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桃源郷の日は暮れて  作者: 椿 雅香
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プロローグ

桃源郷シリーズの1作目です。凛と舜の話です。よろしくお願いします。

1月12日1000アクセス突破、ありがとうございます。m(__)m

1 プロローグ



 窓の外を見上げると、ぼんやりとした月が見える。おぼろ月夜ってやつだ。

 春だ。ようやく春が来たのだ。無事志望校に合格した片山 翔にとって、季節的にも心情的にも春だった。


 いくら食料事情が悪化していると言っても、そんなことは、片山には関係ない。大人達が心配することで、片山達高校生(明日からそう呼ばれると思うだけで、ワクワクする)にとっては、気にするほどのものじゃない。

 地球温暖化に伴う異常気象がしょちゅう起きて、世界中のあっちこっちで災害が起きている。

 とはいっても、片山の住む町は、昔から地震や台風、それに洪水なんかの少ない地域だ。

 冬の雷やうるさいオヤジは多いけど、地震や火事は少ない土地柄なのだ。

 日本中のいたるところで毎年のように大きな地震が起きている。だが、高校生になる片山には、義援金を送るか、夏休みにボランティアに出かけることくらいしかできない。被災した人達を気の毒に思っても、自然の猛威の前では、人類ができることは限られていて、とりわけ、親がかりの高校生にできるとは少ない。



 食料問題は、近い将来避けて通れないものになるだろう。だが、それは、そのとき考えれば良いことで、今現在の問題じゃない。


 そんなことより、片山にとって目下の大きな問題は姉に託されたミッション(!)だった。




 姉の早苗が片山にミッションを持ちかけたのは、高校の合格発表のしばらく後のことだ。



 入学前は、宿題もない。

 第一志望に合格した片山は、ゆったりした時間を楽しんでいた。

 高校生活が始まったら、忙しくなるに決まってる。こうやって、怠惰な時間を楽しむこともできないだろう。


 早苗は一昨年大学に進学した。今年は三回生だ。

 いつもは学校のあるK市に下宿しているが、春休みの現在、帰省していた。

 実家というのは気楽なものらしい。何しろ、上げ膳下げ膳で、何から何まで母親がしてくれるのだから。下宿で、慣れない家事に四苦八苦していた早苗も、自宅ここにいれば大丈夫、とばかり、グータラしている。

 今日も今日とてクラス会に出掛けて行って、夜の11時過ぎたというのに帰って来ない。きっと、酒でも飲んでいるのだろう。早苗は二十歳すぎてから、その手の誘いに飛び回っている。


 大人になるって大したものだ。

 そう思って遅いテレビを見ようとした時だ。


 姉がしたたかに酔って帰って来た。送ってくれた友人――時間から言って、多分、片山家に泊まることになるのだろう――に絡んで、夜中だというのに、大声を張り上げている。



 「もう、瞬のバカ!せっかく、こっちが据え膳用意してあげたのにい!」

「据え膳って、早苗、あんた、本気で、迫ったの?」

「当然じゃない。高校のときも素敵だったけど、今や医学生よ。い、が、く、せ、い!

 ゲットしたら、お医者さまの妻よ!頑張らないでどうするのよ!!」


(姉貴が迫ったって?ウソだろ?)


 聞き耳を立てていなくても、聞こえてくるのだ。片山の名誉のために言っておくが、断じて盗み聞きじゃなかった。


 そんなことより、聞こえた内容に驚いて、耳を疑った。

 生まれて初めて聞く衝撃的な内容だったのだ。


 そもそも、早苗は、美人でスタイルも良く、頭も良けりゃ、運動神経も良い。何でも器用にこなして場の中心になってしまうので、小学校、中学校、高校と、行く先々で全校生徒の憧れのアイドルだった。

 姉が自分から誰かに迫るなんて、あり得ない。信じられないことだった。


「いたたっ!って、あんた、あの人、許嫁フィアンセがいるって噂じゃない。ボーイフレンドや恋人にするんならともかく、本気になってどうすんのよ!」


(今どき、許嫁がいるってどういう男だ?姉貴も、そんな男に迫るなんて、バッカじゃねえ?)


