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桃源郷の日は暮れて  作者: 椿 雅香
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爆発事件と暴動(2)

暴徒の襲撃シーンがあります。苦手な方は、スキップしてください。


 神戸に続いて、各地で、暴動が起きた。

 食品会社の倉庫が襲撃されたのだ。

 そこには、加工前の食品、つまりカップヌードルになる前の小麦粉、エビ、ネギといったものが蓄えられていた。加工後の商品も、倉庫に置いてある。標的となるには、これ以上の理由はなかった。人々には、加工の前後を問わず、何でも良いから食べ物が必要だったのだ。


 統計上、食料は、放出した備蓄米を含めて、日本人全員を養うに足るものがあるはずだった。

 それなのに、現実には、どこかの倉庫で値上がりを待って眠っていた。

 人々は、何かがおかしいと思った。おかしいものは、正さなければならない。そのためには、暴力的な方法もやむを得ないという人々が現れたのだ。 

 日本中のあちこちで食料を求める暴動が起きた。日本人は、誠実で真面目だった。しかし、衣食足ってこそだったのだ。

 日本中で食べ物が不足していた。特に、都会では、ひどかった。

 都会では、自衛のために日曜農家なんかできない。高層マンションでは、せいぜい、プランターにイモかトマトかキュウリかナスぐらいしか植えることができないのだ。しかも、この夏の水不足だ。イモ以外は枯れてしまった。人々は、ブロック型固形栄養食品しか、手に入らなくなったのだ。



 水野夫妻の娘夫婦は危機を感じた。


 これまで、桃源郷から食料の仕送りがあって、都会に住んでいても、比較的食べ物に恵まれていた。それが、春頃から仕送りが途絶えたのだ。

 不審に思っていると、父親の水野氏から電話があった。食べ物が届いたかと言うのだ。届いていないと言うと、水野氏は絶句した。この食料難だ。月に一度は仕送りしていたのだ。

 どこかで、かすめ取られたのだ。

 もう食べ物を送ってもらえない。

 これまで、親の好意に甘えて、都会にいながら食べ物の苦労をしたことがなかった。

 ここに至って、水野氏の娘は、自分で食べ物をゲットすべく立ち上がった。

 口コミを通じて、どこに行けば多少高くても食べ物を買うことができるとか、多少形が悪くても野菜をゲットできるとか、そういうことを必死で調べた。

 水野氏の娘のような人はたくさんいて、今まで親族から食べ物の援助を受けていた人達が、一斉に買いに走ったため、そこも品不足になった。そこを利用していた人達が別の店へ走り、そこも品不足になる。悪循環だった。


 両親から、再三桃源郷に合流するよう促される。でも、合流して、どうなると言うのだろう。

 将来的に食べ物の生産量が回復すれば、あんな田舎に移るのは子供の進学のチャンスを潰すだけだ。

 長男は、今年、中高一貫の有名進学校に入学した。母親である水野氏の娘のつきっきりの指導のたまものだった。桃源郷に行くと、これを棒に振ることになるのだ。

 彼女は苦悩した。

 子供の友人の親達は、都会に残って何とか生活しようとしていた。何しろ、有名進学校だ。このまま勉強を続ければ、難関大学も夢ではない。

 もっとも、彼等には、帰る場所がないからだとも言えた。

 田舎に実家のある人の中には、この緊急事態の目処が付くまで、田舎に帰る者もいたのだ。ただ、田舎に帰っても、食べ物が少ないのは、さほど変わらないものと思われた。

 水野氏の娘は、友人達の進退を参考に、できる限り都会に踏みとどまろうと決心した。お盆に桃源郷に行って、食べ物をもらって来よう。そうすれば、もうすぐ、実りの秋だ。いくら水不足でも、何らかの食べ物が出回るはずだ。それまでの辛抱だ。


