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桃源郷の日は暮れて  作者: 椿 雅香
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台風の襲来(2)

 


 中間テストの直前だ。図書室は満員御礼の状態だ。


 勉強していた凛の肩をたたく人がいる。

 誰だろう。以前、こういうことがあって、あの時は舜だった。


 目を上げると、優しい目をした舜その人が立っていた。

「舜く~ん」

 図書室に、嬉しそうな声が響いた。

「『くん』は、余計だ」

 舜が言って凛の鼻の頭をつつく。

「……舜」

 凛が、緊張して、少し上目遣いで言う。

「上手に言えました」

 凛の頭を撫でる。

「舜さん!今日は、どうしたの?」

 遅れて来た笹岡が目を剥いた。


 片山は面白くない。笹岡の話では、凛と舜の婚約は取り消されたのだ。それなのに、二人は、親しそうに見つめ合ってるのだ。

  対面の席で歯ぎしりした。


 「台風が来そうだからって、対策とらないといけないから招集がかかったんだ。

 君達の家も、とんでもないことになりそうだ。

 学校のコンピューター室へ行こう」

 舜が言って、四人はコンピューター室へ向かう。

 

 桃源郷へメールを送り、データを送信してもらうと、とんでもないものが送られて来た。

「これって?」

 片山の目が点になる。

「そうだ。桃源郷のコンピューターは半端じゃないんだ。

 ちなみに、放りこんだデータは、水野のおじさんが、気象庁だけじゃなくて中国、韓国、台湾なんかからもハッキングして取り寄せたって話だ」

「町の中心部が、完全に浸水被害を受ける……」

 笹岡が呻く。

「ひどいところは、水没する」と、舜。

「マキも片山くんも、おウチの人に、至急、高台の方に避難するように言った方が良い」

「そうする。でも、高台って、どこだ?」

「思うに、城山中腹にある市民体育館が良いと思う。あそこなら高さもあるし、建物もしっかりしている」

「連絡が終わったら、桃源郷へ来る?それとも、おウチの人と一緒にいる?」

「家のみんなと同行するわ」

 笹岡が蒼白な顔で答えた。

「俺も」と、これも真っ青な片山。


 「二人とも、気を付けてね」

 凛が心配そうに言った。



「おかえり。仲直りできたみたいじゃないか」

 陽一が、明るく笑った。

 迎えに来た健二に散々冷やかされた後だ。舜は、酒も飲んでないのに、真っ赤な顔をしている。

「おかげさまで」

 上の空で答えて、小林先生に手短かに報告する。

「マキちゃんと翔くんには、家族を避難させるよう言ってきました。

 二人とも、家族と行動をともにするそうです。

 城山中腹の市民体育館が良いだろうって、言っときました」

「上出来だ」


 「凛、早速会議をする。お前を待ってたんだ」

 小小野寺博士の声で会議が始まった。

「来るのは、いつ頃なの?」

「明日の、午後三時頃だ」

「風車ガーランドは、風速50メーターまで大丈夫だって話だったが……」

「計算上は50.14メートルまで大丈夫なんだけど……。

 初めてだから、気を付けた方が良い。下の接続部分の基幹だけでも、補強しといた方が良いかもしれない」

「基幹は、いくつあるんだ?」

「300の風車ガーランドに対して1つだから……およそ10,000だから33ってとこ」

「じゃあ、その補強は、凛と舜くんで頼む。私と山道さんは、海水淡水化装置の補強に行く」

 小小野寺博士が指示する。

「了解!」

 山道氏が敬礼した。

「水野さんと中原さんは、船の方を頼む。後、農園の被害を食い止めるために必要なことは……中原夫人、何をすれば良い?」

 小小野寺博士が確認する。

「とりあえず、収穫できるものは収穫します。水野夫人、小林夫人、野中夫人、このまま続けてお願いします。それと、以前、小野寺夫人がおっしゃってたドームですが、野菜畑だけでも囲っていただければ……」

「了解しました。それは、私と陽一さん、健二さん、それに小林先生と野中先生にご協力いただきます」

「後は……今晩から、全員本部に泊まってください。以上。作業を開始してください」

小林先生の一声で、 全員、作業服で飛び出した。


 舜は嬉しかった。凛と二人で作業できるのだ。

 凛も嬉しそうだった。

 だが、補強しなければならない基幹は33もあるのだ。さっさと片付けないと、とんでもないことになる。この集落は、風車ガーランドに支えられているのだ。

 今日は、午後4時に学校を出発した。迎えの健二が急いだからだ。帰宅したのが5時。会議を終えて作業に入ったのが5時半。作業でする時間は、せいぜい1時間半だ。今日中に、少しでも多く片づけたかった。

 パソコンの地図上に基幹の位置を呼び出す。それを一つ一つ、潰していくのだ。

 先の思いやられる作業だった。夜の7時過ぎると、辺りが暗くなっ来た。

「凛ちゃん、明日早起きしてやろう。今日は無理だ」

「もう少しやりたい」

 凛が言い張るので、舜は横でライトを持って立った。

「いくつできたかしら?」

「1、2、3……7、それを入れて8つだ。15分に1つできたことになる」

「明日、夜明けが5時半として、残り25だから……」

「大丈夫。4時間半もあればできるってことだ。3時までに間に合う。今日の所は、終わろう」

 

 ようやく作業を終えて本部に戻ると、水野夫人が大わらわで食事の支度をしていた。

「こんな時は、おにぎりとみそ汁で十分です。とにかく、皆さん、お疲れが出ませんように」

 夫人が、てきぱきとおにぎりを配る。

 凛が舜と並んで食べていると、水野夫人がレバーの佃煮を差し出した。

「やっぱり、栄養とらないといけなくなったでしょ?ノルマです。3つは食べなさい」


 凛が黙って、箸を付けた。





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