敵認定(2)
珍しく道場に現れた凛を認めて、山道夫人が微笑んだ。
「どうしたの?珍しい。稽古してく?」
「お願いします」
ぴょこんと頭を下げる凛に胴着を投げてよこし、山道夫人は鷹揚に言った。
「舜くんも、学校に居づらくなると道場に遊びに来てたわ」
「舜くんも?」
「あんた達は、集団生活に慣れてないから」
コクリと頷いて、凛が更衣室に消えた。
稽古が終わって、車に乗る。山道夫人がエンジンをかけると、電信柱の陰から人影が現れた。
ゆったりしたTシャツとカーゴパンツ姿だが、細身の体型には見覚えがあった。
その人は不満そうに言った。
「今日は俺と付き合ってって、頼んだのに」
「私……了解した覚えない」
決死の覚悟で言う凛の肩を抱いて、山道夫人が言った。
「片山くん。本人の意に添わないことは、慎んでもらいたいものね。この子は、人と付き合うのに慣れてないの」
翌日から、女子の態度は最悪だった。
でも、もともとさほど仲良くしていたわけでもないし、あの集落のことをいろいろ聞かれても困るのだ。だから、これで良いのだ。と、凛は無理矢理納得した。
でも、体育のバレーボールの授業で、みんなしてボールをぶつけてきたり、逆にボールに触らせてくれなかったりと、陰湿な手口に涙が出た。
片山は、どうしてあんな行動に出たのだろう。
成績が良い彼には、中間テストの結果が面白くないのだろうか。
いずれにしろ、同世代の少年少女と付き合うのに慣れていない凛には、どうして良いか分からない。両親にも相談できないことだし、大好きな舜は遠いK市に下宿しているのだ。
高校でも生徒会執行委員になった片山は、凛が8時少し前に片づけ始めると、凛の前に現れた。舜のように優しい眼差しで包み込むのではなく、どっちかというと挑戦的な目で見つめるのだ。
凛は、極力気にしないようにすることにした。
その日も、凛が努めて無視して歩き出すと、片山が腕を掴まえた。
「小野寺さん。あの集落へはどうやって行くの?」
何が言いたいのだろう?凛が不思議そうに首を傾げると、片山は、視線の鋭さを強めた。
「昨日、親父が親戚に出掛けたんだ。で、ついでにって、車で連れてってもらったんだけど……。
ナビには、確かに、県道から山の方に折れる道があるんだ。
それなのに、現実には、道がなかった。
きっと、見過ごしたんだろうって、帰りに徐行してもらったんだけど、それらしい道が見付からなかったんだ」
「細くて分かりにくい道だから……」
消え入りそうな声で答える。
「前に姉貴が探した時も、同じだったらしい。
姉貴は、小林 舜に惚れてたんだ。
だから、おばさんに頼んで、連れてってもらったらしい。自転車で行くには、遠すぎるからって。
でも、道が分からなかったって話だ」
「今度、みんなに、道を分かりやすくするようにって、言っとく」
「それで、誤魔化す気か?」
「だって、余所の人には、分かりにくいらしいんだもん。
前に、山道のおばさんのお弟子さんが遊びに来たことがあるんだけど、あの時も、道が分かりにくかったって。
結局、おばさんのスマホに連絡があって、おばさんが逆に出掛けて行ったの」
追及する片山の腕をやんわりとほどく。
これを遠くから見ていたら、いかにも片山が迫っているように見えるのだろう。
また、女子が目の敵にするのだ。