 それが、仇になった。


 住んでいる地域が、暴徒に襲われたのだ。


 彼女が住んでいたのは、新興住宅地で、どちらかと言うと田舎から出て来た人達が多い地域だった。どの家も、実家から食料の仕送りがあり、互いにおすそ分けなんかをし合う仲だった。

 何となく、地域全体が食料に恵まれている印象があったのだ。

 40人ほどのグループは、地域全体に襲いかかった。

 住民に食べ物を出すよう要求し、ないと言うと、「嘘をつくな」と罵った。「俺達は、三日も食べてねえんだ!」と叫びながら殴る蹴るの暴力を振るって食べ物の在処を白状するよう迫った。

 しかし、本当にないのだ。

 水野夫人の娘は、都会に留まったことを悔やんだが、遅かった。

 集団ヒステリーのような暴徒は、人々を撲殺し、家々を引っかき回した。

 警官が来たのは、暴徒が退散した後だった。

 警察から水野氏に連絡があったのは、翌日の昼過ぎ、現場検証が終わった後だった。地域で25軒の家が襲われたという。

 知らせを受けた水野氏は絶句し、夫人は失神した。

 お盆の帰省を楽しみにしていたのに。あと、二週間でお盆だったのに。

 取り急ぎ、遺体の引き取りと葬式に出向いた。水野夫妻の娘もその夫も、中学生になったばかりの長男も、小学五年の長女も、目を背けたくなるような様だった。

 娘が反対しても、強引にでも連れて帰るべきだった。

 水野夫妻は号泣した。

 

 一週間ほどして、水野夫妻が戻って来た時、桃源郷は美しかった。

 稲の穂が花を咲かせている。まだ緑が濃いが、実りが期待させた。柿も梨もリンゴもミカンも元気に育っている。イチジクは収穫時期だ。たわわに実って重そうなほどだ。


 どうして、日本中がこうならないのだろう。

 どうして、ここにしか食べ物が実らないのだろう。


 水野氏は、娘に食べさせてやれなかったイチジクを眺め、涙を流した。以前、桃源郷に遊びに来た時、娘は楽しそうに笑ったのだ。

「お父さん、私、イチジクってそんなに好きじゃなかったの。でも、取ってすぐだと、おいしいのね」

 そう言いながら、娘はイチジクを口に入れた。子供達は、「お母さん、自分ばっか、ズルイ!」と、せがんだ。

 

 あれは、いつのことだったのだろう。


 まるで、夢を見ているようだ。


 桃源郷が恵まれているのは、小野寺博士達のおかげだ。大小の小野寺博士、小野寺夫人、この頃は、ミニ小野寺ともいうべき凛まで電気の増産に知恵を絞っている。

 どうして、日本中で、こういう努力をしないのだろう。電気を大量に自然の力だけで作るには初期投資が膨大なものになる。風車ガーランドだって、ものすごく費用がかかった。ここの人々は、費用がかかっても必要なものには惜しまない。どうして、日本中が、そういうことをしないのだろう。

 電気を再生可能エネルギーで作るには多額の費用がかかる。それで、電力会社は、そっちの方が安いからと、火力発電や原子力発電に走るのだ。

 車だって、電気で走らせようとするとコストがかかる。それで、ガソリン車が多いのだ。

 ゴミの焼却だってそうだ。焼却すると二酸化炭素だけじゃなく、ダイオキシンだって出る。でも、大小野寺博士が考案したゴミ処理機を使うには、ゴミを細かく分類しないといけないし、処理施設自体の価格も法外なものになるのだ。そんなことに高い金を払わなくても、燃やして大気中に排ガスを垂れ流せば、タダで済む。

 でも、目先の安さに目を奪われてどうなるというのだろう。

 排出された二酸化炭素は、地球温暖化というとんでもない事態を招いている。

 電気を原子力で作ると、残った核のゴミの処理に膨大な費用がかかるし、費用をかけてもどうしようもないものも残るのだ。



 水野氏は、イチジクの側で、涙を流した。


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