 「ナオは知らないから」

 早苗は、やけくそになって続けた。

「あの人、小学校のとき、あの集落へ来て、ずっと親の言いなりになってきたじゃない。もう、親の言いなりになるのに、うんざりしてるのよ。

だぁかぁらぁ、許嫁じゃない人と結婚して、親にぎゃふんと言わせたいって思ってるの!」

「親にぎゃふんと言わせるために結婚するって、どういうこと?」

「きっかけは、どうでもいいの。大丈夫。愛があるんだもん。両想いだし。

 それに、あそこの親、どっちかって言うと、すっごく舜のことを評価してるのよ!

 だから、舜が許嫁じゃなくて私が良いって頑張ったら、何とかなるはずだったの!

 実際、他に好きな人ができたら考え直しても良いって、言ってもらってるみたいだったし……。

 それなのに、あの人ったら……もう!」

「……で、頑張って迫ったのに、袖にされたって?」

「っていうか、聞いてよ!常識じゃ考えられない展開だったのよ!」

他人あんたらの痴話喧嘩に付き合いたくないんだけど……」

「痴話喧嘩にもならなかったの!だから、腹が立つんじゃない!

 あん時ねえ、私、ものすごく頑張ったのよ。この、私が!よ。目いっぱいおしゃれして、勝負下着まで着て、良い雰囲気に持っていったのにぃ~」

「本気だったんだ。あんたが、そこまで頑張るなんて……」


(勝負下着って、どんなもんなんだ?っていうか、そんなもんまで買ったのか?

 だけど、本気だったら、何しても良いってもんじゃないんだぞ!やることやって子供ができたら、どうするつもりだったんだ?でき婚でもするってか?

 まあ、確かに、手っ取り早いっちゅぁ、手っ取り早いけど……)


「そうよ。本気で落とそうと思ったのよ。あの人って、真面目で堅いとこあるでしょ?だからぁ、既成事実さえ作っちゃえば、こっちのもんだったのにぃ」

「あんたの口から、そんな過激な発言を聞く日が来ようとは……」

「もう、茶々入れないで!」

「はいはい。で、その既成事実を作ろうとしたわけね?」

「そうよ。でもって、良いとこまで行ったのよ。

やった!これで瞬は私のものだって思ったわ。

でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、何も、何も、な~んにも(!)なかったのよ!」

「どうして?」

「ものすごく良い雰囲気だったの。それなのに、あの人、急に真面目な顔して言い出したのよ」

「何て?」

「自分の住んでる所で地球温暖化で大きな災害が起きたら、君はどうやって生きて行くつもりだって?も~、信じらんない」


(姉貴みたいな女に誘われて、据え膳を食わんとは、どういう男だ?右に同じだ。信じられん)


「で、あんた、何て答えたの?」

「そんなこと、親や政府が考えることで、私が考えることじゃないって。誰かが、私の心配をしてくれるはずだって。

 そうでしょ?あいつか、親か、それか役所が、何とかしてくれるはずなのよ」

「言えてる」


(……そう来たか。やっぱり、姉貴だ。

 まあ、放っとけない魅力があるは、確かなんだけど……。他人が自分のために何とかしてくれて当然って思ってる節があるんだよな)


「で、そしたら、舜のヤツ、何て言ったと思う?」

「?」

「じゃあ、君の心配をしてくれる人に取っておいた方が良い。ですって!

 何ていうか、急に夢から覚めたみたいな感じ。

 でもって、私ことが好きだから、これ以上深入りしない方が良いって。

 この先へ進むと、私を傷つけるからって。私のことが大事だから、私のために手を出さないって言うのよ。

 もう、信じらんない!

 あの無駄に強すぎる自制心を何とかして欲しいわ!

 せっかく、あそこまでお膳立てしたのに。パーよ。パー。

 でもって、あんなにしょっちゅう会ってたのに、会わない方が良いだろうって、あれからデートもしてくれないの。バッカみたい」


「許嫁のことでも思い出したんじゃない?」

「だぁかぁらぁ、あの人さえ(!)その気になれば、許嫁なんかほっぽり出して、私と結婚できるんだって!」

「じゃあ、その気になりきれなかったってことは、やっぱり、許嫁が好きだったってことなんじゃない?」

「う~ん。そんなにあの子に固執してる感じじゃなかったんだけどなあ……。

ズッと熱に浮かされていたのに、突然正気に戻ったって感じだったのよ。

あんたの言うとおり、原因はあの子(ジャリン子)なのかな?

