笹岡真紀子のアルバイト(3)
「おーい。ミニ小野寺。彼氏相手に油売ってないで、こっち教えてくれ」
ボサボサ頭の中年の男性が凛を呼んで、凛は慌てて戻って行った。
何かの作業中らしい。
笹岡は、彼等が何をしているのか気になったが、とりあえず、舜に促されて宿舎に入る。
舜は当然のような顔で、笹岡の荷物を持ってずんずん進む。
笹岡は、この人の優しさに心が動いた。
そうして、中央の建物の一画に到着した。
小野寺家のゲストルームのようで、東向きの八畳ほどの広い部屋だ。畳の大きさが昔の大きさで、今時の団地サイズとは違うのだ。押入に清潔な布団とシーツが用意してある。
「ここが、君の宿舎になる。凛ちゃんも、ここで寝るよう言っておくから、二人で寝るといい。
この集落ではテレビを見ないし、夜はカエルがうるさくて、慣れるまで怖いだろうけど、凛ちゃんがいれば大丈夫だろ?」
笹岡が頷くと、舜は続けた。
「今、凛ちゃんをリーダーとする一大プロジェクトをやってるんだ。君にお願いするのは、その手伝いと、そのために手薄になる農作業の手伝いだ。
詳しくは、明日、説明する。
農作業のリーダーは、中原のおばさんだから、あの人の指示に従ってくれたらいいから。
君の家でも、イモやキュウリを植えてたね。
あの人に、仕事を習って帰ったら、お母さんが喜ぶよ。
何せ、あの人は緑の指の持ち主で、日本中が凶作でも、ここだけは何とか収穫できるのは、あの人のおかげなんだ」
「緑の指って?」
「イギリスなんかで園芸の才能の持ち主のことをそう言うんだ。もっとも、おばさんの場合は、が食べ物の栽培の才能だから、少し違うんだけど……」
中原のおばさん。
重要人物だ。笹岡は、頭の中に書き留めた。
「で、食事は、水野のおばさんがリーダーだから、あの人が手伝いを頼むかも知れない。手が空いてたら手伝ってくれたら嬉しい。おばさん、何でも一人でして大変だから」
「小野寺さんのお弁当も、その『水野のおばさん』が作ってるんですか?」
「そうだよ。僕が高校へ行ってた三年間も同じだ。あの人の料理の腕はプロ級だ。君も食べてみれば分かる」
「舜くーん。明るい間にドローンの練習して下さいって」
女の人の声で、舜は、そこを離れた。
舜を呼びに来たのは、格闘家の山道夫人だった。
入れ違いに残った夫人は、笹岡を件の中原夫人や水野夫人それに野中夫人に紹介してくれた。 この人達は夕食を作っていたのだ。
みんな、凛の高校生活の心配をしていて、笹岡が凛の友人になってくれると聞いて喜んだ。
暖かい、良い人達だった。
夕食のとき、笹岡はみんなに紹介された。
舜に紹介された笹岡は、
「笹岡真紀子です。
この度、お手伝いさせて頂くことになりました。
一生懸命頑張りますので、何でもお申し付けください。よろしくお願いします。
後、私のことは、マキって呼んで下さい」と、頭を下げた。
その挨拶のあまりの見事さに、みんな口々に褒めた。
しっかりしたお嬢さんだ。
凛の同い年だとは思えん。
何か、凛ちゃんよりズッと年上のような感じがするわ。
親御さんの躾が良かったのだろう等々。
「いやあ、大したお嬢さんだ。ウチは、他に子供もいなかったから、凛を、ネンネに扱いすぎたんだろうか?」
ロマンスグレーの凛の父が首を捻る。
笹岡は恥ずかしくなって、
「私、三人姉弟の一番上だから、どうしても、こんなふうになるんです」と、小さくなる。
野中先生が、とりなして言った。
「小小野寺博士(『しょうおのでら』と読む。世界史に出て来る大ピッド、小ピッドから取った呼び名で、桃源郷で三人の小野寺博士を呼び分けるため生まれた。ちなみに、おじいちゃんは『大小野寺博士』、お母さんは『小野寺夫人』と呼ばれている。ついでに言うと、凛のことを『ミニ小野寺』と呼ぶこともある)。この年頃の個人差は、こんなものですよ。成長の早い子もいれば、ゆっくりしている子もいるんです。どちらも個性なんです」
「そうですよ。金子みすずも言ってるでしょ。『みんな違って、みんないい』のです」
野中夫人がおっとりと微笑む。
「凛ちゃんも、マキちゃんも、二人ともいいお嬢さんじゃありませんか」
中原夫人も援護する。
笹岡には、舜が凛にささやくのが聞こえた。
「ね。野中先生もおっしゃただろ?君も笹岡さんも、違ってるから良いんだ。みんながみんな同じだと面白くないだろ?」
凛がコクリと頷いて、嬉しそうに舜を見た。
笹岡は、何となく胸が痛んだ。




