま仕事場に向かうと言っていた、帰ってくるのは夕方になるだろう。
そんなことを考えていると、ポケットの中のスマホが振動していることに気がついた。仕事用のスマホではなく、俺個人のプライベート用だ。このスマホの連絡先を知っている人間など限られてくる。どうせアイツだろう。
「もしもし」
『お疲れ様。今さっき口座に百二十万、キッチリ振り込まれた。この時間だと、ホテル出てすぐに銀行に向かったな。お前、相当愛されてるな』
電話の相手は俺の仕事仲間の田中だ。主に情報収集や、身分証などの偽装を担当している。俺一人でも出来なくはないが、こういう役割はいた方が便利だ。
「そうか、あの女もう振り込んだのか。本当に呆れるぐらい馬鹿だな」
笑いが止まらない、ババアに愛を囁やくだけで百二十万だ。こんなにチョロい商売ない。
『分かってると思うが松谷、あの女は潮時だ。結構ヤバい所から金を借りているしな。このままだったら俺らまで巻き込れる』
向こうは俺のことを松谷と呼んでいる。
「分かってる、分かってる。今日にでもとんずらする予定だ。次のターゲット決めたいから、今日いつものバーで落ち合おうぞ」
『は?今回の女でかなり稼いだだろ、当分の間は遊んで暮らせるはずだ。わざわざ、なんで危険な橋を渡る必要があるんだよ』
確かにあの女には、かなり稼がせて貰った。それこそかなりの期間、遊んで暮らせるていけるほど。だが、仕事の期間が空けば、空くほど腕がなまってくるし、何より俺は騙される馬鹿を見るのは好きだ。今回はキツかったが、次は別に金を多く稼ぐ必要もない。自分に合ったカモを見つけるつもりだ。
「そんなことを言ってるから、お前はいつまでも二流なんだよ。俺抜きじゃ碌に老人すら騙せないくせに、俺に指図してじゃねえよ」
乱暴に電話を切る。情報収集にはそれなりに使えるのだが、それ以外の詐欺師の素質は皆無に等しい。なにより、田中には度胸が足りない。最後には安全な道を選んで損するタイプだ。
「運転手、そこの海辺で一度止めてくれないか?」
「分かりました」
タクシーが止まる。窓を開けると、心地の良い潮風が顔に当たった。
財布から林博樹の偽装免許証を取り出し、ライターで火をつけ、海に捨てる。
「行ってくれ」
運転手が無言で応答し、再びタクシーが進み始めた。これからの後処理を考えると、少し憂鬱だ。
――――――――――――――――――――――――
後処理を終え、約束の時間になりいつものバーに行くと、田中が先にカウンターで酒を飲んでいた。
「先に来てたのか」
「ああ、やる事もなかったしな」
適当に酒を注文する。いい仕事をした後はアルコールを摂取したくなる。
「で、次のターゲットを見つけたいんだが」
「本当にやるのか?やっぱやめようぜ」
田中は嫌そうに顔を歪める。
「何度も言ったが、俺はやめるつもりはねぇよ」
「チッ、そうかよ。じゃあ勝手にやれよ、俺は降りさせもらう」
「お前、俺にそんなことを言える立場かよ」
田中には俺に返しきれない額の借金がある。だからこそ、俺の言うことには逆らえない。田中はもう一度舌打ちをする。
「次のカモを見つけるのにとっておきの婚活パーティーを見つけておいた」
田中がそう言うとカバンの中からチラシを取り出す。
「なんだよ、結構ノリノリじゃねぇか」
「どうせ、お前は引き下がらないと思ってたしな」
「このパーティ、大企業の御曹司や政治家の子供なんかが集まる。つまり、全員が金持ち。どうだ、いいだろ?」
金持ちは絞れる上に、プライドが高いから詐欺にあっても周りには喋らないことが多い。最高のカモだ。
「いいじゃねえか、そのパーティー。新しい偽装身分証は用意してあるか?」
「ああ、これだ」
田中は偽装の運転免許証と保険証をカウンターの上に置く。
「次の俺の名前は柴野誠二か」
「お前から一番遠い意味の名前だろ」
「確かにな」
皮肉のこもった名前に少し笑ってしまう。
「柴野ってあの政治家の柴野清吾か?」
「ああ、誠二っていうのは柴野清吾の次男だ。本物は今、パリにいる」
「大丈夫だろうな、パーティーに柴野清吾の知り合いでもいたら終わりだぞ」
「大丈夫だ。次男の方は政界に興味がないのか、表舞台には顔を出していない」
田中のリサーチ能力は本物だ。そこは信じていいだろう。
「パーティーは十日後だ。それまでに用意しとけ」
田中はそう言うとカウンターから立ち上がる。
「なんだ、もう帰るのか。もっと飲んでいけよ」
「お前と酒を飲むと不味く感じる」
「ひどくないか」
田中が立ち去り、俺は一人で酒を仰いだ。
――――――――――――――――――――――――
婚活パーティー当日、オーダーメイドのスーツを着て会場に赴く。ホテルの大広間を借りた、立食パーティーで、周りを見渡せば一目で金を持っていると分かるような奴らばかりだ。
今回の目的は金もそうだが、一番は俺が楽しむこと。そんなことを考えながら、俺好みの女を物色していく。途中、何度かいいと思う女もいたが、話してみると合わない者ばかりだ。
会場の外でタバコをふかしながら少し休む。金持ちはカモとしては最高だが、やはり人間として見れば傲慢なクズばかり。やはり、一般人にターゲットを変えたほうが良いのだろうか。
再び会場に戻り、カモ探しを再開する。ウエイターからワインを取り会場の女たちを吟味していくが、やはり興味をそそるような女は見つからない。ここが潮時だな、今すぐに金を稼ぐ必要もない、つまり別に今ここで見つけなければならないということもないのだ。カモはもっと気長に探すつもりだ。ワイングラスをウエイターに返し、会場を後にしようと扉に手をかける。そのとき、横の扉から女が入ってきた。
結婚詐欺師として独り立ちして五年、初めてだった一人の女から目が離せなかったのは。入って来た女はそれほどにまで美しかった。