……う~ん。でも、そうじゃないような気もするし……そうなのかな?

駄目になったってことは……そうなんでしょうね。

 考えてみれば……私とデートしてても、ジャリン子の話ばっかしてたのよ」

「でも、許嫁っていっても、妹みたいに育ったって聞いたわ。妹みたいに可愛いんでしょ、きっと」

「にしたって、二言目には凛ちゃん凛ちゃんって、あれはないでしょ。私だって、弟がいるけど、デートのときに、翔の話なんかしないって」

「まあまあ。でも、あれは確かに、シスコンっぽいかも」

「でしょ、でしょ?

 思い出した!最悪なことがあったの。もう、腹が立つってもんじゃなかったわ」

「何があったの?」

「瞬のヤツ、私にそのジャリン子と仲良くして欲しいって言ったのよ。

 開いた口がふさがらないって、あのことよ。

 どこのどいつが、恋人に許嫁と仲良くしてくれって頼むのよ」

「でも、小さい頃から一緒だったんでしょ。家族みたいなもんなんじゃない?仕方がないじゃん。

 だいたい、小林くんに許嫁がいるって有名だったじゃない。別に隠していたわけじゃないし。

 早苗は小林くんの恋人かもしれないけど、許嫁は別にいるんだし。やっぱ、恋人まででやめとくべきだったのよ」

「それにしたって、あのジャリン子と仲良くしてくれですって?

 舜と結婚するのは、私よ。ジャリン子じゃないでしょ!どうして、他人の恋路の邪魔する子に気を遣わなきゃならないのよ。

 私がジャリン子に気を遣うんじゃなくて、ジャリン子が私に気を遣うのが筋ってもんでしょ?

 舜は、恋人の私を優先するのが筋でしょ?あの子はせいぜい二番手か三番手で良いの!

 許嫁に気を遣う恋人って、あり得ない!愛人じゃないんだから、そんなの変!」

「愛人……か。小林くん、そんなわるじゃないと思うけど、案外天然っていうか、早苗を良いように振り回してくれたのね。

 早苗、いい加減諦めた方が良いよ。小林くんだって、あんたと許嫁を天秤にかけるのは本意じゃないだろうし」


 しばらく、まあまあと背中をさすってもらって、ようやく落ち着いた早苗は、そのまま友人と一緒に自分の部屋へ入って行った。

 話が続いているのだろう。いつまで経っても出てこない。

 酔っぱらいの相手は大変だ。早苗の相手に同情した。


 しばらく夜中のテレビを見ていたが、その後、何の動きもないので気になった。

 二人とも風呂に入らないのだろうか。

 そう思いながらも、明日も休みだ、酔っぱらった二人、とりわけ早苗が風呂場で溺死するよりマシじゃないかと、他人事のように納得してテレビを見ていた。というか、本当に他人事だった


 しばらくして、リビングのドアが開く音がした。振り向くと、ミネラルウオーターのペットボトルを手にした早苗が立っている。完全に目がすわっていた。


「大丈夫?」

 一応、身内なのだ。心配は、すべきだろう。


「そうよ。そう、翔がいたんだ!」

 早苗は、猛然とまくしたてた。

「あんたが、あのジャリン子――名前は……ええっと、おのでら……小野寺 凛って言ったはずよ――をものにすれば良いのよ。

 大丈夫、あの集落から来る高校生なんて、一人しかいないからすぐ分かる。

 でもって、その子があんたに恋をすれば、婚約者がいるのに浮気したってことになって、不貞だってことで、とんでもないってことで、婚約破棄されるわ。

 で、舜は、晴れて私と結婚するの。

 良い考えだわ!」


 ワケが分からない。


「もう~、分かんない?悪役令嬢話のテンプレじゃない。

 ヒロインは私。ジャリン子は、親に決められた愛のない婚約者。舜は、親に強いられた愛のない婚約者に縛られる気の毒な男。

 彼は私と会って恋に落ちたの。そうして、私に嫉妬する悪役令嬢は、私に嫌がらせをする。でも、私は、健気にも苛めに耐え、舜との愛に生きる!

