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桃源郷の日は暮れて  作者: 椿 雅香
24/51

早苗の暴挙(2)


 両親には、明日からしばらく友人の家に泊まる、と言った。

 人の良い母は、この食料難に人様のお世話になるなんて翔も早苗も何を考えてるんでしょう、と恐縮したが、詰まるところ、向こうに余裕があるのだろうと、気楽に構えている。 

 

 翌日、ご迷惑にならないようにね、という母の注意を背中に聞いて、早苗は行動を開始した。

 夜7時、稽古が終わって山道夫人が帰って行く。

 

 あの車は、異常に食料事情の良い、あの集落に向かっているのだ。

 7時15分、山道夫人が県道に入ると、県道近くのコンビニの駐車場で待機していた早苗のピンクの軽四が後を付けた。何気なさそうに少し後を走る。くねくねした道を道なりに走り、ハンドルを大きく左へ切ると、前を行く赤い軽四が消えていた。


 息を呑んだ。


 急いでブレーキを掛けて車を止める。車を降りて杉林を詳細に調べた。

 風が強くて、目が開けていられない。

 3Dの映像に気が付いた。


 息を吐いて車に乗った。


 この道を進むと舜がいる。舜が農作業をしているのだ。そうして、舜の側で翔が働いているのだ。


 ゆっくり車を走らせた。道は離合できないほど狭い。でも、あの集落では、あの車が唯一の車だ。あの車があちら向きに走っている以上、前から車が来ることはない。

 30分も走っただろうか。突然、広葉樹森に出た。

 道は、なおも続いている。


 早苗は興奮状態だ。

 

 山辺集落の謎に迫っているのだ。そうして、集落そこには、舜とその家族が住んでいるのだ。

 広葉樹の中をしばらく走ると、突然視界が開けた。青々とした田畑が広がっているのが、薄墨の中でも分かった。


「信じらんない……」

 呆然としてつぶやいた。


 町の田んぼは水不足で干上がっていた。ひび割れて稲が茶色く枯れていた。

 ここでは、満々と水をたたえて稲が青々と育っている。あと一月もしたら、小金色に実るだろう。

 畑には、トウモロコシ、ナス、キュウリ、トマト、オクラ、ピーマンと夏野菜の品評会のようだ。

 町の畑にはイモしかなかった。水が少ないため、他の作物は枯れてしまうのだ。

 町では生活用水さえ時間制限が始まっている。田畑に撒くゆとりはないのだ。 


 向こうに家が見える。

 あそこが集落だろう。あたりを付けて、スピードを上げた。



 早苗は得意満面で車を降りた。

 声をかけるが、誰も出て来ない。クラクションを鳴らすと、音を聞きつけたのだろう、建物の中からロマンスグレーの中年男が出て来て、早苗を見て驚愕した。


「こんにちは。私、片山 翔の姉の早苗です。弟がお世話になっています」

 婉然と微笑む。

 中年のおじさまをたらしこむのは造作ないことだ。



「き、君は……」

 男は、息もできないほど動揺している。

 少し遅れて来た、こちらも髪の白い中年男が頭を抱えた。

「ガソリン車なんか使いよって。馬鹿が……」

 

 意味が分からない早苗は、不思議そうな顔をした。

 最初のロマンスグレーが立ち直って、早苗に訊いた。

「君は、ここのことを翔くんに聞いたのか?」

「まさか?翔はこっちに来たっきりですもの。山道夫人の車を尾行したの」

 平然と言う。

「だって、私も連れてってってお願いしたのに、あの人、私みたいな人間は役に立たないから駄目だって、連れてってくれないんですもの。私も、アルバイトをお願いしようと思って」

 早苗のつけ爪やピアスに気が付いたのだろう。後から来た白髪の男が言った。

「生憎、君にできるような仕事はないんだ。諦めて帰ってもらえないだろうか?」

「どうして?高校生でもできる仕事なんでしょ?私の方が、役に立つはずよ」

 騒ぎを聞きつけたのだろう。作業服の中年女性が、早苗に声をかけた。

「じゃあ、こっちでお手伝いをお願いするわ。それができるようなら、あなたのことをみんなで相談することにしましょう」

「な、中原さん」

 ロマンスグレーが慌てる。

「大丈夫。この子にマキちゃんのようなことは、できないと思いますよ。第一、ここへガソリン車で来たってことが、最悪だってことを知ってもらわないと」

「ああ、その通りだ。参ったよ」

 白髪の男が天を仰いだ。

「車で来ちゃいけなかったの?でも、山道さんだって、車に乗ってるわ。それに、その山道さんが、連れて来てくれなかったんですもの。仕方ないじゃない」

 ワケが分からないが、とにかく、仕方がなかったことは、分かってもらわなければならない。

 早苗は、必死にまくし立てた。

「じゃあ、歩いて来れば良かったろうが!馬鹿が!それに、あの車、どうするつもりだ?」

 騒ぎを聞きつけて現れたボサボサ頭の男が、罵った。

「乗って帰ればいいんでしょ?あなたに関係ないわ!」

「関係ないことない!ここでは、酸素を作って、二酸化炭素を出さないようにして暮らしているんだ。お前の車は想定外のことをしてくれたんだ」

「二酸化炭素を出さない生活なんて、あり得ないわ!煮炊きすれば絶対出るし、ガスだって、灯油だって、使えば二酸化炭素が出るわ。車だって、走れば二酸化炭素が出るのよ!」

「馬鹿!ここじゃあ、そんなもの使ってねえんだ!翔の姉貴って、極めつけの馬鹿だったんだ」

 ボサボサ頭が呆れる。

 プライドを傷つけられた早苗は、舜に会いたくてたまらない。舜なら評価してくれるはずだ。そして、守ってくれるはずだ。

「舜に会わせて!舜なら、分かってくれるわ!」

 懇願するが、無視された。

「とにかく、今日、ここで泊まるつもりなら、まだ時間があります。仕事をしてもらいます」

 中原夫人がきっぱり言って、農場へ連れて行かれた。今日は、風車ガーランドの作業に夢中になりすぎて、仕事が残っていたのだ。



 早苗の姿が見えなくなると、一同、溜息をついた。

「電気が大量にできたら、あの道を封鎖する手立てを考えよう」

 小小野寺博士が言った。

「舜の知り合いのようだが、頭の痛い話だ」

 小林先生も頭を抱えた。



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