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桃源郷の日は暮れて  作者: 椿 雅香
31/51

爆発事件と暴動

暴動事件と爆破事件があります。事件そのものより周辺を書いたつもりですが、苦手な人はスキップしてください。

14 爆発事件と暴動


 舜は、気が付いた。


 片山早苗を送り返して桃源郷の平和は戻ったように見えた。

 しかし、それは上辺だけのことだった。

 凛は可哀想なほど、沈み込んでしまった。日々の仕事は頑張ってこなしている。山道夫人の格闘技の稽古も笹岡と一緒に励んでいる。でも、生気がないのだ。

 前は、暑苦しいほどじゃれついて来た人が、大人びた表情でそこにいる。

 舜に微笑むことがなくなった。いや、その前に、目も見なくなった。

 時々、深い息を吐いて物憂げな表情を浮かべる。

 舜には、耐えられないことだった。


 凛は何も言わない。

 野中氏が用意していた古典の問題集も終わったようだ。前なら、得意そうに見せに来たのに、黙って添削を受けていた。

 何度か凛に声をかけた。凛は、黙って俯くだけで、答えることはなかった。凛の心は、どこかへ行ってしまった。



 水野夫妻の娘の元へ送ったダミーの宅配便は、娘の住んでいる地域の配送センターで開けられたと受信機が反応した。少なくとも、こちら側の配送センターじゃなかったのだ。

 でも、向こうは都会の配送センターだ。きっと、従業員かアルバイトが食べ物を求めて開けたのだろう。ちまちまと時給を稼いでも、食べ物は高価で手に入りにくい。それより、目の前に食べ物があるのだ。誘惑に抵抗できなかったのだろう。そうして、自分で食べたか、売ったかしたのだろう。

 桃源郷の人々は溜息をついた。

 都会へ食べ物を送ることができないことが、証明されたのだ。



 神戸に暴動が起きたのは、それからしばらくのことだった。


 ついに来たのだ。

 

 ことの発端は小麦だった。輸入品として入って来たが、規定量より多くの農薬が散布されたものだったことが判明したのだ。役所は焼却処分を決定した。

 聞きつけた住民が叫んだ。

「食えるものを燃やすなんて、とんでもねえ話だ!」

「でも、これを食べると病気になるかもしれません。法律で決まっているんです」

「ならねえかも知れねえんだろ?」

「明日の病気の心配するより、今日の餓えの心配すべきだろう?」

「そもそも、規定量を超える農薬が検出されたって、本当か?そうやって、食べ物を横流ししているって噂だぜ!」

 みんな、誰も信じられなくなっていた。

 大企業は、食料の買い占めに走っている。食べ物をマネーゲームの対象とする連中もいる。

 人々の命は、風前の灯火だ。

 食べ物がないのだ。一般の人々には、固形栄養食品がやっと手に入るだけだ。このまま食料難が続けば、自分達は死ぬかもしれないのだ。

 大企業や商社の倉庫には食べ物が唸っているというのに、市場に出回らないのだ。

 

 あなたは、どうして食料の備蓄して来なかったんですか、という問いに、人々は、国がしているはずだと、答える。しかし、国は、そこまで面倒見の良い組織じゃなかった。

 備蓄米の放出までは、国の仕事かも知れない。でも、その後、その備蓄米が、どのようなルートを通って商社や大企業の倉庫で眠りについたのか誰にも分からないし、国には調べる方法がないのだ。

 そのくせ、役所は縦割り行政で、農薬の散布量が規定以上だ、と、食べられるものまで焼却決定するのだ。そして、決定を受けた小麦を焼却している現場を人々が見ることはなかった。焼却したことにして担当者が横流しして一部の人々が利益を得ていると、まことしやかな噂が流れた。


 大衆の怒りが爆発した。


 神戸に暴動が起きる少し前、宅配業者の配送センターで荷物が爆発する事件があった。水野氏と山道氏は、お互いに顔を見合わせて、

「まさかとは思うが、あんたじゃんねえだろうな?」

「馬鹿いえ、そんなことやるか?」と、言い合った。

 まさに、自分達のやりたかったことをやった人間がいたのだ。


 警察の調べによれば、問題の荷物は東北地方のとある田舎町から東京の親族に当てた食べ物だった。トラップが仕掛けてあって、不用意に開けると爆発するようになっていたのだ。

 宅配業者のアルバイト1人と正社員1人が重軽傷を負った。

「どうして、配送センターで荷物を開けたのか?」という警察の質問に、二人は答えることができなかった。彼等は、日常的に食料品と書いた荷物を開けて山分けしていたのだ。

 一箇所でそういうことが起きると、被害は面白いように広がった。あっちでもこっちでも、食料品を開こうとして爆発が起きたのだ。

 ついに、宅配業者は食料品の受け付けを中止すると発表した。

 テレビでは、識者と言われる人々が、「そもそも、他人宛の食料品を勝手に開ける人間に犯罪性があるので、その防衛策として、知らない者が開けると爆発するような荷物を送った人は罪に問われない」と言ったり、「ここまでやるのは、過剰防衛だ」と言ったりした。

「そんなことより、宅配業者が配送センターでの爆発に怯えて食料を受け付けないと言うのは、自分の会社では食料は勝手に開けさせてもらいます、と宣言しているようなものだ」とも言った。

 いずれにしても、食料を個人で送ることはできなくなった。


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