親の決めた婚約に油断していた悪役令嬢は、別の男とアバンチュールして、それがばれて、みんなの前で断罪されて、婚約破棄されるのよ!」

「ネット小説の読み過ぎだよ。

 それに、その設定、どうかと思うよ。どっちかというと、姉貴の方が虐めそうだ。向こうは、幾つなの?」

「確か、今年から高校だって話だから、あんたと同い年のはずよ」

「じゃあ、姉貴より五つも年下じゃないか。向こうが姉貴を虐めるなんてあり得ないよ。どんな子か知らないけど、姉貴の方がよっほど腹黒いんじゃない?」

「そんなに黒くないわ。

 心配しないで。学校も違うし、わざわざ虐めに来るわけないじゃない。言葉の綾ってもんよ」

「それにしたって、そんな非常識な……」


 断ろうとした片山の台詞は一刀両断された。


「大丈夫。別に、あんたが結婚しなけりゃならないわけじゃないし。

あの子があんたと浮気したってことで婚約破棄されたら、振るなり捨てるなりすれば良いんだから」


 振るも捨てるも同じだと思うが……。いずれにしろ、無茶苦茶だった。

 


 幼い頃から美人で頭が良いと周りの賞賛を一身に浴びてきた早苗は、片山にとって自慢の姉だ。

 その姉が、多分、生まれて初めて失恋したらしい。しかも、普段は人の良い早苗が、ここまで言うのだ。

 振った男が、どんな男か興味が湧いた。その、曰く因縁の婚約者にも。


「翔、ものすごくモテるから、一発で落とせるって。だって、今まで集落を出たことない免疫のないガキなんだもん」

 

 一人で悦に入っている。

 片山の都合なんかお構いなしだ。

 やっとのことで、お引き取り願った。

 

 翌日、遅くに起きて来た早苗は、片山にそんな頼みをしたことさえ忘れていて、片山も、それきり、そのことを忘れていた。


 入学式の前日のこの日まで。



 そう、この日、片山のスマホに早苗からメッセージが届いたのだ。



「お願いしたミッション、頑張ってクリアしてね」と。



 覚えてたのか。


 K市の下宿へ帰る前、ラインしようって、さんざん言ってたのは、これをしたかったからか……。

それにしても、無茶なミッションを押し付けられたものだ。



 その日、片山は明日からの高校生活に胸を膨らませていた。


 明日から、高校生だ。しかも、ここらじゃ、最も格も偏差値も高いと言われる高校だ。

 早苗も同じ高校だった。そして、去年、国立大学へ進学した。片山も同じルートを目指している。ただ、早苗は文学部だが、片山は理系だ。将来、エンジニアになりたいと思っているからだ。

 エンジニアのような職に就くには、理系の学部へ進学して大学院を出なければならないと聞いていた。

 早苗と同じ大学の理学部か工学部へ進み、そこから将来を考えようと目論む片山は、手堅い男だと言えよう。


 実際、片山は手堅い。石橋をたたいて、悩んだあげく渡らないようなところがある。

 反面、とんでもない非常識なことをやらかしてしまうところもある。

 中学三年のときの文化祭で、クラスの出し物としてメイド&執事喫茶をした。普通にコスプレすれば、それなりのイベントになるはずだった。だが、片山が企画したのは『とりかえばや喫茶』だったのだ。

 結局、生徒指導の中止勧告をものともせず、メイドは男子が女装し執事は女子が男装するという非常識なことをやらかして、文化祭史上稀にみる高収益を上げた。女子の男装はともかく、男子の女装には公害レベルのものまであったので、良くも悪くも大評判になったおかげだ。

