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桃源郷の日は暮れて  作者: 椿 雅香
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風車ガーランド(3)

 

 パジャマを着ながら先ほどの作業の意味を訊く。


 「杉の木にクリスマスツリーの飾りのようなものを巻き付けてましたね。あれって、何やってるんですか?」

「ああ、あれ?あれはね、凛ちゃんの発明した風力発電装置なんだ」

 部屋着を着ながら、当然のような顔で言う。

「風力発電って、普通、高い柱の上の大きなプロペラみたいなもんじゃないんですか?」

「そうだよ。でも、それじゃあ、そのための広い面積が必要になる。今でも、この集落の建物の屋根には太陽光のパネルが設置してあるし、空いた場所には風車が設置してある。これ以上の電気を作るには、杉林を利用するしかないんだ。

 それで、凛ちゃんが、丈夫な電線にたくさんの風車を付けたものをクリスマスツリーの飾りみたいに杉に巻き付ければ良いって考えたんだ。一個一個の風車で作る電気は少なくても、周り中の杉に設置すれば、大量の電気を作ることができる」


 壮大な話に唖然とした。

 スケールが違いすぎて、圧倒された。それでも、ここは訊かなければならない局面だ。


「こんなに人が少ないのに、そんなに電気が要るんですか?」

「要るんだ。例えば、水だ。この集落では、雨水を浄化するだけじゃなく、海水を淡水化して使っている。さっきの風呂の水だって、そうやって作ったものだ。農業用水も然りだ。でも、海水を淡水化するには大量の電気が要るんだ。

 これまで、電気の量が少なかったから、海水淡水化装置を一日に三時間しか稼働できなかった。でも、あの装置を設置すれば、一日中稼働できる。つまり、水の心配をしなくてよくなるんだ。

 今年の水不足を解消するために、凛ちゃんが頑張ったんだ」

 

 あまりの話に呆然とする片山に、舜が楽しそうに笑った。

「凛ちゃんは天才なんだ。ただ、科学の基礎を体系的に勉強した方が、今後の研究の幅が出るって、ご両親が大学進学を勧めてるだけなんだ」



 部屋に帰って、一息つく。舜は、どこかへ行ってしまった。

しばらく、縁側に座って外を見ていたが、何もすることがない。カエルがうるさいだけだ。

 星が近くに見える。空気が澄んでいるのだ。

 本でも持ってくれば良かった。持って来たのは、シュラフと栄養食品とペットボトルのお茶だけだ。地図やコンパスさえ持って来なかったことに気が付いた。

 やることがないので、トイレへ行く振りをしてリビングを覗くと、大人達は打合せを終わって、リビングで例のロープを作る作業をしていた。部屋の隅で、凛が数学の問題と格闘していて、舜がその前に座って大人達と同じ作業をしている。


 片山を認めると、小林先生が笑った。

「恋は盲目と言うが、大したものだ。あの仕掛けによく気が付いたね」

「何度か調べてみて、不審に思ったので」

「恋だけか?」

 山道氏が、鋭く質す。

 心の内を見透かされているようで動揺しそうになるが、ぐっと踏ん張って何気ない顔をする。

「いいじゃねえか。桃源郷の謎が気になったんだろ?しかも、ここにゃあ、凛ちゃんがいる」

 水野氏が豪快に笑った。

「ここって、『桃源郷』って言うんですか?」

「詩的だろう?何となく隠れ里のような感じになったので、誰からともなく、そう呼ぶようになったんだ」

 小小野寺博士が笑いながら教えてくれた。

「明日も、作業があるんだ。ゆっくり休んだらいい」

 小林先生が言うと、横から舜が口を出した。

「悪いけど、昼はバレーに付き合って欲しい」

「笹岡さんもするんですか?」

「マキは、コーチなの」

 凛が、問題から目を離して言った。

 片山は、唖然とした。

 凛が、あの笹岡を『マキ』と呼んでいるのだ。この五日間で何があったんだ?

 しかも、バレーだ。あの時、舜の胸で、バレーができないと泣いてた人が、バレーの練習をしているというのだ

「小野寺、お前、本気でバレーの練習してるのか?」

 片山が問い詰める。

 もう、凛のことを『小野寺さん』とか『君』と呼ぶことさえ忘れている。

「うん。マキ、中学の時、バレー部だったんだって。すっごく上手なの」

「教え方も上手い」山道氏が口を出す。「あの子は、しっかりしてる。ウチの息子の嫁に欲しいくらいだ」

「さっき、おばさんも同じこと言ってましたよ。健二の嫁に欲しいって」

 舜が言って、一同が笑った。

 片山が暇そうにしているので、舜が笹岡を迎えに行くのに連れてってくれた。

 夏だが、山の中だ。風が涼しい。細い道を歩いて、小さな家に出る。舜が声をかけると、しばらくして笹岡が出て来た。

 嬉しそうに、野中夫人に礼を言っている。


「どう?宿題、目処がついた?」

 舜が、優しい目をして尋ねる。

「バッチリです。武子先生の説明って分かりやすいんです。

 でもって、応用っていうか、そんなのはもうやれるはずだからやってご覧って、おっしゃって。やってみたら、できちゃったんです。

 信じらんない。この私が、ですよ。宿題テスト、楽しみ!」

「そりゃあ、良かった。結果、教えてね」

「凛に言いますから、聞いて下さいね」

 片山は驚いた。笹岡は、凛のことを『凛』と呼んでいるのだ。

「笹岡さん、君、小野寺さんとは、どうなったんだ?」

 喘ぎながら訊いた。

「友達になったの。っていうか、最初は舜さんに頼まれたんだけど、あの子、結構、独特で面白いの。気が付いたら、巻き込まれてたって感じ」

 舜がクスクス笑って言った。

「独特で面白いって、本人が聞いたら、気を悪くするぞ」

「だって、反応が普通じゃないんだもん。どうやったらこんな子が育つんだろうって感じ。

 ものすごく変なんだけど、純粋で可愛いの」

「笹岡さん、それって、褒めてるのか?」

「うん。褒めてるの。黒崎くんのことがあったでしょ?」

 笹岡が楽しそうに続けた。

「ああ」

「この前ね、なんで、先生に相談しなかったの?って聞いたのね。そしたら、あの人、何て言ったと思う?」

「何て言ったんだ?」

「『ええ?そうすれば、良かったの?』ですって。あんまり普通じゃないから、笑ちゃった。

で、その後、言った台詞が奮ってて、『凛、学校のこと、よく分からないから、マキ、教えてね』だって」

 横で聞いている舜が笑いをこらえる。


 片山は、今更ながら、凛の非常識さを思い知らされて、体が地面に沈み込むように感じた。普通の反応を期待して、片山に相談するのを待っていたのが、馬鹿みたいだ。


 小野寺家に着くと、凛が舜に飛び付いた。

「舜くーん。数学できたよ!」

 嬉しそうに頬を染める。

「エライ。エライ。じゃあ、次は、古典も頑張ってね。補習の分が終わったら、野中先生が問題集用意してくれてるから」

 舜が、頭を撫でる。

 頭を撫でられて喉を鳴らす様は、まるで子ネコだ。この子のどこに、あの機械を発明するほどの力があるというのだろうか。


 何にしろ、ここは普通の世界とは違うのだ。住んでいる人間も普通じゃない。

 片山は、必死で耐えた。

 横を見ると、笹岡が楽しそうに笑っている。

 女は強い。この異常な状況に、簡単に適応するのだ。


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