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変わりたい

作者: a Lone

饅頭が怖い。

 明日は文化祭だ。

 みんな明日の催し物に向けて精を出して活動している。

 といっても俺は特にやることがない。

 高校に入って三年目の文化祭だが、1回目の時も、2回目の時も、同級生たちが楽しそうに準備したり、劇の練習をしたりしているのを、俺は窓に腰掛けてぼーっと見ているだけだった。きっと今年もそうなるだろう。

 俺はクラスメイトたちからいじめられている。というわけではない。

 ただ単純に人付き合いが苦手なのだ。


 いや、もっというと一人でいることに慣れすぎてしまって、誰かと一緒に何かをしていると、猛烈にストレスが溜まってしまうのだ。

 だから、こういった行事には、出席すれど参加することはない。

 ただ、そこにいて、傍観者となる。


 どうしてこうなってしまったのだろうか。

 思い返せば、小学生の頃から、友達と遊ぶという行為をした記憶がほとんどない。

 特に、俺は親のよくわからん都合で幼稚園にも保育園にも行かなかった。

 その上で、専業主婦の母は、俺を放って外に出て遊んでいた。


 今から考えれば、虐待といって間違いないだろう。

 幼い自分が他の子供たちと同じように好奇心が旺盛で活発な人間だったら。

 瞬く間にニュース記事として踊っていただろう。

 しかし、そうはならなかった。


 実際に自分はだいぶ大人しかったし、小さい割には分別のついた賢い子だった。

 今でも学業は優秀な方だ。

 しかし、テスト主要科目以外、例えば体育とか音楽とか、美術だとか、そういったものはからっきしダメだ。

 ああいったものは小さくて感受性の強い時にやっておかないと、大きくなってからは身につかないのである。

 友達も作れず、スポーツもダメ、音楽もダメ。

 となれば勉強するしかあるまい。


 幸いにして、勉強というのは、その気さえあれば誰でもやったらやった分だけ、成果として現れる。

 放任主義の両親は俺のテストの点など一切興味がないようだが、俺の将来には大きく影響するだろう。


 そうしてひたすらに勉強して、ガリ勉して、学校では一番の秀才となったが、楽しくはない。

 特にこうして、窓際で一人寂しく佇みながら、仲間と協力して、喫茶店の看板作りに精を出しているクラスメイトたちを見ているともどかしい気持ちになってくる。

 

 彼らは大人になった時、高校の文化祭を思い出して、仲間と一緒に励んだ数々の思い出に顔を綻ばすだろうか。

 俺は。

 俺は、大人になって高校時代を思い出した時、どんな思いをするのだろうか。

 そして、その時、自分はどのような大人になっているのだろうか。


 俺はきっと彼らより偏差値の高い大学に行けるだろう。

 そして、もしかしたら彼らより高い給料を払ってくれる会社に就職できるかもしれない。

 そして、就職してからも今と同じように、一人ぼっちで生きていくのだろうか。


「佐伯くん? どうしたの?」


 看板に文字を書いていた一人の少女がふと顔をあげて、驚いたように俺に聞いてきた。

 こちらこそどうしたのだと思って、訝しんで自分の体を見下ろした時、ひとしずくの涙が膝にこぼれ落ちた。


 どうやら俺は泣いていたらしい。

 そのことに驚いて、しかし、俺はゆっくりと首を振った。


「なんでもないよ。気にしないで」


 そう言って、俺は外の方を向いた。涙で濡れた顔を隠すように。

 しかしその少女はゆっくりと俺に近づいてきた。

 やめてくれ、泣いてるなんて恥ずかしいのに見ないでくれよ。

 そう叫びたかった。

 だけどそんなのは俺じゃない。

 俺はただ、何事もなかったふりをすることしかできないのだから。


「ねえ。こっち向いて?」

「嫌だ」


 見せられるわけがない。

 こんな涙でベタベタになった顔なんて。

 自分が泣いているのだと気づいたら、より一層悲しくなって、涙が止まらなくなってしまった。


「泣き虫さんなんだね。意外」

「……そうさ。俺は勉強しかできないクズなんだ。だから放っておいてくれよ」

「ふーん?」


 それからしばらくして、少女は作業に戻っていった。

 それに寂しさを感じて、イライラが止まらなくなった。


 俺は。

 彼女が無理やり引っ張っていってくれることを、すこしばかり期待していなかったか?

 そんなことない。クズじゃないよ。って言って欲しかったんじゃないか?

 彼女は反論するでもなく、賛成するでもなく、去っていってしまった。


 きっと素直じゃない、ひねくれたやつだと思われたに違いない。

 その通りなのだ。


 小学校の頃、一人でポツンんと浮いていた俺を、クラスメイトたちはなんとかクラスになじむようにと手を回して、諦めていった。俺にはその気がなかったし、強情でもあった。

 かわいそうな子っていう風に見られるのが、何よりも嫌だった。

 だから、俺は好きでこうしているんだ。放っておいてくれって、毎回そういって彼らから逃げていた。


 本当はみんなと仲良くしたかったはずなのに。

 つまらない意地を張って、友達になってくれるはずのクラスメイトたちを遠ざけていった。

 今の少女と同じように。


 だから、本当に、最初は意地を張っているだけだった。

 だけど何年もそうやって意地を張っているとしんどくなってくる。


 それで、小学校の高学年の頃に何人かと話すようになって、一緒に遊ぶようになった。

 でもそれは続かなかった。


 長く一人でいすぎたせいで、それが当たり前になっていた。

 すると、慣れていないことをするのは非常に辛いものなのだとわかった。


 友達との約束。

 待ち合わせに遅れてくる友人。

 貸したものが返ってこない。


 彼らと自分自身の名誉のためにいっておくが、俺は彼らにたかられていたわけでも、いじめられていたわけでもない。

 単純に彼らがズボラで、俺が神経質すぎたのだ。

 俺は癇癪を起こして、彼らと絶交した。

 それ以来、友達を作ろうとも思わなくなった。

 クラスメイトとも必要が生じた際に最小限かわすだけ。

 むしろ、こんな自分が今までいじめられなかったのが不思議でしょうがないくらいだ。


 いや、こんなやついじめても面白くないか。

 ああ違うな。

 彼らは、そう。いい奴らなのだ。


 俺は幸運にも、小学校、中学校、高校を通じて素晴らしい学友たちに恵まれてきたのだろう。

 傍目で見ていても、俺以外にクラスで浮いているやつとか、腫れ物扱いされている子供を見たことがなかったし、俺に対しても極力、普通に接しようとしてくれていた。

 長い、大人にとっては短いのかもしれないが、俺にとって人生の大半を占めている学生生活の中で、本当に嫌な奴は俺自身しかいなかった気がする。


 それでも彼らは俺を救うことができない。

 俺はきっと、自分で自分を変えるしかないのだ。


 それができなければ、俺は一生この学生生活を呪うだろう。

ここらで一杯、お茶が怖い。

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