 もっとも、やらかした後で、生徒指導からお叱りの言葉を頂戴したが……。つまり、少なくとも、見るに堪えない男子の女装はやめる良識を持って欲しいと言われたのだ。

 が、切り替えの早い片山には、馬の耳に念仏だった。要は、儲かりゃ良いのだ。



 だが、一般に彼のそういう性癖を知る者は少ない。

 皆、外見に騙されるのだ。

 片山は、知的でハンサムな男だ。加えて、身長も高い。成績も良いし、運動も何でもござれだ。

 中学時代は、本来のバスケットボール部で活躍するだけじゃなく、あっちこっちのクラブの助っ人にかり出されるほどだった。

 その派手さのせいで、教師の覚えめでたく、教師受けの良いしっかり者のイメージが定着していて、とんでもないことをやらかす性癖が霞んでしまうのだ。


 彼のこんな性格を知るのは、幼稚園からずっと同じところに通ってきた連中ぐらいだ。

 ぶっちゃけ、幼いころから、それなりの被害に遭って学習しているのだ。



 そんな面倒な男だが、片山はモテる。

 容姿、成績、運動能力、どれをとってもピカイチだし、女王を地で行く早苗の薫陶を受けて育ったせいか、騎士道精神に則って紳士的に振る舞うからだ。

 小学校の頃から年がら年中告白されたし、バレンタインデーなんか、段ボールにいっぱいのチョコレートをもらう。

 その片山が、今回、姉の早苗のためとはいえ、身も知らぬ少女に仮初めの恋を仕掛け、それを理由に婚約破棄を目論むなんて、知る人が知ったら、きっと目を剥くだろう。



 つまるところ、片山にあんなミッションを頼むほど、早苗にとって、恋人の側にいる許嫁がやっかいな存在だということだ。

 しかも、弱ったことに、片山家姉弟の力関係は、どちらか言うと年上の早苗の方が上なのだ。

 とばっちりを受ける婚約者こそ、いい迷惑だ。



 早苗に寄れば、小林は、小学校三年のとき、医者である親の都合で小野寺家の住む山辺集落――片山達の住む町から一山越えた所にある――へ引っ越して来たらしい。

 小林の両親は『人生の楽園』を地で行ったのだろう。

 自然がいっぱいの田舎に住みたいという決断をした親は良い。だが、片山は、親に同行を強いられる子供の気持ちを考えろ、と言いたい。

 いくら都会では望めない自然の中で生活するのは幸せだと言っても、子供は、引っ越しによってたくさんのものを失うのだ。

 小林少年は、それまで仲良くしていた大勢の友達と別れ、山の中の集落へ引っ越した。その結果、友達がいなくなってしまったのだ。子供は、五歳年下の小野寺 凛しかいなかったそうだ。全ては、身勝手な親のせいだ。

 周りに釣り合う子供がいなかったこともあって、親達は小林少年と凛を結婚させることにしたという。 子供の頃は仕方がない。だが、社会人になれば、独り立ちすることができる。

 第一、大学へ進学すると、就職先が地元にないせいで都会で就職する者の方が圧倒的に多いのだ。

 小林は、大学卒業後、わざわざ山辺集落に戻らなくても良いのだ。



 早苗によれば、小林はモテるらしい。

 早苗と同じ国立のK大へ現役で合格した。しかも、医学部だ。優秀さは押して知るべしだ。しかも、ソフトで優しい男前だ。

 小林の容姿は、早苗とのツーショットを見せてもらったので、片山も知っている。

 早苗より20セン以上は背が高く、いかにも穏和で頼りがいのありそうな男前だ。

 そんなハンサムで優しげな医者の卵が、わざわざ辺鄙な集落の診療所の跡なんか継ぐ必要なんかないのだ。どうせ、人口が減っているに決まってる。患者がいなくなるのも、時間の問題だろう。

 僻地医療は大切だ。だが、僻地の診療所は『人生の楽園』を地で行った小林の親がやれば良いのだ。彼の出番は、せいぜい親が引退した後で良い。

 男前で優秀な若者は、都会でどうとでも生きていける。勤務医の仕事だって選り取り見取りだ。


 それなのに、小林の親は、世話になった小野寺家を慮って、凛と結婚させようとしているのだ。


 事情を知るにつれ、片山は、早苗のためだけじゃなく、小林のためにもこのミッションの必要性を感じた。

 小林にだって結婚相手を選ぶ権利がある。彼の人権はどうなるのだ。

 片山は、写真でしか見たことのない小林に心底同情した。

 例え早苗と結婚しないとしても、少なくとも小林の自由は保障されるべきだ。小林自身が選んだ相手と結婚すべきなのだ。じゃないと、まるで、家に翻弄される昔の恋愛小説、それも悲恋ものじゃないか。






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