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桃源郷の日は暮れて  作者: 椿 雅香
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婚約破棄(2)

 夏休みの終わり頃、桃源郷では稲刈りが始まった。台風シーズンの前に刈り入れを済ませたい桃源郷の方針で早稲になっているのだ。


 今年は水不足だったが、風車ガーランドのおかげで桃源郷の電力は十分で、その電気を使って水も潤沢にあった。おかげで、どの作物も見事なできだ。とりわけ、米の作柄は良かった。夏の照りが十分だったからだ。

 桃源郷では、自動操縦のコンバインを使っている。位置情報を入力すると勝手に刈り取っていく機械だ。だが、コンバインの入らない小さな田んぼは、稲刈り機を使う。旧式の手で押すタイプで、機械が進むと括った稲の束が並ぶヤツだ。それを、みんなで棹に干すのだ。

 山間の桃源郷では小さな田んぼの方が多いので、住民は総ががりで稲刈りすることになる。

 笹岡にとって、稲刈りは初めてで、興奮状態だ。



 舜と凛は、よそよそしい。


 この二人、案外、執念深いんだ。と、笹岡は思った。

 凛なんか、本当は舜のことが好きでたまらないだろうに、取り付く島もないのだ。

 情けなさを隠しもしないで、拒んでいる。

 舜も、凛に拒まれて苦悩しているが、何もできないのだ。

 何て不器用な二人だろう。こんなんだから、片山の姉にいいようにあしらわれるのだ。

 ここは、友人として、一肌脱いでやるべきだろうか。

 笹岡は、何度目かの溜息をついた。


 稲刈りの休憩時間だった。

「凛ちゃん」

 舜が声をかけた。

 凛は、素早く逃げようとする。

 駄目だ。このままでは、今までと変わらない。

 舜は意を決して、凛の腕を掴まえた。

 驚いたような、怯えたような眼差しの凛がいた。あどけなさが消えて、少しやつれたように見える。

「どうして、逃げるの?」

何も言わない凛に、たまらずに訊いた。

「何とか言って欲しい。早苗とは別れたんだ。言いたいことがあるなら、言ってくれ」

「何も……ない」

「何もないって、顔じゃない」  


 この人の心を止めないと。この人の心がどこかへ行ってしまう。


「……舜くん嫌い」

「?」

「……言ってくれたら、良かったのに」

「何を?」

「恋人同士って、好きな人に食べさせてあげたいの?」


 どこかで聞いた台詞だ。


「……ごめんなさい」

「どうして、謝るの?」

「舜くん、あの人のこと、諦めた。今の時代、桃源郷じゃないと生きてくのが難しいのに、凛が食料の増産に成功しないから。

 凛、中道さん達の子供さん達受け入れるの、もっと先だと思ってたから、そんなに頑張らなかったから」

「何を…言うんだ……?」


 声がかすれた。


「舜くん、いっつも、早く大きくなりなさいって言ってくれて、嬉しかったけど、舜くんの側には、胸の大きなきれいなお姉さんがいっぱいいたんだ」

「……関係…ない、だろ?」

「前に、お母さんが言ってたの。舜くんじゃなくて、別な人と結婚したかったら、その人と結婚しても良いんだって」

「……翔くん?翔くんが、良いの?」

「あの人は、関係ない。

 よく考えたら、舜くんも同じこと言われてたんだ。

 凛、舜くん好きだけど、舜くん、凛だけじゃなかったんだって。

 舜くん、素敵だから、みんな、舜くんのこと好きになるって。

 凛が気付かなかっただけ」


 すっと目をそらして続けた。

「舜くん、桃源郷にいろんなこと邪魔されて……小学校の時だって、突然、お引っ越しして、お友達だって、いなくなっちゃったし……」


 ……どうして…それを?


「凛。電気も水も食べ物も作る。舜くんの好きな人が、ここに住めるように」

 凛の目から涙がこぼれた。

「もう良いの。舜くん、桃源郷に縛られなくて良いから。他の人、選んで良いから。凛が、一緒に住めるようにしてあげるから」


 どんな思いで、言っているのだろう。


「舜くんが好きなのは、片山くんのお姉さんだけじゃなかったって。他にも好きだった人が何人もいるって」

「翔くんに…聞いたの?」


 コクリと頷く。


「お父さん達が決めたから、凛、舜くんのお嫁さんになるって思ってた。

 でも、舜くん、嫌だったんだ」

「嫌じゃない!」

 思わず抱きしめて、叫んだ。

「ううん。舜くん、学部だって、おじさん達に決められたし、お嫁さんだって自由に選べなくて、面白くなかったって。

 だから、自由にしてあげる。凛のことも、桃源郷のことも、気にしなくて良いから」


 思わず顔を覗き込む。

 涙でくしゃくしゃになった凛がいた。


「後で、おじさんに聞いて」

 そう言ってやんわりと舜の腕をほどくと、体中の気力を振り絞って去って行った。



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