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桃源郷の日は暮れて  作者: 椿 雅香
23/51

早苗の暴挙(1)

これも長いので分けます。

12 早苗の暴挙


 早苗は、唖然とした。


 翔が、帰って来なかったからだ。


 彼は、この夏、山辺集落を探すと言っていた。そうして、早苗に、二日続けてあの県道へ送ってくれと頼んだ。

 

 自分があそこを探した時も、分からなかったのだ。

 駄目に決まってる。でも、それで、気が済むなら、と早苗は、笑って協力した。そうして、二日目、翔は帰って来なかった。

 夜、翔から電話があった。友人の家で住み込みのアルバイトをするので、心配しないで欲しいとのことだった。


 友人の家?その友人って、誰よ?もしかして、小野寺 凛?

 電話に出たのが、母親だったので、詳しく訊くことはできなかった。


 翔が首尾良く山辺集落に入り込んだ、という考えは、早苗を興奮させた。

 自分も探したのに、見付からなかった謎に満ちた集落だ。そうして、そこには舜がいるのだ。

 舜の優しい目を思い出した。

 舜のことは、諦めたはずだった。

 でも、山辺集落へ行けるなら、もう一度舜に会えるなら、チャンスはある。

 早苗は、舜を諦めきれない自分をもてあました。


 電話の翌日、あの集落に住んでいる格闘家が現れて、翔の着替えや宿題を持って行った。

 友人と遊びに出掛けていた早苗は、留守にするんじゃなかったと歯がみした。格闘家が帰ったのは、早苗が帰る少し前だったのだ。

 話を聞いて、すぐに山の県道を目指したが、赤い軽四は影も形もなかった。集落へ帰ってしまったのだ。



 徐行して県道を調べた。気が付くと、国道へ抜けていた。

 やっぱり、あの集落は、他者を拒むのだ。

 二、三日悶々として過ごし、悩んだあげく、駄目モトで格闘家が雇われている道場へ行った。

 

 急がば回れだ。道を探すより、道を知っている人に案内を頼む方が早い。

 稽古が終わった山道夫人は車に荷物を積んでいた。梱包された機械の部品のようだ。

 夫人は、あの集落の買い出し担当だという。あんなもの、何のために必要なんだろう。


「あの……」

 おずおずと声をかけると、夫人が首を傾げた。どこかで見たような顔だ、と思ったのだろう。

「私、片山 翔の姉の片山早苗と言います」

「ああ、あの坊やのお姉さんね」

 夫人が破顔した。

「翔は、オタクの集落にいるのでしょうか?」

「そうよ。お母さんにも申し上げたんだけど、あっちに着いたのは夕方だったから、そのまま泊まってもらったの。で、農作業なんかの繁忙期だったので、手伝ってもらうことになったってわけ」

「翔は、お役にたってるんでしょうか?」

「もちろん。想像以上だったわ」ニコリと笑って言った。「もっとも、役に立たないようなら、この食料難ですからね。さっさとお引き取りいただくことになったはずよ」

「あの……私もそこへ連れて行っていただくわけには、いかないでしょうか?」

 勇を奮って言うと、夫人は面白そうに笑いながら、

「あなた達姉弟って、よく似てるのね。好奇心が強すぎるの」と、言った。

「でも、翔のことは、受け入れたわ」

「ええ、役に立ったから」

「私だって、役に立つわ」

「じゃあ、聞きましょう。あなた、何ができるの?」

 早苗は、面白くなかった。小さい頃から、才色兼備と謳われて、何でも器用にこなすのだ。

「何だってできるわ!第一、高校生がアルバイトに行ってるんでしょ?そんな子供より役に立つはずよ!」

「マキちゃんのこと?」

 早苗が頷くと、山道夫人が冷たく言った。

「マキちゃんは、農作業だけじゃなく、炊事とか後片付けの手伝いとか、いろいろ役に立ってるわ。

 良くって?

 あなたのように、つけ爪して、ピアスして、お化粧しないと生きてけないような人には、あそこの生活は向かないの。あそこは、額に汗する人の集団なの。

 あの集落には、この食料難に、あなたのような人に食べさせる余裕はないの」


 あまりの台詞に腹の底から怒りが湧いた。

 私が若くて美しいからって、やっかんでいるだけじゃない。

 いいわ。自力で行ってやる。行ってしまえば、舜は優しいし、自分は、あの頃より数段美しくなっているのだ。置いてもらえるはず。

 舜と話がつけば、この高飛車な夫人が何を言おうが、自分は舜の恋人なのだ。

 舜と結婚できれば、この夫人も文句が言えないはずだった。


 荷物を積み終えると、山道夫人は、「じゃあね」と、帰って行った。


 その晩、早苗は、ブロック型栄養食品をかじりながら、作戦を練った。


 翔は、あの集落にいる。きっと、まともな食べ物を食べている。

 舜がそうだった。

 K市の下宿でも、自分で食事を作っていた。時々、冷凍したロールキャベツやハンバーグを実家から持って来ていた。

 自分もまともなものが食べたい。舜は優しいから、まとももなものを食べていないと言えば、食べ物を分けてくれるはずだ。

 でも、何度調べても、あの県道からの脇道が分からないのだ。

 いろいろ方策を練るが、上手い方法が思いつかない。結局、山道夫人の車を尾行することにした。

 道場から尾行すると気付かれるから、県道に入ったところからにしよう。そうして、山道夫人が脇道に入ったら、しばらくやり過ごして、向こうが離れたことを確認してから道を調べるのだ。

 大丈夫。上手く行く。

 

 向こうに着いたら、翔と一緒にあの集落でバイトするのだ。舜と一緒に働くのだ。


 とにかく、明日だ。



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