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桃源郷の日は暮れて  作者: 椿 雅香
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裏切り(4)



 八畳間に戻ると、早苗がベビードールのパジャマで寝そべっていた。

 美しいと言えば、美しい。でも、笹岡は、このところ、働く女性ひとの美しさに触れているのだ。

 土にまみれて働く中原夫人の汗。数学の問題を教えてくれる野中武子先生の知性溢れる眼差し。17人分の食事を作る水野夫人のきりりとした視線。買い出しした品物を嬉しそうに運ぶ山道夫人の微笑み。大小野寺博士の研究の助手をする小野寺夫人の真摯な様。いずれの人も皆美しい。

 とりわけ、凛の可愛らしさは絶品だった。舜が凛を袖にして、別の人を選ぶとは思えなかった。

 しかし、凛には、舜にあんな虫が付いただけでもショックだろう。舜の方が、五年早く外の世界に出たのだ。女子が放っておかなかったのだろう。


 早苗と一緒にいるのがいたたまれなくて、台所へ麦茶を飲みに行くと、先客がいた。


 舜だ。

 舜が大きなコップで麦茶を飲んでいた。


 舜は笹岡を見て目をそらせた。そうして、目を合わせないようにして訊いた。

「凛ちゃん、どうしてる?」

「知らない。お部屋で寝るって、伝言があったから」

「早苗と一緒じゃ嫌なんだろうか?」

「舜さん」

 グイと身を乗り出して、追及した。

「どうして、こんなことになったんですか?」 

 舜が、髪をかきむしった。

「反抗期だったんだ」

「どういう意味です?」

「僕の人生を何から何まで親が決めるのに、我慢できなかったんだ」

「それとこれと、どういう関係があるんです?」

「僕は、小学三年の時、親の都合で桃源郷ここに来た。友達と別れて。

 すごく仲が良かったのに、あれきり会っていない。桃源郷ここが他の人に知られてはいけない場所だからだ。

 確かに、桃源郷ここは生活しやすい所だ。でも、僕には、源郷ここが息苦しかった。

 桃源郷ここでは、自分の意向よりここの都合が優先されるんだ。

 学部だって、桃源郷ここのために医学部へ行って欲しいって言われたし、結婚相手だって、親に決められた。

 だから、結婚相手ぐらい自分で選びたいって思って。何人かの女の子と付き合ってみたんだ。でも……付き合ってはみたんだけど……何か、ピンと来なかった。

 どんな女性ひとと付き合っても、凛ちゃんのことが気になったんだ。

 しかも、どの女性ひとも桃源郷に呼ぶことなんてできない。桃源郷じゃ自給自足が原則だから、普通の女性ひとじゃ無理なんだ。

 ようやくそれに気が付いて、それで、最後に付き合ってた早苗にそう言ったんだ」

「でも、あの人、諦めてなかった……」

「……そうみたいだ」

 舜が溜息をついた。

「凛ちゃん……大丈夫だろうか?」

「なわけないでしょうが!さっさと、早苗さんを追い返して、凛に謝りなさい!」

 笹岡の雷が落ちた。

「言っとくけど、片山くん、凛が傷ついたこと、歓迎してますよ。自分がしゃしゃり出る場面だって。

 ったく、何やってるんだ、この人は」


 笹岡が鼻を鳴らし、舜が頭を抱えた。



 翌日、朝ご飯の後で、小小野寺博士と小林先生が額を寄せて相談しているところへ凛が何かの報告に行った。そうして、そのまま山道氏と一緒に風車ガーランドを繋ぐ作業を再開した。


 早苗は、何かに付けて舜に絡もうとする。

 凛の容姿を見て、敵ではないと確信したのだろう。歯牙にもかけなかった。


 舜は、凛のことが気になったが、早苗が離さない。


 凛も舜を避けていた。


 いつも、子イヌか子ネコのようにじゃれついて来る人が大人の顔をして歩いている。

 それが辛くて、舜の心が悲鳴を上げた。

 こんなに気になるなんて。

 今更、思い知った。凛のことが、好きだったのだ。

 そうして、凛は、舜のせいで傷ついていた。



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