裏切り(4)
片山早苗は、午前中の農作業に音を上げた。
最初にやった牛や豚の餌やりは、臭くて耐えられないと、作業半ばでギヴ・アップした。そのため、中原夫人が、畑の水やりを中断して餌やりをするはめになった。
中原夫人の代わりにやった畑の水やりも、やったことがないのだ。まともに、できるはずがなかった。水のやり方にムラがありすぎて、このままでは野菜の生育に悪影響が出そうになったのだ。
次に畑の草むしりを命じられたが、単純な肉体労働に耐えられないと言い、何よりも美容の大敵である日焼けを怖がって、真面目にしようとしなかった。
もっとも、早苗にすれば、片山や笹岡は別の仕事をしているのに、どうして自分だけこんな割の合わない仕事をしなければならないのだろう、と思ったのだろう。
「もっと、楽な仕事はないの?私、舜と同じ仕事がしたい」
そう言って、午後は、風車ガーランドの設置作業に割り込んだ。
舜と組みたいと、強引に中原氏と交代したのだ。
「これって、面白いじゃない!」
早苗は嬌声を上げて操縦していたが、もともとドローンの操縦なんかしたことないのだ。あっという間に、風車ガーランドが絡まってドローンが墜落した。
ドローンが壊れただけでなく、風車ガーランドが2本、使用不能になった。
「あら?壊れちゃったかしら?」
シャーシャーと言う。
舜は、蒼白な顔で立ちつくした。
「どうしたの?そんなに困るほどのことないでしょう?代わりを買ってくればいいんだから」
早苗には、ことの重大性が分からない。
「どこから、持ってくるつもりだ?」
墜落現場に現れた水野氏が、鬼のような形相で睨んだ。
「そんな怖い顔しないでもいいでしょ?ドローンなんてどこにでも売ってるわ。弁償すれば良いんでしょ?」
「ドローンはな」
続いて、山道氏の地を這うような声が聞こえた。
「風車ガーランドは、凛ちゃんの発明で、どこにも売ってないんだ。ここのみんなが、寝る間も惜しんで作ったんだ。しかも、材料になる部品は特殊なもので、ものすごく高価なんだ」
舜が説明する。
「そんなもの、杉に巻いてるの?ここの人達の経済観念は、どうなってるの?あり得ない!」
「ここでは、水と酸素を作ることができれば、金に糸目は付けない。世界中の人達が同じようにしてくれれば、環境破壊が防げるんだが……」
小小野寺博士も悩ましげに続けた。
「みんなして、私ばっか、責めるんだから。いくらなの?いくら払えばいいのよ?
そりゃあ、私は、失敗したわ。
でも、考えてみてよ。杉にそんな高価なものを巻き付けるなんて、誰が考えるっていうの?盗まれるかもしれないじゃない!」
「これは盗んでも価値はないんだ。それに、盗んだところで何の役にも立たない。凛ちゃんの機械に繋がって、初めて機能するんだ。
でも、値段じゃない。みんなして、寝る間も惜しんで必死で作ったものなんだ。
君は、ここの人達の努力を無駄にしたんだ」
舜の説明に、早苗は逆切れした。
「なんで、私にばっかり文句言うのよ!こんなものに頑張らなくても良いでしょ?」
舜でさえ見捨てようとしているのだ。早苗は必死だ。
「姉貴、考えてもみろ。どうして、ここに水があると思う?」
片山が言った。
「地下水の水脈でもあるんじゃない?こんな条件の良い所に住んでるから、町に住んでる私達の苦労が分からないのよ!」
片山は頭を抱えた。
姉は決して馬鹿ではなかったはずだ。だが、昨日今日の醜態は信じがたいものだった。恥ずかしさで首まで真っ赤にしながら叫んだ。
「姉貴、よく聞くんだ!ここの水は、海水を電気で淡水化して作っているんだ。だから、水がたくさんあるんだ。
逆に言うと、水を作るために電気がたくさん必要なんだ。
この風車ガーランドは、今年の水不足から集落を守るため、緊急に電気が必要になったから、急いで設置してるんだ。
姉貴は、ここの人達の命を危険にさらしてるんだ」
「馬っ鹿じゃない?電気なんか、電線引けば良いじゃない!」
「早苗、よく聞いて。ここでは、化石燃料と原子力は使わない。地球環境の保護のためだ。
だから、再生可能エネルギーになるんだ。風車ガーランドは、従来のように風車を固定しないから、集落を取り囲む杉林中に設置することができる画期的な発明なんだ」
「でも、そういうのって、初期投資に莫大な費用がかかるって話じゃない。第一、そんな特殊なものを作ったら、投下した資金に見合わないわ。
そんなこと、普通する?」
「ここでは、するんだ。それが、桃源郷だ」
そう言ながら山道氏がドローンの修理を始める。
他の人は、黙って自分たちの作業に戻った。
凛が、蒼白な顔をして二人に背中を向けた。
この夏を乗り切るため、みんなで必死に風車ガーランドを作った。体の弱い野中夫人なんか命を縮めて頑張ってくれた。それが壊れてしまったのだ。
早苗はそれを知らない。無知を非難しても、意味がない。舜がそれを説明すれば良いのだろうが、桃源郷に受け入れない人に機密を漏らすことはできない。
食料が足りていれば、あの人の失敗も笑って許せるのに。
舜も幸せになれるのに。
全ては、凛の研究が遅れているせいだった。
泣きたかった。
「凛ちゃん、ゴメン」
やっとのことで、舜が言った。




