敵認定(1)
長い章なので、分けます。
7 敵認定
片山が爆弾を落とした翌日、周りの生徒達の凛を見る目が冷たかった。
女子が遠巻きにしてこちらを伺っているのだ。
不思議そうに首を傾げる凛は、如何にも幼く、あどけなく見えた。
凛は、周りの女生徒達の棘のある視線を感じたが、特段の被害もないのだ、何もできない。
「丹田に力を込める」
山道夫人のいつもの台詞を思い出す。静かな息を吐きながら、気配を消して辺りと一体化する。防御の基本だ。
気配を読めないリーダー格の笹岡が、つかつかと寄って来て、尖った声で聞いた。
「小野寺さん。あなた、片山くんとどういう関係になったの?」
「どういうって?」
「昨日、ある人から、片山くんがあなたに告ってたのを目撃したって報告があったの」
「特段のことはなかった。っていうか……どうして、そういうことになるの?」
「『これから口説こうかと、思ってるんです』っていうのが、そういうことなのよ!」
「でも、あれは、あの人が勝手に言ってるだけで、私には許嫁がいるって言ったのに」
居合わせた生徒は、女生徒だけでなく、男生徒まで絶叫した。
許嫁だって?
この若さで?
一体、親は、何考えてるんだ?
それをシャーシャーと言うこの少女は、どういう感覚をしているんだ?
女生徒達が目を剥いて、一斉に問いつめた。完全にパニックだ。
「あなた、許嫁なんかいるの?」
「誰よ?っていうか、どうして?いつから、そういうことになってんの?」
「今時、そんな暴挙が許されると思ってるの?」
「あなたの恋人を選ぶ権利はどうなってんの?」
「小野寺さん、あなた、その人のことが好きなの?」
「片山くんを断るほどの許嫁って、一体、どんな人?」
一同の刺すような視線を感じながら、凛は、小さくなって答えた。
「別に変な話じゃないよ?親が決めたんだから」
「どんな人?いくつなの?何してる人?」
笹岡を押しのけて、髪の長い少女が聞いた。
「五つ年上なの。今、K大の医学部行ってる」
「その人が医者になるから、結婚するの?」
別の少女が身を乗り出す。女の夢は、玉の輿だ。
「っていうか、私が科学者になるから、そっちは私の担当で、体の方は舜くんが担当することになってる」
「なってるって、小野寺さん。結婚よ。結婚!あなた、結婚を何だと思ってるの?」
誰かが叫んだ。
「何って?種の保存を目的とする、人類最古の制度」
凛が、不思議そうにつぶやくと、居合わせた面々はあんぐりと顎を落とした。
この一見幼く見える成績優秀な少女は、どこか普通じゃない。どう普通じゃないかというと説明に苦しむのだが、とにかく、常識では説明できない反応を示すのだ。
廊下でクスクス笑う声がして、一同が振り向くと、件の片山 翔が立っていた。
一同の様子を確認した彼は、小さな息を吐いて、クルリと背を向けた。
「片山くん!」
いたたまれず、笹岡女史が引き留めた。
「?」
片山が怪訝な顔で振り向く。
「本当に、小野寺さんとは、何もなかったの?」
ぶきっちょな笹岡にとって、清水の舞台から飛び降りるに等しいほどの決死的行動だった。
彼女は、中学時代から片山に思いを寄せていた。一緒に生徒会活動をしたときだって、告白したかった。でも、告白して振られたら、その後の生徒会活動に支障が出そうで、諦めたのだ。
高校に入ったら、なるべく早く告白しようと決意していた。なにしろ、イケメンで人望もある優等生の片山は、女子の憧れの的だ。誰に取られる分からないのだ。
笹岡の思いを知っている片山は、冷静な視線を返した。
「ああ、彼女の言う通り。俺は、振られたんだ」
「そんな~」
女生徒の絶叫が響き渡った。
「でも、諦めない」
凛をひたと見つめて宣言した。
「小野寺さん。小林さんのことは、姉貴に聞いてる。
君は知らないようだから教えてあげよう。
親が勝手に結婚相手を決めるって、現代社会においては、犯罪的なことなんだ」
片山の気配に本気を感じたのだろう。集まった女子は、真っ青だ。鬼のような形相で凛を睨み付けた。
凛は、頭を抱えた。
やるなら、そっちで勝手にやって!私を交ぜないで!
「小野寺さん。今日は、山道さんが迎えに来るまで俺と付き合って」
そう言うと、片山は去って行った。
女生徒達の険悪な視線を受けて、凛は情けなさで痩せる思いだ。
今日は、図書室はやめて山道夫人の道場へ行こう。と、思った。